こっそり上げる分にはゆるされると思うので。
ライスシャワーは眠っている。
正確にはレースでの事故以来意識不明の状態が続いていた。
外は雨。
ここはトレセン学園から近い病院。
学園の南門を通り向けた先にある河川に沿った場所にある。
普段なら河川敷を走るウマ娘たちを見ることもできるが今現在それは望めない。
あの日以来雨は続いている。
今現在夕日の美しい眺望が自慢の病室から見えるのは、くすんだモノクロームな世界だけ。
「奇跡って…… 本当にあるのかもしれないわね」
窓から見える雨に目を細めるのはイクノディクタスの顔には少しの疲れが見える。
事故から向こう、意識不明の重体で集中治療室に入ったライスシャワーに付き添いつづけている。
窓辺によったベッドの上には全身にくまなく包帯を巻いたライスシャワー。
昨日までは呼吸器を外すことのできなかった痛々しい姿が見えていた。
「骨折は…… してないんですか?」
集中治療室を出るまでライスシャワーの状況は何も知らされていなかった。
病棟を移るのを待ち構え突進してきたイクノに、主治医は慄き後ずさりしながらも無理に作った笑顔を見せてそう言った。
両手を前にストップも忘れずに。
「本当に奇跡ですよ。右足アキレス腱断絶が一番大きな怪我ですが後は本当に……」
手振りも軽く、主治医もこれは本当にすごい事だと続けた。
ライスシャワーはあのレース場三角でトップスピードに入るために大きく踏み込んだ。
その力でアキレス腱を損傷した。
ウマ娘がトップスピードへと入る時の速度は60キロ以上。
スピードこそ人間のそれを遥かに超えるウマ娘、体も人より丈夫とは言え生身である事を考えればこのスピードの源である脚の制御を失うのは危険でしかない。
大抵のウマ娘は、事競技に参加するウマ娘は普段の気質はともかくレースにおいては負けん気が強い。
負けられないという意思が、脚が故障したままでも大地を蹴ってしまう。
残念な事にそれが選手生命を断つ致命傷なってしまう事が多い。
壊れた脚で大地を蹴る。
当然壊れた脚は叩きつけられる圧力によってより深く骨を砕く。
そうやって傷口を広げた上に転倒し二度と競技の世界に戻れなくなるのだ。
悲しい事だが事故の結末としてはもっとも多い判例であるが、ライスシャワーはそうならなかった。
「どうして…… 」
健康第一、体調管理に余念のないウマ娘であるイクノディクタスは当然今まであったレース事故をよく勉強していた。
ウマ娘は「負けじの魂」で怪我をしてしまう。
魂に鬼を宿すほどレースに対して精錬されたライスシャワーがそうならなかったのは不思議でしかない。
レースを観戦していた主治医もそう思ったとうなずきながら
「本当のところはどうなのかわかりませんが…… 推測するならば」
ライスシャワーのベッドを挟んでお互いが腰掛け、イクノは主治医の話を聞きつづけそして納得していった
あの日、あのレースの、あの瞬間。
ライスシャワーも他のウマ娘と変わらず「負けたくない」という気持ちが前に出て、痛みを押してでも走ろうとしていたのだが力を込めるに至らなかったのだ。
「ライスシャワーさんは怪我をした後、走ろうとはせず体の力を抜いたのではと考えています」
簡単な憶測ではあるが主治医はそれが怪我のレベルを下げたのではと述べ、同時に未だ意識が戻らない事を憂慮してとにかく安静をと部屋を去っていた。
今日まで知らされていなかった怪我の具合、レースからの推測で大きくなっていた不安が薄れていく。
イクノはただ胸を押さえ涙を堪えライスシャワーの顔を見つめると、包帯で隠れた額を優しくなでた。
「力を抜いた…… そっか…… そうだったのね」
目線のはライスシャワーの隣に眠るツインターボに向けられていた。
レースの後、「連れて行くな」と叫んで倒れたツインターボはそのまま眠り続け、意識不明のライスシャワーと同室の入院患者だ。
イクノは放っておけない2人の仲間、ライスシャワーとツインターボを交互に見た
「部長、教えておいてくれたのね…… 転び方」
普段はおふざけ満載のツインターボが不足の事態に際して必要なことを教えていてくれた事に感謝し、自らの気を持ち直して宣言した。
「さあ、二人共はやく起きなさいよ!! 一緒に走るのを待っているんだから!!」と。
シンボリルドルフは生徒会室の窓から雨のグラウンドを見つめ続けていた、
眉間にかすかな亀裂、苛立ちとも不満とも見える顔は髪で目を隠すほど暗い。
「会長、よろしいですか?」
「あぁ…… どうした?」
考え込みすぎて最初のノックに気が付かなかった。
ローテーブルにキャロットティを支度したエアグルーヴは悩みを抱える会長ルドルフに少しの配慮を効かせて声をかけたという顔を見せていた。
「すまない、少し呆けていた」
「いいえちょうどお茶の支度ができましたので…… ご実家から問題でも?」
振り返ったルドルフの手にある手紙は、そもそもエアグルーヴが会長室まで運んだものだった。
運んだ都合上差出人はわかっており、それが会長シンボリルドルフの心を曇らせているのもわかっていた。
だからこそ休息のためのお茶を用意し、少しでも気持ちを分かち合おうと声をかけていた。
ルドルフもエアグルーヴのきめ細かな心遣いは理解している、対面の椅子に座ると手紙の封筒を前に置いてみせた。
「トレーナーからの手紙ではないよ。まあ一言はあったけれど」
「では誰からですか? 差し支えなければですけど」
「マティリアルからだ」
懐かしくも辛い名前。
レースに病んで怪我して入院を余儀なくされたシンボリ一門での妹分の名前にエアグルーヴは一瞬声を潜めた。
触れていいのか、デリケートな問題でもある。
だが自分が声掛けしたのだから聞くとこにした。
ティーカップを手にした反対の手で少し前髪を払って
「マティリアルは退院したのですか?」と
彼女が事故を起こして入院以降の状態は伝わっていなかった。
それほどにショッキングな事故で、あえて触れるウマ娘もいない。
エアグルーヴはそこに踏み込んだがルドルフは少しトーンは低いながらも返事はしっかりと返した。
「ああ長くかかったが去年の夏にね、ただレースは…… まだ難しいかな」
「それはよかったです、本当に。手紙はその報告なのですね」
「いや違う」
てっきりそうだと思った手紙にルドルフははっきりと違うというと困った顔を見せて言った
「シリウスにと…… マティリアルからの手紙が入っているんだ」
「シリウスさんに、では私が運びましょうか」
即答の深慮だった。
シリウスをホクトベガに預けたときからの約束は、ルドルフが安易にシリウスにかかわらないでほしいというもの。
手紙の手渡しがダメとは言われていないが、少しでも会おうとすれば声高く約束を違えるなというホクトベガを思い出すにルドルフの立場を悪くしたくないというエアグルーヴの気遣いはすばやく提案されていた。
本当によくできた女帝だ。
ルドルフはありがたいと断りをいれて
「いや、これは私が渡すよ。今はシリウスにとって試練の時、ならば私も共に背負おうと思うんだ」
宝塚記念のレース以来閉じこもっているという話は聞いていた。
飛んでいって抱きしめてやりたかった想いを、あの日堪えた。
相手にそれほどの自制を求めるホクトベガのやり方を否定はしない、自分が「再起」をと頼んだのだからという思いで
「シリウスも色々なものと戦っていると思うと、こうして心をやきもきさせるのも形を変えた南征北伐というものだよ。私の心も一緒に戦っているんだ」
「わかりました」
来る日を待つ覚悟を示す
「何か一つでも解決の糸口を見つけ前に進んでくれたら、その時この手紙はきっとシリウスを助けるものになる。今はそれを信じて待つだけだ」
「はい」
皇帝の自制に従う女帝。
降り続いていた雨が少し緩やかになり始めていた。
「そんなものかい? 」
黒い影はそう言わんばかりの手振りと見せ生意気な顎揚げスタイルを見せる。
言葉はなくともそう感じる仕草にツインターボはイキっていた。
「人男に負けて何がウマ娘ぞぉぉぉん!!」
前を行く影は「人男」と怒鳴っては見るものの明確な形が見えるわけじゃない。
ただひたすらに自分の前を軽々と走る尻尾を持たない人形の影を追い続けているのだ。
不思議なことにどれほど走っても疲れない空間で。
「待ってくれよ!! お前にこれを返す!! だから米を返せ!!」
手に持った使途不明の蹄鉄を振りながら近づくが
息をついて歩幅を緩めると前をいく影は止まって「腿上げ」のポーズを見せる。
「もっと走って来いよ」
笑うように軽快なステップを見せる。
決して追いつかせないかと思えばいつの間にか後ろにピッタリと付かれていて、気がついた一瞬で抜かれる。
遊ばれている状態だ。
「おーい!! 俺の言ってることわかってんだろ!! こいつは人男!! お前のなんだろ!!」
やけに丸い蹄鉄。
ウマ娘がつける面長で足に合わせたものとは違うそれのせいでツインターボはこれをつけてるやつは「男」だと考えていた。
理由はトレーナーが持っていたからという短絡的なものである。
自分たちと違う生き物が自分たちのマネごとをする変な道具ぐらいに思って。
それにしてもここは変な場所だ。
風景はぼんやりした緑つづく公園のような場所、真っ直ぐなところもあれば坂道もある。
ともすれば学園にあるトレーニンググラウンドにも似た妙な場所だが、まったく果て見えないコースを2人は走っている。
ライスシャワー転倒の時、ツインターボの目には別の何かが写っていた。
黒い影が倒れた彼女に寄り添い担架で運んだ後、手を引いて入れ替わった。
そこからだ、そこからライスシャワーの姿は見えなくなって、この影にピーチクパーチクと声をかけながら走り回る事態が続いている。
「止まれよ!! 話せよ!! なんかいえ!! 言いたいことがあるんだろ!!」
かけっこもいいが連れ去りの理由があるなら話もしたい。
飛び上がって手を振って見せる。
「なんか言えよ!!」
「ひひひひひひ」
言えと伝えて初めて戻った返事に首が斜めに曲がる、奇っ怪な声に。
「ひ?」
「ひひひひん、ひひひひひん」
「ひひ語? 何語…… さてはお前宇宙人か…… 俺としたことがこういう相手に対するために宇宙語も覚えておきゃよかったって…… 今は無理だ!! ゼスチャーしろよ!!」
楽しそうに首を揺らす影に、ツインターボは顔の前で片目を隠して同じぐらいの背丈と頭の上で平手を振ってみせる。
「ほらこのぐらいの!! 俺よりちょっとチビで(実際はターボの方がチビ)片目帽子で隠してて、お前ウマ娘さらいの宇宙人なんだろ、どんな事情があるかしらないけどあいつを返してくれよ。どっかの農場から牛連れっていっていいからさぁ」
いいわけない。
ツッコミ不在の中でツインターボは懸命に説得を続ける。
「なあなあまさかもうキャットミュージック(キャトルミューティレーション)とかして体切ったりしてないよな? 切っていいのは傷んだ髪だけだぞ!! 尻尾はだめだぞ!! おい聞いてるのか!!」
影は話を聞く気がないのかグルグルとツインターボの周りを走り出す。
「なあ頼むよ、あいつは大事な仲間なんだ。あいつと俺はレースする約束してるんだ、こんなところで連れて行かないでくれよ!!」
「ひっひっひひひん!!」
レースという言葉に反応したのか大いに喜ぶ、影は揺れて前を指す。
今まで見えなかった靄の向こうに光がある。
ゴールが決まった瞬間だ。
「そおかよ!! 後で泣くなよ!! 逃げ切り☆シスターズ筆頭(自己申告)の俺を巻けると思った大間違いだ!! 今日はとことんうまぴょいだ!!」
猛然と走っていく影は、色を伸ばし4つ脚の別の生き物のようになっていた。
ゲートインからスタートダッシュ、ツインターボはがむしゃらに先行していく。
前を抑え、絶対に逃げ切るという走りの中で振り抜いて激高した。
「てめー!! お前米だな!!」
今まで影と見ていた相手の目が青く光っているのに気がついたからだ。
研ぎ澄まされたナイフのように鋭利な青い閃光が、背中にピタリとついてくる。
「俺の加速は伊達じゃねぇ!! どんどんどんどん行くぞ!! 切れるもんなら切ってみろぉぉぉ!!」
言葉は走る圧力にどんどん千切れていく、風になり線になる。
コースは身に覚えがあるが、そんな事はどうでもいいぐらいの疾走。
先を走るツインターボを影はぴったりとマークしスピードを落とすことを許さない。
油断ならないせめぎあいで遠くに輝くゴールを目指す。
勢いを上げる2人、靄のかかった道の先に輝きが見える。
「負けねーぞ!!!」
今までないほどの速力を上げていくラインの向こう側へ飛ぶように光に飛び込んだ。
薄暗くなった雨の夕暮れ時、イクノディクタスは花瓶の水を変えて病室に戻ってきていた。
病室のドアには「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙、手前の通路には「ライスシャワーさんへ」と書かれた花かごがずらりと並べられている。
「そのうちひな壇とか作らないといけなくなるんじゃないのかしら」
トレセン学園近くにある病院だ、怪我をしたウマ娘がいる事などすぐに耳に入る。
国民的エンタテーメントを彩るスターウマ娘もいれば原石になる子たちもいる、ファンにとって推し怪我は心穏やかではいられない一大事だ。
少しでも励ましたいという思いは見舞いの花かごとポストカードに込められている。
それが今ここに、病院の通路、ライスシャワー眠る部屋の前に2列になってズラリと並べられている。
今やライスシャワーを推すファンは五万といるだろう。
かつては三冠阻止・三連覇阻止で悪者扱いだったライスシャワーも、小さな身で頑張る姿を見せ続け観客の心を動かしていた。
春天で復活勝利の後には多くのファンからの賛辞が送られており、それが宝塚記念出場にもつながるほどスターウマ娘となっていた。
この病院に入ったという情報は発表されていないが、熱心なファンをごまかすことできない。
一般病棟に移った翌日から、花は増える一方だ。
通路に出しっぱなしは申し訳ない気持ちになるが、すでに部屋には入り切らない程の花がある
イクノディクタスが見舞いに来て最初に追われる作業は花の管理だった
「ライス、早く起きて。こんなに花でいっぱいなのよ、早く起きてくれないとこの部屋花箱になっちゃうわよ」
ライスシャワーのベッドの周りにはトレセンの仲間たちからの花かごが並ぶ。
ここに最初に来たのはマックイーンとブルボンだった。
「早く起きてださいね、貴女に挑む私のために」
マックイーンは少なくも希望に前向きな言葉をかけていった。
「ライス、お互い傷を治してまた競い合いましょう。待っています」
ブルボンは自らの診療も兼ねてだったが病室を訪れていた。
「みんな待ってるのよライス…… にしても花かごはどうしましょうね」
「なになに、イクノちゃんお困りならあたしちゃんがひな壇作ろうかぁ」
「善意だからね、そうして貰おうかな」
椅子に座ってポンポンを作りながらパーマーが顔を上げる。
放課後ここはチーム・アンタレスのたまり場になっている。
トレーニンググラウンドから遠乗りし河川敷を走って、練習ついでにここに来て眠るライスとツインターボに会いに来る。
こんな雨の日でも。
雨合羽の下にトレーニングウェアのままここに来ているのだからフットワークは軽い。
ひな壇がほしいと言われればすぐでも作りそうなパーマーにイクノは釘を刺す
「はい!! ここで作ったら出入り禁止ね!!」
作って良いと言えば今にも始めそうなパーマーの動きを制し、ベッドの方へと目を向ける
頭を巻いていた包帯は取れ、傷だらけの顔をかくすサージカルテープだけ。
意識不明の眠り姫に、静かな息だけが聞こえる前でヘリオスが写真を紙芝居のように見せていた。
「でねでね、こっちがケイちゃんで、こっちはキューちゃん。2人とも初のウマ術で緊張してソワソワしてるのかわいいの」
指差す2人は馬事公学園に移籍したウマ娘。
ケイエスミラクルとサンエイサンキュー、ウマ術大会の学園内新人戦の写真。
2人とも公式戦でないためドレスではないが、馬事公学園の真紅の競技用制服に黒の帽子姿で。
「ケイちゃんもキューちゃんもキレイに飛んだよ、ふわふわふわって。ドレスだったらふわふわふわって舞ってきれいだったと思うのぉ」
緊張の初挑戦だった2人。
無事に競技が終わった後、お互い手を取ってはしゃぐ姿が写真に取られている。
「ライスちゃんにも見に来てほしいってぇ、だから早く元気になってぇ」
ライスのベッドに頭を擦り付けて
「ライスちゃ〜〜〜〜ん、早く起きてぇ〜〜〜〜待ってるよぉ〜〜〜〜」
薄くなった雨、病室の中の静かなチーム・アンタレス。
集う仲間の思いは一つ、仲間の復帰。
「みんな待ってるわよ…… ライス」
手を伸ばし頬に触れる。
「はいイクノさん、イクノディクタスさん? ここは?」
かすれた声だった、水気のないひび割れた唇からこぼれたのは薄く目を開けたライスシャワーの返事。
自分の頬に触れた手に顔を擦り付けるような仕草、柔らかな暖かさにイクノは一瞬固まり飛び上がった。
「ライス!!!!」
「ライスちゃん!!!」
「ライスちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
突然だった、当然目覚めに前触れなんかなかったから余計に驚きしどろもどろになったが制止のキックはすばやく繰り出されていた。
目覚めたライスシャワーに2人して飛びつこうとしたパーマーとヘリオスをイクノは蹴倒して
「どうして、えっえっえっえっどういう…… ああライス…… 良かった」
しっかり2人を踏んづけて涙した。
「ああよかった目が覚めて、すぐに先生呼ぶから!!」
「待って…… ください…… 先に聞きたい事が」
イクノの足元では2人がジタバタしている。
「ライズぢゃゃゃぁぁぁぁぁん!!!」
勢いある2人は野放しにはできない、体全部を強打する全身打撲のライスシャワー。
この状態で抱きつかれたら悪化してしまう。
「ちょっと落ち着きなさいよって、まずはライスが何言ってるか聞かないと!!」
泣きながら暴れる2人に更に泣きながら抑えるイクノ。
眼の前のドタバタを前にライスは細い声で訪ねた
「…… お兄さまはどこですか?」
ベッドの中から見られる狭い視界、目を動かし探すライスの姿に、我に返ったイクノディクタスのつらそうにうつむいていた。
「お兄さまは?」
「そうよね…… 良いニュースから告げたかったけど…… そうよね大事だものね」
ベッドのリクライニングを起こしたライスにイクノディクタスはレース翌日失踪したトレーナーの手紙を渡していた。
まだ自分の手を使って広げることのできない手紙を封筒からだして眼の前に広げた。
力ない文字の羅列をライスは目線だけで読んでいく。
内容はわかりやすい謝罪だった。
過剰なトレーニングで溜まった負債による怪我、すべての責任は自分にある。
ライスシャワーにひたすら謝るという文に、ライスはまだ開ききらない薄い眼差しを濡らしていた。
「お兄様のせいじゃないのに…… 」
ドタバタからやっと開放されベッドのヘリに顔を並べたヘリオスとパーマーは声を揃えて言った
「ライスちゃん!! 心配しないでトレーナーはメジロの家や仲間たちに頼んで探してもらうから!!」
「僕はね!! 僕はね!! 新聞友達に見つけたらメールクレクレ願いを掲載してもらうようにするから!!」
踏まれたまま頭だけ上げて2人はライスの不安を取り除こうと、今できることを告げたがライスシャワーは静かに断った。
「ありがとうございます、でもその必要はありません。お兄さまを苦しめたのはライスのせいでもありますから、ライスが解決する問題ですから」
思いもよらぬ発言だった。
いつも弱気で自分から何かを主張する事の少ないライスシャワーの発言に3人は目が点。
眼の前にいるのは病み上がりで顔の白い力をなくしている存在なのに、目の中にある光は青く燃えていた。
「ライスが走って、走って、走って。ライスは大丈夫だってお兄さまに証明してみせます」
驚く言葉が続く、だがイクノは確信したようにライスに告げた。
「良いニュースはそれよ。骨は折れてない、アキレス腱の手術は終わってる、後は走るためのリハビリを頑張るだけよ!!」
拳を握るイクノの姿にライスも少し驚いた顔をしたが後はうなずくだけだった。
「はい」
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃいぃ!!!!! だァァァァァァァ!!!!」
感動に静まった部屋に雷を落としたのは隣のベッドに寝ていたツインターボだった。
水も少ない枯れた喉からの大音響に一同揃って耳をぺしゃんとなったまま目を見開く
次の瞬間ヘリオスとパーマーはツインターボに飛びつきもみくちゃにしていた。
「師匠!!!!」
すでにライスの目覚めで涙腺決壊中の二人が、涙以外にも吹きこぼす勢いでツインターボに抱きついて大声でなく。
「うわぁぁぁぁぁんぁんぁなぁく!!!!」
感激が限界突破した二人の向こう側でライスシャワーとイクノディクタスも涙をこぼしながらも喜びの笑みをも見せていた。
「良かった、本当に、何してんのよ部長……」
「米!!! てめえ!! 何が「ありがとう」だ!! もう一回勝負しろ!! ってあがごぁ痛い痛い痛い!!!」
意識不明で寝てい動いていなかった体、締め上げられれば鈍った筋肉が痙攣して痛いところに喜び爆発で容赦のないパーマーとヘリオスの羽交い締めにアップアップするツインターボ。
「何? 変な夢でもみてたの?」
イクノはライスシャワーを守るように前に立っている。
ツインターボはヘリオスとパーマーに抱きつかれ飛びかかるどころではないが、勢いはあった
「最後に......刺しやがってぇぇぇ、痛い痛いよぉパーさん!! ヘッツあん!!」
嬉しすぎも、羽交い締めにされ口を歪ます顔も起きているからこそ見られるもの。
「こいつらどーにかしろイクノ!!」と叫ばれても笑い泣きで動けない。
入院していた二人が時を同じくして目覚めるなど、心配事が一度に吹き飛ぶ事態。
イクノディクタスは泣き笑いの状態で悶絶するツインターボの意味不明な言葉を聞き返した。
「意味わかんないわよ部長、何なのよ」
「黒いやつだよ!! あいつ…… ちがーう!!! 米お前だぁぁぁぁぁ!!!」
「ライス?」
隣り合って顔をあわせて。
「そうだ、お前を追ってたんだよ!! 逃さねぇんだからな!! お前は俺と勝負するんだからよぉ!!!」と、ビシッと指差しはするものの体は言うこと効いてない。
フニャフニャの状態にパーマーとヘリオスに抱きかかえられて。
こんな状態にあっても自分とのレースに一生懸命なツインターボの姿にライスシャワー泣き笑いだ。
「はい、きっとレースしましょう。ライス、絶対に走りますから!!」
病室にアンタレス。
これで騒ぎが起きないわけもない、ましてや今日は嬉しいメンバー再集結だ。
通夜を通り越して花かごの花を降らすパーティー会場へと早変わりだ。
そして当然後日めちゃくちゃに怒られる懲りない面々。
暗かった雨は止み、薄っすらと地平線に夕日が輪郭を見せていた。
宝塚記念から一週間、シリウスは宿所としている「砂場」の自室から出なかった。
ただひたすらに、ベッドの上で一心不乱に声を殺して呻いていた。
食欲など一切わかない生き死にをなくしたただ苛立ち「呻く」生物になってしまったのではと思い返すほど空虚と恐れの日を過ごしていた。
「私が…… 私が余計なことを言ったから。だからこんなことに…… 」
「間違わないでシリウス、誰のせいでもありません」
眼の前で組んだ手、爪をかみ、髪を振り乱したシリウスに声をかけたのはホクトベガだった。
毎朝の習慣をこの日も変わることなく続けいている。
事故以降ここに閉じこもり悶々と呻くシリウスを毎朝見舞うように戸を開ける。
「一週間ですね。だからそろそろ聞こうと思うのです、これからあなたがどうしたいのかを」
いつもは挨拶と食事を運ぶだけだったホクトベガはベッドにうずくまるシリウスと隣り合わせの椅子に座り静かに問いただしていた。
焦点の合わない虚ろな目の前で、何時になく静かで笑わない顔は続ける。
「雨は直にやみますよ、そしたらどうしようと聞いているのです」
今までこんな聞き方はされた事がなかった。
生意気に突っぱねていた頃にも暖簾に腕押しのような問答はあったが、突き詰めるような質問などされた事はなかった。
ましてや今は事故に対する嫌悪心を抱えて、先の事を考えられる状態にないのは見ればわかるようなもの。
「……何を……何をしろというの?」
嗄れた声は顔を隠しながらいまいち掴みきれない状況に返事する。
ほしい慰めと違うホクトベガの顔を伺う。
「雨がやんだら、私は貴女に走って欲しいと思っています」
刺さると言葉。
走ったが故にあの事故が起きたと、淡々とした逆なでに締め付けられていた心の箍が外れてしまった。
「走る?? なんでそんな事を聞くの!! 走るわけない!!」
歪めた口で跳ね上がった声、叫ぶように切り返すシリウスにホクトベガは微動だにせず
「なぜ走らないのですか」
より一層踏み込む質問を返した。
上がった息でシリウスは声を飲んだ。
山積みの重荷が去来し、苛立ちで顔をそむける。
誰が走ることを望んでくれるのか。
今まで散々に周りを振り回してきた。
姉と慕ったシンボリルドルフとの亀裂、行く場なくトレセンにとどまりアチラコチラに問題を振りまき、挙げ句ライスシャワーを事故へと誘導した。
四方八方が闇だ。
誰のどこを頼って良いのかわからないのに、この眼の前にいるホクトベガは涼しい顔で自分を苛んでいると思えば喚き散らすのは必定だった。
「一体誰が私が走ることを望んでいるというのですか!! 私はもう走れない!! 走る意味がない!! 走っても何も変わらない!!」
だれよりも。
走ることが好きだったのに、どこでどうしてこんなにも曲がってしまったのか。
今まで怒りを抱えることで遠くにおいておく事のできた感情が溢れかえる。
「ホクトベガ!! 貴女が言ったじゃないですか!! 走るだけでなにかを変えられる時は過ぎたと…… ならば私にはもう何も残ってない…… そういう事じゃないですか!!」
勢いベッドから乗り出していた体は力なく崩れた。
言葉の強さとは裏腹に体の芯まで弱り果てていたシリウスの転げ落ちそうな体をホクトベガはその胸で抱きとめていた。
息の届く距離で女王の慈しみの目が見つめる。
「そう、自分が走るだけでは私たちは何も変えられない痛みを背負い、数多の人に痛みを与えた。でも…… それでも私たちは走ることでしか変われない」
それでも走らないと変われないなんて、シリウスには意味がわからなかった。
「無理でしょうそんなの…… 走ることが怖い…… 」
傷つきすぎた心は長く混乱をきわめた自身の走りを思い浮かべて素直に答えていた。
うつむき顔を隠してしまうシリウスの髪をホクトベガは優しくなでた。
倒れた耳を慈しむように優しく。
「でも走らないとその闇から出られませんよ」
「貴女は…… 抜け出せたの?」
静かにうなずくホクトベガ。
胸に抱かれたまま力なく首を振るシリウス。
「私は…… 貴女のように強くない…… ルドルフみたいにも、なれない…… 」
「ならなくていいですよ」
あっけらかんとした答えだった、シリウスは驚いた目でホクトベガを見ていた。
今まで誰もそんなふうに言ってくれたことはなかった。
シンボリのトレーナーは常に強くなれと教え、シンボリルドルフが見せる勝利だけが全てと叩き込まれてきた。
ひたすらに強くある事が全てだった。
それが叶わなくて、負けることが怖くて、でも勝てないから苦しんで負けても良い理由を探して…… 意地になってそれを正当化しようと、意味のない努力で自分を立たせてきた。
「強く…… 強くならなくていいの?」
「ええ、心優しい貴女にただ強くなれなんて変でしょう。貴女は貴女のまま、貴女の優しさを抱えたままで強くなれば良いのだから」
「私のままで…… いいの?」
「貴女のままが良いのですよ」
枯れていたはずなのに、涙が堰を切る。
声を上げて、やっと泣いた。
腹の底から心の底から、溜め込んでいたすべてを流しだすように涙と声を出していた。
閉じ込めていたシリウスの心はやっと解き放たれた。
長かった雨は止み、透き通った夜の上に星はまばゆく輝いていた。
二期が始まりましたね。
トウカイテイオーの話はちょうど私が競馬停滞期に入った頃でラジオで活躍を聞いている程度の時期でしたね
そんな事より二期ですよ
やっぱり公式のキャラづくりはうまいですね、かわいいですね。
パーマーもヘリオスもツインターボもイクノも
一期から2年も開いて続きを書く気になったのもそのせいかもしれない
でも公式出ちゃった以上こっそりな
さらに公式にシリウスがいてどっと疲れた。
えーターボと絡みあるならアイルトンでしょとか想いながら
「これ以上書くなよ」と念を押された気分です、でもごめんなさい。
せっかくなんで最後まで後2話ぐらいなんで書かせてください。
老後の楽しみみたいなものなので
間違って読んでしまった方にはごめんなさいですけど
老後の楽しみなんで、公式と違うのは許して下さい。
これ終わったら旅程さんを終わらせたいですね。