4/11以前とは構成を一部替えた形で掲載しています。
大幅割愛になりおまけに回したものもありますのでご注意を
前回読んでくださった方には申し訳ないと思いつつ、思い切った大改訂をしました。
といっても一部話が省かれ、レースの話が入ったという程度なのですが。
いずれにしろ書き直しましたので報告を
あとがきのおまけを書き直しました。
ボケていて後半がグダってましたわ、ごめんなさい。
「かかってこいやー!!」
真夏の地方トレセンでツインターボは勝負服を来て雄叫びを上げていた。
9レースの晴天。
山間の避暑地、蔵王の麓、中央トレセンではない場所。
簡素なスタンドと色気のないダートステージにツインターボは立っていた。
中央トレセンが行うレースとは別に地方には地方トレセン主催のレースがある。
今日ここが戦いの舞台だ。
いつもよりはるかに近いレース場と観客席。
ダートでウォーミングアップするツインターボにはたくさんの応援が詰めかけていた。
黄色を基調とした勝負服、いつもとは違う服はここに来る前にトレーナーが奮発してくれた新作でピカピカだ。
中央トレセンからの交流レースにやってくるウマ娘は少なくもないが多くない、どちらかと言えばデモンストレーションマッチレースみたいな趣向であり一緒に走るような事もない。
あるようでない交流の舞台にやってきたツインターボに今日のレース場は満員御礼だ。
「あんな小さい子なの?」「テレビで見た事ある、めっちゃ先頭走ってた子だよ!!」
名前は有名。
パドックに集まった黒山の人だかりは、中央トレセンから来たウマ娘を見ようと十重二十重の列をなしている。
その走りである意味コアなファンも多いツインターボの来場は地元トレセンのウマ娘たちも熱くしていた。
「サインもらおー!!」「今日も逃げるのかな? 私絶対追っちゃうから、でもって抜いたらスターになれるかな?」「後で一緒に写真に入って貰おうよ!! チームの人にも入って貰おうよ!!」
色々な想いが交錯する。
相手は中央トレセン所属のスターウマ娘、勝っても負けても良い思い出にもなる。
チーム・アンタレスにはグランプリウマ娘のメジロパーマーに逃げの盟友ダイタクヘリオスもいる、連戦王のイクノディクタスもいるとなれば豪華な顔ぶれ。
怪我で現地観戦に来られなかったライスシャワーがここにいたのならば大変な事になっていただろうスター選手の所属するチーム。
色々な声援に噂が飛び交うなか、ツインターボは勢いよくパドックのお立ち台に躍り出た。
「ツインターボ!! 見に来たぞ!! ロケット噴射で行けよ!!」
「愛してるぞ!!」
中央からのファンも集まり熱気に踊る。
「うぉぉぉぉぉぉん!!! 俺は元気だ!! 今日もまっしぐらに走りきって、みんなとガンガン踊るぜぇ!!!」
声高に拳を振るうツインターボに応援を惜しまないチーム・アンタレスの懲りない面々。
ポンポンを振りかざしチアリーダーみたく跳ねるパーマーにヘリオス。
pad片手に仕上げ良しと声を掛けるイクノディクタス、ライスシャワーは通信でトレセン学園からの応援中継。
隣には復帰してきたアンタレス正規トレーナーの笹原皐月(ささはら・さつき)が、腕を扇風機のようにグルグル回して叫んでいる。
「タボちゃん!!! 素敵よ!! 仕上がってるよ仕上がってるよ!! ガツンと一発一番よぉ!!」
産休から帰って来たトレーナーさっちゃんはチビである。
ツインターボより少し大きくてイクノよりはチビ、当然パーマーよりもヘリオスよりもチビでミニーグラマラスな人女。
色気少ない童顔で、髪も後ろで一本縛って「私の頭にも尻尾があるからウマ娘!!」などと大声で笑うひょうきんな人女。
落ちることのない高気圧を纏うトレーナーさっちゃんは、拡声器で支持&応援をする。
「頑張るのよー!!! タボちゃーん!! ポイントゲットだぜぇ!!」
「さっちゃん!! それは大声で言うな!!」
「一番星になるのよ!!」
「いわれんでも勝つ!! 俺は勝つ!! 俺は絶対に勝つ!!」
親指グッドでふんぞり返って勝利を叫ぶツインターボ。
そのやりとりに笑う観客。
今回のこのレース、ツインターボが中央トレセン残留のために必要な戦いだ。
迫るレースへの時間の中、意を決して歯を食いしばる。
「任せろ!! 俺はやるじぇ!!」
「任せろじゃないわよー!! タボちゃん!! 自分のために頑張るのよ!! 死ぬ気でジェット噴射すんのよ!!」
日本語が不自由な会話が殴り合いのように飛び交うが、テンションは上がりっぱなしだ。
「わかってらーい!! 大爆発だー!!!!」
レース用のゴーグルをして、スタートへと走って行く。
見送るさっちゃんは良し良しと頷き飛び出していった背中を見つめた。
「うん、仕上がりは上々。その調子で行くのよタボちゃん!!」
一抹の不安。
「砂は久しぶりだけど…… 気にしちゃダメよ」
レースが決まった時から注意はしたが、注意が余計な不安になっていない事を祈る。
今日は決戦だ。
熱いレースが始まるきっかけとなったのは、ツインターボのポイント問題に端を発していた。
事はレースのちょっと前。
「お帰りさっちゃん!! トレーナー復帰パーティー!!」
チーム・アンタレスのルームはライスシャワーに届けられた花かごが一時避難先として集められており、まるで花園のようになっていた。
今日はその色とりどりの花の部屋でチームの正規トレーナーさっちゃんの復帰パーティーをしようという算段だったが、今現在部屋にいるのはツインターボとイクノディクタス、そして復帰トレーナーの笹原皐月(ささはら・さつき)ことさっちゃんだけである。
議題はノーポイントマンになったツインターボをどうするかだ。
ポイントがないとレースに出られないし、中央トレセン在籍も難しくなるからだ。
椅子に座って脚をブラブラ、詰問にふてくされ気味なツインターボは閃いていた。
「わかった!! ポイント借りよう!! カペラってチームも理事長に頼んで借りてるらしいからガツンと前借りしてだな」
安直な答えがツインターボから出て、なぜかさっちゃんがそれに乗る。
「それいいね!! あたしも一緒に行こう。土下座アタックすればタボちゃんみたいな可愛いプリティーダッシュウマ娘、絶対にただで貸してくれるに違いない!!」
復帰早々の問題に頭の回転が大外周りになっている2人。
「はい、ダメです。そもそも部長そんなに逃げ切れてないですしね。さっちゃんは理事長に睨まれるようなことしないで」
呆れるシンクロに2人の頭を連続チョップで黙らす。
「可愛いだけじゃダメなの。あそこは特別美形ぞろいなの、しかも最近は「チームポイント」がっちり稼ぐ子いて不足したことないし。そんな事より良い2人共、ちゃんと聞いてよ」
鋭く切り返すツッコミに二の句が喉に詰まって顔を真っ赤にするツインターボ。
使ってしまったものは戻ってこない。
「そもそも後先考えずに全部備品に換金したから夏休みで退所する羽目になってるのよ」
ポイントゼロという問題。
本当はこの夏いっぱいで学園を退所する気でいたツインターボ。
後先考えず今まで稼いだポイントを換金してチームのための備品に変えてしまった。
「立つ鳥跡を濁さず」を実践し、ライスシャワーとの最終決戦レースで勝って有終の美を飾ろうと考えていたのだ。
ところがどっこい宝塚記念でライスシャワーが故障、幸いにしてまた走れるらしいが安静とリハビリを考えれば復帰は早くても冬だ。
もとより重賞レースでライスシャワーと勝負しよという気はなく、学園内レースでやるつもりだからのポイント放出に後悔はなかった。
が、復帰を待って勝負をすることとなればポイント0はまずい。
なにより在籍に必要な基本ポイントがないのではチームどころが学園にいられない。
「イクノちゃん反対ばかりして、タボちゃんのこと嫌いなの?」
「違うから、話聞いてる?」
どっちが大人かわからない会話
「うおぃ!! ポイントないと米と走れないだろ!! 借りるしかないだろ……」
何度もそのことを言ってるのにと呆れ顔のイクノディクタス。
ホワイと両手を上げて、落ち着けと促しながら説明する。
「ポイントなんて絶対に貸してもらえないし、それに…… そもそも部長が退所しようと思ったことが原因でしょう」
目が点になったツインターボ、本当のところをイクノディクタスは見抜いていた。
「なっなっなに言ってんだ俺は元気だぞ!!」
「元気なのは知っているわよ、でも走ると鼻血出たりするんでしょう」
鼻血と言われて我に返ったように心配するさっちゃん
「鼻血って何? タボちゃん病気だったの?」
「最近は調子いいんよ!! 治ってるよ!!」
2人のキツイ目線を前に、ツインターボは首をブンブン振って否定。
「調子いいの?」
実は以前から鼻血の事を気にしていたイクノ。
スタジオで倒れたり、備品を買うためにポイントを全部溶かしたりしたのは体に限界が来たからだと考察していた。
「おーよ、こないだ病院で目醒めてからすこぶるいいんだぞ」
当の本人が半信半疑な返事で首を傾げると。
「そうだ…… あいつだ、米とレースした夢見てから……」
ぶっ倒れていた時に見た夢「ありがとう」と消えた影。
「そっか、あいつが持ってたんだ、俺の不健康と鼻血」
良くわからない結論にあっけらかんと手を打つツインターボ。
良くわからないことは無視のイクノ。
わかって無くても心配100%のさっちゃん。
「本当に大丈夫なのね!! お米ちゃん(ライスシャワー)とレースしてたら治ったのね!! もういいのね!!」
プンプン顔ががっしり両肩掴んで確認と睨めつける。
「おおう絶対大丈夫!! だけど…… ポイントぉ」
体調問題は解決しても、ポイント問題に良い知恵が浮かばない。
口を尖らせるツインターボにイクノは自信満々で教える。
「心配無用!! 「とりあえず」チームに残るためのポイントの代用は私が持ってる分で十分事足りるから」
健康女王であるイクノは一ヶ月に2回ペースぐらいでレースにでることもある強者。
絶対王者になることはないが掲示板に乗る率は高くポイントもチームで1番持っているという自慢で胸を叩く。
「残る問題はトレセン残留のために必要なポイントを自分で作るって事!!」
「だったらタボちゃん!! レースを組まないとね!!」
ここまで話が進めばさっちゃんだって次にやるべきことに気がつくし、走れと言われればわかりやすいとツインターボは拳を握る。
「おおう!! 走ればいいっていうのなら今すぐにでもだぜ!!」
「そうよ!! 走ればいいのよ!! 一番星になればオールオッケーよ!!」
ジュース片手にドンと出たさっちゃん。その勢いでパーティーへとなだれ込むみ、こうして今日のレースへと相成ったのだ
荒れ狂った雨が終わった翌日。
何度もの深呼吸の後でシリウスシンボリは生徒会室のドアをノックしていた。
ホクトベガに促されたわけではなかった。
晴れた朝に食事を運んだホクトベガ、シリウスは食後のティーを頂いた後にポツリと「ルドルフに会おうとおもう」とこぼした。
ホクトベガはただ頷き「良いですね」と、ささやかに送り出した。
鱗の落ちた自分の目で正直な気持ちでかつて姉と慕ったルドルフに会いにきたのだ。
「どうぞ」という声に2秒戸惑いゆっくりとドアを開けた。
「やあ…… ルドルフ」
「ああ、良く来てくれたね、こちらに来てさあ座ってくれ」
シンボリルドルフは突然で驚きもあったが、目の前にいるの昨日まで自分を避けてきた妹分。
来てくれただけでも奇跡という驚き。
嬉しさの方が先に立ち、浮足立つのを隠してテーブルのあるソファーへと呼んだ。
二歩三歩と前に出たシリウスは止まり、顔を上げた。
ドアを開けるまでは落ち着いていた鼓動は一気に跳ね上がっていた。
昨日まで押さえつけ縛り付けこらえ続けた思いを止めることはできなかった。
拳を握って肩を怒らせて、体に縫い付けた重荷を振り払うように
「欧州に、ルドルフが行けばよかったんだ!! レースに絶対をもってるって言うなら!! 意地でも行けばよかったのに!!」
涙と一緒に本心をぶつけた。
「私は行きたくなかったのに、無理やり引っ張られてトレーナーに追い出されて、ルドルフも止めてくれなくて……」
シャクリで言葉が途切れるシリウスの前でルドルフは2度小さくうなずくと
「そうだな、君は望んでいなかった。だけど、シリウス聞いてほしい」
「嫌だ!! 今更何を!!」
「お願いだ!! 聞いほしいんだ!!」
溢れ出した本心に皇帝は真正面に向かい合っていた。
涙声で浴びせられる苦痛が耳に入れば、あの日あの時の自らがゆくはずだった夢の果てへと思い出に重なっていく。
シンボリルドルフによる欧州留学と挑戦、意気投合したスタッフたちと随行トレーナー。
大陸への挑戦と、そこからエウロパへと飛ぶ。
そういう予定だったのに、準備もなしに障壁に向かって飛躍するの貫き通したシンボリトレーナーと…… やはり勝利だけを求め続け無謀にも飛んでしまった自分。
島国のウマ娘として初の本格留学という海外挑戦に「未だ準備ままならずと」引き止める人員を置き去りにただ1人でやってやると意気込み飛び出し怪我をした。
まだ、まだ、何もやっていない。
まだ、まだ、まだ、残念が渦巻く心。
シンボリルドルフをもってしても世界への扉は開かれないのか。
行き場をなくした想いが上り詰めた先にあったのが、シリウスシンボリの海外留学及び挑戦というニュースだった。
ルドルフが脚に負った怪我の治りは長引いていた。
共に行く予定だった、いや自分がシリウスを引き連れて行くはずだったという苦しみが喉を突いて出たのは
「頑張れシリウス、期待しているぞ」
激励だった。
涙で「行きたくない」を連呼するシリウスを励ました。自分ではそう思っていた。
「あの時君と一緒に、本当に一緒に行きたかったんだよ」
シリウスの手を握り引き寄せた。
「行けばよかったじゃないか!! ルドルフが行けば!! ルドルフこそが世界に行くべきだった!!」
溢れ出た想いで掴まれた手を振り払うシリウス。
自分の手からあの日あの時手放してしまった妹分を、泣いて自分を呼んだシリウスの顔が重なり踏み込めなかった脚を今度は前にだし、ルドルフは強く抱きしめた。
「私は世界に行きたかった!! だけど行けなかった!!」
あの日は見送りもせず、背中を向けたシリウスの目を見て。
「君が走るニュースを見るたびに一喜一憂し手舞足踏の日々を過ごした」
離さない、掴んで腕の間から「あの蹄鉄」取り出した。
蹄鉄として用をなさないほど薄ペラくなり傷だらけになった、シリウスが使い続けた美浦印のそれを。
「これを見た時、君がどれほど苦しんでいるかを知った」
正直に言えばトレーナーは付帯されていた手紙は見せてくれなかったが察することはできた。
心優しくてきれい好き、蹄鉄の手入れだって人の分までしてしまうシリウスが、こんなになるまで走っている。
「だったらわかったでしょ!! どうして帰ってこいって言ってくれなかったの!!」
つかみ合ったお互いの腕、息の届く位置で合わせた目と目。
シリウス見るルドルフは一瞬伏せて思い直したように顔を上げると
「帰りたいのはわかっていた、幾度となくレースで辛酸を嘗めたのもわかっていた…… でも」
「言えないさ!! 世界を走る君の背に、その1つ1つのレースに「夢」を見たのだから!!」
自分を掴む強い腕に、その熱さにホクトベガの言葉が戻ってくる。
「皇帝だって夢を見る」
遠い世界に飛び出していく自分に、自らが果たせなかった「夢」を見た愛し慕った姉貴分のルドルフ。
「あの時、君こそが私の夢だったんだ」
互いが想っていたことは言い尽くした。
後は一杯に溜まった涙ですべてを洗い流すだけだった。
「いいですかライス、まず何をおいても賢い筋肉を作ることが大切です」
ミホノブルボンは真顔に人差し指フリフリでライスシャワーに告げる。
ここはトレセン学園内にあるリハビリルーム。
競技のために筋肉を効果的に鍛えるための部屋もあれば、固まりやすい体の部位に対する集中ストレッチをする部屋、心身のリラックスを促すヨガルームなども持っている。
至れり尽くせりの場の中にあってブルボンとライスは2人きりでリハビリに励んでいた。
「えーと…… つまり無駄なく筋トレをするということですね。確かにライスは筋力において他の人より弱い部分もありましたから」
「ライス、それは違います話は最後まで聞いてください。これはこれからの貴女を強くする為に必要な事です」
ブルボンの前、右足に歩行補助のギプスをしたライスシャワー。
退院以来可動型へと変わっているが、相変わらず各所を抑えた脚は普通に歩くのにも支障がある。
「腱を守るために必要なのは強靭な筋肉ですが、ただ強ければ良いということではありません」
椅子に座った筋トレ、目の前に立ちブルボンは拳を握り力説を続けた。
「大陸の偉人は言っていました。知識は力なりといいますがそれは嘘だと」
真面目な顔の前、少し引くライスシャワー。
この話は絶対に彼女のトレーナーが力説しているものだと予感がする。
耳がぺしゃんとしそうなライスシャワーの前ブルボンは更に大手を振って続けた。
「知識とは筋肉の事です」
まくりあげた二の腕を見せて。
「故に脳も筋肉です、腕はもちろん、脚も体も筋肉です。つまり全身が強靭な筋肉であれば、これは全身が賢い脳であるのと同意です。こうして賢い筋肉が作られるわけです」
そんなぁ……
レースでは絶対に「むりぃ」は言わないライスシャワーだが、その理論は酸っぱい気分になる。
「ブルボンさん…… その偉人さんは時々ハンマーとか持って空飛んでたりしませんか?」
「時々持っていますし空も飛べます。しかしそこは問題じゃありません!!」
ズイッと近づく真顔に圧倒されるライス。
時々ブルボンは怖い、特に筋トレにかけてストイックで。
「これに習い私達も賢い筋肉を作るのです!!」
力のこもったグッドサインに、苦笑いながらも答える。
「賢い筋肉か、そうですね、そういうもの必要ですよね」
前向きな答えに、ブルボンは安心したように息をついた。
「走りたい、そういう気をすごく感じますねライス」
前ならば、走ることに悩み自身を追い詰めていただろうライスシャワーをよく覚えていたからだ。
言われて気がついたライスも、気恥ずかしそうに目を泳がす。
「確かに今すごく走りたい気持ちでいっぱいです。ライス、お兄さまがいなくなって寂しいなって今も思ってます。でも探したりはしません、ここで止まらずレースを走ってるライスを見せることが大事だと思うのです」
走る自分を見て、トレーナーであるお兄さまとの出会いがあった。
だったら今のこの状態から諦めずに走る自分を見せる事でお兄さまに戻って来てもらいたいと言う。
「…… そう、願っているのです」
悲嘆ではなく希望を見せる瞳にブルボンもうなずく。
「では私もそう願って強くなります!!」
「あっと、いたいたライスちゃん!! レース始まるよ!!」
ライバルが共に高め合う事を誓う沈黙を割ったのはハルウララだった。
廊下をパタパタと走り部屋に飛び込んできた。
明るいピンクの髪を揺らして、スマホを手に持って。
「出番そろそろだよ。応援するんでしょう」
応援。
前はそこまで乗り気になれなかったが、今日はそんな躊躇している場合ではない。
ツインターボがチームと学園に残留するための大切なレース。
「絶対に勝つ!!」
療養とリハビリのために現地に応援に行けないライスシャワーに、ツインターボは出発前、何時も通り息巻いて宣言していた。
それを受け入れるようにライスシャワーは「はい」と返事していた。
自信満々のツインターボだが、久しぶりというのは心配だった。
中央トレセンとは違い地方レースのダートは難しいものではないかという心配。
トレセン学園が開催するGグレードのレースは整えられた芝で催される事が常であり、同じくGグレードのダートレースでも均等なる砂による「美整地」で行われる。
心配なのは地方トレセンのレース場ではそこまでの整地はできないというもの。
ただできなくても走ることは出来る。
そこで活躍するウマ娘がいるのだから当然だ。
だが走る場所の変化というものは大きい、芝と砂というだけでもすでに大きく異なるのに、地方レースに初参戦では心配するなというのは無理というもの。
「でも、きっと一番になります」
深呼吸したライスシャワーはミホノブルボンの手を引いた。
「ブルボンさんも一緒に応援しましょう。私の大切なチームメイトが走るんです」
「もちろんです!!」
本日のお楽しみ、治癒療養のため現地には行けなかったが学園で一緒に応援する仲間がいる。
ライスとブルボン、ハルウララはいよいよ始まるレースを小さな画面越しに応援しようと椅子に座った。
「中央トレセンから参加のツインターボ、やはりハナを切るスタートダッシュ!!」
ゲートが開いた瞬間、どのウマ娘よりも先にツインターボは雄叫びとともに飛び出していた。
会心とも言えるダッシュは始まったばかりのレースに大きな歓声をもたらし、応援するイクノたちも手に汗握る展開となっていた。
中央トレセンに行く前、地元で中央行きを決めるレース以来ダートは走った事がない。
それだけが不安だった。
朝一番、気になって砂を踏んでみた。草と違う沈み込む感覚。
「うーむ、バ場が重い?…… でも体は軽い!!」
砂は久しぶり。
だけどそれを見越して両足ウエイトや嫌いだった筋トレもやった。
というか病院で目覚めて以来本当に調子が良い、だから今までやりたくなかった筋トレも難なくできた。
「レースするんだ!! 米と本気の本気で!!」
意気込みは春天の時にもあった、だけどグレードレースでやろうとは考えていなかった。
鼻血に悩まされ良い成績が残せなくなれば、いくら能天気で通ったツインターボでも焦るというもの。
出血としびれで体が重くなれば、実際レースはもう無理だと考えた。
だからライスシャワーと話した時、賞レースじゃなくて草レースでと言った。
ポイントも溶かして、今まで自分と楽しくやってくれたチームメイトのための備品に替えて背水の陣を作った。
覚悟した。
なのに今体が軽い、七夕の王になったあの日のように絶好調だ。
「わりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
気迫みなぎるというものだ。
ツインターボの気合は乗りに乗っていた。
「タボちゃーん!! 一番で帰ってきたらワッショーイしてあげるぅぅぅぅ!!!」
「師匠!!! こっちめがけて飛んできて!!!」
「フレフレ!!! 師匠!!!」
その乗りは応援席で旗振るメンツにも伝わっていた。
トレーナーのさっちゃんはライスシャワーたちに向けpad片手に拡声器を持って応援しているし、ヘリオスはトップで走ってくるだろうツインターボを抱きとめるためにサポータでガッチリ装備。
パーマーは大声援でチアリーダーが如く赤いポンポンを振り乱す。
イクノは静かに闘志を共に燃やしレースを見つめる。
否応なく上がる熱気は、スターウマ娘来場の地方トレセンを盛り上げ、当然のようにレースに参加するウマ娘たちも燃え上がっていた。
「こんなに盛り上がったのは、ここでレースしてきて初めてだよ!!」
地方トレセンでのレース。
よほどのスター選手がいなければ満員御礼なんて出ない。
それが朝から大盛り上がりだ。
いつもなら最終レース前にようやく八分入の人なのに、朝から満員なんて嬉しくて仕方ない。
「絶対に勝つ!!」「勝てる!!」「今日は勝てる!!」
逃げウマ娘のツインターボを追い抜いて、この満員御礼のレース場で歌って踊りたい。
ツインターボの応援が盛り上がれば皮肉にも地方トレセンのウマ娘たちも盛り上がって、ゲートに入った頃には闘志メラメラ。
ゲートオープンで走り出せばその歓声で更にボルテージが上がるというもの。
レースは開始早々の大歓声。
燃えてハナ切るツインターボがいれば、その声援を味方に走る地方トレセンウマ娘もいる。
この展開に客は燃えたが、焦ったのはツインターボだった。
走り出しは良かった、体調も良い、それが砂の上で空回り始めていた。
最初のストレートではスルリと出て4バ身は前にいたのにどんどん間を詰められている
「やっぱり変だぞ!! 砂なのか?……」
ダントツで前を走っているのに迫られる。
走る呼吸が背中に迫る、汗の熱気が尻尾を炙る。
向正面砂塵の音が耳につく。
「俺が追いつかれるだとぅ?!!」
舞う砂が耳に近づけば、緊張感は高まる。
「絶好調なのに!!」
力はみなぎってるのにうまく前を走れない、気持ちと裏腹のブランクが自分に少しずつ忍び込んでいるのが読めない。
「ふんぬぅぅぅぅ!!! 考えたら負けだ!! 読んだら負けだ!!」
考えないし読まない、今までだってどっちもやらずに懸命にただ走ったのだから。
意気込みとは別に砂塵に揉まれ始めるツインターボ。
「ツインターボ失速か!! 脚が重く感じるぞ!!」
いつもならダントツ先行なのにズルズルと他のウマ娘の中に吸い込まれるツインターボに実況のトーンは下がるが、観客は接戦へと変わるレースにより大きな歓声を送る。
状況の悪さにあがき涙目になりながらもギリギリをせめぎ合う、自分より身体の大きいウマ娘が両サイドにいるのが怖くなって遮二無二手足を動かすが喉を締める圧迫感で力が削がれる。
4角に入り遠目に見ても危ういツインターボに仲間たちは声を上げていた。
「タボちゃん!! 砂なんか気にしない!! 前だけ向いて走って!!」
「部長!! 真っ直ぐ!!」
「師匠ぉ前だけ見てぇ見てぇ!!!」
わかってる、後はまっすぐ走るだけなのに、まっすぐを示す道が狭くて怖い。
「にゃろぉぉぉぉ、怖いじゃねーかぁ!!」
一生懸命なのに、元気なのに、体調いいのに、耳が折れそうで泣きそうだ。
「俺には、むぅ……」
「1000メートルで走りきって!!!!!!」
一瞬、諦たツインターボに届いた声。
padに宛てた拡声器、ライスシャワーは両手を硬め画面の前で叫んでいた。
「一緒にレースしましょう!! だから頑張って!!」
頑張れと何十回何百回と仲間に言い続けてきた。
イクノディクタスに、メジロパーマーに、ダイタクヘリオスに。
自分と勝負しろと散々に尻を叩いたライスシャワーに。
ここ一番のレースに負けるわけにはいかない。
うつむいていた顔を前に、狭き門になったゴールを目指せ。
「タボちゃん!! 真っ直ぐよ!!」
「部長!! 走って!!」
「師匠ぉ!! 頑張って!!」
言われなくたってわかってた事。
「負けないで!!」
ライスシャワーとレースする。
「あたぼうだ!!! 俺が皆様のギャランドゥ(Gal&Do)だぁぁぁぁ!!!!」
ビビっていた脚をたたけ、こわばっていた腕を回せ。
最後の直線、勝てるを口に前に出ようとする者たちを突き放せ。
脚に力を。
「砂だからなんだって言うんだよ!! そこにレースがあれば突っ走るのみ!!」
砂をえぐりこむように深く踏み込み力を噴射する。
踊るのはこの先のステージだ。
並走し始めたウマ娘の間をナイフのように突っ切って、鋭く射し込む。
応援に押され、ライスシャワーの声に押され、怖かったものなど吹き飛ばし一瞬で前へと躍り出る。
「ツインターボもう一度引き離す!! 今日は二段噴射だ!! ここから本気の勝負だ!!」
いつだって本気で、いつだって勝負だ。
前しか見ない、後ろなんて見ない。
1バ身、2バ身、盛り返すツインターボに負けじと競ろうとするウマ娘を引き離す。
「うそぉぉぉ」「早いぃぃ」「むりぃー」
後悔なんか置き去りだ。
砂を切り、バ群を切り、負けそうだった自分の心を切ってツインターボはついにゴールを突っ切った。
「勝者ツインターボ!! かっちりきっちり逃げ切った!!」
大歓声が響き渡り、紙吹雪の乱舞が続く。
走り抜けヨロヨロになりながらも両腕を上げ飛んだところをヘリオスがキャッチ。
パーマーはポンポンを奮って駆け寄る。
イクノは安心したのかゆっくりと歩み寄る中、突っ走ってきたのはさっちゃんだった。
「タボちゃーん!! やったわー!! そーれー!! ワッショーイ!!!」
言うや両手でツインターボを捕まえて「高い高い」をした、かなりの高さに。
「うわぁぁぁぁぁん!!! 高いよ!! 怖いよ!! さっちゃん!!」
まるで人形を飛ばすように軽々と。
勝ったのに涙でいっぱい、ポンポン飛ばされるツインターボの姿をライスシャワーは画面越しに見つめ喜びを分かち合った。
アンタレスはこれからも皆同じチームでやっていける事が決まった瞬間だった。
「アマゾン、ちょっと良い?」
聞き慣れた声にヒシアマゾンは耳を積ん立ちさせて返事していた。
「なんですか!! 姉さん!!」
思わず階段をウマぴょいしそうな勢いで、上階から降りてきたホクトベガに駆け寄った。
初夏にふさわしい夏服の二人。
「ファン感謝祭に向けて色々と相談したいことがあるの」
「なんでも言ってくださいよ!! ガツンと手伝いますよ!!」
拳を奮って喜ぶアマゾン。
いつになく美しく微笑み企むホクトベガ。
「今年はそれなりに大きい事をしたいわ」
敬愛する姉の発言にヒシアマゾンは大喜び。
「どんなタイマンだってこなしてやりますよ!!」と飛び上がる。
2人は笑いながら中庭の芝を歩いていった。
私にとってのシンボリオーナー和田さんというのは本当に「夢追い人」でした。
この人に思うところある方は多いと思いますが、私的な事言わせていただけるのならば私もあの人が見た夢を、同じ時代を生きたことによってご相伴に預かれた身という事です。
ホースマンとしての最先端で辣腕を奮ったこの人に「夢」を見せてもらったのです。
だから小説でもこの人を一方的な形には書けませんでした。
一生懸命な人だったと思いたいのです。
おまけ小説
11・帰るべき郷・シンボリ一門編
連日の雨から打って変わっての続く晴天、雨を含み瑞々しく鮮やかな緑を茂らす街路樹。
真っ直ぐに通った一本道をシリウスシンボリはシンボリルドルフと歩いていた。
ここはシンボリ一門の持つトレーニングファームの入り口。
入り口両サイドにはコンクリで作られた支柱が2本、1方に「シンボリファーム」と書いた表札が大きくかけられている。
トレセン学園顔負けの施設を持つここにシリウスが戻るのは本当に久しぶりである。
あの日、追い立てられるようにこの道を引きずられ海外に出た。
あの時は街路樹が尖った針のように見えた。
自分に出て行けと騒ぐ恐ろしい木々の牙に見えたそれが、今は温かい風と青々とした香りを漂わせるだけだ。
ときより頭上を行く旅客機の音に耳を騒がせなから、少し進んでは歩を止めるシリウスにルドルフが背を支える。
「正直に言えば……トレーナーに会いたくないんだけど」
「行こうと言い出したのは君だろう。それにトレーナーは昔みたいな指導はしていないよ。まあ君が海外に行ってからだから実感がないでろうけど」
昔みたいな唯我独尊的指導をやめたというのは聞いていたが、それでも昔しか知らないのだから怖いものは怖いし、今何しているのかがわからないのも怖い。
燃え尽きてヨボヨボになっていたりすれば、そんな姿を見るのは心が痛い。
期待して自分を送り出してくれたのにという良心のせめぎあいがシリウスにはあり、それが行く脚を遅らせていた。
「ごめん、緊張して」
手に取るようにわかるシリウスの気持ち、ルドルフは軽く肩を叩く
「わかっているよ、だから急いで行くことはない。こうやってゆっくり歩いていこう、待たせるぐらいがちょうどいい」
2人とも制服姿。
里帰りなのだから土産の1つも持ってなど色々と用意をしたルドルフだったが、シリウスはただ一言。
「一度だけ…… 顔見せるだけだから」と何も持たずに電車に乗っていた。
「それにしても…… この手紙」
途絶えがちの会話だったが、ファームが近づくほどシリウスはソワソワとし緊張をほぐすように話し始めた。
手紙というのはシリウスに宛てたマティリアルのもの。
内容は、海外から帰ってもレースに復帰しようとしない事への意見と、件のレースで止まってしまった事への心配。
そこまでは普通の手紙なのだが、最後の一行が変なのだ。
「リンゴを食べに来て」と珍妙にして突然の締めの言葉。
「リンゴって何?」
マティリアルの締めの一言がそれなら、なんとなく歓迎でリンゴが出るのかなぐらいの軽い気持ちでいただろうシリウスが、怪訝を崩さないのはその後に書き殴られた一行にあった。
それまでボールペンで書いたであろうマティリアルの手紙の端に毛質で達筆な字。
「リンゴを食べに来い」というトレーナーの一言。
「……リンゴって、なんなの? 何かの隠し事?」
「行けばわかる」
最初に読んだ時から気になっている。
「やだなぁ、トレーナーって栄養あるからって時々変なもの食べろって持って来たりしてたよね。マティリアルなんて錠剤だけの三食与えられたとか聞いてるし」
暴走トレーナー。
シリウスが海外に向かった頃、島国のウマ娘をより強くより早くを目標に邁進したシンボリトレーナー。
ルドルフで成功した方法にプラスα独自に考えたトレーニング、栄養剤による筋力増強など色々と試していた。
ぶっちゃけて言うならば「きっと良いに違いない」という自分本位な思いで突き進み、シンボリに集うウマ娘の多くを傷つけた。
欧州留学中仲間から手紙をもらわなくても、寄宿舎付きのトレーナーが島国のニュースを持ってくるし、悪い噂は千里を走るというもの。
色々と聞いていた事を思い出して眉間に皺が寄る。
「やっぱりダメだ、会いたくない…… 怖いよ」
心に残る嫌悪で自分の体を抱いて震えるシリウス、深呼吸をして前を見て固まった。
前から走って来る人影に。
「とっとっっトレーなぁぁぁ」
身に染み付いた恐怖心は完全には抜けない、走れば人より絶対に早いウマ娘なのに後ずさりするのが精一杯。
シンボリルドルフに手を伸ばそうにも体が固まって動けない。
とにかくなんとかしなければと心がもがいているうちにシンボリトレーナーは目の前に来てしまっていた。
「シリウス!!!!!!!」
雷のように大きな声、七三分けに四角メガネ、オシャレ口ひげ、一見すると普通のサラリーマンみたいな平凡な顔なのに怖い。
長身で壮年なのにがっちりした体、両の手がどこにも逃さないようにシリウスの肩を捕まえていた
「ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい」
歯が踊るほど震えるシリウスに、ヒゲ面は近づいて
「脚は大丈夫か!! レースを途中でやめた原因はなんだ!!」
大波小波、力いっぱい揺さぶられるシリウス。
答えようにも言葉が出てこない。
「どうなんだシリウス!!」
生真面目で大きな声、ファーム中に響く声でシンボリのウマ娘たちも気がついた。
「あー!! シリウスだ!!」
「シリウス!! シリウス!!」
シリウスと名を呼ぶ声が響けば遠くで集まっていたウマ娘たちも走り出す。
久しぶりに戻ってきた仲間めがけて、それぞれ袈裟にかけた雑袋に手に持った籠をおろして。
白い軍手を土で汚したマティリアルは他のウマ娘をひとっ飛びの速さで抜き、勢いよくシリウスに抱きついていた。
「シリウスぅぅぅぅ、なんだよぉ、もっと早くここに来ると思っていたのに。すごく待っていたんだぞ!! みんなみんなすごく待っていたんだから!!!」
栗毛のポニーテールを揺らし頬までドロで汚した顔のマティリアル
後はみんなで飛びついてもみくちゃになって、そしてトレーナーに叱られる。
「ちょっと待て!! お前ら!! 俺が話をしているのに横から入って来るんじゃあなーい!!」
変わらない唯我独尊が、群がるウマ娘を叱りつける。
変わらない……、大声で怒鳴り散らし誰の諫言も聞き入れなかったトレーナーの姿が蘇り泣きそうなシリウスを前に、間に入ったのはルドルフだった。
「ただいま帰りましたトレーナー、そんなに大きな声を出さなくても良く聞こえていますよ。みんなも落ち着いてシリウスの帰還を祝ってくれ」
耳をクルクルと動かし仲間との間を割って止める。
以前ならそんな事を言おうものならトレーナーに無礼と弾き飛ばされていた。
記憶に蘇る暴君ぶりに背筋まで氷点下のシリウスを、トレーナーは両手を離し一歩下がった。
開放されたシリウスの前で息をつき。
「脚は大丈夫なのか」ともう一度聞いた。
固まったままのシリウスの背をルドルフが叩いて笑みを見せる。
「シリウスどうなんだい」と。
前と少し違う、自分の答えを「待ってくれている」トレーナーにシリウスは恐る恐る答えた
「脚は…… 大丈夫です」
反り返っていたトレーナーは息を呑んで唸るように吐き出す。
「そうか、良かった」
良かった?
ドキドキな問答だ。
つぎは何か言うのかと思い萎縮したままのシリウスにトレーナーはくるりと背を向け、勢いよくまた振り返る。
「食え!! リンゴだ!!」
鼻先スレスレに突きつけられたリンゴ、引きつったままのシリウスはリンゴの甘い香りにほだされたのか、凍っていた体が柔らかくなりトレーナーしか見えなかった細い視界が広がって初めて気がついた。
いつもなら紺のダブルのスーツを着て派手なネクタイに色の薄いサングラスをしていたトレーナーが、長靴に長さんエプロン、半袖シャツに軍手姿である事に。
まるで畑仕事に従事している作業着姿に目を丸くして。
「これ…… トレーナーが?」
「そうだ!! 俺が作ったリンゴだ!! 今年のは特に甘いぞ!!」
蜜の香と太陽の温かい赤色。
手渡されリンゴを、じっと自分を見る目線の前で少しかじる。
「甘い……」
甘味に溶かされ頬がほんのりと色づき自然に漏れた驚きの声、瞬間ガッツポーズを決めるトレーナー。
「よっし!! よっし!! 当たりだ!!」
トレーニングで良い結果が出せた時のように「良い」を連呼、またも顔を近づけて力説。
「いいか、これからのレースにお前たちに必要なものはこれだ!! 走って体を鍛えるのは当たり前の事、俺が成すべきことはお前たちの食事を鍛える事だ!! うまくもないものを無理して食っても良い肉体を作ることはできない!! 美味いものを食って心と体に栄養を与える事が大事なんだ!! わかるかシリウス!!」
「はい……このリンゴ、本当にトレーナーが作ってるの?」
「おおよ!! お前たちの大好物を作って応援をしているぞ!!」
目を輝かせるトレーナーの姿に、圧力におされシリウスは過去を少し、良い意味で思い出していた。
目の前で両手を開き「世界へ行け!!」と言い放ったあの時のトレーナーは怖かった。
レースに対して、勝利する事に対して、いつも声を荒げ良し悪しを語った。
トレセン学園トレーナーのやり方を認めず自身の方針を烈火のごとく推し進めた。
成果を出せず悪かった事の方が多く、いっぱい傷ついたウマ娘が出た。
でも、冷静に思い出してみればそれだけじゃなかった。
トレーナーは自身が掲げる「世界で活躍するウマ娘を」の目標のために一生懸命の人だった
寝る間を惜しみレースに必要な事を勉強し実践した人だった。
海外に行ったシリウスのレース前後は、必要な反省点・次回に向けての目標を示しそのために考えたトレーニング方法までも書き手紙として送ってきた。
やること全てに手抜きせず、常に一生懸命で誰も見放すこと無く指導した人だった。
今もそうだ。
距離を取り続けた自分に「リンゴを食べに来い」と。
思い出はいつも酸っぱい、我慢していた涙が頬にせり上がってしまう。
「甘い…… すごく甘いよ…… すごく美味しい」
「だぁぁぁ!! 僕のリンゴの方が甘いよ!! トレーナーばっかりずるーい!!」
トレーナーの待てに止まっていたマティリアルは飛び込んで、自分が作ったリンゴをシリウスりほっぺに押し付ける。
「食べて食べて!! 絶対僕のが甘いんだから!!」
「はははははは年季が違うわ!! マティリアル!! 手間と肥料の研究もなしに何をやいわんや!!」
大人げない喧嘩、わんさと迫る他のウマ娘にもみくちゃにされるトレーナー。
「順番でいいじゃないかマティリアル」
騒がしくなった場を収めようとするルドルフ。
涙が出る。
トレーナーを恐れ重病に倒れたと聞いていたマティリアルが、同じくトレーナーの強権に怯えながら走って来たウマ娘たちが、目の前でトレーナーと取っ組み合いをしているのに。
あんなにギスギスしていたシンボリの家が、こんなどんちゃん騒ぎになっている。
戻ってきて良かったとホロリと想ったら、リンゴが美味しくて嬉しくて涙がとめどなく溢れ泣き出していた。
「UP(ウピ)してやる!!」
止まらぬ涙のシリウスにいきなりのフラッシュ。
スマホのカメラを向けて目の前に立つのは黒髪も美しい年少ウマ娘。
まん丸眼で小生意気そうな笑みで、涙を止められないシリウスを激写している。
「何? 何してるの?」
シンボリでは見たことのないウマ娘が、慌てて涙を隠そうとするシリウスをクルクルと追いまわし、耳をピコピコ動かしてシャッターを切る。
「なんで!! なんで写真取ってるの!!」
「ダービーウマ娘シリウスシンボリ!! 涙の帰郷スペシャル!! 見出しは決まっている!!」
「見出しって何?!!」
捕まえようとするシリウスをフワリフワリと避けると、猛ダッシュで逃げていく。
「待って待って!!! そんな写真やめて!!」
トレセンではどちらかと言えば寡黙(意識的にそうしてきた)で尖った美しさなどと比喩させる自分の大泣きの顔など見せたくないというもの。
手を伸ばそうにもすごい勢いで駆けていく相手に届きそうもない。
「ちょっと!! マティリアル!! あれなに? どこの子なの?!!」
見たことない顔、自分にリンゴを押し付けてるマティリアルに指さして聞く。
「あーあれ、あれはクリスエス。トレーナーの息子さんが大陸からスカウトしてきたの」
知らないはずだ、息子さんがいた事さえ知らなかった。
「なんか写真取って行ったんだけど!!」
うんうん、うなずくと同時にいたずらっぽい目を見せるマティリアル。
「大丈夫、大丈夫、ウマスタグラムとかウマウマ動画(Re)に上げるだけだから」
「ぴィーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
熱湯ヤカンのごとく真っ赤な顔で警笛を吹く、耳は天をつくほどまっすぐに立つ。
大泣きの顔を、そんなものに晒されたら、それこそトレセンになんて戻れない。
「やめて!! やめて!! やめて!!」
今日は凛として、トレーナーに挨拶をして帰る。
なんならトレーナーに自分への仕打ちを謝らせてやろうとぐらい思っていたのに。
それだけだったのに、もうめちゃくちゃだ。
恥ずかしい写真をばらまかれるギリギリだ。
こんなところでのんびりしている場合じゃない。
ダービーウマ娘は猛然と走りだし、リンゴを手に手にシンボリのウマ娘たちも走り出す。
トレーナーは当たりとなったリンゴを持ったまま、砂煙を上げて駆けていくシリウスたちの姿を見つめていた。
「…… 良く連れて来てくれたなルドルフ。元気そうで良かったよ」
「はい、でも来る気になったのはシリウスの方ですから」
トレーナーは少し驚いた顔をしたが言葉にして「それ」を言おうとはしなかった。
「そうか、まあいつでも来い。ここはお前たちの集える場所だ。しかもリンゴもうまいからな」
運命の名を引きこの世に生まれる、運命の子達が集う場所。
夢のステージに向かう一歩前、ステージに立つための基礎を磨く郷。
ここに集ってここから駆け出し、レースの合間に心身を癒すために戻る場所。
リンゴの美味しいここに。
シンボリ一門は久しぶりの団らんを楽しんだ、当然のようにシリウス号泣の図はUPされ反響は凄ましく願ってないのにシリウスは一気にファンを増やす事になったのだった。
あの後、どんちゃん騒ぎでリンゴパーティーになったシンボリファームで
パーソロンが出てきて
「あれあれルナちゃん久しぶりねぇー」なんて言ってルドルフが照れる。
「あの子(シリウス)も心配この子(トウカイテイオー)も心配で大変ねぇ」
なんても言われる。
とかも書きたかったけどね全然時間がないのはなぜだろう。
というか今回無駄に長いなぁ
後2話ぐらいで終わりたいのに
本当はね
刑事ドラマみたいなのも書きたいのですよ。
ザクザクした時代のやつをお手本に
ところで刑事ドラマってなんでいつも当然のように警察内部が腐敗しているんでしょうかね
後やたらマスコミが正義だったり、やっぱり政治腐ってたり。
そういうのはねぇ、あまり良くないですよ。
なんて思うのです。
おまけ小説2
11・イン・サラー 砂の女王(前編)
「あの人をぶっちぎったら…… 中央トレセンデビューできるんじゃね!!」
しとしと降り続く雨のパドック。
小さな張り出し屋根の下で「お披露目」を果たしたアクアライデンは髪に滴る雨粒を吹きながらはしゃいでいた。
地方トレセンでは個別の勝負服を着ることは殆ど無い。
着ることがあるとすれば地方戦でも格式高いレースの後、トゥインクルシリーズを模したライブで踊るステージ衣装だ。
今その色違いを川崎トレセンのメンバーは着込んでいた。
「G1勝ってるウマ娘をぶっちぎって吠え面をかかせて…… 私は一気にスターウマ娘にして川崎の星になってやる!!」
白地にグリーンラインのステージ衣装をまとうアクアライデンは敢闘賞ウマ娘。
ここ一番の大金星目指し意気込みを叫んび、隣のウマ娘に止められていた。
「こらっ!! アクアちゃん、そういうことは私に勝ってから言ってよね!!」
「言うのはただ!! ブイブイ言っちゃうよネプちゃん!! こんなチャンス滅多にないんだから」
川崎トレセンに集ったウマ娘たちはウキウキだった。
なにせ地方トレセンという名の下毎日を切磋琢磨してきた仲間たちは、毎日泥まみれホコリまみれの舞台を走る。
色違いのステージ衣装をまとったケーエフネプチュンも雨など気にもとめないノリだ。
「お嬢様だよね、あの人。こんな泥のレースなんて走ったことないだろうから…… 絶対チャンスある!!」
意気込みに拳を固めるケーエフネプチュン。
売出し中にして「強者」に名も遠くないウマ娘。
「荒野走るみたいに感じるのかな、トゥインクルシリーズは花畑走るみたいなものだしね。勝って私が花畑にスカウトされるかも!!」
「私が行くの!! 今日はドロドロになって勝ってやる!!」
「「中央のお嬢様も泥まつりに巻き込んでやる!!」」
悪意はなくても勝つための副賞のようなこと、相手を泥まみれにするということはすなわち相手の前を走るということ。
勝つ気満々の2人。
激戦の南関東を走るウマ娘たちは今日のレースに対して燃えていた。
今日は中央トレセンと地方トレセンの初の交流大会。
勝てば中央トレセンへ、行けるかもしれないし行けないにしても中央という第一線で戦うウマ娘を負かした者として名を挙げることができる。
相手は大きな星だ。
星を落とす者として名を馳せたい、満点の想いを抱えてスターティングゲートへとステップを踏んでいた。
「お姉ちゃん、気負わずいつもどおり行こうね」
ホクトベガの眼の前、背の低い赤ら顔のトレーナーは笑顔で励ました。
長身のホクトベガの胸より下ぐらいにある顔、人としてもトレーナーとしても年若かった。
あの頃ホクトベガが所属していたチーム・プレアデスは大所帯だった。
生徒会役員が多く所属するリギルよりも巨大でチーム内格差も大きかった。
メイントレーナーは選抜される数人を鍛え、それ以外の者はトレーナー見習いのような者たちに任されていた。
過渡期のトレセンには少なくないものだった。
チーム・プレアデスは最高峰のトレセンを目指す学園に十分なトレーナーを確保するためのたたき台であり、トレーナーもウマ娘もそれに準じていた。
「大丈夫? お姉ちゃん」
年上なのに自分を「姉」と呼ぶ新米トレーナーの前でホクトベガは何度めかのため息をついていた
「緊張して…… それに雨がこんなに…… 」
交流戦の今日、朝から続く雨でレースグラウンドはひどい有様だった。
普段ならトレセン学園の整えられた芝だったり、府中の美しいグラウンドを走る身だ、こんな泥沼のようなコースは初めて見る。
伏し目がちなホクトベガをトレーナーは両手を握って言う。
「でもお姉ちゃんは雨に濡れてもキレイだから」と、平気でキレイだと恥ずかしげもなく言う。
「キレイって、意味なくなるわ泥だらけよ…… 滑りそう」
自信のない声だった。
中東の民族衣装を模したAライン・黒字に赤のクロスステッチは細かな刺繍がされた勝負服、地方トレセンの彼女たちが着るステージ衣装とは格が違う。
長身でメリハリ激しいグラマラスボディのホクトベガに顔を隠すベールも相まって美しすぎる。
レース関係者も地元のファンも遠巻きに羨望の眼差しを向けるばかりだ。
そんな外野をよそに若いトレーナーは握った手のまま話を続けた。
「泥は嫌だよね、だからお姉ちゃん一番前を走らないとね。その服すごく似合ってるから、汚れない方がいいな。僕が選んだ中では一番いい服だから」
「前を走ったら後ろの子を汚すわ……」
「だったら、うんと前を走らないと。その方が格好良いよ」
朗らかで優しくて、自信が持てないホクトベガのことを一度として叱ったり怒鳴ったりしない人だった。
「だからねっ頑張って」
若さゆえに大事な注意や叱責をできず、褒めることで静かにホクトベガを導こうとした本当に甘いトレーナーだった。
「なんで…… どうなってるのぉ……」
「届かないよぉ…… 絶対にむりぃ……」
アクアライデンもケーエフネプチュンも快走を見せたのは前半の一周目までだった。
そこから一足踏み込み前に躍り出ようとしたケーエフネプチュンを、同じくたった一足でホクトベガが抜き去っていた。
大きな踏み込みにそれほど力は感じなかったのか、前に出たホクトベガに負けじと競ろう二歩目に力を込めたケーエフネプチュンは信じられないものを見た
息を上げることも力むこともなくホクトベガが二歩目で確実な差を作ったのだ。
「あれ?」
錯覚?
自分が踏み出した一歩より前に背中があるという謎の視界に目が回る。
雨の下とはいえ2人とも頗る調子は良かった。
交流戦とはいえ、走る場所は勝手知ったるホームグラウンド。
どこが山場でどこが伸びるかなんてすべてを熟知したコースで、天上の雨降りさえも我らに地の利ありと思わせた神話が崩れる。
「どうして!!!!」
一歩一歩の飛距離が違う。
雨で作られたぬかるみを雲を踏むかのように飛躍して行くホクトベガの背中はケーエフネプチュンからどんどん遠ざかる。
軽く見える歩様から繰り出される蹴り、後ろに飛ばされる泥に視界まで塞がれ更に距離を取られるともう手の届く位置にホクトベガはいなかった。
いないと言う非常識。
いくら距離を取られるといってもこんな取られ方をしたことがない。
走る本人たちも驚きだったが、詰めかけた客たちも呆然である。
当の本人であるホクトベガは不思議な気持ちになっていた。
いつもならバ群が目の前にあって、前に出ようなんて思えない状況にある頃だ。
一生懸命走る仲間たちの熱気に宛てられ、負けじの魂を感じれば、自分が一歩弾いてあげることで仲間が「良いレース」をできるんだと諦めていた頃合いだ。
なのに今日はまったく違う。
降る雨が髪に頬を濡らし視界をにじませるが、前になんの障害もない景色は柔らかな光で溢れた夜景。
「先頭ってこんなにキレイな景色が見られたんだ」
昼じゃなかった事が良かった。
雨音だけが耳を打つのが良かった。
ただそれを追いかければいい。
ホクトベガの走りはまるでスキップを踏むように美しかった。
地方のウマ娘にはない大きなストライドで美しい歩様が夜に映えた。
「今日は素敵だわ!!」
後は自分の意のままだ、誰もいない世界をひた走った。
一方向正面に入った頃、明らかな差にバタ足になったのは慣れ親しんだ地方ウマ娘たちだった。
懸命に追い上げた末にあったのは、今まで見たことも聞いたこともないような大敗北。
メインストレッチで18バ身という圧倒的な強さにひれ伏すという敗北だった。
ゴール板を超えて泥の中に座り込む地元ウマ娘たちの前、ホクトベガの美しさがより一層引き立ったのは言うまでもない。
顔をあげスタンド席にお辞儀するホクトベガ。
拍手の音さえ雨のように自分の身を流れる心地よさ。
自信を持てないお嬢様は、中央トレセンのG1で勝った時よりどこか笑顔に満ちていた。
雨と夜は心地よいと思ったぐらいだった。
いつもなら一生懸命走るだけでいっぱいっぱいだった気持ちに、ほんの少しだけ余裕ができていた事は否めない。
「やったねお姉ちゃん!! すごくキレイだよ!!」
自分を迎えたトレーナーに微笑み、手をとった。
「雨と夜が好きかもしれない、ありがとうトレーナ。また頑張れるかも」
髪を濡らし艷やか唇で答えたホクトベガ。
その日から自分に甘々なトレーナと自身の持てない女王様の不器用な二人三脚が始まった。
一度でまとめられなくて大改訂。
こんな事が出来るのもプロの作家さんじゃないからですよね。
とにかくごめんなさい。