TSしまりん日和   作:さゑら

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登場人物

志摩リン(男)
・ソロキャンプ大好き男子高校生
・一人称は『俺』



第1話

『梱包されたライヒスターク』という作品がある。

 

 その名の通り、ライヒスタークというドイツの議事堂を完璧にポリプロピレン製の布で包んでしまうという、インスタレーションのような作品だ。

 この世界に存在する具体的なものを、あえて布で包み抽象化することで、より具体化す(きわだたせ)るその作品は、僅か二週間の公開にもかかわらず約五百万人を動員したという。その話を初めて爺ちゃんから聞いた時、俺はまだ幼かったこともあり、その作品に込められた政治的意図はよく理解できなかったけれど、幼いなりにその大きな数が示す凄さくらいは理解できた。

 

 だって、五百万だ。山梨県民の数の4倍の、更に更に上だ。

 母さんや父さんや、近所のおばさんとそれに爺ちゃんが四人ずついたってそれでもまだ足りない。そんな数なのだ。

 たった一つの建物を包むだけでそんなにもの人を集めてしまうなんて、到底自分には理解できない現象だ。……けど、まあ。周りより浮いた何かに引き寄せられるのは分からなくもなかった。

 

 例えば、そう──。

 

「……ふぅ、まあこんなもんだな」

 

 呟いて、手を止める。

 枝を縦に横にと裁いていた手を止める。

 (あぶく)のように浮かんでは消える取り留めのない思考の末に、俺の前には小さな山積みとなった薪ができていた。

 

 じわり、とおでこに浮かんだ汗を拭い、同じ体勢をとっていたせいですっかり固まってしまった腰に手を当てのばす。関節から軽妙な音が鳴る。

 今回の様に無料で薪をかき集めるのと、はたまた有料で薪を決められた場所から取ってくるのとどちらが良いのか。学生の身分としては当然コスパの良い前者に傾くのだが、現在進行形で襲いくる腰の痛みを加味するとその天秤も首を反対方向に傾きそうな気がしてきた。

 ぐぐっと腰を伸ばせば小気味良い音がもう一度自分の中で響く。

 

「ええと、『例えば、そう──』なんだっけ?」

 

 体を横に上に伸ばしつつ休憩がてら、先の思考を進めようとする。が、どうも忘れてしまったようで続きが思い出せない。

 

「……まあいいか」

 

 暫く考えてもみたが、結局後に続くフレーズが出てこなかったのでまたドツボにハマる前にキッパリと諦めることにした。

 

「火を点け──いや、その前にトイレだな」

 

 手に取った着火剤(マツボックリ)を地面に置き、俺は近くに置いておいたタオルを手に取る。汗を拭うためのタオルだけれど、気温の低さも手伝って、あまり使っていないからこの際お手拭きとしても使用する。自分の他にキャンパーもいないのだが、念のため貴重品を整理した後、改めて俺はキャンプ地を出発した。

 

 ソロキャンプに行くようになって以来、どうも独り言が増えていけない。

 

 公衆便所への中途、ガサガサと雑草を掻き分け、ガチャガチャと小石を踏みつけながらふと思う。

 ワザワザ人の少ない冬キャンプを狙っている時点で、その素養は備わっていたと言わざるをえないのだけれど、最近は輪にかけて酷い。キャンプ中ならまだしも、例えば、学校でも斎藤みたいな友達がいないのにも関わらず、空に向かって話しかけてしまうなんてのも最近では珍しくない出来事になってきている。

 

「キャンプ地とトイレが遠いってのも考えものだよなぁ」

 

 なんて。そう考えている側から独り言をしてしまうのだから、自分のことながら手に負えない。肩にかけたタオルの存在を再度確認し(トイレに入る前の癖だ)、数刻ぶりに見るコンクリートに足を踏み入れようとした。すると、

 

「──あっ」

 

 と、つい目がいった。

 

「まだいたのか……」

 

 そして呆れて声が出た。

 自分の目線のその先。そこには桃色の髪の女の子が無防備に寝ていたのだ。

 気持ち良さそうに。

 それはもう、雲の上で寝ているかのような安らかな表情だった。

 

「俺がさっき来た時にはもう居たはずだから、かれこれ三時間……おいおい、ひょっとしたら風邪引くんじゃないのか、コレ」

 

 気温は低く日中にも関わらず五度を下回っている。ひょっとしたらどころではなく、普通に風邪引くレベルだった。起こしてやろうかとも思ったが、しかし、近くに自転車も見えることだし流石に夕方までには眼を覚ますだろうと勝手に結論付け、トイレへ急ぐことにした。

 要は、見て見ないフリだった。お得意の。

 覆う日が眩しい昼下がりだし、なんて言い訳付けて。

 ややあって。

 

 事を済ませてキャンプ地にて遂に火を起こす。跳ねた火の粉が本や服にかかるのが嫌だったが仕方あるまい、この暖かさには勝てるまい。

 

「あったけぇ」

 

 ファイアグリル・井桁型・逆ピラミッド。最近ではワイヤー型なんかも。

 火の粉をそこまで気にせず焚き火をする方法として上記のような焚き火台を使う選択時もあるが、俺はやはり地べたに直置きした焚き火が好き。そこらへんで拾ったマツボックリを着火剤にして、そこらへんで拾った薪で火を焚く。そのラフさが他になく好きだった。多分、爺ちゃんと初めて行ったキャンプの記憶がその好みを形成したのだろうが、その過去も含めて俺はこの方法を気に入っていたのだ。

 

 パチパチと木の中で水蒸気爆発が起こる音がシャボン玉を俺に想起させる。

 遂には、ふぅと溜息すら出た。

 

「あー、あいつ。大丈夫だろうな……」

 

 暖かい環境になって周りを心配する余裕が生まれ、つい桃髪の女の子を思い出す。小柄だから冷えやすそう、だとかありえないとは思うが暴漢に襲われてはいないだろうか、だとか。普段は他人を気にしないせいか一旦こうやって気にすると、とことん気になってしまう。斎藤はそんな俺のことを『お人好し』といっていたが多分、どちらかというと『一人がち』な『一人勝手』の方が正しいのだろう。

 なんつーか、そう。偽善。

 

「まあ、帰っただろ」

 

 みたいに適当な勘で目をそらしてそう思ってしまう辺りが、本当に。

 なんとなく手に取って家から持ってきた『知っておきたい』シリーズの世界7大宗教編も読み終わり、今月のカルヴィも読み終わってしまった。こうなるとソロキャンプは暇を極めるのだがここでスマホを手に取るのというのはどうも味気ない。かといって周りを探索するにも、このキャンプ場は行きつけの場所なのでし尽くした感がある。

 暇を持て余しすぎたソロキャンパーはそこでどうするか。

 

「飯を作ろう」

 

 となるのだった。

 キャンプ飯、といえば少し前にブームが来たような気がする。そんなことを考えながら湯を沸かす。木のボウルにサラダを盛り付け、エスニック柄のランチョマットの上にニトスキで焼いたステーキを乗せる。そんなオシャレ飯が一時期流行っていた。

 しかし残念、自分の荷物に入っているのはコンソメスープの素とカップ麺一個のみ。ザ、男飯だ。色気も味気もあったものではない、もはや家で作れよと突っ込みたくなるくらいのお手軽さである。

 

 カップ麺は夕ご飯なので、軽食のスープを作る。

 水が湯立ってからスープの素を入れるとかなんとかパッケージの裏面には書いてあった気がするが、まあめんどくさいので冷水状態の時に粉末を入れてしまう。この方が熱い蒸気に触れる必要もなくなるし、粉が対流に沿って動く様子が楽しめる。完全に時間をドブに捨てるような観察だが、これが中々何回見ても楽しめるのだ。ボレロの小太鼓奏者を延々と映し続ける映画だとか、色々なものを潰すだけの映像だとかと同じ類の楽しみがあるのだ。

 

 サーっと粉末を入れ、バーナーで熱する。

 

 ぷくぷくと泡が立ち始め、くつくつと泡が小さく激しくなり、ぷぽぷぽと沸騰する。

 

 かち、と捻って火を止め自然の寒さに任せて適温にする。

 そして、一口啜り、

 

「あつ。うま」

 

 コンソメスープはそんな感じのアレだった。

 最高。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 ウツラウツラと意識と頭が舟を漕ぐ。

 焚き火をしながら寝落ちることはキャンパーの禁忌だと知っていても抗えない。焚き火だけでなく厚着の保温性も相まって、布団に包まれているかのような安心感とぬくっこさが俺を眠りの海へと誘ってくる。

 暖かい、温かい、あたたかい。

 ん? 

 ちょっと冷やっとする? いや、冷やっとし続けてる? 

 冷やっと? 

 そうじゃない。

 寒い。え? さむっ! 

 

「はっ!」

 

 す──っと足元に入り込む冷気で目が覚める。

 気付けば周りは暗くなっていた。手元で光るランタンと夜空で煌めく星々だけが自分の頰を照らしている。

 

「焚き火……消えてる」

 

 冷気の原因はこれか……ってそうじゃない。

 

 ランタンの明かりを頼りに体を起き上がらせ、地面に落ちてしまっていた本(意識を失う前の最後の記憶で俺はこの本を読み返していた)を拾い上げる。

 スマホをつけ、時計を見る。どうやら二時間くらい寝てしまって居たようだ。これではあの女の子を笑えないな。

 ウツラウツラして薪の供給を怠けているうちに燃え切っていたようだ。土が見える地面で燃やしていたとはいえ、気付いたら山火事だった、なんてことになっていたらと思うと背筋に冷たい汗が通る。

 ぶるっとシバリングが起きる。

 寒さから──いや。

 

「……トイレ」

 

 コンソメスープが原因。しかも結構近い。

 内股気味にこそこそトイレへ向かう。ペグでつまづくなどのアクシデントに見舞われつつも急足で。

 あんまり呑気なことを考えている余裕はないのだが、ランタンを片手に森を歩く気分はさながら13日の金曜日の様な殺人鬼だ。まあ、13日の金曜日にそんなシーンがあるのかは知らないけど。ホラーとか、怖いし。急に人とかが出てくるびっくり系も雰囲気自体で怖がらせる和ホラーも苦手な人からしたらそう大差ないと思うのは俺だけじゃないはず。

 

 夢気分が抜けきらないこともありどうでもよいことも頭をよぎったりもしたが、それでもなんとかたどたどしい歩調ながらにトイレを済ませた。

 そして、そこで、ようやく目が覚めて来た。

 

「そういえば……」

 

 桃色の女の子を思い出す。

 彼女はどうしたのだろうか。トイレに入る前に気にならなかったということは、もう帰ったのだろうか。

 念のため辺りを見回す。駐車場、道、草むら、建物の陰。

 

「居ないな」

 

 まあ、そりゃそうか。

 この時間になれば気温は氷点下に近くなるし、そうでなくとも急激な明度の変化に自然と目も覚めるというものだ。自分は寝て居たけれど、それだって元々泊まるつもりだったからというのもあってのものだし。

 しかし、気になるのはこんな所まで何しに来たのだろうかということだ。しかもあんな軽装備で。富士山見学? いや、毎日観れるものをわざわざこんな日に来るとは思えない。んじゃあキャンプ道具を忘れたキャンパーだったとか? それこそ考えられないというものだ。

 

「いや、別にどうでもいいか」

 

 誰にも聞かれることもないのに、俺は誤魔化すようにひとりごつ。

 そして、なにを誤魔化すわけでもないのに、更に、口早に、

 

「……それにしても、夜富士、か」

 

 と一人口を開いた。

 辺りを見回したその拍子に富士と月、それと池がキャンプ地全体に包括的な空間を作り出しているのが目に入る。そして、なんの拍子か、ここになってようやっと思い出す。

『例えば、そう──』の続きを。

 

 そう、例えるなら、それは、この景色の様に。

 

 この富士の様に。

 

 図らずとも浮いたモノが人を惹きつける、その事実は理解できる。

 俺はかつて、そう思ったのだ。

 

「……戻るか」

 

 そして、カップ麺を食べよう。

 そう思って俺が体を振り向かせた、その時だった。

 

「……」

「……」

 

 視界いっぱいに広がったビビッドな服装と淡いピンク色。

 涙目で体を震わせ自転車を持つ──女の子。

 

「ひ、ひひひ、人。人だぁ……!!」

 

 下手なホラー映画のシリアルキラーのような台詞回しだった。

 後に知る、『各務原なでしこ』という名乗る女の子との初邂逅。

 とてもじゃないが、印象は良くはない。

 

 俺は男らしくもなく叫んで逃げようとしたし、彼女も彼女で乙女らしくもなく縋りついて来た。

 しかし、なぜだろうか。俺はこの時すでにある予感を抱いていたのだ。本当に不思議な、

 

 これは、何か新しい出会いになるかもしれない──だなんて、そんならしくない予感を。

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