化譚   作:吉田シロ

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二、白狐族の里で途方にくれる事

 赤塗りの膳が並び、料理がはみ出すほどに賑やかに乗っている。川魚、旬の山菜、煮付け、酢の物、花を散らせた懐石。酒を飲み、やんやと喝采が上がり、広間の中央で興の乗った者が一振り踊り、周りのものが一吟呻って、賑やかな宴の席だった。

 上座、宴の主役には二人。銀髪を腰まで垂らし、赤と銀の着物に身を包んだ銀髪の少女が、隣の女に取り分けた魚の身の乗った小皿を差し出した。

 

「こちらはシマオというお魚でして、この時期は脂が乗っておいしゅうございますよ」

「はい……」

 

 力なく小皿を受け取ったのは長身の女だった。年は銀髪の少女よりやや上だろう。長い黒髪に、着付けられた赤い着物。きっちりと着付けられた着物の上からでも、その豊かな胸は隠しようがない。黒髪の女は、宴席の真ん中で踊っている狐人達の姿を見ながら、手にした小皿を見返し、湧き上がったため息を無理やりに噛み殺した。

 

 

 

 って三人称ぽく言ってみたら、客観視できるかと思ったけど無理だった。

 

 

 

 寝ても醒めても性別が、女だ。そして俺の性認識は男だ。記憶がなくても断言できる、俺は絶対に男だった。貧乳好きの健全な男、染色体XY。

 起きたら水中で、そこから顔出したら巨大な竜が居て、何故か手にした太刀で戦いました、全裸で。あと記憶喪失で何故か女になってました。貧乳派の俺からすると忌々しいとしかいいようのない、巨乳という呪われたおまけつきだ。記憶がなくて名前もわからなくても、自分が何が好きか、というのは存外残っているものらしい。滑稽な話ではある。

 竜に捕まっていた女の子(銀髪狐耳美少女で唾棄すべき巨乳)が狐族という獣人一族のお姫様で、何故かこの子以外は狐獣人ばかりでもふもふで、俺は恩人として今宴の主席でお酌されたり、あーんされたりしていた。

 なにこの頭の悪いラノベ。安直すぎんだろ。名前も記憶も家族の顔も思い出せないが、おれ自身、この展開にラノベかとつっこみを入れるほどには、この世界とは違う価値観を持っているのがわかる。

 大体、竜と戦ったときの現実感のなさとかやばい。普通人間はあんな巨大生物と生身で戦えない。しかも太刀一本だ。ありえない。恐怖感は全然なかった。ゲーム中にモンスターと戦うときのような気楽さだった。

 俺はまたため息を飲み込んだ。ただでさえ、知らず知らずに先ほどから相当のため息をしているようで、その度に隣のお姫様に心配された顔を向けられた。

 

 どうしよう。もう本当それに尽きる。どうしよう。

 

「あの、ご気分が優れないようでしたら、お部屋に寝具を用意しておりますので、お休みになられますか?」

「ああ、いや、その、そうじゃないんですが……いや本当すいません、辛気臭くて」

「そんな。あんな巨大な竜と戦われたのですもの、お疲れになって当然です! それに、記憶も名前もないなんて……」

 

 お名前は。そう聞かれた時にうっかり「わかりません」などと答えてしまったせいで、お姫様にはざっくりと記憶喪失うんぬんが伝わってしまって、偽名でも名乗れば良かったのではないかと思った時にはもうすでに遅し。

 物語の主人公だったらもっと順応性高いんだろうけど、そこまでの頭も順応性もない俺は後手後手に回りすぎだった。一般人にはこういうの無理だ。もっと洋風のファンタジーっぽい世界だったらもう少しなんとかなっただろうか。いやそれでも無理げな気もする。

 

「落ち着くまで、ずっとここにいらしてくださいませ。小さな里ですが、我ら白狐一族、水竜退治の大恩に報いるべく、全力でお世話させていただきます」

「はい……」

 

 そうそう、ケモミミ姫は名前を二紀守姫という。可愛い。これで貧乳だったらもう本当にパーフェクトだった。

 狐耳はアニメなどで見かけるように頭頂部にあるのではなく、人間の耳より上、通常のケモミミキャラについている箇所よりはやや外側に生えているようだった。尻尾はふさふさと良く動き、手足は人のそれに準ずる。彼女だけが銀色の毛並みをしているのは、白狐族をまとめてきた本家の血なのだとか。

 ざっと聞いたところ、ニキは狐族の長の娘で、長である父は行方不明になって久しいらしい。彼女が代理として守ってきた白狐の一族は、ここ数年、水竜に悩まされていた。里近くの淵に居ついた竜は度々水害を起こし、里山や畑に害を与えてきた。

 昨日。日もまだ明けぬ暗い早朝に竜は夜討ちがけしてきた。まさか野生の蛟竜が里中まで押し入ってくるとは誰も思わず、屋敷まで一気に突っ込んできた竜がニキを攫うのを許してしまった。滝壷の巣に戻ろうとした竜の前に現れたのが、今、俺というわけだ。

 っていうか竜ってほいほいいるの? なにそのモンハン。日本漫画昔話でそんなにぽこぽこ出てきた覚えねえぞ。もっとほのぼのハートフルファンタジーでけっこうなんですけども。

 

「ええと、二紀守姫?」

「姫はいりませんわ。どうぞお気軽にニキとおよびください」

「じゃあニキさん。あの、変な事を聞くかもしれませんが。竜っていっぱいいるもんですか」

「普通はおりません。まして人里近くなんて。普通はもっと深い山中や森、海底など、人の行けないような秘境にいると聞きます」

「竜以外にも大きい生物っていますか」

「そうですね、山中では巨大な山犬や猪や蜘蛛などが出ることがあります」

「蜘蛛?」

「鬼蜘蛛という巨大な蜘蛛がおりまして。人や獣を捕らえて食べます」

「ゲ」

「竜ほどは大きくありません、大丈夫ですよ」

 

 ニキが可愛らしく微笑んだ。銀の耳がぴこりと動く。聞きたいことは沢山あるのだが、あまりまずい質問はしたくない。多分、当分はここに住まわせてもらうことになるだろう。下手に心象を悪くしたくもない。命の恩人ということで、少しは多目に見てもらえるかもしれないが。うーん。

 誰か、謎の世界で記憶喪失になった時の対処方法を教えてくれ、マジで。

 

「……俺は、どんな人間に見えます?」

「綺麗な方だと思います」

「あ、いえ、えーと、外見とかじゃなくて……」

 

 くすっと小さく微笑み、ニキ姫はまっすぐに俺を見た。赤い目の中に黒髪の女が所在無く映っている。途方にくれた顔で情けない。客観的に見たら確かに綺麗な女だった。それが今の俺だ。

 ニキよりは年上だろう。二十台前半だろうか。ということは、俺の実年齢もそれぐらいか? 年も変化していたらわからないが。長い黒髪に、同色の大きな黒い目。吊り目気味というか表情によってはキツそうというか目つき悪い顔になるかもしれない。ハイヒールとか履かせたらその類の男が喜ぶだろう。

 自分の顔という認識がないので、本当に誰だお前。しかも最低最悪な事に巨乳だ。せめて貧乳にすれば、少しは楽しみも増えただろうに、なんなんだ本当に……。

 

「お持ちの太刀は見たところ普通の太刀でした。少し刃こぼれしているようです。どこかの流派の名のある方だと思いますわ。私は武術や剣術についてあまり詳しくないのですが、詳しい者を探せば、そこから手がかりが見つかるかもと考えております。女性であそこまで腕の立つ剣士はそういらっしゃらないでしょうし」

「…………呪いって、あったり、しますか」

「……呪い?」

「その、本来の姿ではない形に、してしまう、とか……」

「今のご自身の姿が本来の姿ではないと?」

「いや、すいません、わかりません……」

「そうですね」

 

 銀狐の姫は、また微笑みんだ。ぼやけるように視界がふいにぶれた。まるで二重写しのように、ニキの上にもう一枚、別レイヤーでフィルムが重なるように、何かもう一つの像がそこにあった。

 それは、ふいにピントを合わせ、はっきりとした姿を見せた。黒髪の女だった。長い黒髪と黒い目。俺だった。今の俺の姿。ケモミミも尻尾もない、(忌むべき巨乳の)人間の女。

 

「呪いではありませんが、姿を変えるのは、私どもの得意とするところです」

 

 黒髪の女はそう言うと、悪戯っぽく笑った。

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