TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩りん
・時給八百円。都会に比べて安いのは田舎独自の文化。物価はさほど変わらんのにね。

大垣千明
・時給八百五十円。力仕事が多い。女だから容赦してくれと頼んだら店長に鼻で笑われた。


第10話

「ところで、君はカワイイとカワイソウという言葉の漢字を知っているかね?」

「え、いきなりなんの話ですか? 教授」

 いつもの推理パートが始まるからと僕が油断していると、教授はいきなりトンチンカンなことを言い出した。教授がトンチンカンなことを言い出すのはいつものことではあったが(そもそも、彼の生態からしてトンデモであることは明白だ!)まさか、死体と容疑者を前にしてまでこんなことを言い出すとは思わなかった。

 教授はそんな僕の戸惑いは御構い無しに「さあ」と返答を要求する──床に伏せったタキシード姿の死体を前にして。

「いいから」

「……はい。わかりました……ええと、(ゆる)せる愛らしさで可愛い。可せる哀しさで可哀そうですよね?」

「正確にはそれを想って可哀想、だ。さて、この二つの言葉は『顔映える』という同じ語源を持ちつつも違う当て字を受けた一つ例なのだが、しかし。見方によっては可愛いのほうは中国語の可愛から来たとも言える」

「は、はぁ」

「つまり、可愛い人とは顔映えると断定されており、可哀想な人は顔映えそうと一歩及ばない感じなのだ」

 なにが、つまりなのだろうか。前後の繋がりがメチャクチャだ。語源の話はどこにいったのだ。

 首を傾げるも凡庸な自分の脳みそでは答えは出ない。

 どうせ、教授の摩訶不思議な思考の内へと消えていってしまったのだろうけど。

 僕はそう自分に思い込ませた。

「それは、まあ言われてみればたしかにそうですけど。ですが、教授。今ばかりはそんな話をしている場合では──」

「して、助手よ、凡人たる我が助手よ。かつてヨーロッパの詩人はこういったという」

「うがあああああっ。いいから推理して下さいよ!」

 まだ続くのか。容疑者も呆れて構えた包丁を解いてるよ。

「ふむ……それは私の崇高なる含蓄よりも価値があるものかね? たった数日も残らない話題にしかなり得ないのではないかな?」

「なんという爆弾発言っ」

「爆弾発言と言えば、かの有名な──

 

 ー・ー・ー

 

 

「……なんだ、この小説」

 

 ひさびさにトンデモナイ小説(もの)を引き当ててしまった。作者は小説を自分の雑学ボックスと勘違いしてるのだろうか。というかこの小説、残り10ページ程しかないけど収拾つくのか? 

 え、上下巻構成なの? 

 ……そうなんだ。

 パタン、と手のひらサイズのその本をカウンターに置いて、俺は頬杖をついた。

 

 武田書店。

 

 よくある街のよくある個人経営の書店で、その間取りや内装もよくあるもので、長細い空間に本棚の島が一つあるというもの。

 そんなよくある書店に俺は、よくある理由でバイトに来ていた。

『バイトに来た』なんて改めて言うと、なんだか当たり前のことをかしこまって言うような新鮮味があると思う位にはルーチンワークになって久しい週数回のバイト。とくに目新しいこともなく、俺はカウンターで本を読み時折立ち読み客を眺めて過ごす。

 ペラペラ、と音はするものの客人も俺もあんまり動かない。こうも視覚情報に変化がないと、なんだか視界と聴覚にズレが起きてだんだんと時空が歪んでくるなあ。

 

「……これ、お願いします」

「はい、三点で2250円です」

 

 そのせいか、前に接客した客とこの客との差がわずか数分足らずに思えるから不思議である。実際の間隔はゆうに30分を超えるというのに。

 三冊の雑誌と本を袋に詰めてお客さんに渡すと、その客と入れ違えるようにチリンチリーン、と音を鳴らして別の客が入店して来た。

 これで店内にいる全員が三冊ずつ本を買ってくれたならうちは大儲かりで時給も上がりそうなものなんだけど、そんなことあるはずもなく『そんなわけない』というようにその客も雑誌コーナーへ行き、今日発売の漫画雑誌を読み始めた。きっと金を落とさないタイプの客である。

 自分も店の本をカウンターに持ち出しているから、あんまり人のことはいえないのだけれど。

 そう思い、手元の本に目を向けるけれど、再度この本を開く気にもならずやはり俺は頬杖をつくのだった。

 

「……あれ? しまりんじゃん」

「──大垣、だよな」

 

 予想外の来店者が現れる。

 ふと声をかけてきたのは、大垣千明。たしか、なでしこの参加してるサークルメンバーでデコを出してる眼鏡女子だ。

 

「しまりん、ここでバイトしてたのか」

「……なんで、平然とカウンターの方に入ってくるんだ」

 

 店主は基本的にいないから別にいいけど、それはそれとして一声くらいかけてほしいものだ。戸惑う俺をよそに、大垣はカウンターの奥に放置されていたパイプ椅子をガタガタっと引っ張って来て、そこに腰をかける。そして彼女は、ここでようやく「お邪魔します」と言って屈託のない笑みを浮かべた。

 

「いや、お邪魔するなよ。図々しいやつめ」

「いいじゃんかよー、しまりんとあたしの仲だろ?」

「それってつまり、顔合わせ3回目の仲じゃん」

 

 その仲って、まだ声かけるかどうかすら浮かんでない、そういえばこんな奴いたなー、くらいの時期だろ。何を平然とプライベートスペースぶち抜いて来てんだ、コイツは。

 なでしこに影響でもされたのだろうか。いや、類は友を呼ぶというし、生来の性格なんだろう。

 

「まあまあ……しかし、本屋でバイトとはこれまた想像がつきやすい──って、あれ? ん? ちょっと待てよ?」

「あ?」

「となると、しまりんは学校では教室と図書館で本を読んで、バイトでは書店で読んで、キャンプでも本を読んでるってことになるのか? どんだけ本好きだよ!」

「急になんだよ、あと声でかい」

「いやな。しまりんって斉藤と話してるか本読んでるイメージしかなかったからさ」

「……だからなんだよ」

「どんだけ本好きなのか気になりました、はい」

 

 こんだけ踏み込んで来て置いて、聞くことはそんなお見合いみたいなことなのか。俺は呆れたような目で見ると、大垣は「しょーがねーだろー」と口を尖らせた。カタカタリ、と彼女が前後に揺れるのに合わせてパイプ椅子の足がタップを奏でる。

 

「男子と話す話題なんてそんなにないし。つーか、男子と話すことなんて普通そんなにないだろ?!」

「知らんよ。性格的に男友だちとか多そうな気もするけど」

「あたし、内弁慶だから」

「内弁慶がそれを自分で言うのか。さりげなく俺を内認定してるし……」

 

 それとも、それを話すってことは、大垣にとって俺はまだ、外にいるってことなんだろうか。……だとしたら是非、そのままでいて欲しいところだが。

 客が近づいてくるのか見えたので、俺はちょっと待ってて、と断りを入れて相手接客することにする。

 客は隣町の制服を着た男子高校生。髪の毛と眉毛をしっかり整えていることから、買うのは今日発売のファッション雑誌かと予想を立てる。しかしそうして、手渡されたのは昨日発売の大人気ライトノベル。昨日今日で20回以上もレジの相手をした顔なじみのタイトルだ。

(これで予想は7勝3敗か……)なんて一人トトカルチョを済ませながら会計を行う。

 事務所手続きのようなやり取りを終えて隣にいる大垣の方へ向き直ると彼女はパチクリ、とさも意外そうな顔でまばたきしていた。俺はその表情になんとなく嫌な予感を感じる。

 

「なんだよ。今度は『接客できたのか』とか言うのか?」

 

 前に俺が言葉を発しただけで驚いたこと、実は少し根に持っているんだからな。

 

「しまりんって笑えたんだな、って」

「そこからかよ」

 

 話さない、笑えない、って大垣の中の俺のイメージは一体どうなってんだよ。誤解の根が深くて、男扱いされているかはどうか以前に、そもそも人間扱いしてるのかが気になるぞ、おい。

 

「けど、しまりんって、斉藤と話してる時でさえ表情あんま動いてないし」

「そうだっけ? そこそこ笑ったりしてると思うけど」

「んー……っていっても、あたしがしまりんと斉藤の談笑をしっかり見たのは図書館が初めてだからなんとも言えないけど」

「図書館……あぁ、あの時」

 

 なでしこが窓に激突した日か。

 

「──野外活動同好サークル、だっけ? 大垣たちがやってるサークルって」

「おう! まぁ、まだ一回もキャンプとかしてないんだけどな」

「野外活動なら別にキャンプじゃなくてもいいんじゃない? 例えば釣りとかも野外活動だろ? そういうのもしないの?」

「いやぁ、そもそも寄り道に逸れられる程お金がないんだよ。そもそも野外活動サークルはキャンプしたいっつうことで今年にイヌ子と立ち上げたサークルだしな」

「あぁ、なるほど」

「だから最近バイトも始めたっ」

 

 鼻の下をこすって彼女はドヤ顔をした。

 そう威張ることでもないし、なんだったら今俺がやってるが、特にそれを口に出すことはしなかった。その代わりにしばらくじっとそれを見ていると彼女は照れたように「そういや」と、大げさに手を振って言う。

 

「前に聞きそびれたけど、本当にしまりんと斉藤って付き合ってないのか?」

「ないよ」

「早っ! 質疑応答のテンポが会話のそれを超えているだと!?」

 

 大垣の顔が急に俗っぽくなったから多分こう言う質問が来るんだろうなぁ、と半ば呆れ気味に予想していただけだ。

 それになんだか知らないが、ここ数日で幾度とされるようになったこの手の質問に、俺はいつのまにか反射的に応えられるようになっていた。

 

「というか」

「なんだ?」

「話は戻すけど、釣りとかもしないっていうならさ。野外活動サークルって普段なにやってんの?」

「校庭の落ち葉を掃いて燃やしたり、段ボールで部員を梱包したりしてるな」

「ツッコミ待ち?」

「あと、饅頭食ったりも」

「……ツッコまないからな」

「えー」

 

 よく同好会申請書が通ったな。

 確か、同好会設立には書類検査、教師承認、生徒会承認、職員会議通過とか色々面倒な手続きが必要なはず。その上設立後数ヶ月は適性審査が定期的に行われるとも聞いたが……。

 いや、ほんとに。よく同好会として続いてるなあ。犬山辺りに凄い皺寄せが行ってそうだ。

 

「つーかよ、しまりん。そんなに我がサークルについて聞くってことはよー、遂に加入について考え始めてくれたのかよー?」

「考え始めてねえな」

「ねえか」

「うん」

 

 バツが悪そうに大垣は頰をかく。

 多分、俺との距離を計りかねてるんだろうなぁ、なんて思いつつも俺は何も言わない。別に意地悪をしているわけでも俺の性格が悪いというわけでもない。

 俺も計りかねているってだけの話。

 大垣は斉藤みたいに飄々としているわけでもないし、なでしこのようにこちらに構わずグイグイと来るわけでもない。

 よく言えば常識的で、悪く言えばしり込みをする。

 俺と同じタイプなのだ。

 表面的な性格はどうも違うようだが。

 そこが相入れないし、どこか同族嫌悪。

 

「……んで、大垣は何の用事だったんだ?」

「えっとな、今日発売のアウトドア系の雑誌がどこにも置いてなくて……あっ、それはサークルで金出しあって買ってるやつなんだけど」

「金出しあってるかどうかは分からんが、今日発売でソレ系の雑誌っていったら……っと、コレか?」

「そ、そう! それだよ。よかったー。いやー、イヌ子に見栄張っちゃって明日の朝までに持ってきてやる! とか言っちゃってたんだよな!」

「ふうん。まぁ、コレ。俺が買った最後の一冊だけどね」

「うがああああああっ!」

 

 大垣は頭を抑えてエビのように背中をそらせた。

 

「急にそんな面白いリアクションするなよ……冗談だから」

 

 うがあああああっ! って。今時マンガでも見ない表現だろ……と思ったがそういえばさっき読んでた作家の小説でもあったな。

 

「ん? どうした? そんな微妙な顔して」

「い、いや。なんでもない」

「んじゃ、それ買うからお会計よろしく」

「向こうの棚にあるから持ってこいよ」

「えー、メンドいしそれでいいよ」

 

 そうするとこっちのレジ処理が面倒なんだが、まぁ上手く誤魔化せばいいか……。

 大垣から金を受け取り、俺はカウンターを立つことなく雑誌を袋に詰めた。この雑誌は本屋特有の平べったい袋にぴったり収まるからなんとなく気持ちがいい。

「ほら」と、なげて渡すと、「店員っぽく」とダメ出しをくらったので「お品物です」と差し出す。なんか爆笑された。

「似合わねー」とのことだ。

 大きなお世話だ。

 

「帰れ」

「機嫌を損ないすぎだろ……ジトって見るなって、言われなくても帰るから──お饅頭でも食いながらな!」

「別に羨ましくないから」

 

 しょうもないことを自慢げに言うなって。

 

「へーへー。……あっそうだ」

「……なんだよ」

 

 店の扉に手をかけた大垣は悪どいことを思いついた斉藤と同じような表情を浮かべた。そして、一言こう言い捨てて、書店から去っていった。俺の言葉を待つことなく。

 

「こんどなでしこがしまりんとお泊りキャンプするっていってたぞ」

 

 ……何その話?


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