豊穣の雨、その後に~ウマ娘プリティーダービー   作:尾坂元水

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掟は破られるためにある。
某所が進まずこっちが進むのもそのせいだ。



04 三千世界の夢と夢

「ライスは……やっぱり走りたい」

 

 昼下がりのデッキテラス、食堂を中心に中庭に向かって開かれたドアからつながる小さな特等席で人参スムースを前にライスシャワーは1人あれこれと考えていた。

 夏はまだ尻尾を残している暑さの中で、思い出されるのはあのレースのことばかりだ。

 春以来心をときめかせることは何もなかった。

 意識的に何にも触れないようにしてきたライスシャワーにとって、天敵とも言える

存在はレースの中で真っ赤に燃えていた。

 ざるの中で干上がっていたレースへの欲求に大量の握った汗を零した。

 目の前に立った勝者の「こっちに来い」という呼びかけに足の震えが止まらなかった。

「あの人……とっても心が強い、羨ましい、……羨ましいな」

 ツインターボを名前で呼んだことはない、親しくもない。いつも「あの人」呼びする程度の友とも仲間とも違う距離感を持った天敵に魅せられた心。

「俺が勝ったら、俺とお前で勝負だ!!」

 荒い息、汗と笑顔でず一と出された親指に、思わず約束と触れてしまいそうになったのを思い出すだけで胸が高鳴る。

 勝負。

 ツインターボは宣言した通りに勝ったことで、勝負は現実のものとなっていた。

 自分の意思とは関係なくだが、今は結果的にレース復帰へと向かうことを少しの喜びと感じている。

「けっこう無茶な約束だったけど……ライスにはないやり方だったけど……」

 そもそもは「勝てるトレーニング」を教えろという質問から始まっていた。

 教えるためには「勝ち」をもってこいと大きくでたトレーナーだったが、まさかの大金星を本当に取ってきたツインターボ。

 そこで教えを開示すれば終わりだったのだが、渋ったトレーナーのせいでライスシャワーVSツインターボの勝負は否応なく成立してしまった。

 トレーナーは認めなかった。

 認めなかったが、ごたごたになるのをライスシャワーが恐れた。

 チームトレーナーであるお兄様に選手との間の口論が広まれば悪評は拭えない。

 トレセン学園に来るウマ娘としてレースを希望している者を押さえ込むなどあるまじき事。

 トレーナーを気遣って前に出た、周りにはそう見えていたのかもしれないが、当の本人であるライスシャワー的には願った叶ったりでもあった。

 内に秘めたレースへの渇望を、発露の先を見出した。

 ただ1つ気になることを置いて。

 グラスに張り付く滴が1つ2つと落ちるのを指が追う、少し怖い顔をしていたお兄様。

「お兄様は……きっと怪我を心配してるのよね」

 春以来足に少しの怪我をした。

 大事をとって半年先までのレース日程をキャンセルしていたが今調子は悪くない。

 

「レースのことなんか考えないでくれ」

 

 心に引っかかっるトレーナーの言葉と、あの時見えた悲痛な顔。

「心配しないでお兄様、ライスは絶対に勝ちますから」

 お兄様は優しいから、心配も人一倍なのだと言い聞かせる。

 いつでも自分のことを本気で考えてくれる、どこにいても変わらずいつ何時でも。

 春天以降肉体的も精神的にも参っていた自分を助けてくれた。

 1番引っかかっていることといえばそれしかない。

 レースへ向かう心、メンタルの方を心配しているのだと、そう思う。

 目指す重賞やライバルに合わせて厳しいトレーニングメニューを課すこともあるけれど、体調管理には人一倍気を使って事細かな指示に世話を焼いてくれる。

「大丈夫だよお兄様……だって心かフワフワしているのだもん」

 言われるがままの休養には色々な思いがあった。

「黒い刺客」と呼ばれ、ブルボンとマックイーンを立て続けに刺した。

 期待された者達を倒したことで得られたのは罵倒だった。

 勝つこと、トゥインクル・シリーズを目指すことが第一の目標で避けて通らず真っ向勝負をしたのに、観客の誰にも理解されなかった。

 耳に届く罵声のせいで、体の芯がよろけまっすぐ歩けない、心が折れてしまったのをお兄様はお見通しだった。

「少し休もう……ライス、無理に走らなくていい」

 どうにもならない不安を抱えていた心を察してくれた。

 有力チームの看板ウマ娘を倒したことで、元々所属していたチームに居辛くなった。

 おかしなものだった。

 勝ったのに居場所がない、もちろんチームのウマ娘達は非難の矢面に立たされたライスを気遣ってくれていたが、それが重荷になった。

「他に移ろう、少しチームを離れてリフレッシュしよう」

 お兄様だけは、自分のことをわかってくれる。

 だから反対されたのは気がかりだったが、ツインターボのレースを見て消えかかっていた夢への火は確実に再燃していた

「心配させない、お兄様のためにもライスは走る」

 お兄様は名トレーナー。

 自分がいつまでもレースに出ないでは、学園でトレーナーとしての地位を危ぶまれる。

「……あの人は早い、すごく早い、出だしで離されたら追いつけない。どうやってマークするか、どこで距離を保つのか……」

 テーブルの上、汗をかいたグラスが残す水たまりをストローで引く。

 コースの向こう正面。

 1000メートルを57秒で走るツインターボ、あの足に最初から付いて行くのは無理だ。

 スタートダッシュが不得意な自分では距離を取り、詰めていく方法しかないが、どこを最後に決めるかで勝敗はすぐに出る。

「1400、その時何バ身なら刺せるのかな」

 ライスシャワーの心は久しぶりに逸っていた。

 それほどにあのレースは心を震わせていた。

 あの時、ブルボンやマックイーンを刺したあの一瞬。

 自分を支配していた勝利が湧き上がるように心を熱くしていた。

 

 

 

 遮光カーテンを引き夏の暑い日差しを最小限にしてグラウンドを見渡せるようにしてある生徒会室はさすがにエアコン入りで涼しい。

 ローテーブルに人参ティーを用意したエアグルーヴはプレジデントデスクの向こうで椅子のまま外を眺めているシンボリルドルフに聞いた。

「結果オーライ、そういう感じですか?」

「……そうだな、一陽来復ってことになるのかな」

 七夕賞。

 一門のホープ、アイルトンシンボリの激励。その陰にあった問題は実に悩ましいものだった。

 ライスシャワーを走らせるために、それを任せたツインターボの疾走。

 身内の激励を前に心配事の山で立ち止まりそうになったルドルフは苦笑いを見せるしかない。

「アイルトンには良い経験になっただろう。昨今は本物の「逃げウマ娘」と勝負できる事自体が少ない。サイレンススズカのような変幻自在にして最速の逃げ足を持つ者とレースをできる機会はさらに少ない。「逃げウマ娘」との勝負、レースどう見極めるかを学ぶ機会になったと考えれば、ツインターボはよくやってくれたとしか言いようがない」

 考えようによっては八方を丸く収めた勝利だ。

 宣言通り勝利したツインターボ。

 その勝利には色々な副賞がついていた。

 1つはアイルトンシンボリへの教訓となったが、最大の厚労はライスシャワーをレースの舞台に引っ張り上げた事だ。

 出走から離れ動向不明だったライスシャワーに「勝負」を仕掛けレースへと復帰させる道筋を作った。

 かなりの荒技だった。

 実際重賞勝ちを2年も離れ「逃げウマ娘」といえども年次でガス欠を日増しさせていたツインターボには無理ではないかという不安があった中で、宣言通りの金星を挙げたのは感心せざる得ない。

「彼女は強かった、本番のプレッシャで身体コンディションをベストに出来るタイプなのだろうな。ああいう瞬発的な強さを私も身に付けたいものだよ」

 多少複雑な心境を抱えても、良かったと落ち着くのが一番だ。

 ルドルフは椅子をくるりと回し立ち上がった。

「これでライスシャワーはツインターボとレースをする事になった、一歩前進だ。問題は私の方がまったく進んでいない事だな」

 

「シリウスさんの事ですか?」

 

 エアグルーヴはよくできた秘書のようだ。

 ローテーブルに移動し腰掛けたルドルフの前に、スッと音も立てずにティーカップを置き自分も腰掛ける。

 目の前にはこの春転入となった「シリウスシンボリ」の資料がある。

 シンボリ一門の中でもダービーをとった名ウマ娘の彼女は長かった海外遠征から今年日本に戻ったばかりだった。

「海外に行きレースをするというのは心身に少なくない負担をかける、もちろん疲れもあるだろうと考えていたが……」

「疲れとは違う何かですか?」

 何か違う。

 生徒会長として座すプレジデントデスクの上、飾られたフォトスタンドには色々な写真がある。

 どこか目の離せない可愛い存在のトウカイテイオー、アイルトンシンボリの入学写真。

 シンボリ一門で撮った記念写真。

 そして前髪に菱の流星を持った黒髪の妹分。

 整った細い指先がまだあどけない笑顔を見せていた彼女の写真に触れる。

 あの頃は自分の周りを付いて回った可愛い妹分に目を細める。

 帰国は今年の頭だった。

 WDTを見られるように帰るよ。

 手紙にはそう書いてあったのに転入以来学園に通ってもルドルフのもとに姿を現わすことはなかった。

 むしろ出会いを避けるように、すれ違っても見ても見ぬふりをするような、会話もままならない日々を送り、レースへの参加も一度もなかった。

 物言わぬシリウス。

 なぜ、という疑問。

 何が可愛がっていた妹分を変えてしまったのかというため息。

「何か、何かだな、もっと話をしてくれたら良いのにな……どうして何も語ってくれないのかな、シリウス」

 珍しく寂しそうなシンボリルドルフの目。

 エアグルーヴは不透明な事案に口を挟もうとはしなかった。

 シンボリ一族で自分になつき可愛がっていた彼女シリウスシンボリは今、会長であるルドルフに憂いを与え、そして今まさに問題を起こそうとしていた。

 笑わない目で薄く口元を綻ばせて。

 

 

 

「やあ、初めましてライスシャワー。私はシリウスシンボリって言うんだ」

 レースの組み立てに没頭していたライスの前に、ストレートの黒髪をなびかせた彼女は立っていた。

片手にアイスコーヒーを持って。

 トレセン学園の制服、同じ学園に通う生徒だが見知らぬウマ娘だった。

だけど自分の名前を知っている彼女におどおどしながら頷いた。

「あの……ライスに何かご用でしょうか?」

「用はないよ、ただ1つ君にアドバイスをしたくてね」

 気さくで弾みのある声の主は会長シンボリルドルフに似た顔立ちをしていた。

 シンボリを冠する名からウマ娘名家一族とだけはわかるが、見た事のない人だった。

もともと他のウマ娘への興味は薄く、自分から声をかける事も稀なライスシャワーにとってこの来訪者は不気味だった。

 直感が告げる何かに引いた感じを見せるライスシャワーだが、シリウスの紫の瞳は挨拶するや断ることなく目の前の椅子に座っていた。

「……用はなくてアドバイス……ですか?」

 快活な相手に対して不自然なへほどの不安が声を重くする。

 そもそも開口一発目の会話のネタがアドバイスだなんて、何か変だ。

 勘ぐるライスシャワーの目の前で、シリウスは薄い陽気のまま口を割る。

「そんなに警戒しないで、君の事を思ってのアドバイスなのだから。レースのことで悩んでいるでしょう、大事なことだよね。だからね、この先君がこの学園で生きて行くためのアドバイスをしようと思ってね」

 レースの組み立てで熱くなっていた心に冷水をかける言葉だった。

 首を右に深く傾げたシリウスは、変わらぬ笑みのままライスへと顔を近づけていた。

「君さ、なんで春天勝ったりしたの? で、また勝とうなんて考えているでしょう。それがこの学園の秩序ある「夢」を破壊していることに気がついていないの?」

 声に棘。

 甘ったるい幼さの残るトーンの中に、赤い血が滴るような不快な熱。

「秩序ある夢ってなんですか」

 目を見られない。

 シリウスは微動もせず、瞬きもしないまま自分を見ているのがわかる。

 空虚で光のない紫の目が怖い。

「夢だよ、ミホノブルボンの三冠ウマ娘。メジロマックイーンの偉大なる三連覇。この夢の大きさわかる? 君自身の勝利で得た無秩序な夢より遥かに大きな夢を壊したでしょう」

 顔を上げたライスの周りは闇だった。

 勝利の向こう側にあったのは霧散した夢に対する落胆と、大きな夢を消し去った者への罵声。

 スタンド席が恐怖の津波のように見えたあの日のことが、フラッシュバックして心臓が胸を足早くノックする。

 大上段から振られた「祈願・三冠ウマ娘」の旗、大声援でブルボンの名を叫んだ観客たち。

 メジロ家総動員でスタンドを埋めた応援席、メジロの旗はそこかしこに大波小波と揺れマックイーン勝利を祈願しファンファーレに合わせて手を打った客の顔が鮮明に思い浮かぶ。

 

「あの人たちの……あんな大勢の人たちの夢を私が壊した……」

 

「そう壊しちゃダメな夢を壊し、関わる全ての人たちを不幸にした」

 

 両手で胸を押さえうつむきそうなライスをシリウスは笑顔で見つめている。

 むしろ覗き込もうとして右手で頬を触り顔を上げさせる。

「すべての観客が夢見たものを「刺す」のが君の夢? それじゃ誰も救われないんだよね。実際君も救われていない。私はねそういう辛い思いをこの先を生きて行く君にして欲しくないと思っているの、だからアドバイスに来たんだよ」

 口調は変わらず柔らかく優しいのに、真綿で首を絞められる息苦しさで声が詰まる。

「…………なんですか?」

「簡単なことさ、大きな夢の伴うレースでは負けたらいいんだよ。期待される名ウマ娘たちの夢を叶えてあげるんだ。それが圧倒的多数の望む夢なんだから。誰も不幸にならない大きな夢が成就されれば全て丸く収まるんだよ。君の孤独で耐え忍ぶ勝利なんて観客のだれも幸せにしないからね。それよりね「いい勝負をするウマ娘」の方が評価されるよギリギリで勝ちを譲って「良き二番手」になれば君は「良いライバル」として褒め称えられ傷つけられることのない最良の道を歩けるよ」

 

 負ければよかった。

 

 そんなことはレース直後に何度となく言われていた。

 だけど「負ければ何がよかったのか」を示されたのは初めてのことだった。

 涙がこぼれた。

 みんな夢見ていた、彼女たちが勝って栄光に包まれることを。

 それが幸せだった。

 ほんの少し力を抜いて、最後の最後で勝ちを譲れば自分は「激戦のライバル」としていられたかもしれない。

 目を回しそうな中、言葉を止めないシリウス。

「何事も分相応って大事だよ。これが守られることで学園の秩序も保たれる。ああだからといって悲観しないで私が君と走る時は負けてあげるから。シンボリの名を負かす君はダメウマ娘とは言われない。君の名誉を守ってあげる。私の負債によって君は幸せになる、いやみんな幸せになれる」

 正しいの、それが正しいの。

 突き落とされた過去、どうしても拭えない不安。

 不安は不満にもなる。

 どうして負けないといけないの、勝っちゃダメなのという苦しみが喉を詰める。

 何も言えないライスシャワーに、とどめを刺すようにシリウスは続けた。

 

「圧倒的多数が望む夢が叶えば、たくさんの人が幸せになれる。きっとブルボンもマックイーンも負けて欲しいと願っていたのだから」

 

 言いたいことは言った。

 満足げなシリウス、うつむき返す言葉もないライス。

 二人の間にある冷えた空気に熱気が入ったのは必然だった。

「わざと負けるなんてダメだよ!! 頑張って走らないとルビーちゃん怒るよ!!」

 ヌボッと顔だけ突っ込んで2人の間を割ったのはダイタクヘリオスだった。

 両手にアイスを持って立ったまま、腰だけ折って2人の顔を交互に見る。

 ぷっくりと頬を膨らまし、負けるのダメ絶対とブンブン首を振って。

「一生懸命走るから!! ルビーちゃんが「好き好きっ」て追っかけてくれるんだから!!」

「誰が好きなんていいますか!! バカヘリオス!!」

 食堂に響き渡るヒステリックな声。

 黒髪をアップにセット、ゴールドシップがしているような頭絡をしたダイイチルビーは立ち上がっていた。

「あなたを追いかけてるわけではなくってよ、あなたが私の前を走るからそうなってしまっているのでしょう!!」

 顔真っ赤、耳を天を衝くほどピンっと立てテーブルを叩いての抗議。

 鬼の剣幕のルビーにヘリオスに笑顔咲く。

 自分が重大案件に断りもなく首を突っ込んだことなんか瞬時にお脳から消えている。

「ルビーちゃん!! ルビーちゃん!! アイス食べよぉよぉ!!」

「私の話聞いてるの!! ちょっとこっちこないでよ!!」

 まったく人のを聞かないヘリオスは、焦がれる想いウマ娘の姿に、飛ぶように駆けて行く。

 まさに一瞬の嵐。

 呆然と顔を上げながらもなんとか涙を堪えたライスと、珍入者の素早さに対応皆無のシリウス。「はあ、バカな子はいいね、考えなくていいから」

 通り過ぎた嵐にシリウスが肩をすくめた時、彼女を叱ったのは別の嵐だった。

 目の前に立つクールビューティーは拳を握りしめ、唇を噛んで目の前に立っていた。

「黙っておこうかと思いましたけど耳に入ってしまいましたので……言わせていただきますわ。わたくしは、わざと負けて欲しいなど絶対に願いませんよ!!」

「……マックイーンさん……」

 目の前の存在に萎縮する、3連覇をかけ自分の前を走ったウマ娘。

 彼女を刺したという達成感が、今は恐怖でしかなくなっていた。

「ごっ……ごめんなさい、ライスは貴女の夢を壊して、貴女を応援する人たちの夢を壊した……だから……不幸にならないと」

「謝らないでくださいませ!! 私はちゃんとベストを尽くしましたわ!! 貴女もそうだったでしょう!! だから……」

 頭を下げ目を伏せる、反論などできないイライスシャワー。

 一方でシリウスは顔を上げ、自分の意見に声を上げたマックイーンに向かって立ち上がっていた。

「ふーん、あれがベスト、そうなの? だったら君は勝利に執着していなかったということになるね」

「どういう意味ですの?」

 立てば小柄なマックイーンより背丈のあるスレンダーなシリウス。

「当然のことだけどね、レースは勝者しか記録されないんだよ。何戦何勝、何戦2位なんてかかれないでしょう。だから1位を目指す、それ以外に価値のない世界だからどんな手段を使っても勝つことに意味がある。だからどうしたっても勝ちたかったでしょう、相手に負けてほしいと願うほどの気迫はなかったの? メジロマックイーン、勝利こそがメジロの大願。違ったの?」

 上からの威圧はマックイーンに文句を言わさなかった。

 そしてこの異常事態に周りのウマ娘たちも顔色を悪くし始めていた。

 レースを語るシリウスの言葉は心に刺さるのだ。

 ライスシャワーが何も言えなくなるように、マックイーンも立ったまま悔しそうに唇を噛む。

「いい加減にしないか、シリウス」

「そうよレースを貶めるような考えを自慢してどうするのよ」

 楽しい午後のひととき、たわいない会話を弾ませていたウマ娘たちの空間は凍りつき、異常事態が伝播し始めていた。

 これを黙って過ごせない者たちもいる。

 隣に座っていたレジェンドテイオーとダイナアクトレスがこれ以上の暴言は許さないと立ち上がるとシリウスとライスシャワー、マックイーンの間を割って立った。

 諌めの申言にシリウスの口は悪く斜めに引かれ、変わらない弾む声は不敵に告げていた。

「はっ……いやですね、国内で可愛いお遊戯をしていた子たちは。まったく頭にきますよ」

 丁寧な、とても丁寧で静かな宣戦布告だった。

 

 

 

「で……トーセンジョーダン、なんでゴールドシップと乱闘していたんだ」

 夕刻近づく生徒会室、トーセンジョーダンは汚れた顔を手鏡を見ながら懸命に拭いていた。

エアグルーヴは会長不在の中で昼間食堂で起きた乱闘事件の調査を仕切っており、目の前にはどこかしら揉み合いでボロボロになったウマ娘たちが並ばされている。

 三角に尖った目、エアグルーヴに睨まれたトーセンジョーダンは赤く腫れた頬を押さえ首を振る。

「私は……えっと私は絶対に悪くないんですよ、ゴルシが勝手つっかかってきて。むしろ私被害者なんですけど」

 身振り手振りの大きなリアクションがエアグルーヴの苛立ちを増幅させる返事。

「お前は……フジキセキがいない時の寮長代理だろ!! しっかりしろ!!」

「いやいやいや私そういうのやらないって、フジ先輩にも言ってありますけど。ていうかなんでゴルシいなくて私だけ責任取らされているんですか!!」

 結局あの後食堂にやってきたゴールドシップのせいで事態は大事へと進展していたのだ。

 マックイーンを言い負かしたシリウスは自分に絡んできたレジェンドテイオーとダイナアクトレスを鮮やかな2回転ローリングソバットで蹴倒すという凶行に及んでいた。

「そんな弱い体幹じゃ海外では走れないよ。もっと体を鍛えてレースを盛り上げないとね。それが出来てから文句を言って、どうぞ」

 捨て台詞も丁寧なシリウスを前にレジェンドテイオーは失神。

 ダイナアクトレスは尻餅つく程度におさまったが、回りが騒然となるのは仕方のないこと。

 大事件だった。

 この後素早く食堂を後にしたシリウス、入れ違いで騒がしくなった食堂をなんとかしてと、仲間たちに引っ張り出されたのがトーセンジョーダンだった。

 昼下がりをカフェでおしゃれ談義を楽しんでいた彼女の元に、数多のウマ娘が半泣きの状態で押しかけ事件の制止を頼んだのだ。

「やめてょ、私そういうの面倒でやなんだけどぉ」

 実際面倒くさがり屋、揉め事なんてもってのほか、おしゃれやファションに夢中の彼女はレースに対して熱心さはもちろん持っているが、好んで揉め事でも関わりたくない。

 なのになぜか栗東ではそこそこ顔の効くリーダー的存在。

 トーセンジョーダンを慕って騒ぎの収集懇願する仲間を無下に扱うこともできず、しぶしぶだが前に立ったのが運の尽き。

 シリウスoutゴールドシップin。

 問題児out問題児in。

 入るなり肩を震わせ立ち尽くすマックイーンを見つけたゴールドシップはそのままトーセンジョーダンにぶつかっていった。

 身長差10センチ以上の凸凹がぶつかる。

「何マックイーン泣かしてるんだよ」

「しらないわよ」

 顔も合わせたくないゴールドシップを無視しようと決め込んだトーセンジョーダンだったが。

 それこそゴールドシップの思う壺的攻撃を食らう。

「なあお前さあ、なんで頭に尻尾2つも生やしてるの? そこが尻なの?」

 炸裂する悪口。

 ゴールドシップ特有のイカれた顔でこれを言われて黙っていられるウマ娘がいる方がおかしい。

 互いが口だけ笑い額を打ち合わせる重い沈黙。

「うーん……うぅぅぅぅん……」

 2度3度と深ーく唸ったトーセンジョーダン、その後すぐにゴングは鳴っていた。

 騒ぎは収集するどころか2人のプロレスが始まることで騒然の2割り増しになったところに、ツインターボとイクノディクタス、そしてメジロパーマーが……。

 水平チョップと逆水平がごとく、かかってこいやの食堂プロレスは烈火のごとく燃えていた。

 それは間違いなく魂を揺さぶる勝負になっていた。

 ツインターボは見るなりニヤリと笑って。

「真夏のサンライズか」

「歌うしかないわね」

 指を鳴らすイクノディクタス、ポンポンを持って応援するメジロパーマー。

 どうしてそうなる。

 誰もが混乱を避けたいと願っているのに、チーム・アンタレスの懲りない面々は歌い出したのだ。

 サンライズを。

 3人横並びで右手を振って

「サァーーーーンラァァァァイズ!! オッオッオッー!!」

 こうして事件は学園を揺るがす問題となり、渦巻く混乱の中を足早くゴールドシップはマックイーンを連れて逃げ出し、トーセンジョーダンは乱痴気騒ぎの一番の貧乏くじを引くという無残な結果に終わっていた。

 

 

 

 

「シリウス……どうしてこんなことを」

 シンボリルドルフは校庭で問題の発信源となったシリウスシンボリを見つけていた。

 夕日によって長く伸ばされた影、真夏特有の草木の匂いと熱を持った風の中でシリウスはゆっくりと振り向いた。

「ああルドルフか……いやいや会長様、どうかしましたか?」

 抑揚のない声、黒髪に隠された瞳。

 唇だけが紅を引いたように赤く笑う。

「シリウス、私と話をしよう。聞きたいことがたくさんあるんだ」

「そうですか、でも残念。私には言いたいことは何もないんですよ」

 ヒグラシは鳴く。

 紫の夕闇を連れてくるその舞台で、2人の心は完全にすれ違っていた。

 

 

 

 ライスシャワーはお気に入りのテーブルを前に泣いていた。

 涙を止められず自分の胸を抱いて。

 何が正しいのか、何が悪かったのか、何もわからなくなっていた。

 ツインターボと戦うレースの1ヶ月前の出来事だった。

 

 

 

 




ウマ娘空間はサザエさん空間。
じゃないと素敵なIFが成立しない難しさ。
相対する存在がいること、そういう演出が好きですがきっときらわれます。
でも好きなんです。
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