綾小路が坂柳有栖ちゃんに一目惚れした場合   作:魅雲八雲

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第3話 Aクラスへ

月曜の朝、寮から学校へと向かう途中で偶然にも堀北に会った。

どことなく憑き物が落ちたような顔をしている。

体育祭ではオレの予想通り、龍園に色濃い敗北を刻み込まれたらしい。

だが今後は須藤たちと協力していくことでより成長できるだろう。

なんとなく距離を詰めて一緒に歩く。

 

「週末、あなたの言っていたことを考えていたのだけれど」

 

反応が返ってくることは期待していなかったが、声を掛けられた。

 

「ん?」

 

「『もう隠す必要は無いからな』、そう言っていたじゃない」

 

ああ、その件か。

 

「あれはつまり、今後は表立って私に協力する忠実な下僕になるという解釈で合っているわよね」

 

「下僕て」

 

あいにくだがそんなつもりは一切ない。

それにこれからは完全に他人同士だ。

まあ、オレの方からあえて交遊を絶つつもりはないが、堀北の方から自然に離れていくことになるだろう。

そうこう話している内に校舎へと入る。

廊下からDクラスの教室を窺うと、既に数人の生徒がいた。

オレは今まで自分の座っていた席を確認する。

机と椅子は撤去されていた。

それを確認し、オレは職員室へと足を伸ばす。

 

「ちょっと、どこへ行くの?」

 

「職員室だ。用事を思い出してな」

 

「ふうん?」

 

歩き出すと、ポケットに入れていた端末が震えた。

同時に校舎のあちこちから一斉に振動が鳴り響く。

堀北も同じだったようで、端末を起動して画面を操作していた。

 

「え……? これって……」

 

堀北の戸惑う声を背にして急ぎ足でその場を去る。

オレも同じように確認すると、学校側から一通のメールが届いていた。

オレがAクラスへと移動することになった旨が記載されている。

公開処刑されている気分だったが、茶柱先生の言うことが本当ならこの移動は滅多にあることじゃない。

これはどちらかというと学年に混乱が生じないようにする配慮の類だろう。

 

職員室では、好奇の目でオレを見る職員たちに出迎えられた。

Aクラスの担任である真嶋先生を見つける。

 

「君のことは茶柱先生から聞いている。ひとまずは素直におめでとう、と言っておこう。この学校始まって以来の快挙だ」

 

「どうも」

 

「これからは私が担任となるが、Aクラスになっても基本的にやることは変わりない。授業の進度はクラスで差が出ないように調整されている。君の端末は学校側で操作し、既にAクラスの生徒用のものとなった。他に確認したい点は?」

 

少しだけ考え込むが、今は思い浮かばない。

 

「特には」

 

「結構。ホームルームの際に軽く自己紹介をしてもらうが、構わないな?」

 

オレは快く頷いた。

だが、自己紹介か……。

四月の苦い思い出が蘇る。

二の轍は踏まないようにしないとな。

人間は学習することの出来る生き物なのだ。

 

 

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

人は失敗を繰り返す生き物であることが証明されてしまった。

だが、入学式の日とは異なり、新しいクラスメイトはオレという存在に興味津々のようだった。

教室を軽く見渡すと、最後列の窓際の席に坂柳が座っていた。

それはそうだろう。

火災などの緊急避難時を仮定するのなら、坂柳がドア付近で生徒をつっかえさせることで生徒同士の押し合いに発展して二次災害が起こりかねない。

必然的に彼女は最も入り口から遠い場所に座ることとなる。

ふと目があったが、坂柳は複雑そうに微笑みながらも胸元で小さく手を振ってくれた。

そしてそんな彼女の席の後ろにぽつんと一つだけ空席があった。

Dクラスから移動させたオレの机だろう。

つまり坂柳の近くで学校生活の大半を過ごせるわけだ。

初日からツイてるな。

内心ガッツポーズをしていると、真嶋先生が提案してきた。

 

「なにか綾小路に質問がある者は居るか?」

 

厳しそうな先生だと思っていたが、これはオレを気遣ってのことだろうか。

人は見かけによらないものだな。

 

「では一つ良いだろうか」

 

一人の男が手を挙げた。

坂柳と同じくAクラスを率いている生徒、葛城だった。

オレも何度か交流したことはある。

 

「どうぞ」

 

「色々と訊きたいことはあるが、それは追々個人的にさせてもらおう。……なぜこのタイミングで移動してきた?」

 

茶柱先生と同じことを尋ねる葛城。

だがオレは表向き用意していた答えを返す。

 

「より恵まれた環境に身を置きたかったから、だな。Dクラスが嫌だったわけじゃないが、どうせなら葛城、お前たちと切磋琢磨してみたくなった」

 

「そうか……」

 

嘘はついていない。

葛城が押し黙ると、それ以降質問が飛んでくることはなかった。

Aクラスの生徒たちの目にはオレは少々不気味に映っているらしい。

無理もないか。

今までDクラスだった冴えない男子生徒が、体育祭のリレーで生徒会長と好勝負を繰り広げたかと思うと、その週明けにいきなりAクラスへと移動。

客観的に見ればかなり胡散臭いな……。

だが、それはオレの事情を知らないからだ。

最初からオレは坂柳だけを目標に動いている。

疑心暗鬼になるのも結構だが、オレについてあれこれ想像を巡らせても気疲れするだけだ。

 

「他に質問は無いようだな。ではホームルームはこれで終了とする」

 

オレは空いている席に座って荷物を降ろした。

するとさっそく動きがあった。

椅子を反転させ、机越しにオレに向き直る坂柳。

 

「綾小路くん、でしたか。Dクラスからの躍進とは驚きです。ようこそAクラスへ」

 

「ああ。これからよろしくな」

 

周囲の目もある。

初対面のフリをし、互いに踏み込んだ話はしない。

世間話を交わしたが、その中にはいくつか示唆的なワードが含まれていた。

「これからは追い込まれる側」「Dクラスも攻撃対象」「クラスメイトとの協力」……。

その単語や文脈を耳にした際の表情の変化で、相手が何を考えているのかを探る話術の基本的なテクニックだ。

その内容を要約すると、坂柳は暗に『葛城派になるのか、それとも新しい派閥を作るのか?』ということを探ろうとしていたらしい。

自分の派閥にオレが入るだなんてことは想像すらしていないようだ。

まあ、確かに葛城の派閥に入るのも面白そうではある。

葛城は賢い男だ。

その思考が防衛に特化していることで後手に回りがちだが、オレならその隙を無くしてやることもできる。

組んでみたら案外相性が合うかもな。

だが……。

 

「坂柳、だな」

 

オレは坂柳の目を見つめて言った。

ほんの少しだけ溜めてから「よろしく」と続ける。

周りからはオレが「坂柳だな、よろしく」と初対面での挨拶を交わしているようにしか見えないはずだが、これは俺が坂柳の派閥に入るという意思表示だ。

坂柳にはその意図がきちんと通じたようで、彼女は眉をひそめた。

そんな表情もまた可愛い。

 

「せっかくですし、連絡先でも交換しておきませんか?」

 

今のオレの発言の意図をメールで確認するつもりなのだろう。

 

「そうだな。頼む」

 

周囲が少しだけどよめいた。

前に見かけた坂柳の取り巻きたちが顔を見合わせている。

おそらく坂柳は自分の派閥の人間くらいにしか連絡先を教えていないのだろう。

完全に憶測だがそれほど的外れでもないはずだ。

アドレスに「坂柳有栖」の四文字が追加されたことを確認すると無性に嬉しくなったが、顔には出さない。

 

「じゃあ、オレはちょっと用があるから」

 

席を立ち、オレと坂柳のやり取りを目にしていた葛城に「廊下に出ろ」とジェスチャーする。

葛城は大人しく付いてきた。

 

「綾小路。お前には本当に驚かされた」

 

人気のない踊り場まで移動すると、葛城が話し始める。

 

「体育祭でのリレーといい、今回のクラス移動の件といい。今まで実力を隠していたのだな」

 

「実力ってほどでもないが、オレがあんたを騙しているように見えたんだとしたら謝罪しておく」

 

「その必要はない。自身の能力を相手に悟らせないこともまた優れた能力だ。だが、だからこそ疑問がある。1年生の二学期でその実力を全校生徒に曝け出すような真似をしたのは悪手にしか思えない。どの道すぐに知れ渡ったことだろうが、こうして学年の全員に通達もされた」

 

葛城はメールの受信画面を見せてきた。

 

「そうだな」

 

「お前には妹の件で感謝もしている。だが……」

 

葛城が切り出しにくそうにしていたので助け舟を出してやることにした。

 

「呼び名があるのかは知らないが、葛城派の派閥にはオレを入れられないって話か?」

 

「……もしお前がDクラスに居たままならば裏で手を組む道もあったかもしれん」

 

薄々こうなるだろうとは思っていた。

この男ならオレのような読めない存在を味方に引き入れることは無いだろう、と。

 

「気にするな。あんたとは気が合いそうだと思ってたんだ。友達として三年間よろしく頼む」

 

「……お前が坂柳に肩入れするのなら、そう気を許せる関係になれるとは思えん」

 

「そうか? 坂柳はきっとそれを望むはずだ」

 

「なに?」

 

オレが坂柳派になったとしても、おそらく坂柳は自分の楽しみのためにオレを敵に回すだろう。

体育祭の放課後、坂柳の見せた好戦的な一面からそのくらいは推測できる。

 

「今詳しく説明する気は無いが、オレがあんたを攻撃することは無い。なんなら妨害しない約束を書面にしてもいいが、それは友達同士のやることじゃないしな」

 

葛城はしばし腕を組んで考えに耽っていたが、ある程度納得はした様子で頷いた。

 

「分かった。ではこれからは同じクラスの一員としてよろしく頼む」

 

二人で教室へ戻ろうとしたが、それを大きな影が阻んだ。

見上げる程に大きな、日本人離れした体格。

Cクラスの山田アルベルトだった。

 

「よお、葛城に綾小路」

 

声のした方を見ると、廊下の奥から龍園が歩いてきていた。

他にも石崎や伊吹たちを引き連れている。

伊吹からは執拗に睨まれている気もするが、オレはあいつの前で無能を演じていたからな。

実力を隠していたことが気に食わないんだろう。

龍園はアルベルトを下がらせ、オレたちの前に立ちはだかった。

 

「無人島ではやってくれたな」

 

「何のことだ?」

 

「とぼけたって無駄だぜ。あの時は鈴音が手を打ったってことも考えたが、この状況を見ればお前が何かしたのは火を見るより明らかだ。お前のグループは船上試験じゃ高円寺たちより先に脱落するって散々な結果だったが、今になって思うとそれも怪しいもんだ。お前が仕掛けたんだろ?」

 

「発想の飛躍が過ぎるな」

 

「本当にそうか? お前がAクラスに行くための2000万ポイントをどうやって稼いだかは知らないが、それくらいのことはしてなきゃ辻褄があわないのさ」

 

見かねたのか、葛城は一歩前に出た。

 

「それで、お前は何をしに来たんだ? 油を売りにきたようにしか見えんが」

 

「なあに、簡単なことさ。無人島の試験でお前と結んだ契約は綾小路にも適用されるってことを確認したかっただけだ」

 

「……おい、その話は」

 

葛城は慌てて廊下を見渡し、声をひそめて続けた。

 

「綾小路はあの契約時Aクラスに居なかった。署名もしていない。対象外だと思うが?」

 

「なに寝ぼけてやがる。契約の内容は『Aクラスの生徒一人につき毎月2万プライベートポイント』だろうが。生徒が増えたら当然支払うポイントも増える。ゴネても無駄だ。甘んじて受け入れるんだな」

 

なるほど、大体のことは読み込めた。

無人島でAクラスがCクラスと組んでいたことは知っていたが、その内容は謎のままだった。

Cクラスが限度いっぱいの300ポイントで購入した各種用品をAクラスに渡す代わり、AクラスはCクラスにプライベートポイントを渡す。

おそらくそういう契約が結ばれたのだろう。

あの時CクラスがAクラスに対して切ることのできた手札はそれしかない。

龍園はオレに向き直った。

 

「お前はそれなりに骨がありそうだ。クク、坂柳は最後に回すとして、まずはお前から潰すことにするか」

 

「どうしようとお前の勝手だが、そんな調子じゃ足元をすくわれるかもな」

 

オレは龍園に忠告しておく。

 

「足元? Dクラスのことか? 鈴音は確かに良いオモチャだが、底は知れた」

 

「まあオレには関係のないことだ」

 

Dクラスにはそれなりに良い素材が集まっている。

あとはそれをどう味付けするも堀北や平田たちの腕にかかっている。

 

「おっと、噂をすれば何とやらだぜ」

 

目をやると、Dクラスの方から堀北が駆け寄ってきていた。

どう見ても怒ってるな……。

 

「ちょっと、綾小路くん。どういうことか説明して」

 

「説明も何もない。オレは2000万ポイントを学校側に支払ってAクラスへと移動した。当然の権利を行使したまでだ。メールにもそう書いてあっただろ」

 

「それは……」

 

堀北は言葉を詰まらせた。

論理的じゃないな。

ひょっとして知らない内に仲間意識でも持たれていたか。

最初の頃はそう誘導していた面もあるが、正直堀北がそこまで情に厚いタイプだとは思っていなかった。

 

「Dクラスを……Aクラスに上げてくれるんじゃなかったの」

 

「オレはただお前の手伝いをしていただけだ。それに、オレはこの前の体育祭でお前たちがAクラスに上がる必要最低の条件は満たしたと判断した。文句があるならこの学校のルールに則したやり方でオレを負かすんだな。もっとも……」

 

龍園と堀北の顔を見比べる。

オレなら龍園がDクラスを舐め切っている今、このタイミングを見逃すことは絶対にない。

堀北、お前はどうする?

 

「もっとも、まずはCクラスを倒してからだろうけどな」

 

「……帰るわ」

 

堀北はオレから視線を逸らして教室へと戻っていった。

龍園たちもある程度満足したようでその場を後にする。

と、手元で振動が鳴った。

メールの着信か。

それに素早く目を通す。

差出人は坂柳。

 

『放課後、ケヤキモールのカフェでお茶でもどうでしょう』

 

オレはそれに短く「分かった」と返事して、葛城と共に教室へと戻った。

これが本来の意味でのお誘いなら飛び上がるほど嬉しいんだが、まあ期待するだけ損だろうな。

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