綾小路が坂柳有栖ちゃんに一目惚れした場合   作:魅雲八雲

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第2話 転換点

それから数か月後。

 

体育祭も終盤。

オレは怪我をした三宅の代わりに1200メートルリレー競技に参加することになり、アンカーとして並んでいた。

銀髪の少女、坂柳――あの後、彼女がAクラスを束ねる二人の内の一人、坂柳有栖という生徒だと知った――は先天的な疾患で自由に運動ができない。

競技には不参加だが、一応体育祭には参加しているらしい。

遠くで椅子に座って見物している様子が見える。

 

スタートまでの間、オレはこれまでの出来事を軽く振り返ることにした。

 

最初の中間テストは勉強会と秘密兵器の過去問でクラス全体の点数を底上げした。

須藤の英語の点数が一点足りずに危うく退学になりかけていたが、事前に茶柱先生に「身分や実態のないものでもポイントで購える」ことを確認していたオレは堀北と共にプライベートポイントを10万支払うことでその救済に成功。

その裏でかなり儲けさせてもらったためオレ単独でも支払いは遂行できたが、10万ポイントしか支給されていないオレたちDクラスの生徒が10万ポイントを所有している筈がない、という堀北の思い込みにより出費は半分で済んだ。

 

続く須藤絡みの事件。

佐倉愛里という生徒が何か情報を握っている風だったが、問題を起こした側であるDクラスの生徒が証言をしたところで効果は薄い。

そのため彼女の協力は仰がず、秘密裏にCクラスの生徒たちに話を持ちかけて訴えを破棄させた。

 

夏休みに行われた無人島の試験。

茶柱先生に改まって「DクラスをAクラスへと導け」と強く脅されたが、そういう態度に出るのは余裕のない表れだ。

彼女ももしオレが単独でAクラスへと移動した場合、担任と教え子ではなく単なる教師と生徒という関係に落ち着くのを恐れている。

他クラスの教師が他クラスの生徒を容易に、しかも自分勝手な理由で退学に出来ないことは把握済みだ。

その場では協力する態度を見せたが、茶柱先生もそれを素直に受け取ってはいないようで、それ以降接触の回数が格段に落ちた。

以前に比べて覇気もない。

彼女がAクラスに固執しているのはなんとなく察したが、まあオレには関係の無いことだ。

置き土産のつもりじゃないが、結果的に試験ではDクラスを一位に導いたしこれで勘弁してもらおう。

クラスポイントが増えるのはオレにとっても悪い話じゃないしな。

 

続けて行われた船上の試験。

Dクラスの女子の中心人物である軽井沢とCクラスの真鍋という生徒が険悪な雰囲気になっていた。

問題が起きないうちにさっさと終わらせよう、と適当に一之瀬の名前を書いて学校側にメールを提出した。

が、これは受理されなかった。

これで結果3か結果4における「優待者と同じクラスメイトが正解/不正解した場合、答えを無効」が確定したため優待者がDクラスに居ることが明らかになった。

幸村や外村は隠し事を出来るタイプじゃない。

当然オレ自身優待者ではない。

消去法で考えると、優待者に選ばれていたのは軽井沢だった。

オレは同じグループの内、守りに入って傍観していたAクラスの生徒、町田に裏で取引を持ち掛け、書面を作って契約を結んだ。

内容はこうだ。

町田が軽井沢の名前を書いて学校側に送信し、結果3の「優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合」を生み出す。

その見返りとしてオレが得るのは、町田が得る予定の50万プライベートポイントの内45万プライベートポイント。

オレが仮に間違えた優待者の名前を教えていたのなら、現在オレの所有しているプライベートポイントと将来的に入ってくるプライベートポイントを全て町田へと譲渡する。

結果3で発生するポイントの増減は、当てた生徒の所属クラスに50クラスポイントと、その生徒自身に50万プライベートポイントの支給。優待者のクラスを見抜かれたクラスはクラスポイントをマイナス50にするペナルティだ。

だがこのペナルティはオレにとって存在しないも同義。

町田は最初こそ訝しんだものの、オレが陰気な声色で「どうせDクラスはAに上がれない。ならせめて、クラスポイントを捨ててでもプライベートポイントは欲しいんだ」と言うとあっさりと受け入れた。

葛城派の町田には、無人島での試験でクラスポイントを大きく落としたAクラスに貢献したい思いが強かったのかもしれないな。

勿論断られた場合には他のAクラスの奴に教えることも考えていたが、結果として杞憂に終わった。

……しかし、勿体ないことをした気がしないでもない。

軽井沢は優待者であることをおくびにも出さず極めて平常な立ち振る舞いをしていた。

正直、もし他の奴が優待者ならもっと早くにオレは見抜いていただろう。

隠し事をしている人間はどうやったってそれを隠そうとして不自然な態度になる。

だが彼女はそれを悟らせずにやってのけた。

もしオレが茶柱先生の指示通りにDクラスをAクラスに引き上げることを選択したのなら、この軽井沢という少女の存在は極めて有用だったはずだ。

 

その他にもオレは数多の裏取引を重ねた。

常人にはあり得ないスピードで着々と積み増しされるプライベートポイント。

以前、一之瀬の所有しているプライベートポイントの額には驚かされたが、今ではあの時の10倍程度のポイントをオレは所有している。

 

そして体育祭の前日、オレはそのポイントを茶柱先生に渡していた。

 

「……まさか、本当にやってのけるとはな。それも入学してたったの数か月で」

 

「それで、オレはちゃんとAクラスに行けるんですか」

 

「ああ。確かに受理した。だが明後日は体育祭で色々と入り用でな。お前のクラス替えは週明けになるだろう」

 

茶柱先生は腑に落ちない、といった表情で続けた。

 

「しかし、何故このタイミングなんだ? AクラスとBクラスには未だ結構なクラスポイントの差があるとは言え、将来のことは誰にも分からない。お前たちの学年が三年になっている時、今のAクラスがAクラスのままである保証はどこにもない。この権利は本来卒業間際に行使するものだと思うが」

 

「あんたには分からないかもしれないが、強いて言うのなら、恋とか愛とか、だな」

 

「は?」

 

呆けた顔の茶柱先生を後にしてオレは指導室を去った。

今までは裏で工作するためになるべく表立って活動することは控えていた。

そのため坂柳に接触したことは一度もない。

彼女にとってオレは、入学式の日にちょっとばかり繋がりを持っただけの男子生徒Aに過ぎない。

ひょっとしたら憶えてすらいないかもな。

そんな一瞬の邂逅だった。

だが、これからは違う。

クラスメイトとして接していくことで関係を深めていきたい。

 

「まずは友達から、だな……」

 

友達か。

オレがAクラスに入ることで、Dクラスの池や山内はおそらくオレから離れていくだろうな。

須藤はそういうタイプでもなさそうだが、今まで実力を隠していたことを不快に思うかもしれない。

堀北は……多分、オレを打倒しようとより一層奮闘する気がする。

まあ存分に頑張るといい。

あいつがリーダーシップを発揮して周囲を引っ張っていけるのなら、可能性は無いわけじゃない。

 

 

 

――パン!

 

乾いた発砲音を聞き、オレの思考は現実に引き戻された。

どうやら合図と共にリレーが始まったようだ。

当初の思惑通り、須藤が最初に引き離してから平田がそのリードを維持する、という作戦は順調のようだ。

あちこちから黄色い声援が飛んでいる。

しばらく走者たちの様子を見守っていると、2年と3年のAクラスがトップに躍り出たようだったが、3年Aクラスの女子が転んでしまった。

それを受けて新任の生徒会長である南雲が、前生徒会長である堀北兄と何やら話し出した。

この勝負は俺の勝ちですね、とかそういった会話が聞こえてくる。

南雲はアンカーとしてバトンを受け取り走り出した。

ほどなくして1年Bクラスの柴田もバトンを受け取る。

間の生徒が抜けたことで、一瞬だが堀北兄と目が合った。

 

「おまえがアンカーとはな」

 

「オレは負傷した人間の代理だ。本来ならこの位置にはあんたの妹がいる予定だった」

 

「そうか。あいつなりに足掻こうとしていたわけだな」

 

「ああ。あんたは卒業して見届けることが出来ないだろうが、あんたの妹が率いるうちの……いや、Dクラスは強くなるぞ」

 

オレの物言いが妙だったことに気付いたのか、堀北兄が少しだけ怪訝な表情を見せた。

だがそれまでだ。

深くは追及してこない。

 

「ひとつ聞くが、おまえ自身はどうだ。おまえからは熱量が感じられない」

 

「そう見えるか? 悪いが顔には出ないタイプなんだ。自分でも意外なんだが、オレは今結構ワクワクしてる」

 

「なに?」

 

オレは日陰で椅子に座っている坂柳の方に目をやった。

最終競技ということもあってか、携帯なんかを弄るでもなく真面目に走者たちを見ている。

ふと、視線が交錯した。

その瞳に吸い込まれそうになるが、オレは堀北兄に向き直った。

 

「この会場中の視線を釘付けにする。オレと勝負してみる気はないか?」

 

「……面白いことを言う男だなおまえは。俺は勘違いをしていたのか?今まで目立つことを嫌い表立って活動することは避けていると思っていた。このリレーでも適当に流して終わると読んでいたのだが」

 

「そうする理由が無くなったからな。あんたが2位に上がる可能性を捨てて勝負してくれるなら受けて立つ」

 

堀北兄は助走することをやめ、完全に足を止めてこちらに向き直った。

 

「面白い」

 

堀北兄はクラスメイトからバトンを受け取るが、そのままそこから動かない。

恐らくは前代未聞のバトンリレー。

異常事態に気付いたギャラリーたちがざわつき出す。

3年Aクラスは次々と後続に抜かれ、ついにはDクラスの櫛田がオレに近づいてくる。

 

「勝負の前に、あんたに一つ言っとく」

 

「なんだ」

 

「――全力で走れよ」

 

一瞬だが、視界の後ろに消えていく堀北兄は少しだけ笑った気がした。

今、バトンが手渡される。

 

「綾小路くんっ!」

 

櫛田から渡されたバトンを受け取り、オレは開幕フルスロットルで駆け出した。

次々と抜かれていく生徒の悲鳴が徐々に遠ざかっていく。

風になる。

今オレの横を走っている男。

この男より速く走ることだけが全てだ。

1つ目のカーブを超え、直線を駆け抜け、最後のカーブへ。

 

ほら――もっと加速するぞ――

 

怒号のような大歓声がグラウンド中に響き渡った。

 

 

 

「……今まで隠していたのね。嘘つき」

 

競技を終えて戻ると、堀北が複雑そうな表情をしながらオレに言った。

 

「本来、あの場にはお前が立ってるはずだったからな。勝てなくて悪かった」

 

「そういうことじゃないわよ。それに、にい……会長との勝負も引き分けだったみたいだし」

 

オレたち二人の追い上げに慌てた前の走者が転び、オレは目の前の進路をふさがれてしまった。

だが、心の重荷が取れたせいか今までにないくらい軽やかな気分だった。

オレは気がつくとその走者の上をハードル走の要領で大きく跳び超えていた。

走り切った結果はビデオ判定にまでもつれ込み、結果として誤差なしの完全な引き分け。リレーをやり直すわけにもいかず、1年のDクラス対3年のAクラスであることが考慮されて順位だけはオレたちが一つ上になった。

次第に他のクラスメイトたちから取り囲まれ、次々に称賛を受ける。

 

「どうして本気で走ったの? これであなたは注目を浴びることになるわよ?」

 

堀北の言葉に少し冷酷に返す。

 

「もう隠す必要は無いからな」

 

「……?」

 

堀北はその意味を熟考しているようだったが、結局何かに思い至ることは無いようだった。

 

 

 

結果発表も終わり、引き上げようと校舎に近づいた時、見覚えのあるAクラスの女子生徒が声を掛けてきた。

 

「このあと、着替えた後でいいんだけど少し付き合ってもらえる?」

 

内容は予測出来ていたので黙って頷く。

どういうルートで漏れたかは知れないが、オレがAクラスに行くことを事前に知ったのだろう。

 

「5時になったら玄関に来て」

 

とのことだったので、制服を着てから約束通り玄関に行くと、先ほどの少女がオレを待っていた。

彼女が歩き出したので付いていくと、特別棟の3階へと辿り着いた。

この一帯は監視カメラの設置されていない数少ない場所だ。

少女は一人で歩き出して、廊下の角に差し掛かると呟いた。

 

「もう帰ってもいい?」

 

「はい。ご苦労でした真澄さん。またよろしくお願いしますね」

 

「……ああ」

 

真澄と呼ばれた女子は去っていき、あとに二人だけ残された。

声の主がゆっくりと姿を見せる。

片手に杖をつきながら、その存在は冷たい笑顔でこちらを見つめていた。

坂柳有栖。

しばらく見つめ合っていたが、彼女は杖をカツンと鳴らしてから口を開いた。

 

「最後のリレーは大注目を浴びていましたね、綾小路清隆くん。正直なことを言うと、普段走ることの出来ない私も少しばかり胸が高鳴りました」

 

「何の用だ?」

 

「まずは改めてお礼を。入学式の日、助けて下さってありがとうございました」

 

「……わざわざ礼を言うために呼び寄せたのか?」

 

まあ、話があるとすればAクラスのことだろう。

だが坂柳の口から出たのはオレの予想もしない言葉だった。

 

「お久しぶりです綾小路くん。8年と243日ぶりですね」

 

「冗談だろ? お前と過去に会ったことはない」

 

「そうですよ。私だけが一方的に知っているんです」

 

カツン。カツン。段々と杖の音が遠ざかっていく。

……何がしたかったんだ?

 

「ホワイトルーム」

 

その単語が聞こえてきた時、オレは少なからず衝撃を受けていた。

なぜ知っている?

あの施設の関係者か?

 

「ふふっ。嫌なものですよね。相手だけが持つ情報に振り回されるというのは。安心してください、誰にも言うつもりは有りませんから。偽りの天才を葬る役目は、私にこそふさわしい」

 

坂柳はカツン、と杖を鳴らした。

 

「この退屈な学校生活にも、少しだけ楽しみが出来ました」

 

「そうか……ひとつ言っておくが」

 

「はい、なんでしょう」

 

坂柳は振り返って不敵な笑みを見せた。

 

「オレたちは月曜からAクラスのクラスメイトだ」

 

「……え?」

 

「これから色々とよろしくな。一緒に頑張ろう」

 

「えっ?」

 

「そうだ。ここ三階だし、階段とか危険だろ。降りるの手伝うから、さっさと帰らないか? そのうち日も暮れるぞ」

 

「あ、はい……」

 

階段を降りる際のどさくさに紛れてその小さな手を握っても、それを振り払わないほどには驚いている様子だった。

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