余分を切るのが大変なんだけど、アニメだったら数十秒なシーンなんでしょうね。
ただ文章として、流れもかねるとうまくまとめられないのがしんどいです。
「はっはっはっはっはっ」
吸う息吐く息を乱れることなく刻む心地良いテンポ、計算に基づき作られたランニングスタイル。
長く距離を走るのに必要なものを1つあげろというのなら、それは忍耐だ。
忍耐と付き合う方法は色々とあるが、ライスシャワーの場合は「闇を走る」ことをイメージしていた。
誰もいない道、行先を照らす灯りは1歩手前にあるだけ、ただそれを追って走る。
ゴールなどない、ただ永遠に続くとも思える道を走ることがとウィンクルシリーズでもっとも長いと言われる3200メートルを走る最初のコツだった。
最初の標的は「坂路の申し子」と呼ばれ無敗の三冠に大手をかけたミホノブルボン。
2400、2000、3000、3度の激突の果てに彼女を刺し抜いた。
その過程で闇を走るという「孤独の忍耐」を身につけた。
走りながら成長した、トレーナーの指導に答えるため、一歩一歩と前進して小さなライスシャワーを進化させた。
ミホノブルボンの走り方からトレーニングメニューは作られ、彼女を追い越す過程で自らの血肉として昇華した。
次なる壁はメジロマックイーン。
トゥインクルシリーズにおける最強ステイヤー。
今やリギルと肩を並べるチームとなったスピカの長距離巨星、レース心をくすぐる良き好敵手をメンバーに揃える彼女はライスシャワーと変わらぬ小柄な体格とはいえ心身ともに強かった。
忍耐だけでは決して勝てない相手だった。
「心に刃を研ぎ澄ませ」
暗闇の道を走り続けた果てにいる相手を「刺す」
ラストスパートとなる「胆力」必要だった。
最後の一線を切ることを恐れない心、相手と並ぶ恐怖を押し返す心を作るために極限まで走り、極限の果てに最後のダッシュを。
自らの体の各所を鞭打つ「鬼」となった。
忍耐と胆力の果てに生まれた鬼は、長距離の絶対王者メジロマックイーンを討ち果たした。
長く続く闇の果ては……残響のように聞こえる音。
「ラ……イィ〜……スゥゥゥゥゥゥ……ちゃぁんあんあんあんあんあん」
耳元でもビブラート、ライスシャワーは突然現世に引き戻されていた。
振り返ったライスシャワーは、思わず悲鳴をあげそうになった。
隣に立つ口から煙のパーマーに。
「はぁぁぁあ……どっ……どうしましたか?」
斜め45度ぐらいに上がった顔、いつもより多めに回っている目、かぶった真っ赤なポンポンがずり落ちそうなほどふらふらになっているメジロパーマー。
いきなり隣に工場の煙突が立ったような光景に後ずさり。
「まってへぇ……もっもっもぉトレー二ングぅしゅうりょぉなのぉよぉ……はひはひ」
引いたことでやっと見えた現状。
左右に揺れるウマ娘型メトロノームみたいなパーマーの後ろ、コース上に点在するチームメンバーたち。
クールダウンと言われた流し走で没頭していたライスシャワー。
「おまえ!! もっとぉ……俺に気を使えよ!!」
最後尾、前のめりに倒れ転がっているツインターボはそこまで言い切って気絶していた。
トレーニングで気を使えとはこれいかにだが、天を仰いで手足をばたつかせるダイタクヘリオスと走るのはとっくにやめて歩いているイクノディクタスを見るに、トレーニング自体はとっく終わっているのは理解できた。
「ライス、ちょっとイレ込み過ぎよ」
早くから流していたイクノディクタスだけが、普通に会話ができる相手になっていた。
前に立った彼女はライスシャワーの肩を掴むとポンポンと叩き落ち着けと促す。
「もうトレーニングはしない、今日からは流すだけ、トレーナーにそういわれたでしょう」
イクノの説得に我に帰るライスは、少し顔を下げそれでも前にと言った
「……あの、走って良いですか?」
止まっても足踏みはやめない、走るただひたすらにという感覚が無自覚に停止を拒否し体の指示の方へと意識が移ろう。
どこか不機嫌な顔をしているライスシャワーにイクノディクタスは苦笑いだ。
「いやぁ、噂には聞いてたけど本当に自分を追い込むトレーニングするのね。あんたって」
「……走って良いですか?」
低いトーンで抑揚のない返事、目に光のない顔は、自分を取り囲むメンバーを煩わしいと思うほどに没頭しているのが見て取れる。
「走って……」
「うんダメ、ていうかダメよ」
つぶやくなり向き直そうとしたライスシャワーをそのまま体を押して一回転させる。
前に行くつもりで踏み込んだ右脚を軸に向き直された困り顔なのに不機嫌なライスシャワーの前、憮然を遠慮なく唇に表したイクノディクタス。
「クールダウン、やりすぎていいことなんてない」
「そんなことありません、やらないと……やらないとダメです」
目指す天皇賞まで後10日。
久しぶりの大舞台が迫るほどに不安は大きくなっていた、沸き立つ焦りを沈ませるためにはトレーニング、そして疲労が必要という考えをイクノは真っ向否定した。
「あんたってさ、トレーニング下手なのね」
大勝負の前はいつだってそうしてきているという自負がイライラを募らせているライスに、イクノはあっけらかんとしていた。
「へっ……下手って、ライスはお兄様の指示に従って……」
まさかのトレーニング否定に気が動転した、光のなかった目にピンッと意識が戻りこわばった唇でそんなことはないと言い返そうとした唇をイクノディクタスの人差し指が抑える。
「流しで仲間ぶっ倒すほど没頭しろって、そういったのトレーナー?」
言ってない、言われたのは「適度に流して体をほぐせ」だけ。
わかっている、でも久しぶりの舞台、それも因縁の舞台、あの時の様にならなければ負けてしまうという思いが、より光のない忍従と胆力の闇へと走らせていた。
だがそれに気がついても、やめられない不安に駆られている。
「ライスは……ダメダメ、もっと頑張ってあの闇に入らないと……ライスは走ります!!」
ライスシャワーは声高く宣言するとイクノディクタスの手を振りほどいていた。
久しぶりに前向きなレースをしようとする意気込みは完全に空回り行き過ぎていた。
イクノディクタスは残された側の方を見て、もう一度走り去っていくライスシャワーを見ると手を打っていた
「うーん、ダメねこれじゃ。よしここは部長の言うようにイベントでするか」と。
「……変なレース、でしたね」
夜半過ぎトレセン学園のすべての生徒が夕食を終え各々1日の最後を楽しむ時間。
生徒会長室、大型モニターの前に座ったエアグルーヴは隣に座り顎に手を当てたまま無言のシンボリルドルフに先手の一言を告げていた。
見ていたのはOP戦。
有馬記念を終え新年へ、WDTを経て3月下旬に入ったこのレースはG1ではなかったが、有名チーム所属のウマ娘が重賞出場狙う一つのステップともなるレースだった。
春の底冷え、前日まで雪、朝には雨となったレース会場。
芝はぬかるみを作った凹凸激しい泥絡み、まるで海を漂う海藻がごとく乱れた模様を各所に描いた重バ場。
レース条件としては最悪のコースコンディションの中をシリウスシンボリは飛ぶように走った。
泥と身を切る寒さ、美しさなど欠片もない勝負が展開されるバ群の中、フォアフット&ロングストライドギャロップが見せる走影はまさに鳥。
他のウマ娘が汗水泥はね足元の深芝に難渋し猪の泥浴び状態の中、一人優雅に水面を跳ねる石のごとく、水面すれすれを飛ぶ鳥のように走った。
が結果は2着だった。
素晴らしすぎる走りに勝利は付いてこなかったが、このレースの肝はそこではなかった。
スタート直後からシリウスシンボリは大外を走ったのだ。
レースのセオリーとしてインに入るのは定石だ。
枠番3からの出走はインに近くシリウスの実力を持ってすればレース序盤から先頭集団にいても良い場所だったのに、スタート直後にゲートにとどまり一歩遅れて走ったのだ。
これだけでも十分に異常な始まりだったが、この奇行は次に大外を走り先頭集団を追い上げたことで出遅れた彼女に悲嘆を見せたファンや観客を驚かせた。
先頭集団と並走するように大外を走りそのままゴールした。
前を走ったウマ娘との差はたった0.3秒。
レース場でのレコード記録を出したウマ娘がインにいた事を考えれば、シリウスの走りは恐ろしいものだったと言い切れた。
大外を回らなければ間違いなく何バ身かの差をつけ、それこそ絶対のレコードをたたき出して勝ったであろうシリウスの姿をルドルフは苦々しく見ていた。
「どうして外を走ったのでしょうか?」
エアグルーヴの純粋な疑問にルドルフは少なからずの苛立ち込みで答えた。
「……汚れたくなかったのだろう、あのバ場だからな」
「汚れたく? レースですよ」
勝利ウマ娘のインタビュー、泥はねで髪も服も汚しながらも笑顔を見せる彼女の後ろを綺麗な姿のまま歩き去るシリウス。
勝負服を着てもレースで汚れることは厭わないものだが、体操服でのレースで汚れを嫌って大外を走るなど考えられないものだ。
自分では考えられないことだと驚くエアグルーヴを前にルドルフは立ち上がる。
「もともと綺麗好きだ、勝負服をもらっときは飛び上がって喜び走った後はすぐにクリーニングに出すような……そんな子だったからな」
実に息苦しそうなシンボリルドルフの姿はしっかりと見ていた。
勝者の後ろ、見せない黒髪の目と卑屈に笑った口を。
「あの場に私がいれば」
「それは約束に反しますよ」
静かな声が腹の中に苛立ちをためたルドルフをとめる。
今この部屋にはエアグルーヴ、そしてホクトベガが来ていた。
握った拳、妹分のレースはとても納得できるものではなかった。
その場で叱り飛ばし「レースに対する心得」を再教育する必要があると憤る相手をとめる静かな眼差しは続ける。
「シリウスさんのことは私に任せると、そうおっしゃいましたよね生徒会長」
「……それは、わかっているが」
「ならばそのように」
帰国したシリウスは以降ルドルフに会おうとはしなかったし、絶対の実力を持ちながらも走ろうともしなかった。
何かにつけて呼び出しをしたが諸用と称して断られ続け参っていたところで、一度だけ予期せぬ状態で鉢合わせになったことがある。
走られなくなるウマ娘。
学園が抱える問題と合わせ、各所のリーダー的存在に再起の機会を作れるよう相談して回っていた時の頃の話だ。
「やあシリウス、元気そうでなによりだよ。所属チームは決めたのか、私は……」
そこまで言ったルドルフをシリウスは軽く無視した。
何も語らず背中を向けた彼女の肩を捕まえたが、反応はひどく冷たく尖ったガラスに手を突っ込んだような痛みを味わうことになった。
「さわらないで、貴女に触れられると死にたくなる」
笑顔はなくただ赤い唇が憮然とそう告げて踵を返し、ルドルフは刺されたまま追う事もできなかった。
何が彼女を変えたのかを思い眉間にシワが寄る。
自分の鼻っ柱の上をメガネを抑えるように摘み、痛みを払う。
ただ話し合いたい、これが遠いのだ。
生徒会長としての身内ばかりに目をかけられないできないことがルドルフの苦しみとなっていた。
何としても妹分と向き合いたい。
寮を決めず適当な場所で寝起きするシリウスは、早くにも退学を望んでいるような節があり、それでは問題は解決しないままもの別れに終わってしまうのではという危機感から、最後の砦としてホクトベガを頼っていた。
「君のところで預かり再起を促してくれ」
ホクトベガが任されている寮、ダートウマ娘寮「砂場」は外来ウマ娘の宿泊施設も兼ねていたことが決めてだった。
快くルドルフの頼みを聞いたホクトベガだったが、以降は厳しい制約を立てさせられていた。
「私に許可なくシリウスさんには会わないでください、会っても会話をしないでください、万が一会話をしてしまっても叱らないでください」
難しい注文ではなかったが、今この約束が一番もどかしい。
言いたいことは山ほどあるのだから。
「約束しているのに感謝祭に呼び出しましたよね」
「あれは……」
楽しい場があれば会話ができるのではと考え、つい約束を蔑ろしたことをルドルフ自身恥じていた。
遠い目を閉じ自分の非を認める。
「すまない、あれは私が間違っていた」
謝罪に対して軽いため息。
「……私は私の考えに基づき彼女を預かっています。貴女の手の及ばぬこの事態を私は真摯に預かっていると理解ください。簡単な事を頼んだのではないはずですよね、本を貸すように軽々しく預けたのではないのでしょうし」
「ホクトベガ、言い方というものがあるだろう。任されていると言うならレース場に行って事の対処に当たらなければならないだろう。レースをおろそかにするような……」
「おろそかにして2着に入れるほどレースは甘くないですよ」
そのとおりだ、ましてや大外を回ってまで入線順位に入るなど並大抵のことじゃない。
狐目にも近いエアグルーヴに怒鳴り声をあげられれば誰しも引くものだが、どこ吹く風の涼しい碧眼は言う。
「レースには私のところから何人か見学に行かせています、得るものもあったでしょう」
剣幕の槍高いエアグルーヴをものともしない顔は、人差し指を軽く振る。
「そんな事より彼女は走りましたよ、まずはそこを喜んでほしいものです。OP戦とはいえ海外留学で獲得したポイントもあります、これで次はきっと重賞を走るでしょうね」
そこまでいうとホクトベガは席を立った。
挨拶もそこそこ、少しだけお辞儀をするとくるりと背中を向けて。
「遅くなりましたので」
相手の感想を聞こうとはしない態度がルドルフには痛かった。
1年以上も走らなかったシリウスが、今日走ったことを素直に喜びとして受け入れなかったことを少し恥じた。
最初の願いはそれだったのに、走ったことに感謝もなく非難をするなどと。
戸惑った口先、俯せた瞼、頭の中をめぐる苦い思いよりも先に言うべきことを口にした
「すまない、いや……ありがとうホクトベガ、確かにシリウスは走った、先に喜ぶべきことだった」
ホクトベガの返事はなく、静かに生徒会室を後にしていた。
「姐さん!! ホクトベガ姐さん!!」
生徒会室を後に、栗東・美浦より少し離れた砂場へと帰るホクトベガに声をかけたのはヒシアマゾンだった。
褐色の健康美、八重歯も可愛い彼女は普段なら誰彼構わず「オイッ」と呼びかける豪胆なウマ娘だが、ホクトベガの前ではおとなしい。
話し方に多少の雑さはあれど、決して逆らうようなことはしない。
「アマゾン……元気そうね」
美浦の寮長でもある彼女は在籍ウマ娘の中ではそこそこ背も高い方だが、ホクトベガの方が頭一つぐらい高い。
いつもなら頭ごなしを物理で見せるヒシアマゾンが下から上目遣いで話せる姐に、べったりとくっ付く。
「美浦の前を素通りなんてしないでくださいよ!! 今から一緒にご飯しましょうよ!! 話したいこともいっぱいあるんですよ!!」
「アマゾン、今日は生徒会長に会いに来ただけなの」
手を前に優しい笑み、ヒシアマゾンは察するように口を曲げる。
「姐さん、例の押し付けられた会長の妹の件で困ってんじゃないっんですか?」
「困ってないわ、困っているのは彼女の方なのよ」
「いやいやいや、良くない噂ぁ聞いてるんですよ!!」
ルドルフ会長の義理の妹シリウスシンボリという厄介。
本来なら美浦か栗東のどちらかに入寮するはずなのにどこにも入らず、ふらふらと学園のあちこちで寝起きをする生活を送っていた。
もとより素行不良と噂されるゴールドシップやキンイロリョテイにナカヤマフェスタと違い、シンボリ一門の中もっともルドルフに近いと言われた才媛の問題は少しばかり騒ぎになり、その後ホクトベガが砂場への入寮を承諾したことで鎮火した。
ヒシアマゾンは問題を起こしている間は特に関心を示さなかったが、預かり役としてホクトベガが手を挙げたことで気にしていた。
「今からでもあたしの所で預かってやりますよ、美浦に入れて根性叩き直して……」
「アマゾン! 彼女のことは私が自分から任せてもらっているのよ」
「でも……」
口に人差し指、静かにという合図。
「心配しないで、でも1つだけ頼まれてくれる?」
ヒシアマゾンが心配性になったのは自分のせいでもある、叱ることはできない。
困ったと曇りの混ざった顔は、軽く息を吐く。
ヒシアマゾンは待っていましたと顔を寄せた。
「なんだって言ってくれよ、がっちりタイマン決めてやりますよ!!」
頼られる喜びのヒシアマゾンに、ホクトベガは眉を寄せた顔でこぼした。
「私では彼女を止められないかもしれないから……」
細めた遠い目は未だ灯の落ちぬ生徒会室を見つめていた。
何かか動き出す春の日は近づいていた。
「うーん満開!! いい感じじゃない!!」
今年の桜は遅かった。
いつもなら3月の中旬ぐらいに咲き誇り散る桜だが、今年は何かを待っていたかのように今満開に咲き桜の雨を降らしていた。
土手を埋め尽くす花、ピンク色のナイアガラにイクノディクタスは両手を開いて感激していた。
「ここらにしましょう」
リュックを背負ったイクノに手をリボンで繋がれたライスシャワー、後ろには馬鹿コンビが大掛かりな荷物を抱えて歩く。
「ライスは……走らないと……」
しょげながらも苛立つライスシャワー。
昨日の今日だチームルームに行かず、放課後も顔を合わさぬよう裏道で自室に戻れば良い。
そこからグラウンドへと全力で向かえば走れると考えていたが、ライスシャワーの作戦はアンタレスの懲りない面々に簡単に突破されていた。
かなり大胆不敵に。
就業のチャイムと共に立ち上がり急いでドアを開く、そこからダッシュという意気込みの前に馬鹿コンビによる壁ができていたことに目を回す。
「ラーイースーちゃん!! あーそびーましょー!!」
2人してニコニコで、感謝祭の時に使ったカゴを持って。
とっさに危機を感じ後ろに引き、別のドアの方に走ったが開けた途端にイクノディクタスに捕まえられ、軽々とハリ◯テエレ◯ー号2に乗せられさらわれていた。
「わるいごいねーがー!!」
悲鳴さえ届かない、笑いだけ残響する、全速力のウマ娘攫い再び。
途中絶対正義の風紀委員長バンブーメモリーに見つかったため、やむなく捕虜としてツインターボを置き去りにしてきたが、現在桜並木続く土手にライスシャワーは到着している。
「ひゃほぉぉぉぉぉい!!!」
花吹雪の中ヘリオスは飛び回り、パーマーはせっせと花びらを集めては空に投げている。
花見にお菓子を並べ、のんびり転がるイクノディクタスのとなりでライスシャワーは体育座りのままブツブツとつぶやいていた。
「こんなことしている時間はなくて……ライスはもっと走らないと……」
「走って良いわよ、この桜の土手ならね」
此の期に及んでレースへと自分を落とし込もうとするライスシャワーの頭を、イクノディクタスがポンっと軽く叩く、ライスは不満そうに顔を上げて悲しそうに言う
「ライスは今までレース前日まで走りました、今回もそうしたいのです。じゃないと……」
「負ける?」
言葉が詰まる。
そうだ「負けてしまう」という思いばかりが募ってトレーニングも焦りで空回りしている。
久しぶりのプレッシャーの中にいるのだ、1も2もなく、かつての自分に戻りたい。
噤んだまま俯いた顔の前に人参ジュースを置いたイクノディクタスは一息つくと。
「ねぇ前の天皇賞を覚えている。あのレースでマックイーンを倒すのは私だった」
前の天皇賞、忘れもしないレースに俯いていた顔が上がる。
同時にあのレースにイクノディクタスがいたことに初めて気がついた。
「やっぱりね、あのレースに私がいたことなんてあんたこれっぽっちも知らなかったんだ。ていうか他に誰がいるかなんて興味もなかったのよね」
「……えっとライスは……」
「あの時のマックイーンを覚えている?」
覚えていない、覚えているのは暗闇のレースの果て迎えられる光の中で彼女を抜いた瞬間だけだった。
どう答えて良いのか迷い左右に首を振るライスにイクノは続けた。
「私は覚えているわ、忘れもしない。マックイーンという目標の向こうあんたっていう強敵がいたことを」
遠い目が思い出していたのはレースそのものではなかった。
あの日、晴天のレース場でいつもは澄まし顔ですんなりとゲートインするマックイーンが、何度も足を止めゲートに入るのを拒んだこと。
愛らしい瞳に白髪を何度も掻きあげ目頭をマッサージする様はゲートに入ることを「恐れている」ように見えたとイクノは言った。
「当の本人は気がつかないものよね、あれはライス、あんたを恐れていた……いや違うわね。あんたがまとっていた「鬼」を感じて恐れたのよ」
鬼。
人一倍のレース勘を持つマックイーンは気がついていた。
自分を刺すために自らの身を削り、削った身の代わりに鬼をまとった者がレースにいることを、そいつが逃すことなく自分の背中を見つめていることを、ゲートをくぐったら後戻りの効かない鬼の住処に入ってしまうことを。
「レースまでの間あんたはただ1人マックイーンを標的に鍛えていた。その気はレース場に入った者たちに大なり小なり伝わって、果ては観戦するすべての者があんたを恐れた。だからレースの後あんたは畏怖込めてこう呼ばれた「黒い刺客」「極限まで鍛えた体に鬼を宿したライスシャワー」ってね」
「でも……そうしないとライスは……それはダメなんですか!!」
恐れられたと言われるのは堪えた、そんな目で見られたということに震えるライスをイクノは抱きしめた。
「それでいいじゃない、良いのよ。ただね今から匂わす必要なんてないのよ」
「良いの……ですか?」
責められていると思ったのに、イクノの笑みは全く真逆だった。
「良いに決まってる、強者を怯えさせる気を纏えるなんてなかなかできるものじゃない。でもレース前からムンムンに匂わすのはダメ。誰にも知られずにゲートをくぐって、そこで爆発させちゃうのよ!!」
抱いていた手を離して空に向かって大きく開く。
降る花のように鮮やかな勝利で良いじゃないかと笑う顔。
「オンオフしっかり使い分けるのよ。今みたいに張り詰めちゃうとちょっとしたことで全部がダメになっちゃう。そうじゃない、キッチリ使い分けるのよ。いいウマ娘はそうじゃなきゃ。私は思う、それができるようになってあんたはもっと強くなる」
張り詰めっぱなしだったライスシャワーは、見えなくなっていた周りが今は鮮やかに見えていた。
闇に入るのはレースの時だけでいい。
「圧縮されたレースへの思いは負けない」
今花は降る、ライスシャワーは自分を厳しく戒めていた何かから解放されていた。
ライスシャワーに笑顔が戻った頃、ツインターボはバンブーメモリーに拷問を受けていた。
「なんでだよ!! 俺がサラッわけじゃねーだろ!! たすけてー!!」と。
天皇賞、国家元首の名の下に開かれる祭典の歴史は古い。
近代の入り口では帝室御賞典として行われているが、紀元はもっと古く開国からこの国の骨格を確かにした頃に始まっている。
農耕に従事し荷運びの業務で人と仲良く暮らしていた日本ウマ娘にとって一大転機となった賞でもある。
外交に大きく関わるウマ娘の歴史はさておき、海外の影響を多分に受けながらも日本らしい中身の賞として設立された。
「早く・強く・長く・走るウマ娘を表す」
海外から多くのウマ娘が移住してきた中で、レースモットーの中に長くがあるのは、長い距離を物ともせず走り、手紙や小包を届けてくれる事に対する感謝からである。
島国のインフラが現在のように万全でなく、人里離れた農村が多く点在していたころウマ娘の配達は人々の心の支えにもなっていたからだ。
遠いあなたに、その想いの強さがこの距離を設定したと言っても良い。(出典・民明書房・日本国におけるウマ娘とその歴史・近代編から)
天皇賞(春)3200メートルは開催日を迎えていた。
「ライス、やれる事は全部やったのに……僕には不安がある」
選手控え室で向かい合う形で座ったトレーナーは勝負服とダガーの手入れをしていたライスシャワーに話しかけていた。
不安という言葉を口にしたトレーナーにわずかに口を開いたライスシャワーだが、声を押し返すように続ける。
「不安というのは君の出来についてじゃない、僕の中にある……」
「お兄様、私は大丈夫です。きっと……」
向き合う2人はともに不安を抱えていた。
ここのでの道のりが平坦ではなかった、勝つ事だけに意識を揃え走りを極めたあの春から遠ざかった。
巡る同じ春、あの春に止まった時計の針を今動かす。
勇気がいるのだ、失った時間と気力を充足させるために年初めから厳しいトレーニングを課してきたのに、まだなにかが足らないような、いや足りた事でかけている部分を見ないようにしている気がするのだ。
「今まで言った事はなかったけど、夢を見たんだ。最近は……その見なくなったが、その夢の中で人とは違う何かがいつも走り抜けていくんだ」
初めて聞く話だったが、ライスシャワーは薄々何かを感じていた。
目線はトレーナーのベルトにいつもかけられていたはずの巾着を探す、今日はというより年始のトレーニングを開始したころから持っていなかった。
トレーニングの時は無駄な事と聞く事はなかったが、それが大切なお兄様に何か影響していた事は気がついていた。
「ライスも走ります、でも必ずお兄様の元に戻ってきます」
走り去る夢は、帰らないという暗示。
そんな事にはならないと素直に帰る事を告げた。
帽子の下の目に光はない、それがライスシャワーのレースに臨む普通のベストコンディションだが今日は少なからずの緊張が目の中に迷いとして写っていた。
「ライスは絶対に戻ってきますから……」
「そうだね、ゴールを切ってここに帰ってくるまでがレースだ。ライス……勝とう」
「はい……」
「勝つんだ」
「はい……」
決意がどこか悲壮な反芻に聞こえる中で2人は距離を詰めていた、互いの手が触れて勇気を受け渡す暖かい距離の中でライスシャワーは初めて紅潮した顔をあげた。
近い、でも近くにいてほしいお兄様。と薄く目を閉じそうになった時。
「おい!! いつなったら出るんだよ、走る前から反省会でもしていたのか?」
思わず硬直、近くなっていた距離から2人してマッハ後ずさりの間に珍獣ツインターボ登場。
いつもの団子2つのテールヘッド、青いメガネの顔は後ずさりの摩擦で起こった焼けた空気に異常を感じ2人の顔を交互に見る、妙に赤い顔を。
「なんだよ……なに、なんかしてた?」
「ライスは何もしてないですぅ……」
「なんでもないよ……ツインターボくん」
あまりの突然さに尖りきっていたライスシャワーの顔は真っ赤に変わってしどろもどろになり、その様子に何かを察してツインターボも顔を赤くする。
「えっえっ……いやさ……そういうのはさ、ミノル(レーヌミノル)ちゃんがトレーナーとチューしてたとか……聞くけどさぁ……なんていうか……まだそういう事しちゃダメだとおもうんだなぁ……とくに年上の男とかさぁ……その……ダメだよぉ米ぇ」
恥ずかしさに一気に膨らんだ妄想とともに、シオシオとしぼんでいく真っ赤なツインターボ。
口をモニュモニュさせながら下げた頭、両耳が挙動不審に右往左往する姿に慌てふためくトレーナー。
「なっなっなにを言っているんだ!! 君は!! アドバイスだよアドバイス!! 念には念を入れて……復唱してだな」
「念入れてなにするんだよ!! 復唱って何言わすつもりなんだよぉ、おっおっおっまえやっぱりへっっへっんたぁ……」
横からの平手プッシュが顔を真っ赤にして口から泡吹きそうなツインターボを押し出した。
「落ち着いて、わかったから」
あと一歩でレースが始まる前から騒乱になるのを止めたのはイクノディクタスだった。
実際ツインターボは顔真っ赤で沈没状態、後ろ並んで立つ馬鹿コンビ、ダイタクヘリオスとメジロパーマーは立ったまま耳を伏せ互いの手で相手の目隠しをしている有様だ。
大声で「いかがわしい事してたー!!」などと叫んで走りだされそうなところをイクノディクタスが抑えていた。
努めて冷静なイクノは張り手で飛ばされ転がるツインターボに。
「キスぐらいで慌てないでよ部長」
「したことあるのかよ!! イクノ!!」
「うるさい!!」
どつき漫才の間を縫って弁解地獄のライスとトレーナー。
「してませんから!! ライス何もしていませんから!!」
していても平気ぐらいのテンションのイクノディクタスに、思わず否定と飛び出すライスシャワー。
「あの……あの……」
両手を震わせ違いますというゼスチャーのライス、後ろでは走り寄り周りの目を確認するトレーナー。
「何もしてないぞ!!」
「わかったから、2人とも落ち着かないと本当にやましいとこあるみたいに思われるわよ」
「ないから!! ライスは選手、僕はトレーナー。いいかいそこを間違えないで」
「黙って、もういいでしょう」
イクノは必死の説得に目を回しているトレーナーを押して抑えて、人差し指で静かにの合図を送るとドアを大きく開いた
「さあ、程よく緊張も取れたでしょう。時間よ」
ライスシャワーはイクノディクタスに肩を叩かれて纏い始めていた「気」から体が解かれていた事に気がついた。
自然と心だけではなく体の隅々にまで弛緩する。
尖り今脆い剣先になろうとしていたのを、たった数秒起こったバカ騒ぎが解していた。
「……不思議な感じです……」
手のひらを開き閉じる、力みは感じない。
今までにはない感覚、今まではただひたすら研ぎ澄ましてきたレース前だったが、今日は世界が広く見える。
ライスのホッとして血色の良い顔を確認して、イクノはポンッと背を押す。
「いい、前にも言ったようにゲートに入るまではそれでいいのよ、後は……あの時のように」
オンオフ。
張り詰めた気持ちの切り替えタイミングはわかった。
イクノディクタスの助言にライスシャワーは静かに頷くと手拍子とファンファーレが鳴り響く会場へと、レースの中へとトンネルを走って行った。
桜の去った春、レース場の天気は白く塗られた曇り空。
芝は春色から数トーン彩度を落とした深緑色の重バ場、湿り気に満たされた土は所で柔らかく所で硬く全体を通しても脚に優しくない雰囲気を出しているが、何度か足踏みでライスシャワー的に問題なしと確認していた。
「あの日と違う……あの日は少し雲、でも晴れていて芝はサラサラしていた……」
同じことはない、あの日走ったメンツもいない。
「レース場に、ゲートの向こう側にだけ、あの日を持っていけば良い」
細く長い息を吐く、徹頭徹尾息から帰りまで神経を尖らせていたような真似はしない。
イクノディクタスのアドバイスはただその場で言われたのならば効果はなかったが、ここまでまくる間に、今までにない体験をしたことで感情を切り替えはできていた。
思いつめた自分を触らぬ神のように見て祈った昔のチームメイトとは違う。
聞こえている、騒音のような声援が。
チーム・アンタレスの声が。
「大丈夫ライスは走りきってみせます」
ジリジリと時はせまりゲート入りが始まる。
実況が期待のウマ娘の名を読み上げていく
「スピードとスタミナを競う3200メートル!! 天皇賞がやってまいました!!」
走るウマ娘は18人。
久しぶりということもあり人気を落としたライスシャワーだが、そこは気にもしなかった。
むしろ周りが気にしていた。
唯一のG1ウマ娘に今日1番人気のエアダブリンは目補尖らせ、ライスに何かしら運命を感じる2人、この日のために体作りを完遂したハギノリアルキングとネコ好きウマ娘ステージチャンプが続く。
各々が緩く吹く風の中でストレッチをし、開いたゲートへと脚を進める。
少し早く人より早くゲートへと入る。
「ライスはここで鬼になります……ここでライスはあの日に帰る……あの日に帰って……」
仰ぎ見る空とぬるい空気の風、流す息と止める鼓動、伏せた瞳がコースを見るためにゆっくりと瞼を上げる。
ゲートに入った時、青い目はユラリと光っていた。
春の暖かい心地の中に背筋を冷やす修羅は誕生した。
「一斉にスタートです!!」
芝の重さを物ともせ飛び出すウマ娘クリスタルケイに続きキソジゴールド、先頭バ群の中でも少し飛び出した彼女たちを前、中段に構え間を器用に取るライスシャワー。
1週目の四角を曲がる頃にはライスシャワーはマークされる側になっていた。
後ろに控え距離も十分の観察眼を働かせるステージチャンプ、エアダブリンには真後ろを取られる形でサーキットストレートを行く。
「なあまずくないか……米はいつもマークする側だろ。ぴったり着かれるのは練習とも違うぜ」
逃げウマ娘のツインターボにとって勝手の違うレースに焦りが口に出るが、イクノディクタスは冷静に見る。
「まだ始まったばかりよ、勝負は半分から!!」
「そうだ半分を過ぎてからが本番だ……まだ力を見せるところじゃない」
今日は何も手に持たず、ただレースへと集中するトレーナー。
ライスシャワーはみんなが応援のために陣取ったサーキットストレートを見ることなく1角へと突入して行く。
足取りは誰の目にも健常にて力走であるのがわかる。
2角を返し、向こう正面、半分にかかる時ライスシャワーの視界はモノクロームへと変化を起こしていた。
真っ暗ではない、周りも見える、スローに。
「ここがライスの世界、ここに生まれてここを往く」
ジリジリと先頭集団に肩を並べる姿に場内騒然である。
「マックイーンもブルボンもきっと応援していることでしょう!!」
実況の声はもう届いていなかった、聞こえたのはただ一つトレーナーの声だけ
「ライス!! スパート!!!」
姿勢が低く頭がさらに地表近くにシフトする、より早く前に行くための形へと。
3角手前、坂を登るロングスパートはトレーニングした通りに始まっていた。
グイグイと自らを引き上げるような走りに観客の声援は大きくなる。
「ねえねえなんかすごくない、ライスシャワーかっこいい」
「最後まで保つのか?」
場内の歓声ボルテージを上げる駆け引きが熱く展開されて行く。
小さな体のライスシャワーはいつもならマークに徹して最後に射抜くという高度戦術を見せてくれるのだが、今日は違う。
自らが前に、小細工など一切ない先頭を走っているのだから誰もが声を上げざる得ない
実況も同じだ。
「やっぱりこのウマ娘は強いのか!!」
最内で飛びたしたままのライスシャワー。
殺到する後発で脚を残した猛者たち、混戦のゴール前、ライスシャワーの思案は一人走り続けていた。
「ああやっぱりライスは走りたい、でもライスの夢は何かわからない。でもでも……」
孤独の独走が白黒の隙間に見せるのは「破壊者」としての夢なのかという疑問、なぜこんな時に、最後の最後に思い浮かぶのは……
迷いを少し抱え始めた体、距離は100メートルを切ったとこで一瞬の怯えに雷が落ちていた。
「米!! 頑張れ!!」
耳障りなのに力強い応援が聞こえ、世界に色は戻った。
灰色だったレースの世界を切り裂いてライスシャワーは力強い一踏みを飛んだ。
最後の一歩が今日まで出せなかった自分の意地だ。
儚く切なくひたむきで健気で、そんな枕詞はいらない、ライスはただ勝ちたい。
接戦のゴールを突き抜け決着はついた、勝者ライスシャワーと掲示板は輝いたのだ。
「やったぞ!! 米!!」
通り越したライスシャワーを追って喜びに走ったツインターボ。
後を全速力でくるメジロパーマーとダイタクヘリオス、イクノディクタスは手を振っている。
男泣きのトレーナーの姿も。
ゴールを過ぎたところで世界は戻り、やかましい仲間たちが勝利を祝してくれることがとめどなく嬉しくて涙がこぼれた。
「ライスは負けません……」
「やった!! やったぁ!!」
ウマ娘攫いの馬鹿コンビはあの日拾った桜の花びらをライスシャワーに向かって降らせアンタレスのメンツは大いに喜んだ。
ライスシャワーは嬉しくて嬉しくて泣いて笑って、久しぶりのウイニングライブでまたも泣いて、でも心いくまで楽しい時間を過ごした。
接戦の天皇賞は終わり、激走したライスシャワーを観客は見惚れていた。
小さな体の小さな彼女のレースに多くの者が感動を覚え、今一度彼女のレースを見たいと手を挙げていた。
「ホクトベガさん、決めましたよ。次は宝塚記念に出ようと思います」
シリウスシンボリはグランプリの人気投票を見て静かに微笑んでいた。
いつもなら散らかしたままの自室は余計なものを全て切り落としたようにピシャリと整頓され、椅子に座ったシリウスは薄明かりの月を見つめていた。
「問題ありますか?」
「いいえ、走るという気持ちがあるのならよろしいかと」
ホクトベガは反対はしなかった。
宝塚記念1番人気にライスシャワーという見出しの前、シリウスは冷めた目線でつぶやいて。
「結局そちらの道を往くと……いいですよ約束ですからね、負けてあげますよ。これで私は終わることができるのだから」と。
08 春の修羅おまけというか入らなかったパーツ。
読まなくても本編にそれほど支障はないと思われる付属品です。
ライスシャワーの没頭するトレーニングの脇でチーム・アンタレスの面々は悶絶地獄のなかひにいた。
「ライスはもっと走りたいです」
愛弟子とも言えるライスの宣言にトレーナーは人が変わったかのように指導をしていた。
故に併せは地獄である。
ステイヤーであるライスシャワーに併せるため後半1000を共に走るのだが、最後に迫るほどに身を削る力走にライス以外のメンツは倒れていた。
「おのれファル子めぇ……ゆるさぬぅ……おおっおっおおっおぉつ……」
ツインターボはぶっ倒れていた、少なからずの泡と乱れた呼吸で芝の上なのに、海岸に打ち上げられた魚のようにビチビチしながらすっ転がって怒鳴っていた。
この状態にあっても口だけは元気だ。
「言ったじゃないですか、他のチームに併せ頼むとかありえないって」
ストップウォッチ片手にグラウンドに目を尖らすイクノディクタスは、足元にころかるツインターボにボディプレスをかける勢いである。
「うんぬぅぅぅ、だいたい……おかしいだろ……はひはひはひはひぃいあいつ「逃げ切り☆シスターズ」結成とか……いっいいぃい言ってるのに俺が入ってないとかおかしいだろ……逃げ切り仲間なのにィィィ……」
息も絶え絶え、呼吸が上がりすぎて鼻の穴がマンホールみたいになっている顔に、イクノディクタスの強い目がゆっくりと動く。
「なにが逃げ切り仲間ですか、部長最近逃げ切れてないじゃないですか!!」
先行逃げ切れず沈没、最近のツインターボのレース戦績はこれ1つである。
他の負け方は一切なく、ひたすらにこれで負けるというバカさ加減。
言われて腹は立つが立ち上がれないツインターボ、子供の地団駄のように転がって抗議する。
「うるへぇあ、俺はいつだって本気だへぇぇぇ」
「本気出して沈んでどうするんですか、沈まない方向で逃げ切りするためにも走ってくださいよ、ライスに併せて……って」
軽めの足でタッチタッチ、ケンカキックまでいかなくても丸太を転がすようなゼスチャーの元2人はくだらない言い合いをする。
「余計なことに気を回さないで……次の併せに入って……部長ひょっとしてミホノブルボンをここに呼ぼうとか企んでいたの?」
「ボンボンブルボンボンチャイナ……ボンボンブルボンブルボンボン……ピョイ!!」
「蹴るよ」
「けってるじゃねーかよぉ……もぉダメだ、タッキー(アグネスタキオン)に強壮剤作ってもらおうかな……」
企んでたツインターボ。
浅はかでも行動第一で何をしようかと勘ぐるイクノは笑いながら言い返した。
「実験台にされるわよタキオンになんか頼むと、こないだもアイネスフウジンに何かさせようとかして副会長にしょっ引かれていたんだから」
「速さに犠牲は付きものだ」
「こりないわね」
言うだけ大将は、イクノディクタスから逃げるようにコロコロと転がっていく。
隣に大の字になっているダイタクヘリオスとさらに隣に転がるメジロパーマーがツインターボにつられて並んて背転がっていく。
「どうせこういう鬼スパートになると思ったから、ファル子と愉快な仲間達を利用してやろうと思ったのに」
「それであのおかしなユニットに入りたかったの?」
「ちがわい!! 逃げ切りと称する以上は俺がいないなんておかしいだろ!! それはそれ、これはこれだい!!」
ひんまげた口が減らない言い訳を帯びて転がる。
「はいはい!! 師匠!! 僕たちで逃げ切り☆シスターズ2号なれば良いのでわ!!」
汗だくで開きっぱなしの口から蒸気機関車のように白い息を吐き続ける元気一番ヘリオスは、大の字から突如きちんと正座して挙手で発言。
教室での授業では居眠りしてるか新聞読んでるかのおバカが、この露天で行儀正良くして手を挙げているのが滑稽すぎる。
変な青空教室みたいな形の中でイクノはとりあえず応える。
「あぁー……って2号って何よ? 普通そのチームの内でセンターが1号でしょ、2号はスズカじゃないの?」
あえてヘリオスは見ずグラウンドの遠景を見る目。
最近売り出し中と称してはいるがスマートファルコンが1人で突っ走って宣伝しているアイドルウマ娘ユニットを思い出して何かに気がついて。
あれは、という思案に目を大きく開いた時、バカコンビの片割れパーマーがヘリオスの隣に並んで正座して挙手。
「はいはいぃ!! 師匠ぉ!! 逃げ切り☆シスターズ2班でいいんじゃないでしょうかぁ!!」
本気の間抜けである、思い浮かんだ言葉を飲み込み感想が出る。
「ねぇあれって班編成だったの、何班かいるのあのユニット?」
ユニットと称するのだから実は多いのかという疑問。
「それなら2班でも悪くないなぁ……はひはひ……」
いいのかツインターボ、呆れるイクノディクタス。
「あっそう、じゃあどんどん増えるわね、トレセン学園中の逃げウマ娘集めて逃げ切り☆シスターズ46とかにすればいいんじゃないの」
「悪くない……」
「良くもないわよ」
イクノディクタスは上着を脱ぎながら、減らず口に滅びたツインターボの上に置く。
「まあ、良くないわね。ライスは根を詰めすぎね、どっかでリラックスタイムかな」
軽く首を鳴らし腕をふるって走る、そろそろクールダウンが必要となる時に入っていた。
「……会長、そんな風に下から見ても顔は見えませんよ」
生徒会室に入ったエアグルーヴは、目の前のテレビに向かい下から覗き込むような低い姿勢を椅子に座ってしているシンボリルドルフを見つけていた。
「ああ……わかってはいるのだが……」
ルドルフが見ていたのは煤けた映像だった。
見慣れない風景、白く霞むバ場、深緑のレースを飛ぶように走る欧州ウマ娘たち。
バ群最後尾から数えた方が早いぐらいの位置を走るのは勝負服を着たシリウスシンボリ。
最終コーナーを回って怒涛の勢いでゴールに迫る、殿下トレーナーの4ウマ娘も横に開き我先にとゴールを目指す中、シリウスはバ群に揉まれ疲れ果てていた。
欧州ウマ娘たちの体全体をバネとして使う力強いストライドについていくすべなく、なのに無理してでも前に出ようとする姿勢が痛々しく見える。
黒髪で表情を見せないようにはしているが、口元には苦痛が見え隠れしている。
「エアグルーヴ、母上はお元気か」
口を開いたルドルフは、およそビデオは関係ない言葉を発し、エアグルーヴは一瞬戸惑いながらも答えた。
「はい……元気ですが、どうかしましたか?」
どこか暗い表情を隠すことができないシンボリルドルフ。
いつものようにデスクに両肘を付き手の甲に顎を乗せた顔が目を閉じる。
「母上は優しいか……」
そこまで行って目を開き悲しそうな顔を振った。
「シンボリの家は私と苦楽を共にしたウマ娘に……厳しいトレーニングを課していた時期があってね。すまない少し話をさせてくれ」
知っていた、疲労の見えるルドルフにエアグルーヴは何も言わずただ頷いた。
皇帝シンボリルドルフを指導したトレーナーは、熱血で鉄骨で唯我独尊を極めた人物だった。
「悪い人ではなかった、広い世界に……この国だけではなく世界に出ていけるウマ娘を育成したいと願い、強いウマ娘を育てることに心血を注いだ人だった」
異なる世界からの運命を引いて、自らの名前さえ定められて生まれるウマ娘は、その運命ゆえなのか「冠」を同じくする者や、名に混じりはなくとも奇運を感じる者と寄り合う習性がある。
それが一門という形を形成し、集まる彼女たちの育成に実業家トレーナーなどが手を挙げる。
メジロ一門がそうであるように、シンボリもルドルフが大躍進を見せた頃一門として名を馳せていた。
名が高まれば、当然重賞を勝ち続け果ては海外への夢を見るのも当然の帰結とも言えた。
「私が……海外に行った頃にはトレーナーとウマ娘の意思の疎通は不可能なほどになっていた」
夢が大きければ大きいほど、払う代償の大きさを味わったシンボリ一門。
ルドルフという大輪の花に魅せられたトレーナーは暴走してしまった。
もっと世界を、もっと重賞を。
止めたビデオの中、苦しみながら走ったシリウスの姿に眉はハノ字に折れる。
「欧州へは私が行くはずだった、一緒に行くはずだった。でも行けなくなったツケをシリウスが払った……今でも覚えている、あの時のシリウスを」
「嫌だよルドルフ、1人でなんて行きたくないよ!!」
一門総出で彼女を送ることなんかできなかった。
「余計な里心をもたせては強いレースはできない」というトレーナーの命令に逆らえなかったのだ。
誰も見送らないシンボリ邸宅から引きずられるように連れて行かれるシリウスを2階の窓から言葉もなく送るしかなかった。
泣いて叫んで、何度も自分を呼んだ妹分。
自らが望まない限り、1人で遠くに行くなんて生来気弱なウマ娘にはできないこと。
それが海外ならば尚更に。
どれほどの孤独だったか、測る由もなかった。
「手紙を送ることを禁じられていてね……唯一送ることができたのは美浦印蹄鉄だけだった」
今もデスクにある蹄鉄をルドルフの指はなぞった。
手紙の1つもよこさない事を欧州留学先のトレーナーが怒り、苦言の手紙を送ってきた時に同封されていたものだ。
「彼女はこの蹄鉄しか使わないと泣いている。彼女をのために蹄鉄を送ってください、彼女の心を支えるものとして」
傷だらけで磨り減った蹄鉄はシリウスのもの、欧州留学で寄宿生となったシリウスに日本からは何も送られなかった。
トレーナーの方針で「食も欧州に変わるのだ、土踏む蹄鉄も向こうのものへと変えていくべきだ」と言明されていたから。
だが走れなくなるのは流石に困るという事で蹄鉄だけは送ることが許され、シリウスとルドルフをつなぐ細い糸となった。
もっと色々と支えになりたかったルドルフだが、当時のシンボリの問題はそれだけではなかった。
もう一人直近の妹分マティリアルが心を病ませていた。
ルドルフのように強くなるために同じ教育を施すとことが大切と息巻いたトレーナーだったが、そこは個性の問題でもある。
「無理……私はルドルフみたいになれないよ……」
同じことをすれば同じように強くなるわけじゃない。
結局無理がたたったマティリアルはレース直後に骨折、さらに内臓疾患で入院することになる。
多くの問題を抱えたシンボリ一門。
「遅すぎた、もっと私が早くにトレーナーに諫言すべきだった」
マティリアルが倒れ、集中治療室で泣きながら「謝り続ける」姿にルドルフは立ち上がり、初めてトレーナーに逆らった。
「私たちにも意思がある!! 私たちを物のように扱わないでいただきたい!!」
覚悟を決めたルドルフの目に、すでに己の限界を感じていたトレーナーは折れた。
「自分を正しいと信じてやってきた、だが自分だけが正しいのではやっていけないことを知った」と。
こうしてシンボリ一門を悩ませた問題は収束得たが、未だ少なからずの問題も未だ残っている。
その1つがシリウスシンボリの帰国だった。
昼を過ぎ学園のウマ娘たちはトレーニンググラウンドへと走って行く足音と声がそこかしこに聞こえる。
和気藹々と楽しいだけではダメだとトウカイテイオーに教えた自分、だが楽しみもない走りはどんなものなのか。
目の前に止まったままのビデオ。
ロンシャン芝2400、当時世界最強と言われたウマ娘ダンシングヴレーブの後塵を拝してゴールを切ったシリウス。
「きっと泣いていたんだろう」
映像では見えない目、苦しみに歪んだ口だけがわずかに映る。
あの時、あの場所にいたら、飛んで行って抱きしめただろう。
「頑張ったんだ!! 泣くな!!」と。
今はそれさえできない、自分は何もわかっていないのだから、シリウスの孤独も苦しみも。
椅子の上背を伸ばす。
「すまないね、たまには誰かに聞いて欲しくなる」
「いいえ、私でよければいつでも。それはそうとそろそろシリウスさんのレースが始まりますよ」
弱音は滅多に吐かないシンボリルドルフ、唯一とも言える聞き手として選ばれていることはエアグルーヴにとって苦ではない。
立ち上がるとビデオから実況の方へとチャンネルを変える。
「そうだ、今できることをしよう。やっと走る気になってくれたシリウスのためにも」
「よろしいですか?」
エアグルーヴが飲み物の支度をしているところ、生徒会室のドアを開けたのはホクトベガだった。
「入ってくれ、レースは今からだ」
待ち望んだレースだ、長らく走らなかったシリウスが今日走る。
シンボリルドルフは妹分の復帰第1戦に、色々な意味で動機を早めていた。
「反省はしなかったようっすねぇ、ああんツインターボ!! いやアンタレスぅ!!」
「もがぁぁぁぁぁぁ!!! おれだへじゃねーやろ!!」
猿轡で簀巻き状態、海老のように跳ねて抗議のツインターボの目の前。
乾坤一擲の赤字彫り竹刀を片手に睨むのはバンプーメモリー。
昼下がり学園のウマ娘たちが食堂に出たり、トレーニングの準備をしたりと騒がしくなる時間のはじめにその事件は起きていた。
廊下はもちろん走る場所だが、神輿を持ってワッショイするところではない。
にも変わらずチーム・アンタレスは感謝祭で雷を落とされた禁断の競争ウマ娘ハ◯ボテエ◯ジーを走らせたのだ。
「悪い子いねーがー!!」
いったい何の神輿なんだ、やたら長めに作ったパーマー力作のポンポンを前後で被って走る姿に、驚くなという方が無理というやつ。
廊下を行くたのウマ娘を飛び上がらせながら爆走するのを見つけたバンブーメモリーが追いかけないわけにはいかなかった。
「おまえら!! またやったな!!」
「悪いごいねぇがー!!」
「悪いのはおまえらだろ!!」
この後トレセン学園校舎内杯障害アリアリレースが展開され、構内は一時騒然とする。
神輿状態なのに階段ダッシュで駆け上がったり、駆け下りたりするという暴挙の末、投擲型ヘッジホッグのように簀巻きにされたツインターボを転がされ、追走していたバンブーメモリーに衝突本体神輿を見失いツインターボだけ捕縛されていた。
「言ったよな!! 次やったら承知しねーっすって、私言ったよな!!」
「知らんわ!! 俺は聞いてないしそんなこと!!」
実際聞いてない。
前回感謝祭の時大目玉を食らったのは現地責任者のイクノディクタスだった。
ツインターボはトレーナーと話し合いをしていて感謝祭事件の結末は最後に聞き、笑い転げた口だった。
「良くないっすねぇ、なんでチーム内で注意が伝達されてねーんすかね」
「だから……マジしらないって、ていうか俺は被害しゃだろ!!」
凄むバンブーメモリーに、耳ぺしゃんのツインターボ。
身動き取れない簀巻きの状態で、竹刀片手の相手とどうして戦えるか。
「なー……これほどいてくれよぉ怖いよおたけさんんん」
転がされたまま涙目のツインターボ、さすがに理由も聞かずにお沙汰とはいかない風紀委員長はパイプ椅子に座り。
「よし、とりあえずなんでこんな事したか述べろっす!!」
ツインターボの顔を覗き込んで聞いた。
強いて事件の理由を言えと尋ねられると正直に言えないところもある。
足りない頭で少しの改変の身の保身を考えて答えるツインターボ。
「あれだよ、うちのチームの米がさぁ、最近良くないわけよ。だから栄養を与えようと思ってだな……」
ツインターボは頭に登った血と焦りから少し飛び飛びの話をしていた。
というよりも、言葉がバラバラで変になっていた。
そしてバンブーメモリーも少しばかり天然だった。
米が・良くない・栄養と聞けば稲作に直結の頭脳だった。
そして食べ物の問題はウマ娘にとって深刻なものでもあり、これは聞かないといけないと思ってしまうのだ。
食べられないのは辛い、涙目の原因もそれなのかと。
「不作で困っているということか」
「そうそうなんか萎れちゃっててさ、よくないんだよ。だからここらでドーン栄養注入ってやつをだな」
「そうかまだ春先なのに大変だな、やっぱり土壌のせいなのか」
「土壌? ドジョウ?(うねうねしてて目標が定まらないって意味か? ぬぬぅ風紀委員長め、あんま学業成績良くないのにここで学を見せるとか……なめられてたまるか)そっそうなんだよ。ここって決めたところでバンと咲いくれないとダメだろ。だから今栄養がいるわけよ」
「ふむふむ、大変だな。よしそれはわかったっすがなんで暴走してたんだ?」
原点に戻る会話
「はっ? いやだからさ米のためにだな」
「はっ? 飯くいたさに暴走してたのか?」
「えっ?」
「えっ?」
「飯は食いたいだろ……」
「だから暴走したのか?」
どこかくちい違っている会話、この後1時間、ツインターボとバンブーメモリーは互いの違いについて話し合い、反省に疲れ切るのだった。
一方花見に興じたイクノディクタスは笑っていた。
「前回私を笑ったしねぇ、やっぱり部長にも天罰がくだらないとね」と。
「……あの時と同じ……」
ミホノブルボンはびっしりと観客で詰められたメインスタンドほ見て簡素な感想をこぼしていた。
勝負服姿のブルボンは誰からも実際より大きく見えると言われたものだが、トレセン学園の制服を着ていれば普通の女子高生と変わらず、実に物静かで大人しい雰囲気だ。
時々握手を求められたり、サインを求められたりするも、格式高い天皇賞、場所をわきまえたファンの多くは無駄に話しかけたりもしないためすんなりとスタンド席を降りていた。
今日の天皇賞は自らを打ち破ったライスシャワーが出る。
普段なら他者のレースなど記録映像で見るぐらいしかしない彼女がここにきているのには訳があった。
彼女のトレーナーからの指示。
三冠落日の時から、ブルボンのトレーナーは重病に倒れていた。
同時に今までの力走に報いがなかった事を嘆いたのか、体の各所が悲鳴をあげミホノブルボン自身も静養を余儀なくされせていた。
「力及ばす、マスターもうしわけありま……」
淡々と謝罪する言葉に湿りっけが混ざり涙で最後まで言えないブルボンをトレーナーは気遣った。
「……仕方ない、きゃつは強かった……」
緻密な計算に基づきレースの最後までをリードした自分を、一瞬の影が抜き去り2度と前に出る事を許さなかった。
自分に残された闇に怖じ、さらにはトレーナーの入院に心細い日々を送る事になったブルボンだったが、トレーナーは決して負けたままで彼女を放置しなかった。
「ブルボン、しばらくは基礎練だ。同時に彼女の走りを良く見ておく事だ。お前は完璧だが、完全であるわけじゃない。レースという1つの事象の中完全になるためには「他者の完璧」を知る必要がある。だからな……そうだ、まだお前には伸び代がある頑張れ」
老齢トレーナーの言葉少ない励ましに、ブルボンは落ち込む事なくトレーニングを続けた。
そして余す事なくライスシャワーのレースを観察していた。
今日この天皇賞もまた現地へと足を運んでいた。
「あっボンボンブルボンだ」
「?」
メインスタンドの外ラチに向かう道、ミホノブルボンの前にいたのは白い悪魔と良くない名を馳せていたゴールドシップだった。
焼きそばとパラソルというチグハグな持ち物を抱える彼女。
「?」
自分の名前を面白おかしく呼んだゴールドシップにブルボンは深く首を右にかしげる。
「ブルボンは合っていますが、前置きのボンボンは必要ありませんよ」
あっちゃーという顔も、相手がサイボーグとも呼ばれブルボンを前に余計な一言で失敗したという顔。
困ったと目を泳がすゴールドシップの顔を小さな白い手が押して前に出る
「なにをやっているのですか、よそ様に迷惑をかけないでくださいませ……ってミホノブルボンさん」
「メジロ……マックイーンさん」
「……は、いらないですわよ」
初顔合わせにも近い2人はお互いが硬い表情。
間に入ったゴールドシップはいよいよしまったという顔をみせるが頭の回転は速い。
話題をすぐに変えられる
「てっか珍しくないブルボンちゃん。いつもならトレーニングやってる時間だろ。お目当ての相手でもいるのかい?」
「ええライスシャワーさんのレースを見に来ました」
シンプル。
質問に対してなんの曇りも見せない口調に、ゴールドシップはホッと笑う。
「なんだマックイーンと同じじゃないか、じゃあ一緒に見ようぜ!!」
「マックイーンさんも」
「……ブルボンさんも?」
互いが共通の相手を見に来ている、互いが顔を合わせて確認する。
「やっぱり気になりますものね、自分を負かした相手というものは」
伏せ目、ミホノブルボンにも覚えのある感情をメジロマックイーンは持っていた。
見えていたゴールの前で、自分を刺した相手ライスシャワーは忘れることのできない相手だ。
「今回の天皇賞には足を痛めて出られませんが……次は絶対にレースをしていただくつもりです」
いつもはおっとりしているマックイーンだが、今日ははっきりと宣言した。
同じ目的を持っているのならミホノブルボンも同じことを考えているとわかっていたからだ。
対戦したいという希望に耳をぴくりと動かし答えるブルボン。
「同意です、私がより強くなるためにあの人を知る必要があるので」
「そうですわ、私が強くなるために……あの時は知らなかったあの人を知りたい」
ライスシャワーのレースは今までに何戦もあった。
だが今回の意気込みを誰もが強く感じていた、彼女は前を向き自分たちを刺した時のようなレースをするという直感。
お互い同じ思いを抱えている。
ゴールドシップは自分の後ろで顔を見合わせている2人に口をとがらせる。
「なんだよマックイーン、だったら会いに行くか控え室」
2人が同じ目標を持っている事は嬉しいが、同じ感情に浸れない事に嫉妬する。
だから余計なお節介を買って出ようとするのだが、それこそこの2人にの奥深い闘争心のつながりが笑って否定する。
「行きませんわ」
「私も行きません」
即決否定に「えー」っとおどけるゴールドシップを前にブルボンとマックイーン、違いが顔を見合わせ笑う。
「「私のライバルは貴女のライバル、お互いに次のレースで会うために」」
レース場は満員で歓声が溢れている。
ここは心踊る場所だ、ここにライバルたちと集い走ることが「夢」だ。
普段笑わない「サイボーグ」の異名を持つミホノブルボンと、お堅く澄ましたメジロマックイーンが互いの手をタッチするほどの興奮を味わったレースにゴールドシップは頬を膨らませて言う。「おうおう、そのレースに私も入れてくれよなマックイーン!!」
「自分で勝ち取ってきなさいよ!!」
抱きつくゴールドシップに、暑苦しいと払うマックイーン。
頂点を目指すなら実力でこい、実力で集え。
ファンファーレの鳴り響く会場で3人は始まるレースへの特等席へと走って行った。
「ところでイクノ、俺は聞きたいことがある」
ライスシャワー勝利で湧き上がり、彼女を迎えに行く通路でツインターボは神妙な顔をしていた。
「なによ、何かまずい点でもあった? レースのことならはっきり言ってよね」
「いや……レースは、米が勝つことはわかっていたから別に問題ない。あいつはすごいやつだ。問題はお前もすごいやつだったということだ」
意味不明、眼鏡の下やけに汗をかいているツインターボに「すごいやつ」だと言われるのは珍しい。
走っていくパーマーとヘリオスの後ろ並んで歩いていた歩を止める。
「なになに、急に私がすごい存在だって理解しちゃったわけ部長」
「聞いていいのか?」
「どうぞ」
肩をすくめホワイのポーズのイクノディクタスの前、ツインターボは小刻みに震え真っ赤になった顔をあげた。
「おまえ誰とチューしたの?」
転びそうになった。
一瞬で罵倒しそうになったが目の前の真っ赤な顔のツインターボに気が抜けた。
「はぁ……それ気にしてたの?」
「いや!! いやいやいやいやいや気になるだろ!! まっまっまっさかトレーナー」
「ないから、ああいうオヤジは趣味じゃないから」
真っ向否定の平手が左右に揺れる、このまま答えを濁すとあらぬ噂は確実と理解したイクノはあっけらかんと答えた。
「エミノとよ。興味があるっていうからやって見せてやったのあいつ相手に」
「妹とチューしたの?」
「そうよ、なんだかよくわからないけど泣いてたわ」
「へぇーーーーーーーーー」
釈然としない相手。
後日ツインターボはエミノディクタスに感想を聞きに行き、ドロップキックをくらうことになるのだった。