TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩りん
・肖像画をいただいた。あらすじに飾ってありますので、忌避感のない方はカッコかわいいしまりんを見てみてください。
・昼食→朝食→夕食の順でよく食べる。

斎藤恵那
・絵をよく見ると、彼女もいる。
・間食をよく食べる。


第11話

【りんー、来たよー】

【うい。鍵空いてるから勝手に入ってきて】

【りょーかい】

 

 

「……インターホン鳴らせばいいのに」

 

 スマホの通話終了のボタンを押し、部屋をぐるっと一周見渡した後、俺はそう呟いた。

 10月9日。日曜日のわりかし早い時間。

 いつもならバイトなりキャンプなりと何かしらの予定が詰まっているのだが、今日は親が遠くへ買い物に行くということもあり、俺はお留守番のため家にいた。

 階下からトタトタ、と階段を上る音が聞こえるのを背に、部屋が散らかってないことを再度確認する。

 そして、ガチャリと真後ろでドアノブが建てた音を合図に振り向く。

 

「はよっ、リン」

「おはよ」

 

 視線のその先には、ボンボンのついた赤い帽子にふかふかの黒いダウンと濃いめのジーンズを着こなした斉藤がいた、ひょこっと扉から顔を出して。そのまま軽い挨拶をすませると、彼女は「さむさむー」と言いつつ慣れた調子で俺の部屋に上り込む。

 

「……? どうしたの、こっち見て」

「いや、もう10月かー、と」

「こんなぬくぬくの部屋の中で薄っぺらいスウェットの人がそれを言っていると思うと、なんだか黒いモノが湧くなぁ。ならさ、そう思うならさ。もっとそんな寒い中歩いて来た私をもっと労ってよね」

「ははー」

 

 こうべを垂れる。ほぼ寝巻きで申し訳ない。

 

「うむうむ、くるしゅうない……って、あれ? そういえば今日リンのお母さんとお父さんは?」

「おでかけ。買い物ついでにじいちゃんと昼ごはん食べてくるって」

「へー、リンっておじいちゃんっ子なのに、行かなくてよかったの?」

「んー、まあ。誘われたけど、それとなくお前は来るなって雰囲気を感じ取ったから」

 

 直接言われたわけじゃないんだが、なんだか付いていくと自分が恐ろしく空気の読めない存在になるような感じがした。

 なんでも、俺がじいちゃんと会うと、母さんと父さんが話す隙間がなくなるらしいが、さすがにもうその辺の分別は付いているし、そもそもその話は俺が小学校の時にじいちゃんにベッタリだったことを揶揄してるだけなんだけど……まあ、多分、要は両親の水入らずの時間が欲しかっただけなのだろう。いい歳して。

 それに斎藤が今日空いているともいうし、ここは取るべき道は一つしかないと考えたわけだった。

 

「なるほど、じゃあ私との時間を優先したんだー。いい奴だなー」

「まあ、せっかく来てくれるんだしな」

 

 と言いつつも、彼女がこうして俺の家に来るのは珍しいことではないのでありがたみは特にない。

 勿論、斉藤が俺の部屋に訪問するのに色っぽい理由があるわけでもなく、大抵は今日彼女がこうして訪れたのと同じことが理由なのだけど。

 それじゃあ、その理由は何かと聞かれたら、

 

「んじゃあ、早速」

「やりますか」

「「テス勉」」

 

 とまあ、そういうわけだった。

 というのは説明としてはややおざなりだろう。

 といっても説明することはそんなになくて。

 この『テス勉』と俺たちが称する会合は結構前からのお約束のような会合なのだ。中学生三年生の頃、今よりも少し(あるいは全然)将来を見ていなかった(つまり、勉強をしていなかった)自分を見かねた彼女が図書館へ誘ったのがその始まり。その後もテスト前か暇な日ができると何となく集まって何となく一緒に勉強して、そうしてテスト結果を見せ合って一喜一憂するようになった。

 言ってしまえばこれは、友達とゲームセンターに行くようなものなのだろう。そんなよくある中学生の1ページの延長線上にある会合だ。

 

 部屋の広さの都合上、2人並んで勉強……というわけにもいかないので、俺は自分の机で教科書を開き彼女は部屋の真ん中に置かれたテーブル上にルーズリーフを取り出す。この配置が中々に青春の1ページ的な雰囲気を阻害する。しかも、テーブルと机が縦に並んでいるせいで俺は常に斎藤に見張られているような気さえする。我ながら友人も少なく恋人もいないと枯れた青春を送っている自信があるが、それでも思春期男子としては女子に見られているという事実があっては迂闊に背を曲げることもできない。

 この背を伸ばし続ける姿勢は地味に精神的にも疲れるから前に一度『テーブルを動かして互いに背を合わせるようにしてやらないか』と提案したが、集中力と比例する背の角度を見守るのが醍醐味だとすげなく断られてしまった。

 やっぱ見てんのかよ、と疲労感が増しただけだった。

 相も変わらず感じる視線に自意識過剰なのだろうか、と思い始めた時、彼女が不意に声をかけてきた。

 

「……リンー、ここわかんなーい」

「なんだよ、その頭悪い聞き方」

「イヤミな返しやめい──じゃなくて、これこれ」

 

 椅子を回転させてテーブルの方を見やると、彼女は課題のプリントをシャーペンのキャップでかつかつと叩いていた。

 

「……あーこれは整数の約数問題だから、この公式を使えば一発だよ」

「え? こんな公式あったっけ?どうやって出すの?」

「結構めんどくさいし覚えるしかないと思うけど」

「えー、気になるじゃん」

「文系脳め。コンテクストを一々解釈してたら時間が足りなくなるぞ」

 

 気になるのは結構だけど、この公式の導出は一からやると本当に面倒なんだよなぁ。算数レベルなんだけど、行が長いし理解に時間がかかる。

 

「英単語を覚える時だってスペルの成り立ちを追わないだろ?」

「それとこれとは別ですー。文系脳は後ろに明快な理由があると気になるもんだよ、理系脳さん」

「いや、俺は知ってるし」

「ならおしえろー、けち」

 

 ああ言えばこう言う。文系脳は言い合いに強いから手に負えない。場合によっては理系よりも理屈っぽい。そして、感情的だ。

 あーこー言うよりやって見せた方が早いと察した俺はノートに10行くらいの数式を書いて公式を導出してみせる。案の定、3行目あたりから斉藤の返事は「はー」「ほー」の二種類だけになり、丁寧に丁寧を重ねた解説をし終わると「なるほど」と一言置いて次の問題へ取り掛かった。

 ……まあ、いいけどさ。

 

「ねえ、リン」

「なに?」

 

 カチコチと秒針が音を立てる置き時計と、それに0.3秒ほど遅れてチッチッと追従する電子時計をBGMに勉強を進めていると、彼女は再び俺に声をかける。

 丁度キリの良いところまで教科書に書かれた細々としたメモから授業内容を復習し終わったので、俺は休憩がてら再び後ろを振り向く。

 

「なんで私はリンの部屋で勉強してるのかな?」

「テスト前だからじゃないの?」

「そうじゃなくてさ。いや、まだテストまで三週間あるからそうでもあるんだけど、違くてさ。普通、こういう時って図書館とかで勉強するでしょ。仮にも私は女子でリンは男子なんだし」

「……『男子なんだし』って新たな洒落っぽいな」

「ちょっと思ったけど、やっぱりそこじゃない」

 

 斎藤は笑いつつぷくっと頬を膨らませるという、なかなか器用な表情を浮かべる。いつも余裕ある彼女にしては珍しい様子だ。意図せぬ物言いが妙に恥ずかしかったらしい。

 とはいえ、これ以上このネタでいじるのは目に見えている虎の尾を踏むようなもの。開いた教科書の登場人物のように、ここはひとつ大人しく虎の前から去るとする。

 

「俺もあんまり覚えてないけど、ここでやるようになったきっかけを作ったのは斎藤だったはずだよ」

「……あれ? そうだっけ」

 

 カタリ、と斎藤はシャーペンを小さなテーブルに置くと顎に手を当てた。

 たしかにそうだった。記憶というのは口に出すと意外にすんなりと蘇るようで、サッと走馬灯のように脳裏を思い出が横切る。

 

「うん。初めは図書館だったけど図書館よりも俺の部屋の方が近いから、とか言って」

「うーん。リンが連れ込んだんじゃなくて?」

「違えよ」

 

 人聞きの悪い。

 ああ、徐々に思い出してきた。あの日は田舎らしく蝉とその他の虫が鳴いているような猛暑の日だった。突然、斉藤が来たんだ。しかも運悪く母さんに見つかってあれよあれよのうちに玄関を出て図書館に行こうとした俺諸共居間に連れ戻されたんだった。

 

「あ、そうだそうだ。それでリンのお母さんが『リンも隅に置けないねぇ』って言ったんだっけ?」

「俺的にはその後に斉藤が言った『真ん中に置いてます!』とか言う意味わかんない返事の方が印象深いけどな」

「あの時のリンは顔真っ赤で面白かったなー」

 

 俺はちっとも面白くなかったけどな。母さんにからかわれたこと含めて中学時代の軽いトラウマだ。思い出せば思い出すほど背中が痒くなってくる。

 

「……けど、そっかー。アレももう去年のことなんだね」

「……」

「あはは」

 

 遠慮なく笑いやがった。

 無言で俺は消しゴムのカスを弾いて斉藤にあてる。抗議の声を無視して机に戻った。

 

「ひきょーものー」

「なんとでも」

 

 無視だ無視。

 ここで反応したら余計なこと言われるのは火を見るよりも明らか。博学才頴で評判の隴西の李徴もそう言ってる。

 俺もそう思う。

 

「けちー」

「……」

「……」

「……」

「……あっ、リンの免許だ。ウソっ!あはははは、凄い緊張してるっ。なにこの顔ッ!」

「あれっ、財布にしまって──!」

「……」

「……」

「……振り向いたー」

「……。…………ぐぅ」

 

 にやにやと笑う斉藤の手には可愛いチワワの写った図書カード。

 ……気持ちよくでっかいバスを釣り上げた釣り人みたいな顔しやがって。うずうずと何か言いたげに静かに震える彼女の唇。何を言われるんだろうか、と半ば諦めとも捉えられる覚悟を決めていると、すっと目の前に手が差し出された。

 ……まさか、同級生相手にお手ですか、斉藤恵那さん……?

 

「いや、そんなにふるふるした目で見られても……何もしないから」

「……じゃあ、この手は?」

「免許」

「はい?」

「免許見せて、財布に入ってるんでしょ?」

「いや、人に見せるようなものじゃないから」

「いや、人に見せるものでしょ」

 

 そうだけど、無闇矢鱈に見せるものでも見せたいものでもない。自慢じゃないが、俺は写真写りが良くない。

 ……なんなんだろうな、証明の類の為の写真が普段の自分よりもブスッとしてしまうのは。パスポートでも、学生証でも、免許証でも。

根負けして斎藤に渡す。

 案の定、いつもの数倍目つきの悪い自分の顔写真に声を上げて喜ぶ斉藤。俺はそんな彼女に勘弁してくれとげんなりした表情を浮かべてみせる。

 写真にそっくりだと笑われた。もう、好きにしてくれ。

 机に向かおうとため息をつく寸前、斎藤がその呼吸を絶妙に遮るようなタイミングで免許を笑いながら謝りつつ返却してきた。

 絶妙というだけあって俺は頰に溜め込んだ息を吐くタイミングを逃してしまい、斎藤に対して抱いていたちょっとした怒りの感情ごと、その息を飲んでしまう。

 

「ごめんごめんって」

「──そういうとこだよ、斉藤」

「ん?」

 

『斎藤が卑怯だって話だ』的なことを言おうとして、その発言をすることがなんだか恥ずかしいことだと気付いた俺は、その代わり「なんでもない」と返して勉強を再開した。不思議そうに首をかしげる斎藤が、振り向く寸前、見えた気がしたがとくになにも言うことはしなかった。そして、それからは、斎藤も普通に勉強を始めていつものようなペースを取り戻した。

 2人で勉強会、といっても勉強なんてものはほとんど1人で行わざるを得ないものなので、こうして2人で行うことに根本的な意味はない。ただ、俺がサボらないか、あるいは斎藤が怠けないかを互いに監視しあったり、独りよがりな意地の張り合いになっていつもよりも長い時間ができるだけ。

 やはり、合間合間に会話が入ることはあるけれど、さっきみたいに勉強を質問し合うことは滅多になかった。

 

 そんなこんなで、約二時間。人間の集中力が一時間半程度までしか持たないことを考えるとなかなかに長い時間。明らかに最後の方は斎藤と俺、どちらが休憩をしようと提案するかの読み合いが発生していたが、おかげさまでキリのいいところまで勉強は進んでいた。

 結局、どちらからかともなくペンを置く。

 斎藤がノートを畳んだのを見ながら俺は、斎藤と対面するように座布団に座った。

 

「あーつかれたー」

「久しぶりにがっつり勉強した気がするなぁ」

「普段も学校で6時間以上勉強してるはずなんだけどね。なんかこう、自主的にやると流れる時間は早いのに長いっていうか」

「わけわからん」

「流れる時間が遅い早いでいえば早いし、感じる時間が短いか長いかでいったら長いってこと」

「んー、ん? んー」

「もう、そんなに考えなくていいから。理系脳め」

 

 口早に斎藤は話を切って、お茶を一口飲んだ。

 しばらく湯飲みに口をつけてなにやら思案した彼女はゆっくりと湯呑みを置き、人差し指を口に当てて『仕返しに』といった調子で嘯吹きの表情を浮かべた。

 

「……そういえばなでしこちゃんとのキャンプ、どうだった?」

 

 けど、俺は俺で、半ばこの質問が今日という日に来るだろうことは予想していたので、

 

「お陰様で」

 

 とそうなく返す。

 

「あれっ? あんまり動揺しないね」

「あの日以降、斎藤がいつか、このことを尋ねてくるだろうと思ってたからね。考え過ぎてあらゆる答えを用意してたよ」

「ありゃ。今日までこの話題をとって置いたのは出し渋りすぎたかな?」

「かもな」

 

 そもそも、あの日は色々なことがありすぎて動揺とか羞恥心だとかが一周回ってストンと心の中で落ち着いている感じがある。いや、正直に白状するなら、時折身動きできなくなるような身悶えするかのような小っ恥ずかしさが襲ってくることはあるけど。

 幸い、それは今ではなかったようだ。

 自分なりの澄まし顔で斎藤の口撃をいなしていると、彼女は面白くなさそうに口をすぼめた。

 

「つまんないなぁ。それじゃあさ」

「ん?」

「今度はいつするの?」

「なんの話?」

「キャンプ。またやるってなでしこちゃんと約束したんでしょ?」

「してないよ。するわけないだろ。してどうするんだよ。色々問題がありすぎだろ?」

 

 思いがけない言葉に、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 付き合ってもない男女が2人で、いや、付き合っていても高校生が男女2人っきりで一夜を過ごすっていうのは世間的にまずいだろ。待てよ、2人きり、といっても相手はあのなでしこだ。警戒心ゼロでキャンプ場の入り口で寝込む食べ物バキューム娘だ。あいつが花より団子状態で生きているのは察して余りある事実。なら別に問題ないのでは? ……って、なでしこの人物像はキャンプすることとなんの関連性もないじゃないか。

 なんて、冷静さを保っていたはずの思考はぐるぐると回転し始める。上下に左右に斜めに。キャンプから学校からバイトから、必死に自分の人生経験を引っ張り出しては違う違うと中途半端に放置されていく。頭の中は泥棒が入ったあとのようになりつつあった。

 そんな中、凛、とした眼前の少女の言葉に俺の心内環境は突風に荒らされた直後のような静けさを取り戻すことになる。

 

「ふふ、今度は私も誘ってくれるんでしょ?」

「え──? あ、ああ、あああっ」

 

 該当の記憶を引き当ててやったぞ、と、

『鍋、またやりたいな』

『──うんっ! またやろ! 今度は斉藤さんも誘って!』

『……そうだね』

 俺の脳細胞が誇るのと同時に、刹那的に蘇るあの時のやりとり。

 

「ん?」

「……」

 

 ……もしかして、今、俺って物凄い恥ずかしい勘違いをしていたのでは? そうでなくとも、キャンプの熱に侵されて恥ずかしいことを言っていた事実を思い出してカッ、と顔が熱くなる。

 身動きできなくなるような身悶えが全身を襲う!

 

「思い出してくれたみたいだね」

「」

「ありゃ、今度は思い出しすぎたの? リンは極端な奴だよね。人見知りなのに」

「……ひ、人見知りだからこそ、極端なんだよっ。というか、なんで斎藤が知ってるんだよ」

「そりゃあ、情報提供者としてなでしこちゃんに情報を提供してもらったからだよ。なでしこちゃんったら嬉しいそうにいろいろなことを教えてくれたよー……まあ、そのほとんどが富士山とか景色とかだったんだけど」

「斎藤といいなでしこといい、俺のプライベートはないのかよぅ」

「ない!」

「言い切るな、ばか」

 

 顔が熱いのにお茶も熱いから上った血が収まる気がしない。

 斎藤はといえば、俺をからかって満足したのか、すぼめていた唇を薄く開き三日月を型作っている。

 

「まあまあ。いいじゃん。あんな可愛い子の手作り料理が食べられたんだから。美味しかったんでしょ、鍋しこなで」

「逆逆。──けどまあ、確かにあれは美味しかった」

「なんだっけ? ちょいから餃子鍋だっけ。寒い夜空の下で食べると美味しそうだよね。コタツでアイスを食べるような感じ?」

「そうそう。完全にマッチポンプだけど、それがいいんだよなあ」

「ふふ、元々リンのキャンプ飯も同じようなものだったよね」

「カレー麺だけどな」

「あははは、格が違うしっ」

「いや、お前が言ったんだろ」

 

 その笑いこそ、マッチポンプだよ。しかも人をネタにしたタチの悪いやつ。

 顔にさした赤色が短い言葉の応酬に引いて行く気がする。

 

「あーあ。なんかお鍋の話してたらお腹すいてきちゃった」

「そういえば、もうこんな時間か」

 

 時計を見やればそろそろ長身と短針が天辺で逢瀬を遂げようとしている。そろそろ日も出てきて外もあったかくなってきた頃合いだ。

 

「何か食べに行く?」

「行く行くー……って言いたいところだけど、この辺って何かあったっけ?」

「近くのファミレスとか?」

「またー? いつもそこじゃーん」

 

 ほっとけ。

 しょうがないじゃん、田舎なんだから。電車の一本一本の間隔の長さに誇りを持つようなしょうもない田舎町なんだから。

 

「なら家にあるもので何か作ろうか?」

「んー、やっぱ今日は外の気分かな。そろそろ外もあったかくなってきたし」

 

 なんて、彼女は言ってドアの近くに折りたたんであった外套に手を伸ばした。俺は「りょーかい」と一言置いて、膝に手を当て立ち上がる。そこそこ長い間座っていたからじわっと足先に血が巡っていく感じがした。

 

「あ、ちゃんと着替えてよね、リン」

「分かってるよ」

「それじゃあ下で待ってるからね」

「あいあい」

 

「お腹すいた」から始まるこのやり取り、何回目だろうか。中学三年生からほとんど変わってない流れだ。よもや、その前のやり取りから同じということはないだろうけどなんかデジャヴなんだよな。

 実際、これまでに同じ会話は数回を通り越して無数回しているのだろうけど。

 斎藤が下へ行ったのを見届けて、タンスを引き出した。

 セーターと濃いジーンズを適当に出したところで、斎藤も同じような色合いのジーンズだったことを思い出してどうしようか迷った末に、色の薄いものと取り替える。

 そして、財布を通学カバンから取り出して髪の毛をニット帽に押し込んで下の階層へ降りて行くのだった。

 

「リンー?」

「今行くっ」

 

 階段の途中に設けられた出窓からひらり、と真っ赤な葉っぱが一枚落ちて行くのが見えた。




再び、ろぼとさんよりイラストを頂いてしまいました。
ありがとうございました。

【挿絵表示】

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