豊穣の雨、その後に~ウマ娘プリティーダービー   作:尾坂元水

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そして道は分かたれる。
無駄にだらだらと長いおまけ付きです、余力のある方はどうぞ


07 アシガラさまが見てるから

 白銀が目をくらます世界。

 雪深くなった北海道、洞爺湖畔に広がる名家メジロの邸宅群が全て白い雪に覆われている季節にメジロパーマーはポツンと戻ってきていた。

 洞爺湖を望む国道から本邸に続く道は昔は舗装されておらず、ガタガタの通りだったが今は来賓も多いことか綺麗に地ならしされたアスファルトと所々に石畳を混ぜた真っ直ぐな一本道になっている。

 2つ離れたバス停でバスを降り、除雪された道をまっすぐ歩いていた。

 ここから県道までの間に名家メジロの屋敷はある。

 というか国道から県道までの間が全てメジロの土地である、言えば洞爺湖畔まで張り出し夏場の水場までも占有する大地主でもある。

 本邸に続く長い道、側道に並ぶ防柵の隙間をスルリと入る、正面玄関から外れ畑と牧草地に向かう雑木林をしばらく歩くと、突然並木は消え失せ目の前に広がる平原に出る。

 向かって左に見えるハーフテンバー方式本館お屋敷に目もくれず、防柵で囲われた牧場の真ん中にある煤けた管理小屋のようなところへと足を進める。

 雪は深いが柔らかい、パーマーの髪のように綿飴のようにふわふわとした道を進む。

 身長175センチ、フロックコートに長靴、ロシア帽をかぶる緩いウェーブヘアにいっぱいの雪を飾った彼女は遠目に見なくてもモデルにしか見えない。

 雪を飾った長い睫毛が目指すのは、ログハウスにしてはちぐはぐに木を重ね、子供がジェンカで家を作ったかのような管理小屋。

 その開かれた大きな軒先をにいる頭まですっぽりとフードを被った人影。

 周りをレンガで組んだ大きな露天暖炉の前にいる影に向かって声をかける。

「おばあちゃま……」

 いつもの威勢の良い陽気な声ではなく、落ち込んだ小さな声。

 唇を噛むパーマーの姿に、人影はすぐに反応していた。

「あんれぇパーマーぁ、パーマーぁ、おかえりぃ。早くこっちにおいで、寒かったでしょう。よく帰ってきたねぇ、こないだのレースも見てたんよぉ」

 上下とも黒の雨合羽のような服からゆるくて柔らかい声、フードから出した顔とツンと立った耳。

 相手もウマ娘だ、いや娘という歳ではなくなっているが、生来老けにくいウマ娘らしく年寄りはしては若い声、顔にシワも少ない笑みにパーマーは走っていく。

 走って目の前に立つ長身のパーマー、彼女の胸より下にある顔へと膝を折る。

「ただいま、ちょっとだけぇ帰ってきたのぉ……」

 いつもより低めのテンション、パーマーの下がった顔を小さな手が両方で頬に触れる。

「うんうん、よう帰ってきたねぇパーマーぁ。どうしたん?」

 孫の顔を見ただけで何かがわかる、手を引き暖炉前の椅子へと連れる。

 その年メジロパーマーのレース成績は乱調だった。

 何が自分にとって良いことなのくわからず、ただ走り続けてきた彼女はスティープルチェイス(障害レース)への編入を経て悩みを抱えて実家に戻ってきていた。

 

 

 

 有馬記念、なんとか3位に飛び込めたもののライスシャワーは勝てなかった。その前のレースもその前のレースも。

 

 復調の兆しはチラリズム。

 

 観客はいつもそのチラチラと見えそうで見えない勝利に一喜一憂する流れが続いていてた。

 また勝ちきれない流れの長さに「ライスシャワーは終わったウマ娘」という声も聞かれるようになり始めていた。

 前回は2位、前々回も2位、力走の結果として「良い勝負」を重ねている。

 終わったなどと言われながらもコツコツと登り始めた機運。

 推しウマ娘がウイニングライブに出る事に観衆は素直な喜びを示し声を上げてくれる、それに素直に答えられない事がライスシャワーに重荷となり始めていた。

 観客席からスタンド、平地を埋める人々の視線に動揺する心の振り子は右に左にと流されつづけるばかりだ。

 レース場を去るトンネルの中、トレーナーが自分たちの帰りを待っている。

 今回のレースにはツインターボも出ていたが「大差」で大負けだった。

「ウワァァァァン!!! バッキャローイ!! 米!! お前はもっと遠慮なく本気だせ!! 俺様は次勝ってガンガン踊ってやるぞ!! 負けねーぞ!!」

 意味不明の説教。

 今日のツインターボ、スタートダッシュは抜群でサーキットストレートの客を大いに沸かせたが3角で失速……あっという間にバ群に飲まれの完全敗北。

 常勝王者ナリタブライアン、因縁にして何度目かの対決に負け2着になったのは不屈の女傑ヒシアマゾンという豪華メンバーに打ち倒されていた。

 引っ張り出してきた2本出しマフラー、青いファイヤーパターンをプリントした派手な勝負服も虚しい最下位、3位入線によりウイニングライブに出るライスシャワーの事など見向きもしないで絶叫を残して控え室に走る。

「うん、今回は体調が万全ではなかった。長引くものもあるのだから無理はしない……いいねライス」

 掴めなかったセンター、何かがまだ欠けたままという不安が顔に出る。

「お兄様……ライスには……何が」

 何が足らない。

「大丈夫、怪我しないことが一番大切なことだから。今日は3着だね、さあ着替えて……踊って歌ってお客さんに感謝を示して……ねっ」

 言いだしそうな唇を止めてしまう。

 走る騒音公害が去った後、ライスシャワーを迎えたトレーナーは優しくそう言うだけだった。

 

 

 

 華やかな声響く午後のテラス、ライスシャワーはいつもの席で一人惚けていた。

 秋から春先、一年における北半球が巡る季節は重賞レースが目白押し、誰がどのレースに出る、どこのチームが好調、食べ物も美味しシーズンをまたぐことから食堂にテラスは大盛況。

 多くのウマ娘たちがテーブルを囲みあれこれと振りまく会話で花を咲かせている中、ライスシャワーは1人でいた。

 レースの後、気分転換をしたらいいと言われ帽子の下面にレースをつけてみたり部屋の芳香剤を変えてみたりと珍しく自ら動いてみたものの、白くモヤの張った心が晴れる事はなかった。

 こんなに賑やかな中で灰色の心を抱えている。

「私は……負けたくない……だけど……」

 だけど何かが引っかかる。

「後悔のないように」というケイエスミラクルの言葉は一時大きく凹んだ気持ちに新鮮な空気を流し込み、勝利への意識改革の役立ったが、根っこ部分の傷が癒えなかった。

 走り出せばそれは消えていくのだが、ゴールが近づくほどに痛みが体を全体を萎縮させる。

 小さなトゲは、ここ一番というところで最大限の痛みを身体中に発揮し、後にむず痒いしびれを残す。

 最大限の悪寒はこの感覚の繰り返しに「慣れ」始めていたこと。

「ダメ……ダメ……どうして、ううん、わかってる。でももう少し……」

 

「いや、頑張らなくていいよ。今のレースが一番良い」

 

 うつむいていた顔、テーブルに移った影に背筋が冷えた。

 心地よい初冬の日差しのの中にありながらも震える。

 前に立つシリウスシンボリは許可を取る事なく椅子に座っていた。

「なかなか良いレースが続いているようだね、君はよく健闘している。善戦ウマ娘の称号も遠くないよ」

 機嫌の良さそうな声は整った指先で手にするアイスティーのグラスをなぞる。

 彼女の黒髪は美しい、ささくれのないストレートヘアに光が写り込む、縦に伸びるそれが鋭くも細い針の束に見えてしまう。

 恐れの象徴と化した相手に、ライスシャワーは顔を下げなかった。

 この人の言葉から始まった「夢」を破壊すること、でも「夢」は終わらないと信じ向かい合うことが「後悔をしない」ことだと知った今は。

「……ライスは負けたくありません」

 口火の言葉にシリウスは少し驚いたような顔をみせる。

 だが気圧されるという雰囲気はなく、何かに納得したような笑みを見せ反抗を口にしたライスシャワーをなだめるような優しい声が返る。

「うん、負けてないよね。負けてない。絶対的勝者にならなければ良いだけだから、君のレース仕方は正しいよ。正しい方法を理解したようでなによりだよ」

 胸にピリリと痛みが走る、今勝てない事は正しくないと心に知らせる警鐘の痛み。

 鈍っている、純然たる勝利というものが曇って見えなくなっている。

 勝てない走りを意図的にしているのなら尚更に「悪」であり、心を押しつぶす罪悪となって走る足を止めてしまう。

 それを理解して瞬きし、目をそらさず相手を見る。

「どうして勝つことがいけないんですか、ライスは知りました夢は壊れない……もし……」

 息を飲み思い切ったライスシャワーをシリウスの遮りが飛び出す。

 手のひらに乗せられた飴で。

「◯永の新作なんだよ、どうぞ」

 興味を示さないライスシャワーに人差し指を揺らしてみせる。

「どうしたことか、まだふらついているということかな。まあ考えてもごらんよ、今君は誰にも非難されていない。あのレースの後はどうだった、君に対して声高く非道いことをいう奴は五万といただろうに、今は誰も言わない。これは正しいんだよ。君は良い勝負をしてウイニングライブもこなして善戦している。総じてみんな幸せになっているだろう」

 本当に優しい顔だ。

 シリウスは自分の忠告が上手作動するよう誘導していたが、今日のライスシャワーは納得していなかった。

 何よりも彼女の言い分にではなく、自分のレースに納得できないのだから黙っていられない。

 押し殺した声はふつふつと爆発を待つ火山のように、我慢強く低く構えたトーンで。

 「負けるのが良いことだとは思いません。私は走るのが好きです、とても好きです。……だから一番で走りたいんです、誰も前にいない景色を……」

 整った指先の手がまたも言葉を遮る。

「他者を踏み倒し勝利するのは一時君の心を楽するかもしれないけど。その後きっと苦痛になるよ。高望みはやめたら方が良い、君の望みが……いいかい、「それが」君と周りの全てを一番不幸にする。今のままがベストだ」

「……うっ……」

 ディベートだ。

 言葉達者なシリウスの前で、思うことを上手く言えない苦痛の時間。

 でも、黙ってはいられなかった。

「頑張って、君を応援する。後悔しながらなんて止めて」

 そうだ志半ばで夢を置いて行くしかなかった人がいる、彼女の言葉が負けそうなライスシャワーの背中を支えていた。

「ライスは決めました、ライスの走りが夢を壊すのなら、壊したその夢も引っ張って連れて行きます。負けたくなかった人の夢を……ライスが持って行きます」

 涙は自然に出てしまう。

 シリウスが怖い、言葉に出して夢を語ることも怖い、でもこれをおいてはいけないという決意が泣きながらも顔を下げさせなかった。

「不可思議だね、誰に吹き込まれたのか悪い方に動いているね。君の敗北がすべて幸せな夢へと変わり、勝者の夢に貢献できるの幸せを得る。君はわざと負けるんじゃない全ての幸せのために負ける、そこに罪悪感なんていらないよ」

 笑わない目、空虚で赤い瞳のシリウスが真っ直ぐにライスシャワーを射抜く。

「勝とうなんて思わないことだ、勝てば頂点の重荷とその夢を背負わされることになる。それは必ず君自身を破滅させる、ただ先を走るだけを夢というのなら……それこそが悪夢だよ」

 

「それでも、もう負けようとは思いません!!」

 

 抉るように辛辣な言葉、目をそらさないライスシャワーの顔。

 緊迫が空気を凍らせた時、目の前に落ちた白銀の柱のごとく巨大なミルクタンクが登場していた。

「やはぁ、お待たせぇライスちゃん」

 絶対にメートルサイズの高さはある、直径は急須と湯飲みが軽く乗るお盆ぐらいあるそれをライスシャワーとシリウスシンボリに見せてゆるい笑顔がいう。

 メジロパーマーは重い空気の中フワフワと、まるで暗雨の中に浮かぶカラフルな熱気球のように入り込んでいた。

 ふわふわカールの長い髪の上に真っ赤なポンポンを被った不可思議スタイルは笑顔のまま2人に言う。

「飲むぅ? 飲むぅ? いっぱい作ってきたのぉ人参プロテイン。全部あげるよぉ」

 むりぃ……

 シリウスシンボリの登場にピリビリした空気。

 シリアスの中に忽然と現れたミルクタンク、鉄柱の一部にも見えるそれになみなみに作られたプロテインとか、いくら人参好きウマ娘が多くても全部飲めないでしょうと、張り切った緊張がわずかに緩み静かなツッコミ、「むりぃ」が其処彼処に溢れる。 

 一瞬で場の空気を変えたパーマーを前に驚きで硬直しているライスシャワー。

 シリウスシンボリは嫌な奴に会ったという顔を一瞬見せると席を立った。

細く閉じた目ですれ違うパーマーと目を合わせる、刃物のような視線に対してパーマーは変わらない丸く愛嬌ある「和」を見せてかわす。

 苦手な相手であることを確信し背中を向けるシリウス。

「なんだかな、君とはあまり話をしたくないんだよね。……これで失礼するよ」

 ライスシャワーとは目を合わせなかった。

 黒髪の彼女は自分が下した灰色の景色を消すように足早く姿を消していた。

 

 

 

「あやうく殺人事件かと……本当そういう風に言われてね、もっと普通でいられないのか君は」

 チーム・アンタレスのトレーナーは放課後トレーニングに入る少し前の時間、駿川たづなからの緊急連絡で保健室へと呼び出されていた。

 呼び出されたのは例によって例のごとく、チーム1の問題児ツインターボがダンススタジオでぶっ倒れていたというもの。

 ただ倒れていたのならば、大方いつもの行き倒れなんだろうと考えたが。

 いずれにしろ思い浮かぶのはロクでもないことばかり、腹でも減らして床に這いつくばっていたとか、極秘朝練に熱中しすぎて昼寝をしていたかのどちらかだろうと安直に思案するトレーナーだったが、現状はかなり斜め上のものだった。

 端的に言えば「ツインターボスタジオ殺人事件」の図。

 スタジオフロアにカエルようにペシャンとうつぶせに倒れるツインターボ。

 その頭付近に溜まる真紅の血だまり。

 まるで後頭部をバールのようなもので殴られぶっ倒れたという様に、ダンスレッスンに入ったユキノビジンが真っ黄色の悲鳴をあげ、保健室へと運ばれた害者。

「ただの鼻血でもあそこまで出てると誰だって怖いわよ」

 慌てるトレーナーを見かけ一緒についてきたイクノディクタスは目の前のアホ面に目が座る。

 なぜこんな馬鹿げた事件に自分が付き合わされているのかという自虐の念も見えるほどに。

「うっせーいよぉい」

 怒りの噴火へのカウントダウンが見えるイクノディクタスの前で軽口の返事、ツインターボはみっともなく両鼻にティッシュを詰め込んでいた。

 詰め込み方がかなり雑で、両鼻から白い花が咲いているような滑稽さ。

 顔面花瓶かお前は的な、笑いを誘発する顔を前にため息が落ちるのはトレーナーの方。

「いったいなんでこんなことになったのさ」

「そうよ、何してたらこんな馬鹿げた顔面になるのよ」

 呆れるが聞くしかない。

 アンタレスの面々は個性的すぎで好き勝手なトレーニングが多すぎる。

 全ての内容を把握するのは困難すぎる、事後聴取とはいえ原因究明のためにトレーナーは逐一聞くしかない。

かなり険の立った2人の前で、聞かれるのなら真面目に応えようとベッドの上に立ち上がるツインターボ。

「ふーん、なぜだと、何故と……ウイニングライブの練習だよ。レースも大事だがメンタルテンションを上げるには踊るのが最適だろう。可愛い俺が可愛い上にセクシーな姿でびしっと悩殺ショットを決める。うむ、それがセクシィー!! シャバダドゥーってな。まっ自分のセクシーさに鼻血が出たというだけ……待ってイクノ……わかったから……」

 言い終わる前に鉄拳はふりかぶられていた。

 トレーナーは目を閉じ長いため息が漏れる。

「何言ってるのか全然わからないんだけど、もう一息顔面にトランスフォームが必要なのは理解したわ」

「ああ……僕には意味がわからない」

 聞いて損した。

 鼻血を止める綿棒で顔の輪郭を落書きのように崩しているツインターボ、なのに腰をくねらし銃を撃つ仕草、人差し指をピンっと立てたポージングに気持ちが萎える。

 隣ではチョッピングライトでツインターボの頭を撃ち落そうとするイクノディクタスだが、「そのままやってしまえ」とGOサインを出したくなる心境だ。

「よせイクノ、その目やめろ怖いぞ!!」

 半分白目、黒目は上に向きっぱなし「ディクタスアイ」と呼ばれる独特の激昂を現す目にさすがのツインターボも引いていた。

 普段は愛嬌の良い丸目の彼女が、まるでテレビ画面から飛び出すエキセントリックな魔物のようで怖すぎる。

 両手を前に静止を頼みつつ目をそらすツインターボ。

「ごめん……マジで待て、ごめんなさい」

 牙剥くイクノディクタスだったが、一輝に窮地へと追いやられベッドの隅で震えるツインターボの姿に肩を落とし深呼吸した。

「ああもういい……トレーニング先に行くから。……後でいいから部長、チームルームに来てよ。来なかったら処すからね」

 言うや保健室を後にした

「おおう……怖かったぜ……いやぁ、マジでイクノが怒ると怖いよな」

 荒々しく閉められたドア、重箱の隅のに張り付くようにベッドと壁の間に逃げていたツインターボは、イクノディクタスの後を追って部屋を後にしようとするトレーナーを呼び止めた。

「なあ、あの後も夢……見るのか? 悪い夢っての?」

 背中を向けていたトレーナーの動きが一瞬止まる、瞬間的に稲妻を落とされたように上を向き振り返る。

ベッドの隅から表まで這い出てきたツインターボは、鼻に綿棒を突っ込んだままだが顔は真面目になっていた。

「……今は見ない、というか別の何かが見える」

「何?」

 感謝祭の時、「なぜライスシャワーをレースから遠ざける」と問い詰めた。

 トレーナーの答えは「悪夢」にあった。

「何かわからない、人じゃないしウマ娘でもない。影だ……影が走っているんだ4つ足の影が青い目を光らせて」

「4つ足……牛か?」

「牛じゃない、もっとスマートな……」

 巾着袋を両手で持つ、トレーナーの実家にあったという奇怪なもの。

 ウマ娘のものとは異なるサイズの「蹄鉄」はトレーナーの実家に古くからあったものだった。

 真円とまではいかないが、全体が円形。

 長さは14~5センチだが幅は20センチ以上あるという「奇怪な形」

 おもちゃか見本品かと考えたが、使用跡があり溝に土や草が挟まっていた。

 トレーナーは、「誰かの蹄鉄」と思われるそれを手にした時から奇妙な夢に苛まれるようになった。

「前みたいな消えていくって夢じゃなくなったんだな」

 以前は人影のような形が闇の中のわずかな光に照らされて立っているのを見ていた、ただひたすら前を立ち近づくほどらに崩れ去っていく。

 いつしかそれがライスシャワーの姿と重なり悪夢となって悩ませた。

「人影じゃなくなったなら良いことじゃないのか?」

「僕もそう思いたい、でもあの目は何か言いたそうな……そんな感じなんだ」

「牛はしゃべらねーよ」

「動物は話さない、だからこそ精神に直接届く何かが夢に出ていると思う」

 ツインターボは立ち上がり軽めのストレッチをしながら部屋を出ようと進む。

「夢と米は関係ない、とにかく体調管理だけはしっかりやってやれよ」

「わかっている……」

 感謝祭で話を聞いて以来ツインターボはトレーナーに敵対的態度は表向き見せていなかった。

 夢をただの言い訳とは受け取らなかったからだ。

 ウマ娘は時々おかしな夢を見る。

 それは異なる世界から伝えられる自身の出自に関わるものが大半である。

 だが夢の中身については覚えている者は少なく、精神に変調をきたすような悪夢でもないため放置される事が多い。

 稀にウマ娘の関わるトレーナーの中にも、同じように夢を見る者がいる。

 この場合は何かしらおかしなことが起こりやすい。

 なぜだかわからないが、人の方がウマ娘の異なる世界から受け取る夢の干渉に対して敏感なのだ。

 良いこともあるのかもしれないが、基本的にトレーナーたちはこの手の話をウマ娘にしようとはしない、同業のトレーナーと話すことはあってもウマ娘の心の負担にならないよう自分たちだけで解決する。

 ライスシャワーのトレーナーはそれができなくなるほど病んでいた。

「このことについて僕は……僕には何かしら重い責任があると考えている。なにせ前のレースの時はライスに無理なトレーニングを強いたしね」

 春天の後、レース場にあふれた罵詈雑言に病んだのはライスシャワーだけではなかったとツインターボは理解した。

 努力は報われる、報われてほしいという願いが強ければ強いほど、努力の結果に罵声を浴びせられるのは耐えられないものだ。

 だがしかし、それが話されたからと言ってレースを断念させることをツインターボは考えなかった。

 走る妖精ウマ娘、走るために生まれるのだから。

 今の状態をライスシャワーが満足としているとは思えなかったからだ。

「とにかくレースに出すし、俺も挑む。目指すは次の春天だ、だから……まあしっかり見てやれよ」

 拒否に協力はしない、でも仲間のためを思うことを否定もしない。

 ツインターボはそういうとドアを閉めチームルームへと走って行った。

 

 

 

「ねぇライスちゃん、ライスちゃんはレースが嫌いなの?」

 ジャージに着替えレースグラウンドで他のメンバーを待って芝生に座っていたライスシャワーに、メジロパーマーは急に話しかけていた。

 大物ミルクタンクは横に転がされ、簡易蛇口みたいなものを取り付ける作業を終えて振り返ったパーマーの顔にライスシャワーは下を向いてしまう。

「……嫌いじゃないです」

 少しピリッとした、パーマーのイメージから自分の抱える重荷に触れてくるとは考えていなかったから。

 せいぜい緩い口調の励ましをするぐらいだろと、そう思っていた顔をあげた前に彼女は微笑んでいた。

 微笑みが嫌味に見えない。

 いつものように真っ赤なポンポンを頭に乗っけたパーマーの顔に不思議と気持ちが和らいだ、チーム・アンタレスは極端な性格揃い、その中でも「のんびり派」に入るパーマーとの会話は、いつも張り詰めているライスシャワーの心をの女の語尾によろしく溶かす。

「……ライスは負けたくないのです、でも他者の夢を壊すことで見ている人全てを不幸にしたくないのです。どうしたらいいんでしょうか」

「ライスちゃんは優しいんだねぇ」

「? 優しくなんてないです……これはきっとわがままなのです……」

 ずっと胸に抱え込んでいたものケイエスミラクルの助言で溶け出していた。

 歯止めを効かそうと鉄心打ち込む諫言を繰り出したシリウスの意見に打ち負かされそうだったが、今日は逆らった。

 逆らった事で毛羽立った心だったが、ギリギリのところをパーマーが「何気ない態度」で救ってくれた。

 だからか彼女と話しをして良いのかもと心が傾いていた。

「ずっと2番いれば良いのでしょうか? ライスは走ることが好きなのに」

「あーん、好きなら頑張っていいんだよぉ1番になろうよぉ」

 あまりにもあっさりとした返事にライスシャワーはメジロパーマーの強さを思い出していた。

 目の前の彼女は朗らかで何事があっても柔らかな態度を崩さない。

 ダイタクヘリオスと2人でいるところを学園では「馬鹿コンビ」などとも言われるが、このコンビは本当にレースを楽しく走るのだ。

 誰にも応援されてなくいても。

 特にパーマーはそうだった。

 名家メジロの祖母・母。そして娘による天皇賞三代連覇を成し遂げたメジロマックイーンは、悲願達成の大金星もあり、どの試合でもメジロ家大応援団がレース会場の半分を埋める勢を見せていた。

 トレセン学園ではメジロ家一門の長子的存在メジロライアンも同じく、メジロドーベルもまた然りの大応援団を擁していたが、パーマーの応援にはメジロ家の担当執事が来る程度という奈落の格差だった。

 あの日のレースもそうだった。

 G1宝塚記念。

「誰にも応援されなくて……辛くなかったですか? 観客が応援してくれないのは……耐えられます。その……でも家族にも応援されないって……辛くないですか?」

 ライスシャワーは今現在お兄様がレース参加に消極的である事にも傷ついていた。

 家族に匹敵する対象として浮かんだトレーナーは、走る自分に関心を無くしたかのように体調の事だけを気にして指導をしてくれなくなっていた。

 走りは不必要なってしまったのかもしれないという思いは日に日に膨らみ大きくなり、今不安という風船は弾けて失礼な質問をしていた。

 うつむいてこぼした言葉に我に帰り、飛び上がる勢で真っ赤になった顔をあげていた。

「ご……ごめんなさい、ライス失礼なこと言っちゃった……」

「いいよぉ、気にしないで。あたしちゃんも気にしてないからぁ」

 飛び上がったライスシャワーの頭をパーマーの手が優しく抑える。

 いたずらな目を丸くして悩みに浮き沈みを見せる相手を気遣った。

「ねえねぇねライスちゃん、あたしちゃんの話を聞いてくれる? あたしちゃんの大好きな話を聞いてほしいなぁ」

 迷う瞳にパーマーはいつもの笑みを見せて、自身が迷っていた時の話を語り出した。

 

 

 

 雪の降っている寒い日だった。

 いつも自分を応援してくれるメジロ家の祖母の1人メジロアシガラに手を引かれ暖炉の前に座ったと途端に、ポロポロと涙がこぼれた。

「どうしたんパーマーぁ……寒いんかい? お腹すいてるのかい?」

 首を振り言葉を探すパーマー。

 思い出される今日までのレース。

 レース成績が伸び悩み、トゥインクルシリーズで重賞をとったにもかかわらず本人の意思とは関係なく、「メジロの名誉のために」と、言われるままスティープルチェイス(障害競走)へと編入され、それでも1つ勝利を挙げた。

 勝ったレースに自分を応援してくれる一門の人はいなかった。

 唯一応援に駆けつけていたのは担当執事とメジロライアンだけ、少ない拍手を前に泣かなかった。

 泣かなかっけどパーマーは傷ついた。

 頂点を目指すトゥインクルシリーズ。

 トレセン学園で走り始めた仲間達の最初の目標だが、パーマーはすぐに目標を決めることはできなかった。

 目標を決めて戦うということよりも、走る事への楽しい気持ちのままレースの中へと入っていた。

 それが他のウマ娘との差となり、浮き沈みの激しい「勝利」が期待できないレースに繋がっていたがパーマーは気にしていなかった。

 レースに熱中する仲間達の中で、彼女達の情熱を浴びて一緒に走りたいだけなのだから。

 純粋にレースに参加する事を楽しんでいた。

 だけどメジロ家という一大家門であることが、純朴な気持ちのまま頂点への走りを目指すことを許さなかった。

 勝つためにレースの土壌を変えてしまった。

 トゥインクルシリーズからスティープルチェイスへと、「勝利せよ」と、一門からのきついお叱りを受けて今に至る。

 泣き出した孫にメジロアシガラはみかんを持ってオロオロしていた。

 普段は涙も見せない明るい孫娘の涙に本気で驚いていたのだ。

 

「ごめんなさい、おばちゃまみたいに……綺麗にとべないの……」

 

 精一杯の反抗だった、一門の下した路線変更に未だレースの取り組み目標が定まらないパーマーが正面切って逆らえる理由などなかった。

 震える両手を膝に、名家一門の危機を救ったスティープルチェイスの優である祖母にどうにもならない気持ちだけを伝えに来たのだ。

「はぁああ、パーマーぁ」

 チェイスに強制移籍を強いられた孫の抱える苦しみを、その中身に近づこうとアシガラはパーマーのスカートを少しだけめくってみた。

 慣れないレースに脚は両膝とも擦り傷に切り傷だらけ、名誉を掲げ戦うことになった孫は心と体に大きな傷を抱えてレースで勝利をあげていたことをすぐに察した。

 泣く孫の顔を両手で捕まえると、フンっ鼻息荒くでも満面の笑みを見せるアシガラ。

「おばあちゃんが、ティーちゃんに言ってあげる。パーマーぁがトゥインクルシリーズに戻れるように頼んだげる」

 ただ何もない道、障害などない道を飛ぶように走りたいという孫の願いをアシガラは掬っていた。

「おばあちゃまみたいにぃ……なれなくてゴメンなさい」

「いいのよぉ、私になんてなれないよぉパーマーぁわ。だってパーマーぁは、ばあちゃんみたいに小さくないし脚も短くない。背が高くってすらっとしていてとってぇも綺麗だもん」

 頑張ったパーマーを手を開いて力一杯抱きしめた。

「パーマーぁ、好きなところで走ればいいのよぉ。みんな自由に走っていいんだよ」

「でもでもぉ、そんなことしたらぁ、メジロの人がみてくれなくなっちゃうかもぉ、帰ってこられなくなっちゃうかもぉ」

 色々な事件が物事の秤になる。

 純朴なパーマーでも、自分に対しては少ないメジロの応援が期待されていない事よりも、自分に掛かるメジロ家の期待を裏切っている事でわと薄く感じていた。

 障害に行けと言われたのに嫌だと戻り、期待を裏切り続ければメジロに帰ってこられないのではという不安を芽生えさせるのは自然の流れ。

 不安が素直な喜びを打ち消している事にアシガラはすぐに気がつく、パーマーに必要な助けてとして抱きしめた手に強く力を通わせる。

 

「何ぃ言ってるのよぉパーマーぁ、メジロの子はみーんなメジロに戻ってくるのよぉ。パーマーのレースはおばあちゃんがずっと見てるよぉ、ずっとずっと見てるよぉ、天国に行ったって応援するんだからぁ」

 

「やだ!! 天国に行かないでおばぁちゃま!!」

 飛び出した本当の声、今まで怯えてよそよそしかった声に力が通って抱きとめたアシガラへと強くしがみつく。

 元気が戻ったパーマーにメジロアシガラは満面の笑みを見せて言い放った。

「まだ行かないから大丈夫!! だからなんも心配しないとぉ、好きなように走っておいでぇ」

 東京へ帰る前、本宅には行かなかった。

 本宅のドアを開ける勇気はなかったけど、自分をここで待って応援すると言ってくれるアシガラに会えた事で胸がいっぱいになった。

「おばあちゃま!! あたしちゃん頑張るぅ!!」

 定まらなかった目標ができた、応援してくれるおばあちゃまにもっともっと喜んでもらいたいという暖かい気持ちをいっぱいにしてパーマーは東京に戻っていった。

 そうレースの世界に戻ってきた。

 

 

 

 宝塚記念、誰もメジロパーマーが一番で走ってくるなんて考えもしなかったレース。

 学園のウマ娘もスタンドを埋め尽くした観客も、手慣れた実況をするアナウンサーでさえもが、推しの9番人気である彼女がゴールラインを突き抜けていくなど想像していなかった。

 ゴールを切った後の動揺のざわめきが、歓迎されざる勝者の証だったのをひっくり返したのはアンタレスの面々の祝福からだった。

 勝ったメジロパーマーに一直線に観客席から飛び出しマッハで走ったツインターボ。

「やったな!! パーさん!! 圧勝じゃないか!!」

 同じレースを走った仲間、遠慮のないタックルで飛びついたダイタクヘリオス。

「パーさん!! 踊る!! おどっちゃうぅ!!」

 やれやれと先を越された感を出しながらも大喜びで駆け寄ったイクノディクタス。

「やったわねパーマー、嬉しいわ!!」

 大喜びのチームメンバーにつられ、勝者パーマーへの拍手は会場全体に始まり満開に咲いた祝福の中で大きく叫んだ。

「おばあちゃま!! あたしちゃん勝ったよぉ!!」と。

 

 

 

「あたしちゃんにはあたしちゃんの為にいてくれる大好きな応援団がいるんだよ!! アシガラおばあちゃまがいてくれたら後は何もなくてもいいのぉ」

 たった1人の声援がパーマーに百人力の力を与えた。

 

「だってぇね、おばあちゃまは永遠なのぉ、天国に行ってもあたしちゃんを応援してくれるって、そう言ってくれたんだからぁ」

 

 そこまで言って口を開けたままストップ、思い出したように慌てて。

「まだ行かないよぉ、まだぁまだぁ元気だからぁ!!」とはっきりと言いなおす。

 ライスシャワーの曇った目は晴れ、ほんわかと羨ましい気持ちを覚えていた。

 誰に背中を押されたかったのだろう、スタンド席にいる全てのお客に納得されたかったのだろうかと、浅ましい気持ちに気がつき涙がうっすらと浮かんだ。

「ライスは……わがままな子ですね……」

「うんうん、わがまま言ってよぉ。あたしちゃんに「もっとライスを応援して」って言ってぇ。でもってあたしちゃんのレースもぉ応援して、師匠もいるしぃイクノちゃんもいるしぃダイちゃんもいて……ライスちゃんもね!!」

 ただ目を丸くして聞いていたライスシャワーの手をとって大喜びのメジロパーマー。

「ライスもいる……」

 それはとりもなおさずパーマー達、アンタレスの仲間達が自分にもいたんだという事。

 ライスシャワーの目に淡い潤いが光る。

 いつのまにか本当に自分はわがままな子になっていたのだと気がついた。

「ライスにも……ライスもみなさんを応援してます、します……」

「うん!! だからライスちゃんも頑張って走ってぇ、でもってあたしちゃんはわーっと応援するからね!! ライスちゃんが勝って幸せになれるのならぁ、それはみんなの幸せなんだから!!」

 長身のパーマーが空に向かって大きく手を開く。

 空は青くて広くて、涙が溢れて止まらない。

 自分だったらとバカの事を考えながらも、自分を取り囲むウマ娘たちが今日までの間に色々なアプローチで自分励ましてくれていたのではと気がついた。

 何か贅沢な思いで、もっと応援してほしいなんて願っていたのではと気がつき恥ずかしくなっていた。

 そうじゃない、お兄様がいてくれたらそれでよかったところから走り始めた。

 今はお兄様だけじゃない、チームのみんなが応援してくれる。

 十分すぎる祝福があった事に気がついて声をあげて泣いていた。

「がんばろぉライスちゃん!! 次は天皇賞だよぉ!!」

「僕も応援してるよ!!」

 熱中した2人の下、グラウンドの土手に転がしたミルクタンクの蛇口にいつの間にかダイタクヘリオスが吸い付いて、おーっと手を挙げている。

「ダイちゃん寝たまま飲んでるぅ、お行儀わるわるだよぉ」

「おいしいよこれぇぇえっええれえれえれ」

 寝っ転がったままの飲食で蛇口から離れた途端に顔面を濡らすヘリオス。

 泣いている暇もありゃしないチームだ。

 目標は決まった。

 

「ライス……ライスお兄様のところに行きます!! もっともっとトレーニングをして強くなって走ります!!」

 

 言うや体は走っていた。

 軽い、手も足も縛りつけていた荊はもう何もない。

 ライスシャワーは飛ぶように走り、馬鹿コンビ2人は顔を見合わせて後を追った。

 目指すは天皇賞、幾重にも因縁が絡んだあのレースはまだ終わっていない。

 まだ道半ばだ、今度は真っ直ぐに、全ての迷いを断ち切ってゴールを突き抜けるという希望に目を輝かせ走っていた。

 

 

 

「どうして真面目な生徒を苛むのですか?」

 トレーニンググラウンドに向かう道、トレセン学園本館の渡り廊下から、目の前を矢のごとく走り抜けたライスシャワーを見ていたシリウスシンボリに声をかけたのはホクトベガだった。

 本館校舎から寮の方へ、研修生たちのための資料を受け取った帰り道。

 渡り廊下の端で柱を背に目を尖らせているシリウスを見つけたのだ。

「……苛む、とは。難しい事をいうんですね。さすがトレセン学園準教員資格者はいう事が違いますね」

「貴女ならば授業で習っているはずですからね」

 冬の日差しの中に真っ赤な影を作る髪を静かに揺らすホクトベガ。

 遠くに霞むライスシャワー、シリウウスの視線をホクトベガも追う。

「なぜライスシャワーさんを責めるのですか?」

「責めてなどいませんよ。彼女は何の過ちも犯していませんし」

「過ちがないというのならば、これは貴女の個人的な憂さ晴らしなのですか?」

 長い睫毛が隠す冷めた目線、かなり踏み込んだ物言いだった。

 憂さ晴らしなど、一方的ないじめをしていると明確に言われたようなものだ。

 明らかにシリウスを煽った意見に当然のように尖った目が振り返り斜めに上がった口で言い返した。

「ふんっ、ならば貴女がダートレースへと新人勧誘をするのも憂さ晴らしなんでしょうね」

 ファイルを両手に抱えたホクトベガをシリウスは突然強く押した。

 肩を押し、自分の位置より突き放した。

 勢いホクトベガは3歩4歩と後ろへ下がり渡り廊下の柱に背をぶつけていた。

 

「ホクトベガさん……貴女は貴女の手に入らなかった夢を新人ウマ娘に押し付けている。なぜ自分の夢を他者に頼ってまで得ようとするのですか」

 

 吐き捨てるような言葉ではあるが、決して逸らずむしろ声を地面に縫い付けるような重い響きで歩を詰め柱の側に背中を当てたホクトベガを圧迫する影となる。

 背丈はそれほど変わらない2人だが、シリウスの圧力は大きな山ような強さとなり、憤りに色がつくほどの威圧がホクトベガを見下ろす姿勢になっていた。

 なってはいたが、ホクトベガは決して怯えてはおらず手に持ったファイルを下に綺麗に置くだけの余裕もあった。

 胸に手をあてて、間違わぬように想いを返す。

「私の夢は私のものです。私が見た夢を目標として追う者がいるのならば、喜んで夢への道に必要な方法を教えそれを後押しする。ただそれだけですよ」

「余計なことですね。同じ夢を見たからと行くも恐怖の道を軽々しくも遊園地にでもいけるかのように後押しするなど……得られなかった勝利への欲に取り憑かれている。教示を与えることで自分が勝者にでもなれると思ったの? 偽善者め」

 紫の瞳の中に夕日の赤い怨が揺れる。目に光はない、空虚竹筒の穴のように潰れている。

 蒼い瞳は一度大きく見開かれ、初めて触れるむき出しの感情を理解した。

「……それが貴女の、貴女が抱いている苦しみなのですか? シリウスシンボリ」

 澄んだ湖水のような蒼い目が、苦虫を噛み切る勢いで唇をへし曲げた赤い目を見つめる。

 わずかに歪む姿勢、体ごと左に傾げるような影は微動もなく、ただ睨むだけだ。

 軽く鼻で返事すると踵を返す。

「意味不明ですよ」

 背中を向け速やかに姿を消そうとするシリウスにホクトベガは初めて叫び声をあげた。

 

「皇帝だって夢を見るのですよ!!」

 

「強者には不必要なものですよ」

 終始冷たく重々しかったシリウスの声は夕日の沈んだ渡り廊下へと吸い込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




07 アシガラさまが見てるから・おまけ
  メジロ家騒乱編&過去編&今から編

「まさかと思いますが、パーマーが勝ちましたか?」
 真顔だった。
 白い長髪にロングスカート、細身のウエスタンシャツにいかにも牧場の者らしく長靴を履いた美形ウマ娘は眉を顰めた顔でアシガラの住む管理小屋を訪れていた。
 彼女の後ろには複数のウマ娘、というかレースの世界を引退したメジロのウマ娘とウマママ娘が集まっていた。
 大きなレースがにメジロウマ娘が出走すれば応援ツアーを組み、ここにいるはずのないメンツが集まってしまったのが事件の始まりだった。
 何せ今回はメジロ家の期待のメジロマックイーンも、良きライバルのトウカイテイオーもいないレース。
 低く評された脇役大会今日だったが、スタート切って始まったレースはすごいものだった。
 最初から先頭に立ち全てのウマ娘立ちを率いるように走ったメジロパーマーは、最後まで1番を貫き通してゴールしていた。
「きゃーぁぁぁぁぁぁ!!! 勝ったわぁ!! 勝ったぁ!! パーマーぁ頑張ったぁ!!」
 黄色い声は元気いっぱいに喜びを叫んでいた。
 ここはメジロ邸内、牧場のはずれにあるメジロアシガラの住処。
 昔作った管理小屋を改装したつぎはぎの建物、ジェンカを組んだようなログハウスよりも粗雑で子供工作のような家。
 木箱で作った台座の上にブラウン管テレビがあり、さらに上に猫と写真とアンテナの乗るレトロそのままの家の中、真ん中に鎮座した平テーブルを囲んで熱戦を観ていた2人。
 メジロ家重鎮のメジロアサマとメジロアシガラは平テーブルの周りを2人してぐるぐると走り回って喜びを表していたところに、現メジロ家当主メジロティターンはやってきていた。
「……ティーちゃん、なんでぇここにおるのん?」
 はしゃぎ回ったいたアシガラは玄関に集まったメジロのウマママ娘一同に向かって首を傾げていた。
「今日はみんなで応援に出てるんでぇなかったのぉ?」
 ティターンの顔は苦味を見せたままテレビ画面とアシガラの顔を交互に見る。
「いいえ……えーっと、今日のレースはマックイーンが怪我で回避となりましたから……その時に応援団ツアーは中止したわけでして……」
 本邸から離れて暮らして居るアシガラにその報告が入ったかどうかわからないが、自分を見る目からして「知らなかった」というのが正解だろう。
「なんでぇ、なんでぇそんなことするの? パーマーぁ出るってわかっていたのにぃ応援は誰も行かなかったのぉ?」
 喜んでいた顔が一瞬で曇る、下がった眉のアシガラは自分より背丈のあるティターンの前に立つと唇をプルプルと震わせて聞いた。
「パーマーが出るのは知っていましたが、勝負けの激しい子ですから……行っても負けでは意味がないというか……」
「なんで意味ないなんて言うのぉ!! そんなのぉ関係ないよぉ、頑張って走ってるのよぉ」
「大丈夫です、担当執事のトシが……」
「違うよティーちゃん!! 前から思っていたけどぉ、なんで勝負けで応援の区別をするのぉ? みんなメジロの子だよ!! 頑張って走ってるんだよぉ!!」
 不満爆発、アシガラは常々考えていた事があった。
 パーマーがトゥインクルシリーズに戻りたいと泣いて頼みに来た時からずっと不満に思っていた事。
 メジロ家の中にある応援団による応援格差。
 活躍している子には惜しみなく応援団を送り大声援の旗を振る。
 メジロ家筆頭トレーナーのミヤも参加し記念写真も大きく撮る。
 一方で活躍芳しくない子の応援はまばらである。
 中央トレセンでのレース初回には、メジロ家内で担当した個別の育成トレーナーが応援に来るが、以後のレースの出来如何では彼さえ応援に来ない。
 北海道を本拠とするメジロ家だ、自分の子の応援にだってお金はかかる。
 我が子が活躍しなければレース場に家族でさえ応援に行けないという現状をアシガラは強く不満に思っていた。
 行きたいと自費を工面する者までも止めるティターンに怒り爆発の状態だった。
「なんでぇ応援してあげないの!!」
 つかみかかるまではいかないが、背の低いアシガラの下からの睨みにティターンは目を合わさず、それでも厳格に規則を作った者として応えた。
「応援に格差があるのはレースに対する姿勢に「緩み」を与えないためです。強くなければ一門を住まわせ共に行きていくのは難しい。その事はアシガラ様もご存知のはずでしょう」
 名家だから大して活躍しなくても大声援をもらえる。
 そんなふうに思われてはこまる。「さすがはメジロ家」と言われるような強い家訓をもってこそ壊滅的危機から復興した強い一族の証明、そのための試練だとティターンは告げた。
 冷徹にも思えるティターンの言葉をアシガラは納得しなかった。
 そのやり方の結果としてパーマーは泣いたし、メジロの子の中でも萎縮してしまう者もいる事を知っているから。
「応援はぁ!! 差をつけたり格を見せたりするものじゃないよぉ!! 心からするものなんだからぁ!!」
 前のめりのアシガラに回りがハラハラするがティターンは冷静だった。
「他の家のウマ娘を鑑みれば当然の事です、誰でも最初から声援を得られるものではなく、勝って自らを証明していくことで得られるのが応援なのですから……」
 冷静さがカンに触る。
「もういい!!!!!! ティーちゃんの分からず屋ぁ!!!」
 言うや目の前のアシガラは走っていた、走って管理小屋と牧草地を分ける防柵を飛び越えていた。
 ティターンの後ろで事の成り行きを見守っていたメジロのウマママ娘達も、一緒に中継を観戦していたアサマも口が開いたたまま呆然である。
 自分たちの頭上を一足飛びで、自分たちより年寄りのアシガラが難なく飛んで行ってしまったのだから。
 柵の高さは普通にメートル越えで下手すれば2メートル近い柵を助走もなしに飛び越えたのを驚くなという方が無理で、開けた口まま声も出ない。
 ただ目線だけがアシガラを追うのみ、それもものすごい勢いで牧場を走っていく姿に目が点である。
「おばぁちゃんが!! おばぁちゃんがぁ!! 今からパーマーぁの応援にいくんだからぁ!!」
 残響の説法、アシガラの怒りが耳に届いた時我に帰るウマママ娘たち。
「……ええってここからレース場まで? って飛んで?!!」
 ティターンの前、どうしましょうと一斉に首をかしげるメジロ娘たちに叱咤が飛ぶ。
「走りなさい!! 回り込んでアシガラさまを止めて!!」
 場は騒然である、次々と走り出すメジロのご婦人ウマ娘達をメジロアサマはきょとんと見ていた。
「わはぁーー、すごいやアシガラちゃんまだあんなに飛べるんだ」
 まっすぐ駆け抜けていくアシガラの米粒のようになった後ろ姿を懐かしそうな目が追う。
「あのころも、よく走っていたよねぇ……」
 それは懐かしい記憶、メジロ家初期に起こった大事件にして瀕死の災害を超えた時の話。
 アサマは立ち上がり、テレビの上にあった写真を見つめていた。
 若かったころのメジロのメンツが映る集合写真、中央に自分、端の方に立つアシガラ。
 強くなければ一族を食べさせられない時代があったと、アサマの指は写真を撫でいていた。



「こんなの……嫌だよ……」
 顔を流れる涙の後がはっきりと見える、眼前に広がる光景は「滅びの日」と言われて差し支えのないものだった。
 火をつけたかのような怒涛がメジロ一門の新天地を覆う悪夢を降らせたのは真夏の8月。
 面前に降るのは白い靄たち。
 雪ではない、雪のように優しくない白い使者の前で、メジロアサマは泣いていた。
 新しく建てた屋敷と牧場、酪農と自然食をメインとしたメジロの新拠点はこの年壊滅的な危機に陥っていた。
 目の前に鎮座する有珠山の噴火。
 自然の猛威の前になすすべなく膝をつくアサマ。
芦毛の髪をくすませる灰のなか、流した涙の道がわかるほど猛猛と陽の光さえも隠す景色の中で、メジロ家はモノクロームで命を感じさせない景色の中にあった。
アサマは拳を握り、この苦境に向かって吠えていた。
「やっと……やっと、異なる世界の導きの元に「メジロの子達」が集まる地を作ったのに……こんなところで終われない!! 私が走る!! 走ってここを助ける!!」
「ダメよ!!」
 白いフードを被った茶髪のウマ娘が今にも飛び出そうとするアサマを抑えた。
 捕まえた手を引き首を振る青い瞳も泣いていた。
「アサマ……あなたのお腹の中に子供いるのよ」
「シェリル……」
 言われて止まる脚、変わって手が慈しむように自らの腹を撫でる。
「ティターン……あなたのためにもここを残したかった……」
 次の世代に、運命が導く「メジロ」の名の下に仲間たちを集めて暮らす。
 それがアサマの夢だった。
 夢を叶えるべく実業家にして名トレーナーの元で激しいトレーニングを積み、多くの重賞を制覇してきた。
「お前たちのための場所を作ろう!!」
 夢の告げる一門を作る事を目標にレースを走った。
 レースから卒業し終身獲得ポイントを換金して、何もなかった更の牧草地を新天地としての居所を建てた。
 なのに運命かに見放された思いが募りすぎて止まらない涙になる。
「……アサマ、もしもの時は私走りますよ。ハイシニアならまだまだ走れます」
 運命の子ティターンのためにフランスから英才教育の師範として招聘したシェリル、まだ片言の言葉でしか話もできない彼女がアサマを思って膝を折る。
 抱えたお腹に額を当てて。
「みんな頑張ります……ここに来たみんなが頑張るから……」
 日高からここに引っ越してきた、酪農と農業を元にして大自然の中で雄大に走るウマ娘たちを育てようと。
「……牛や豚の餌がダメになって……どうしたらええかのぉ」
「この灰じゃあ畑もダメやろうねぇ」
 共にこの地に来てくれた仲間たちの嘆きは念仏のようにそこかしこへと続く。
 危機打開のためにトレーナーとサブトレーナーのミヤは奔走しているのがまた歯がゆい。
 何も出来ずここに「止まる」しかない自分の脚が恨めしい。
 希望が見えない、青空が見えないように、ここには灰色の絶望しかない。
「私たちは……」
「アサマちゃーーーーーーん!!! アぁぁぁサぁぁぁマぁちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
 だれもが落ちくぼみ顔を挙げられない白夜の昼間に、その声は遠慮会釈なく響き渡り飛んできた。
 文字通り、白でくらんだ視界の中から黒い影が飛び出しアサマとシェリルの前でワンバウンド、勢いそのままで牧草の山へと突っ込んでいた。
「何? 何が飛んでたの?」
 言わなくてもだれもがそう思った瞬間、草の中からそいつはビヨーンと飛び出してきた。
 転げて鼻血を大出血の顔、くっしゃくしゃで整えられてない短い髪の半分が枯れ草を飾り、残りの半分は土と灰という異色のコーディネート。
 G1以外で着用のトレセンユニフォームの彼女はひどい風体、左前歯もないおかしな顔でアサマの手を取っていた。
「アサマちゃん!! あたしちゃんだよ!!」
 声でやっと気がついた。
「あっ……アシガラちゃん?!」
 突然過ぎてどう反応して良いかわらず固まる2人にもお構いなし。
 シェリルが握っていたアサマの手を奪い取るかのように掴むとブンブンと振ってフレンドリーを通り越したスキンシップを見せる。
「アシガラちゃん……どうしたの?」
 かけられた声にハッとして開く口と照れてクネクネする体。
 軽い疾走感で会話は飛ぶ、東京でレースに出走しているアシガラが突然ここにいるのに回りはただ驚き注目を浴びて。
「あー、そんなに見られたら照れるなぁ……そっそっアサマちゃん! あたしちゃんねぇ障害競走で1番をねぇ……へへへ1番になったの、でね、これ」
 握っていた手にポンと置かれたのは預金通帳とハンコだった。
「これって……」
 戸惑う。
 アシガラの名前入りトレセン学園指定の獲得ポイントを示す表付きの預金通帳。
 何をしろと言わんとすることに首を振り否定を示そうとした時、アシガラは屋敷の出入り口の方を指差していた。
「後、ミヤちゃんに頼んで必要なもの揃えてもらったから、どんどん使って!!」 
 入ってきたのはトレーラー数台、箱を開けたそこにあるのは家畜たちの餌に、ここで働くすべての者たちの生活必需品。
「アシガラちゃん、これ全部……アシガラちゃんのお金で買ったの? そんな……」
 いただけないなどと綺麗事は言えず返す勇気もない、これはアシガラがレースで獲得した大切なポイントを換金してきたものだ。
 ポイントを必要以上に溶かせば次のステップである大きなレースに出るための資格失う可能性だってある。
 大切な大切なポイントを何事もなかったかのように全点換金して、笑顔を見せる彼女に申し訳がないという想いと辛さに眉は歪み涙が溢れさせるアサマの姿にアシガラは反応する。
 心細くなっている体を力一杯抱きしめる。
「アサマちゃんドーンと使って!! メジロのために使って!! あたしちゃん頑張るから!!」
 握った拳で元気と笑顔。
「アシガラちゃんこんなにしてもらう理由がないよ……」
 助かる。
 手元に預けられた通帳の金額は当面のメジロ家一員を食べさせるに十分だ。
 ありがたくて涙はどんどん溢れてしまう。
 すでに多くの仲間たちが届けられた物資の運び出しをしている。
 活気が戻り降り注ぐ灰に負けないと声を上げている。
 ここが始まりの場所だと拳を振るうものたちの姿に、アサマはやっと笑顔を取り戻していた。
「アシガラちゃん、私アシガラちゃんに必ず恩返しするから……」
 嬉しいというアサマの顔に、おどろいて飛び上がるアシガラ。
 手を振って照れ照れと首を左右する。
「えっえっえっ!! もうもらっているよぉ!! いっぱい貰ってるよぉ!! ……えっとメジロのためってのもぉもちろんあるけどあえて理由を上げるのなら……アサマちゃんがあたしちゃんのレースの応援をしてくれたからなんだよぉ」
「応援……」
「応援だよぉ応援!!」
 目を輝かせる田舎娘、目を合わせる美少女との間には確かにつながりがあった。



 平々凡々、メジロアシガラを一言でいうのならそういうレースをする地味な子だった。
 眉目秀麗を標準装備で生まれるウマ娘でありながら、そこそこ可愛い程度に自分を作ってしまった感。
 小柄でチビで手も脚も思うほど長くなくて、せっかくウマ娘に生まれたのにどこにも派手さのない地味な子。
 レースもそこそこ走り、賞を取ることはほとんどなく、連帯に入ればラッキーと小躍りして喜ぶ小物様。
 一方でメジロアサマは他のウマ娘から一歩も二歩もあらゆる部分で秀でた存在だった。
 笑顔優しい美少女で花があり愛嬌があり、背丈も160センチと当時としては大きくモデルのようで、スラリと伸びた手足の美しさに女でさえ見惚れ、その上でレースを走る実力も十分にして重賞もいくつもとっていた。
 中央トレセンでトゥインクルシリーズを大いに盛り上げ「メジロここに有り」を全国に知らしめた立役者でもあった。
 最初から美貌も実力も格差のあった2人。
 平地でいくら走っても勝利を得なかったアシガラ。
「あたしちゃんはぁ真っ平らなレースよりぃ、飛んだり跳ねたりする方が好きみたい」
 成績優秀で花がなければ国民的スポーツイベントであるトゥインクルシリーズには出られない、花などなく平凡そのものだったアシガラは他のメジロウマ娘のために率先してシリーズを去り、いまひとつ盛り上がりに欠けるスティープルチェイスへと活躍の場を移していた。
 トゥインクルシリーズという一大イベントに参加しない、違うレースを凡庸に走り行くアシガラにメジロの応援団はこなかった。
 唯一ただ一人、いついかな時も時間の許す限り駆けつけたアサマを除いて。



「嬉しかったんだぁ、アサマちゃんみたいなぁ超ーかっこ可愛い子にぃ応援してもらえてぇ、なんていうか照れ照れなんだけどぉ、脚震えちゃうんだけどぉ勇気が出るんだ」
 その一言でわかった。
 アシガラは飛ぶのが好きだったわけじゃないってことを、トゥインクルシリーズへの道を譲って他の子に花を預け、自身は飛ぶ恐怖の中で走っていたことに気がついてしまった。
「アシガラちゃん……ごめんね……私みんなのこと考えてやってきたつもりだったのに、アシガラちゃんのこと少しもわかってなくて……こんな時ばっかり」
 自分では運命の名を持つ仲間を零すことなく見て応援してきたつもりだった。
 なのにアシガラが怖いながらもレースに出ていたことを今の今まで感じ取れなかったことに情けなくなる。
「ごめんなさい……ごめん……」
「なんでさ!! あやまらないでよぉ!! アサマちゃんも頑張る!! みんなも頑張る!! あたしちゃんはもっと頑張ってメジロのために走るんだぁ!! 任せて!!」
 くるりと回り背中を見せる。
「アサマちゃん、あたしちゃんは今日までレースてあんまぁ好きじゃなかったしぃただ自由に仲間たちと走って入られたらいいなぁって気持ちでやってきたの。でもねあたしちゃんが自由に走れたのはアサマちゃんがガッチリぃ頑張って走ってくれたおかげなんだよぉ。だから今度はあたしちゃんがガッチリ走るんだよぉ。……笑って、笑って応援して!! ラジオであたしちゃんの活躍を聞いていて応援して!!」
 メジロアシガラは自分を押してくれた応援を一生忘れることはなかった。

「応援は無償の愛だもん!! これがあれば頑張れる!!」

 自分の胸を叩きアシガラはその年のレースを連戦した。
 18戦8勝、獲得ポイントを換金した金額は9770万円、瀕死のメジロを救うに十分の資金を積み上げた。



「……アシガラちゃんが走って、シェリルが子供達を助けて、ミヤちゃんが地元と協力して……メジロという運命の名を持つ私たちの居場所を守ったんだよね」
 あの時集ったメジロっ子のウマ娘たちはみんな頑張った。
 トレーナーとサブトレーナーも頑張った。
 今メジロは大きな家になり「名家メジロ」としてレースで活躍するウマ娘の一大拠点となっている。
 アシガラが作ったお金が希望をつないだ。
 代償としてアシガラは重賞に出る権利を失ったし、連戦の疲れを癒すことかなわず膝を痛めてレースから引退する事にもなった。
 以後牧場の管理小屋を改装してこじまりと暮らしている。
「一緒に屋敷で暮らそう」と呼んでも「ここがいいのぉ、ここなら子供達がよく見えるからぁ」と今もメジロに集う子供達のことを気にかけてくれている。
 子供達はみんなアシガラが大好きだ。
「大好きなおばあちゃま」と慕われ、子供達の悩みをいつでも真剣に聞き励まし、時にしかり、時に一緒にご飯する。
 口癖は
「もうようはしらんよぉ」と昔みたいには走れないからね、なんて言うけど。
「でも今日は走ってるよね……」
 アシガラの後を追うは良いが、防柵を越えられず右往左往しているメジロっ子ウマ娘たちを見て笑う。
「今日もみんな元気だ!!」
 アサマは走り出した。
 柵をどうするかと思考停止になっているウマママたちを追い抜き滑り込むように柵を潜ると。
「うふふん、頭使って、くぐって走ったらいいのよーん」
 と笑みを見せて大きく手を挙げた
「負けないぞ!! アシガラちゃーん!!」
 おばあちゃん2人に先行されるウマママたち、牧草地杯平地障害変わりものレースは久しぶりにメジロのウマ娘全てを走らせる大レースとなっていた。



「……なんか凄いことになってるよ」
 農場で休憩を取っていたメジロ家農園作業員は自分たちの方に向かってくるウマ娘集団を見つけていた。
 右に左にと蛇行しながらだが、とにかく黄色い声の大合唱とともに砂煙りが続くのを見るに
「きっとパーマーお嬢様がグランプリ獲ったから大喜びなんやで」と軽く勘違いしていた。
 各所で作業をしているすべてのものが、本気でそう思っていた。
 それほどに黄色い声は牧場と農園、果ては洞爺湖まで響き渡っていた。
「いやぁ、長年とれんかったやつやしねぇ。奥様方も大喜びですなぁ」
「うんうんよかったですなぁ、あれぇ子供もはしってるわ。よっぽどですなぁ。しかしまぁウマ娘さんいうのは嬉しいと走ってしまうってぇのは本当なんですなぁ」
「こっちいらしたらお祝い言いましょうよ」
 農作業につく人々は牧歌的休憩とともに祝辞を考えようなどと楽しんでいたが、当のメジロ家ウマ娘軍団はそれどころではなかった。
 突っ走るアシガラは追いつかれそうになると防柵やらため池を飛び越える。
 平地レースをメインでやってきたウマママたちはそこで脚が詰まってしまう。
 というより蹄鉄シューズなしの長靴ではうまく走れもしない、迂闊にぬかるみに脚を突っ込めばそのまま転倒である。
 集団阿波踊り状態で走るので精一杯だ。
「……おばあちゃまぁ!!! 待って待ってぇ!!」
「なんで追いつけないのよ……おばあちゃま素足なのにぃ……」
「むりぃ……」
 集団を指揮するティターンでさえ追いつけない。
 手を尽くし指示を出すために声を張り上げるがそれが新たなお祭りを呼び込んでしまう。
 ウマママたちの騒ぎに反応した子供達がアシガラの後を追って走り出したのだ。
 楽しくて走ってしまうウマ娘。
 小さくたって走っちゃう、大好きなおばあちゃまが柵を飛び越えているのならば自分たちも飛んでしまう。
「きゃああぁぁぁぁぁぁ!! ラフィキが頭から落っこちた!!」
 はねて脚を柵に脚を引っ掛けて前転で転げ落ちるラフィキはその場で大泣き。
「アイガーがため池に落っこちてるぅぅぅぅ!!」
 飛んでそのままため池に転落、脚がついてもアップアップのアイガー。
 アシガラを真似して飛び出した子供達が、あっちこっちで転倒し始める。
 泣き声が輪唱になるという悪循環と、我が子心配で追走ままならないウマママ。
 このままでは大事件が起きる可能性もある、先頭を切って祖母たちを追うティターンは、大学院から帰省したばかりのラモーヌが牧場を見ていることに気がつくと声を挙げた。
「ラモーヌ!! 子供達を止めなさい!! ていうか捕まえて!!」
 お祭り騒ぎに気がつき屋敷を出たばかりのラモーヌは目が点である。
 牧場の部屋着とも言えるウエスタンシャツとスキニージーンズ。
 容姿麗しのラモーヌも帰郷してびっくりの大惨事である、止めろや捕まえろやと言われてもたくさんの子供達が飛び跳ねて走るそれをどうしていいのかわからない。
「どっどっどうやってぇ……」
 魔性の青鹿毛をもってしてもこれは難しいというもの、あわあわしながら子供達の後を走るのが精一杯だった。



「アシガラちぉゃん!!! 捕まえた!!」
 蛇行から一転目の前の柵を飛んだアシガラの腕を一緒に飛んで捕まえたのはアサマだった。
 突然かかった不可に我に返ったアシガラ。
「アサマちゃん? ってうぁぁぁぁぁぁん!!」
 腕に抱きついた笑顔のアサマ、泣きながら走っていたアシガラを包みともに落下する。
 牧草の山へと2人して突っ込んだ。
 派手に爆発する牧草の山、休憩していた作業員たちも目が点。
 追いかけていたウマ娘たちも突然のことに急ブレーキ、互いがぶつかり合って転んでしまう中、落下した2人の声が楽しげに響いていた。
「あはははははははははは、あははははははは、やっぱり走るのは楽しいね!!」
 舞い上がった枯れ草、2人とも頭も体もボッサボサにして草まみれの顔を合わせると指差した。
「パーマーの……インタビュー聞こうよ!!」と。
 居合わせた作業員は自分たちの見ていたパッドを前に走り寄り、画面を前に出す。
 ウイニングライブに入る前、装いも新たなパーマーにインタビュアーのマイクが向けられていた。
 たくさんの人たちがライブ開始前にサイリュウムを振り、応援が幾重にもこだまする中で映し出される満面の笑みは両手を大きく空に向かって広げると絶叫していた。

「おばあちゃまぁ!!! あたしちゃん勝ったよぉ!!!」

 あの日泣いたパーマーが咲き誇る花のように笑っている。
 仲間の祝福の中で何度も飛び上がるパーマーの姿と、アシガラに向かって祝いを持ち寄る作業員たち。
「アシガラさま!! よかっですね!! お嬢が頑張ってグランプリとりましたよぉ!!」
「おめでとうございますぅ!! メジロのウマ娘万々歳です」
 みんながバーマーを祝ってくれる事にアシガラは嬉しくて、また泣き出した。 
「ありがとうねぇ、パーマーぁ、おばちゃんも嬉しいよぉ」
 追いついたメジロのウマママたち、アサマはみんなが集まっていく場所を見つめていた
「タンタン」
「タンタンはやめてください……お母様……」
 なんだかんだと大騒ぎの末にみんなが集まって、みんなでパーマーの勝利を祝う。
 これがメジロだ、アサマが思い描いてきたメジロ家は今ここにある。
 アサマは仲間の輪に入らず自分の隣に立ったティターンの手を引いた。
「ごめんねタンタン……うんう、ティターン。当主を譲った私は今の当主である貴女の方針を悪いとは思わない。緩む事ない強さを身につけるために「応援も勝ち取れ」というのは正しい。でもね何もなくても応援したい人もいるんだよ。応援は無償の愛なの、だからそこまで押さえつけたりはしないで」
 母の顔に、眉間にしわを寄せていたティターンの顔は俯く。
 方針が正しくても害悪になっているのなら、続けるべきではない理解して。
「すいません、今回の件は私ティターンの不徳の致すところでありました……」
「うんう、私がもっと早く貴女に教えておくべき事だった。ごめんねタンタン」
「……タンタンはやめてくださいよ母様……恥ずかしいですよ」
 何気なくても仲間の背を押したい、そういう応援が瀕死だったメジロをた助けた。
 もっと仲間を励まし応援しよう。
 そうやってお互いを高めよう。
 メジロ家はこの騒ぎで絆を深めた、きっといずれ来る困難にも立ち向かえるだろう。
 幸せな騒ぎは結局その場で首相パーティーへと変わり、久しぶりの露天でのパーティーにメジロ牧場のすべてのものが楽しんだ。




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この世界ではいまもメジロはあると信じたいのですよ。
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