綾小路が坂柳有栖ちゃんに一目惚れした場合   作:魅雲八雲

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船上試験で綾小路が動いたため、Aクラスは原作より100クラスポイント多く所有しています。
Dクラスは逆に100クラスポイント少ないです。



第4話 変化

真嶋先生の言う通り、授業内容はDクラスの時と大差なかった。

二時間目の授業が終わって昼休みのチャイムが鳴る。

やはりというか、AクラスにはDクラスよりも落ち着きのある生徒が多かったが、それでも気は緩むようで教室が賑やかになる。

 

「綾小路くんはお弁当ですか?」

 

前の席の坂柳が、鞄から水筒と小さなバスケットを取り出して尋ねてきた。

 

「いや、基本的に学食だ。オレは料理が得意じゃないからな。学食はコストパフォーマンスも悪くない」

 

「そうですか。私は見ての通りですので、出来るだけ教室で済ませるようにしています」

 

たしかに、坂柳は教室と学食を往復するだけでも辛そうだ。

杖をついて歩いている以上、食事を乗せたお盆だって取り巻きの誰かに持ってもらわなきゃいけないだろうしな。

坂柳はバスケットから取り出したタマゴのサンドイッチを小さな口で食べ始めた。

……明日はオレも弁当にするか。

たまにはいいだろう。

あまり見ているのも失礼なので学食に行くことにする。

 

「ん」

 

廊下を歩いていると端末にメッセージアプリの通知が来た。

坂柳からだ。

 

『料理は得意ではないとのことですが、向こうでは教わらなかったのでしょうか?』

 

誰かに見られても支障ないようにホワイトルームの名前は出ていない。

 

『オレは何でも出来る超人じゃない』

 

ホワイトルームで料理にまつわる知識も習得はしたが、実践的なことはあまりしていない。

だが「料理は科学」と聞く。

レシピと材料さえあればある程度のものは作れるはずだ。

放課後に坂柳との用事を済ませたあとは弁当用に食材を買って帰ろう。

 

食堂へと足を踏み入れる。

 

「……おい、2000万ポイント貯めた1年ってあいつだろ」

 

生徒たちの視線が一斉に集まるのを感じた。

交わされていた会話のボリュームも二段階ほど下がっている。

この調子だと落ち着いて食事も摂れなさそうだな……。

 

「おーい、綾小路! こっちこっち!」

 

どこか張りつめた雰囲気を台無しにするように、底抜けて明るい声が上がった。

見ると、遠くで池が立ち上がってぶんぶんと手を振っている。

同じ席には須藤と山内も座っていた。

こういう時に自重しないのも、ある種の才能なのかもな。

軽く嘆息して席まで移動する。

 

「池、どうした?」

 

「どうしたじゃねえよ綾小路ぃ! このこのっ! いつの間にそんなポイント貯めてたんだよー!」

 

「まあ、コツコツとな」

 

「いやコツコツってレベルじゃねえだろ」

 

須藤から突っ込みが飛んでくる。

意外にも不機嫌そうな様子ではなかった。

 

「ま、いいけどよ。おまえが鈴音から離れた今、あいつは信頼できるパートナーを求めてるはずだ。そこで俺が頼りがいのあるとこ見せてやれば……」

 

そういう考えに行きついたのか。

たしかに今の堀北には案外効果的かもしれない。

 

「あーあ、俺たちもポイントが欲しいよなあ」

 

山内のぼやきに二人が同意する。

 

「ところで綾小路……俺たち親友だよな? な!? 今月マジでピンチなんだよ~、頼む! ちょっとばかし貸して……いや、譲ってくれ! 神のお恵みを!」

 

オレに向けて手を合わせる山内。

つられて池も同じようにしてくる。

親友、か。

けどな、残念だが山内、ひとつ決定的に間違っていることがある。

今この瞬間だけ、本心で語ろう。

オレはお前を仲間だと思ったことはないし、クラスメイトとして心配したこともない。

この世は『勝つ』ことが全てだ。過程は関係ない。

どんな犠牲を払おうと構わない。最後にオレが坂柳の隣に立ってさえいればそれでいい。

お前も池も須藤も、いや、全ての人間がそのための道具でしかないんだよ。

……なんてな。

 

「あのな山内、2000万ポイント使ったオレにそんな余裕があると思ってるのか?」

 

「うっ……そうだよなあ。はあ、拝んで損したぜ……」

 

実際にはあと50万ポイントほど残高はあるが、それは言わなくて良いことだろう。

池たちの席から離れ、列に並んで日替わりを買う。

静かな場所で食べたいが、昼休みも始まったばかりということで殆どの席は埋まっていた。

仕方なく池たちと合流しようとしたところで、少々珍しい組み合わせを見かけた。

 

「平田に……幸村か」

 

「綾小路くん。よかったら一緒に食べない?」

 

平田からの誘いを受けて幸村の隣に座る。

 

「二人で何を話してたんだ?」

 

「これからのクラスのこと、そしてお前のことだ」

 

幸村はくいっと眼鏡を押し上げた。

 

「ハッキリ言って綾小路、俺はお前を侮っていた。船上試験ではその態度が露骨に出ていたかもしれない。改めて謝罪させてくれ」

 

「オレは気にしてないけどな」

 

「体育祭のあと、自分なりに考えてみたんだ。ここに入学してからは自分が不要だと切り捨ててきたものに苦しめられてばかりだ。運動能力では須藤、コミュニケーション能力では平田や櫛田……彼らの協力が無ければクラスはもっと悲惨なことになっていたと思う。これからはせめて、自分の得意な学問の分野で少しでもクラスに貢献しようと考えた」

 

「だからこうやって、今後のDクラスについて一緒に考えていたんだよ」

 

幸村は少々気恥ずかしそうにしながら食事へと戻った。

この分だと、Dクラスは思ったよりも良いクラスになるかもしれないな。

そんな予感がした。

 

「だけど残念でもあるんだ。僕は君とも一緒に、入学当初のDクラスのメンバー全員で、誰一人欠けることなくAクラスを目指したかった。言うのが遅れちゃったけど、Aクラス行きおめでとう」

 

平田は爽やかな笑顔でオレを祝福してくれた。

 

「言っておくが、オレに遠慮することはないんだぞ平田。仮にDクラスがBクラスになってAクラスと直接戦う機会を得たのなら、ほんの少しの躊躇がクラスにとっての致命傷になり得る」

 

「……お前はどっちの味方なんだ?」

 

幸村が呆れたように尋ねてきた。

オレはクラスではなく個人に執着している。

本当にどっちの味方でもないんだが、ここは無難に返しておくか。

 

「心情的にはDクラスを応援してる。思い入れもあるしな」

 

「ふん。余裕ぶっていられるのも今の内だぞ。いつかお前をAクラスから引きずり落としてみせる」

 

「引きずり落とすっていうのは物騒だけど、うん、そのくらいの気持ちで頑張るよ」

 

幸村はオレの発言を挑発として受け取ってしまったらしい。

 

「それは怖いな。――なら、念のためもう2000万ポイント貯めておくか」

 

そう冗談めかして言うと、オレたちの会話を盗み聞きしていた他の生徒たちの眼に一斉に暗い光が宿った。

新入生がたった数か月で成し遂げたクラス移動。

ひょっとして自分の知らない抜け道や裏技があるんじゃないか。

自分もあるいはAクラスに――そういった欲望に支配されている。

見ると、平田と幸村の顔も少々強張っていた。

 

「冗談だ。流石に二度目は無理だ」

 

平田は「あはは……」とぎこちない笑みを浮かべた。

が、幸村は違った。

 

「……Dクラスに協力すると決めたばかりでこんなことを訊くのは恥ずべき行いだと理解はしているんだが、教えてくれ。俺が2000万ポイントを貯めることは不可能だと思うか?」

 

「お前が不可能だってワケじゃなく、あと数年は誰にも出来ないと思うぞ」

 

オレが告げると、幸村は小さく息を吐いて「そうか」と呟いた。

切り替えに成功したようで、その顔に悔いは残っていない。

素直にクラスポイントで上を目指す決意が固まったようだ。

 

「それは、今後この学校が大量のプライベートポイントの移動が行われにくくなる膠着状態に陥るから……で合ってるかな」

 

平田の発言に頷く。

やはりこの男は賢い。

オレが短期間でクラス移動を成し遂げたことで、多くの人間は自分もその可能性を追おうとするだろう。

おそらく今後行われる特別試験ではクラスポイントを犠牲にプライベートポイントを得ようとする動きが活発になるはずだ。

だが、全校生徒の所有するプライベートポイントには限度がある。

一つのケーキを百人で分け合おうとすれば当然一人あたりの取り分は少なくなる。

そういうことだ。

オレが実行に踏み切ったのは、未だに個人のクラス移動が達成されておらず、生徒たちが心のどこかでそれを諦めていたからこそでもある。

まともに2000万ポイントを貯めようとしている人間が限りなく少なかったからこそケーキの大部分を総取りできた。

難易度の高さに逆に救われた形だな。

 

 

 

放課後。

坂柳の席に取り巻きが集まってきた。

やはり「カフェでお茶でも」というのは二人きりというわけではなかったらしい。

まだ立ち位置のあやふやなオレはあまり一緒に行動しない方がいいか。

そう判断して先にケヤキモールへと赴く。

カフェで店員に事情を話してテーブルを確保してもらった。

コーヒーを飲みながらしばらく端末でニュースサイトを眺めていると、坂柳が姿を見せた。

先ほどの取り巻きたちは二人だけになっていた。

オレとの対談に合わせてメンバーの選抜でもしてきたか。

 

「席を確保してくれていたのですか? ありがとうございます」

 

対面に坂柳が座る。

オレの左隣に男が腰を降ろし、坂柳の隣には体育祭の日にオレを呼びに来た女子生徒が座った。

合コンみたいだな。

参加したことはないが。

それぞれの注文を聞いた男がカウンターへと向かい、三人分の飲み物をトレイに乗せて運んで戻ってくる。

 

「まずは自己紹介からですかね。私は坂柳有栖です。自分からこう名乗るのは少々気恥ずかしいですが、Aクラスでは葛城くんと共にリーダーのような立場にあります」

 

少しも恥ずかしがらずに、むしろ堂々とそう言って、坂柳はぺこりと軽く一礼した。

 

「こちらの二人は私が特に信頼を寄せている仲間です。綾小路くんにも紹介しておきたいと思いまして」

 

「ふん……信頼を寄せている仲間、ね」

 

坂柳の隣でなぜか苦々しくそう呟く女子生徒。

 

「……神室真澄よ。まさかあの時はあなたがAクラスに来るとは思ってもみなかった」

 

「まあ確かに、普通は有り得ないわな」

 

俺の隣の男子生徒が楽しげに微笑む。

 

「橋本正義だ。困ったことがあったら頼ってくれ。うちのボスはおっかないからな」

 

金髪にピアスとどこか軽そうな出で立ちだが、意外と話しやすそうな印象だ。

 

「お話を切り出す前に……綾小路くん、このグループチャットに参加してもらっても良いですか?」

 

坂柳からの招待を受け、参加する。

メンバーはこの場に居る坂柳、神室、橋本とオレだけだ。

わざわざこのために作ったのだろうか。

 

「さて。こうして集まってもらった理由なのですが、今日の授業で少々分からなかったところがありまして」

 

坂柳は端末を操作しながら困り顔を作ってそう言ってきた。

同時にチャットにメッセージが投下される。

 

坂柳有栖『ここできちんと確認しておきたいのですが、綾小路くんはどちらの派閥につくおつもりですか?』

 

なるほど、そういう趣旨か。

 

「元Dクラスのオレが力になれるかは怪しいが、とりあえず話は聞こう」

 

綾小路清隆『オレは派閥争いに興味はない』

綾小路清隆『が、強いてどちらかにつけと言われたら坂柳の派閥だな』

 

うわべでは何気ない日常的な会話を交わしつつ、グループチャットでは腹を探り合う。

 

橋本正義『何度か葛城と話しているのを見たことがあるが』

橋本正義『全く関わりのなかったこっち側につくっていうのは』

橋本正義『どういう心境なんだ?』

 

綾小路清隆『単純に性格の問題だ』

綾小路清隆『2000万ポイントでAクラスに来たのを見て分かる通り』

綾小路清隆『オレはどちらかといえば積極的に仕掛けるタイプだからな』

 

神室真澄『そもそも』

神室真澄『どうしてこの段階でAクラスに来たの』

神室真澄『葛城に話してた理由は本心じゃないでしょ』

 

綾小路清隆『2000万ポイントっていう目標を達成した瞬間』

綾小路清隆『残りの学生生活がとても退屈なものに思えてな』

綾小路清隆『坂柳、あんたなら分かるだろ?』

 

坂柳有栖『そうですね』

坂柳有栖『腑に落ちない点もありますが』

坂柳有栖『ひとまずはそれで納得しておきましょう』

 

綾小路清隆『ただ』

綾小路清隆『オレは葛城への攻撃に加担しない』

綾小路清隆『あいつとは良い関係のままでいたいからな』

 

神室真澄『それはどうなの?』

 

坂柳有栖『かまいませんよ』

坂柳有栖『私は葛城くんを再起不能になるまで』

坂柳有栖『叩きのめしたいわけじゃありません』

坂柳有栖『ほどほどに楽しめればそれでいいので』

 

橋本正義『じゃ、決まりだな』

橋本正義『歓迎するぜ綾小路』

橋本正義『それより訊きたかったんだが』

橋本正義『どうやってあんな額を集めたんだ』

 

綾小路清隆『悪いがそれは教えられないな』

 

その後、他クラスの耳に入れられないような話……Aクラスの現状や今後の方針などについて軽く議論を交わした。

 

坂柳有栖『では、これくらいでお開きとしましょう』

坂柳有栖『このグループは削除しておきますので』

 

オレたちは顔を上げた。

 

「大変参考になりました。今後ともぜひよろしくお願いしますね」

 

「ああ」

 

端末に目を落とすと先ほどまで会話していたグループは既に削除されていた。

その場の流れで神室と橋本の連絡先もゲットし、全員が一息ついたところで今日は解散となった。

 

「私は用時があるからこれで」

 

「オレもだ」

 

「そうですか。では行きましょうか橋本くん」

 

「はいはい」

 

オレは遠ざかる二人の背中を見つめた。

橋本はまあイケメンの類だろう。

坂柳の可愛らしさは言わずもがな。

今まで経験したことのない、よく分からない感情に支配される。

 

「妬いてるのね」

 

神室はそう言って歩き出した。

スーパーの方向だったのでオレも後を追う。

 

「妬いてる? オレが?」

 

「あんたのことを観察してて分かったわ。坂柳のこと好きでしょ」

 

「……そんなことはないぞ」

 

「うまく隠してるつもりかもしれないけどそのうちボロが出そうね。Aクラスに来たのも案外坂柳が目当てだったり?」

 

「どう解釈するのもお前の勝手だが、妄想を拡散するのはやめてもらいたい」

 

神室はオレの言葉を待っていたとばかりに持ちかけてきた。

 

「……私も自由に動かせるプライベートポイントが欲しいのよね。多く有るに越したことはないでしょ?」

 

「オレにその手伝いをしろと?」

 

「どう解釈するのもあんたの勝手だけどね」

 

「取引のつもりか? そもそもが事実無根のデマだ。契約書は作らない」

 

「協力してくれるって態度だけで充分よ。今はね」

 

神室は遠ざかっていく橋本と坂柳の背中を振り返る。

 

「あいつらは別にそういう仲じゃないわ。橋本は坂柳を利用するために弱みを握りたいだけだと思う」

 

「興味ないな」

 

心の中では少なからず安堵する自分がいた。

 

「ちなみにお前はどうなんだ。お前も橋本と同じか?」

 

「私は……いいように利用されてるだけよ」

 

利用?

それこそ坂柳に弱みでも握られているのか。

ポイントが欲しいという話もそこに結びついているのかもしれない。

 

「……協力の件、少し考えさせてくれ」

 

「分かったわ」

 

神室と途中で別れ、スーパーで買い物を済ませる。

やはり道中いくつもの視線を向けられたり、陰口のような話し声が聞こえてくることもあった。

一瞬だけこの学校の全てを蹴散らして破壊する夢想に憑りつかれる。

が、オレが欲しているのは力を存分に振るう機会ではなく坂柳との楽しい学校生活だ。

甘んじて受け入れるしかない。

そういえば、近々この学校も生徒会長が変わるらしい。

堀北兄は、堀北の傍を離れたオレをどう思っているんだろうな。

オレはこれからのことに関して思いを巡らせつつ帰路についた。

 




「なあ坂柳、今日も弁当か?」
「え? ああ、はい。弁当というかサンドイッチですが」
「実は昨日、坂柳に言われて弁当を作ってみようと思ってな。だが料理は本当に不慣れですこし多く作ってしまったんだ。よければ一緒に食べないか?」
「これは……炒飯に麻婆豆腐に青椒肉絲……中華料理ですね」
「何を作ればいいか分からなかったが、世界三大料理でも作りやすい中華なら間違いはないだろうと考えた。味見もしてみたが、結構いけると思う」
「あの、お気持ちは大変嬉しいです……。その、申し上げにくいのですが、私は油の多い料理はあまり……」
「え………………………………」
「だからどうか私に遠慮なさらず召し上がってください」
「そ、そうか……悪かったな。変な気を遣わせて」
「おい綾小路、せっかくだから学食で一緒にメシでも…………なんで中華?」
「橋本。食べるのに協力してくれないか……」
「まあタダってんなら断る理由は無いな。しかし、結構な量だな」
「初心者だから分量が分からなくてな……」
「……やけに良い匂いがすると思ったら、あんた料理できたのね」
「神室。お前も食べるか?」
「そう? じゃあ……遠慮なく」
「おい……コレ美味すぎるだろ。お前店開けるぞ」
「ほんと。これで初心者って嘘でしょ。料理の練習するのが馬鹿らしくなってきた」
「……あの、綾小路くん。私も少しだけ食べてみてもよろしいでしょうか」
「遠慮しないでくれ。もともとそのつもりだ」
「はい、では……ん」
「どうだ」
「……とても美味しいです。流石ですね」

近くの机も借り、四人で昼飯を食べる。
他愛もない話で思いのほか盛り上がった。

「……ふふっ」

いつも好戦的な笑みを浮かべる坂柳の、自然に笑う姿を初めて見ることができた気がする。
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