めまぐるしすぎて反吐が出る。正直に感想を言うならば、それに尽きる。
感情の整理がつかないまま、説明もなく、無理やりに連れて来られたのはニキと一緒に行くはずだった和州中央都だった。
窓の下、眼下には人でごった返す大通りがあり、田舎暮らしに慣れた身には喧騒がやけに耳についた。初めて見る都会は時代劇のセットに似ていて、木造の建物が道の両側をずらりと占める。ただ、時代劇の違うのは、テレビで再現される大江戸であれば平屋や二階建てが多いのだろうが、ここは五階以上のビルにも似た建物が多いということか。馬や牛に引かれた大八車や籠が、道の真ん中をすれ違う。人や人以外の様々な種族がその両脇を通り過ぎる。狐族に似た猫や犬のような人達、時代劇に出てきそうな侍、緑の肌を持った男達は河童に似ている。
猥雑な喧騒の中をひしめき合う人達を、俺はぼんやりと見下ろした。
炎と血の一晩が明けて、俺とニキは中央からの使者だという男に有無を言わさず連れていかれた。どう連れて来られたかはわからない。直後に再度ぶっ倒れたからだ。いや、何かされたのかもしれない。あんな、目の前に立っているのに気配もないようなうさんくさい野郎だ、殴られて昏倒させられてたってわからん。あの男相手に遣り合える自信はなかった。
ともかく起きた時には知らない街に居て、知らない部屋で目が覚めて、ニキが心配そうに顔を覗いていたのだった。なんで俺の方が寝込んでるんだよ……。凹むわ。そりゃ怪我してたけど。火傷酷かったけど。ここは中央都ですと聞かされたのも驚いたが、ニキの方は首の火傷もすっかり綺麗になっていて、俺が一体何日寝ていたのかも教えてくれなかった。妖怪と人間の差なのか、これ。それとも俺が軟弱で、ニキが強い子なのか。なんということだ。俺が使えない子か。
なんだか欝スパイラルに入り込みそうな気がしたので、俺はそれ以上考えるのを止めた。
「あの、体調はいかがですか……?」
恐る恐ると言った感じで聞かれ、俺はそこですっかり痛みが引いているのに気がついた。腿や腕、肩の引き攣るような痛みが、全く無い。着せられていた寝巻きを捲くると、火人に掴まれて焼かれたはずの肩は綺麗だった。シミ一つなかった。炎の鞭で焼かれたはずの腿や腕も同じで、流石に回復力がどうとかそういう問題ではなく、ケロイドの痕ぐらいは残っていないとおかしいはずだった。多分、肩なんて炭化寸前までやられた気がする。
いきなり寝巻きを前全開にしたり、裾を腿までめくりあげて確認しだした俺は、相当の痴女だったことだろう。ニキが、慌てて俺の寝巻きの前を押さえた。ちょうど、黒衣の男が入ってきたところだった。
「もう意識が戻ったか。丈夫で何より」
「ちょっとまて! 聞きたいことがいっぱいあるが、アンタに聞きゃいいのか、ニキさんに聞きゃいいのか」
「イチ様せめて! せめて前をしまってくださいませ! 見えてしまいますから!!」
男に指を付きつけ怒鳴った俺に、同じく俺の寝巻きを押さえつけたまま焦りまくるニキがちょっと涙目になってきたので、俺はひとまず静かになった。ニキのケモミミがまたぺたりと伏せられていた。すいませんでした。
「こちらで答えられる事には全て答えよう。代わりに主にもいくつか聞きたいことがあるが」
ニキにいいの?とアイコンタクトすると、こくりと頷かれた。
「んん、それじゃそっちから先に聞いてくれ。俺の方が聞きたいことが沢山あるはずだ。つか、俺に答えられる事は多分殆ど無い」
「二紀守姫から聞いている。記憶が無いそうだな。我は久我。中央都の鎮守に使える者。壱春殿。まずは主の流派が聞きたい」
「悪いが、記憶喪失で、本当に何も覚えて無い。っていうか火のあやかしも聞いてきたな、そんなに大事な事なのか、それ」
っていうか、少々アクションゲームのモーションを参考にしてたとこもあるんだが、どういえばいいんだそれ。格ゲー流?
「武を生業とする者であれば至極重要だな。使っていた太刀はどこで手に入れた?」
「水中で意識を取り戻して、慌てて水面に出た時にいつの間にか掴んでた」
「ヒノエの化生と戦ったとき、どうやって刃を通した?」
「向こうが油断して、俺を焼かずに普通に触ってきた時に、逃げる振りして地面の鞘拾って、咥えて刺した。太刀の鞘を溶かされて、変な形に土の上で固まってたんだ。奴の顔に刺さったから、あとは太刀で下からぶッ刺した。触られたら焼かれると思ったら、焼かずに触れもすんだな、あいつ」
「鞘は溶かされたのか」
「ああ。鞘が木で出来てたら燃やされてたところだ、行幸だった」
「思い出せた記憶などはないか。例えば、出身などは」
「残念ながら」
俺が狂人じゃなければ、多分この世界の生まれじゃないことだけは確かだが。年代的には100年以上の開きがあるはず。宇宙にもいける時代だったのだから。言い過ぎか。だが少なくとも衛星打ち上げる技術はあったわけだし。どんな田舎でもインフラはそれなりに整っていたはずだし。少なくとも日本国内は。
和州の他にどんな国があるのかはわからないが、例えば和州が鎖国して他国に比べ文明が遅れているにしても、国外でスペースシャトルが作られているような極端な差はないはずだ。……ないよね?
俺がこの世界の文明に思いを馳せていると、久我は何を思ったのか、俺の前に手のひらを差し出した。そこには、前に見せられたとおり、目のような文様がある。
「ひとつ見せてやろう。思い出すかもしれん」
「何を?」
「武人、剣士、闘士、武士。道を求める者は様々に呼ばれるが、本質は一つだ。歪みよ」
「歪み?」
「武人とは、理から歪んだ存在だ」
彼は開いていた手を握り締め、それを上に振り上げた。そのまま振り下ろす。片手で素振りのような動作をしたわけだが、降ろされた手には、黒い抜き身の刀があった。その刃は墨のように真っ黒で、切っ先が俺の鼻先にぴたりと寄せられていた。
なにこれ。どっから出したんだ、この刀。あれか、ファンタジーの召喚武器的な何かか。俺がまじまじとその刃を見ようとした瞬間、黒い刀はピントがぼけたようにじわりと溶けて消えた。
「道を修めた者は理の外に立つ。故に、人外の力を得る」
「ちょ、ちょっと待て! 一回待て。武術とか剣道とかが何で人外の技なんだ。えーと、なんだっけ、近接格闘や戦闘に特化した技術とかそういうのだろ、武術って。習えば誰だって使えるもんだろ」
「通常の鍛錬だけなら、そうとも言える」
「えっと、一回頭の整理をさせてくれ」
まさかの魔法職。俺は彼の手の文様を見た。奥義とかそういうのを極めると、そういう魔法とか術みたいになるとかそういうもんか。そう聞くと、久我は少し首をかしげた。
「極めるものでもないがな。素質の無いものが幾ら修練を重ねたところで、得ることは出来ない」
ゲーム風に言うと、戦士とか剣士とか近接戦闘職の高レベルは魔法も使えるよってことではなく、最初からそういうクラスを選べるか否かという事だろうか。騎士の上の聖騎士が魔法を使えるようになるとかじゃなくて、最初から聖騎士になれる奴はなれる、なれない奴は騎士にしかなれない、みたいな?
途方にくれてニキの顔を見ると、彼女も困惑を浮かべていた。武人の実態っていうのはあんまり一般には知られてないのかもしれない。里の人達も『すごく強い人』という大雑把な捉え方してたし。
「主らが相対したヒノエの化生もその一端」
「奴は武器なんて持っていなかったぞ」
「剣だけが武ではない。とはいえ、あれは邪法の産物と言った方がいいが。鍛錬を重ねた武人や求道者を邪法の火で焼くことによってあれは作られたはずだ」
「死体を焼くのか?」
「生きたままだ。何日も時間をかけて、魂まで焼き上げていく。焼かれた者は身体が燃え落ちて魂まで焼きあがる。そうやってヒノエの化生が生まれる」
思わぬところに繋がってきた。熱そうっていうか死ぬよねそれ。
「あー……奴に「無印だから使える」って言われたんだけど」
「無印は焼き易いと聞く」
「俺は薪かよ! っていうか無印ってなんだ、アンタも俺のこと無行とか言ってたよな、同じ意味か?」
「流派につくと印を得る。道を修めた証でもあるし、理から外れた証でもある」
「あんたはその手の模様だよな。えーと、じゃあ無印つーのは、修行中の身ってことか?」
「無印にはいくつかの例があるな。一つは主が言った様に、力をつけてきた修行中の者。二つ目、他者に印を奪われた者。力は半端に残る。理から外れた歪みも残る。三つ目、あえて印を持たない、もしくは隠して持つ者。印を持たぬが、武人には変わりない。流派によって力は異なり、また、偏る。突出した技をあえて得ず、印を捨てて力を拡散させないようにとするのが無形の派。主はそれかと思った」
「なるほど」
なるほどって言ってみたけど理解が追いつかなかった。ゲーム脳で何とか置き換える。ジョブは選べるけどスキル獲得はレベル制だとして、スキル選択の時に属性が発生するとかだろうか。スキル獲得までのレベルが無印。
火がいたという事は、選べる流派ってのは所謂四元素的な属性かもしれない。魔法的な技が使えるようになるが、あえて属性スキルを取らずに無属性で行くのが無形? 火属性に対して水が有利だとして、苦手な属性を作らないように、ってとこか?
印を隠すというのはわかる。手の内を知らせないように、あえて見せない。俺の状態を考えるに、肉体強化にステを振ったのが無形かもしれない。身体強化。まあ火にフルボッコにされてた時点で、レベル足りないだけかもしれないが。火には無印といわれたし。
印を奪われた、というのも引っかかる。印と一緒に記憶を奪われた、という可能性もあるわけだ。例に挙げたのだから、そういうことが出来る奴もいるのだろう。その際、性別まで変えられたという事はあるだろうか。性別を変える意味がわからんが。弱体化を狙ったとか? おっぱい要員? 男しか使えない技があるとか? だけど、わざわざ弱体化させるぐらいなら殺す方が早い。生かしておいた方が都合がいいとか。誰かへの人質?
っていうかこの世界の人間じゃないはずだよな、俺。実は以外とこの世界にいる時間が長くて、その間に色々あったとか? 女の体に慣れていないだけで、男の体で長く過ごしていたとか?
「他には、普通にはありえない事だが、我流で武を極めた者だな。流派は無数に有るが、師につかず教えも請わず、独自で己の流派を作り出す例外的な者もいる。己の中の暴威を力にしようと鍛錬した結果、目指す道が見えず、印を得ることができないものだ」
「自分の方向性が固まってなくて、印が出ない、出せない?」
「そうだな。大雑把に言えばこんなところだ」
「あんたは、俺がどれに当てはまると思う?」
「無形だ」
「そう思う根拠は?」
「無印なら、武具は呼べない」
「さっきの刀出すやつ? 出来ねえよ?」
「すでにもう、呼んでいるだろう。最初から太刀を持っていたと聞くが」
「いや、あれ本当にただの刀だし。鞘溶かされたし。もう無いし」
「そういえば、イチ様は刃を一度折られてしまいましたね」
ずっと黙って話を聞いていたニキに言われてしまった。俺がけっこう粗雑な扱いをしてたせいで、一度狩りの時に折った事がある。里の職人に、刃を付け替えてもらって事なきを得た。職人も「折れるのは仕方ありません、これぐらいの太刀なら、大きい街に行けばもっといいものが買えますよ」とか言ってた。もう完全な量産品クラスだ。
「ちなみに主の刀は村においてきた。今ここにはない」
「はあ」
「それを踏まえて、呼んでみろ」
「どうやってだよ」
「最初に水中で太刀を掴んだのだろう。その時、どうやって掴んだ?」
「何か掴めるものがないか、こう手を振り回していたら偶然掴んでたような」
俺が右手を振って実演した時だった。手のひらに冷たい感触が触れた。ぎょっとした。思わず掴んだ。右手に、ずしりと重さが現れた。誰かに手渡されたようだった。
「イチ様、それは……」
「やはりな」
二人の言葉の意味がわからない。俺は自分の右手を見た。煤で真っ黒になった太刀が握られていた。カラランと大きな音を立てて、変な形に解けた金属片が畳の上に転がった。やはり煤で真っ黒になっている。
量産品並みの品質。刃を一回折って、有り物の刃に代えてもらった。鞘、溶けてる。飾り紐とか柄紐が全部焼かれてる。これで使える状態ならまだしも、限りなく残念な状態の、粗大ゴミでしかないそれを、俺はもう一度見た。
異世界に飛ばされた主人公は、魔王を倒すために勇者になったり、伝説の武器を手に入れて戦ったり、特別な力があって救世主だったり、物語の中心にいるに相応しい力があるものですよね。普通は。
「その武具が、お主の無形としての証だろう」
久我は、無駄に重々しい声で断言した。
「その力で、二紀守姫の命を守ってはもらえないだろうか」
男の目は真剣だった。隣にいたニキは、なんだか非常に申し訳ないとかいたたまれないとか、そんな顔をしていた。俺はガラクタと成り果てた愛刀を見直した。消えろと念じても、鞘(の成れの果て)も太刀も消えなかった。
俺は静かに太刀を布団の上に放り出し、頭を抱えた。完全なる雑魚フラグだった。