TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩りん
・ネタ尽きた。

犬山あおい
・……嘘やでー。


第13話

 特に何事もなく、無事なでしこを家まで送り届けたその翌日。

 早朝6時。まだ開門もしていない時間帯。

 冬の朝独特の白けた朝日のその下で、俺は学校の前に立っていた。

 当たり前のように、自転車ごと校門を乗り越えて、見事、不法侵入を果たしていた。

 なんだか大袈裟に描いてしまったが、そうはいっても田舎の高校なのでセキュリティも何もあったものではない。だから入ることはそう難しくなかった。なんてったって教師が登校してくるのがそもそも7時直前なのだ。今ここにいるのは精々、深夜の警備を担当している用務員さんとかだろう。そもそも校門が校舎全体を覆ってないし。

 見つかるはずもなし。

 

「よし、探すか」

 

 目的はなんやかんや未解決の鍵。

 昨日こそ一周回って『時間が経って冷静になった』と言い訳をして帰宅できたが、その後時間が経つと更に半周回って猛烈な焦りが体内から溢れ出た。よくある腹痛のようにそれに波があればまだしもよかったのだが、その溢れ出る焦りは止まることを知らず自分の心を一晩中蹂躙していった。受験や告白前日の深夜の心境みたいだった。

 当然、深い眠りにつけるわけもなく。延々、悶々と寝てんだか寝てないんだかよく分からない状態が続き、ラチがあかないと起きたのは朝4時。母親が弁当を作り終えるのを待つこと一日千秋、マッハのスピードでここまで駆けつけたのが今の今だった。

 一連の行動があまりにも衝動的で、こんなの自分のキャラじゃないことをしているのは自覚している。けど、こればかりはどうしようもない。キャンプ場に着くと思わず鼻が膨らむように、スクーターの鍵をなくすと焦るのも人の性なのだ。多分。

 ……とにもかくにも、今日が金曜日であり明日にキャンプを予定していることも手伝って、俺の心内環境は二進も三進も行かない状況なのだった。

 

「……まずは、もう一回自転車置き場から辿るか」

「んー、あれー? もしかして、そこに居るんの志摩くん? おはよう、随分朝が早いんやなぁ」

「犬……川?」

「犬山や。誰がどんぶらこってするねん!」

「そのツッコミは犬山だな」

「そんなツッコミが出るほど仲良うないやろっ」

 

 犬山あおい。野外活動サークルのメンバー。

 昨日、なでしこが犬山の名前を間違える遊びを野クルでやった、というからつい口から出てしまったが、確かにこれは遊びとして成立してそうだな。

 犬山もなでしこ経由でそのやり取りが伝わったことに察しがついたのか「全く、今日の野クルはやり返したるからなー」と苦笑いをしている。

 とはいえ、そのコミュニティに入っていない俺がそのネタをついであれ、口ずさんでしまったのはなんだか申し訳ない気がした。

 

「ごめん。つい」

「つい、で名前を間違われてたまるか」

「お詫びになんか飲み物奢るよ。寒いし」

「え? なんか悪いわぁ」

 

 チョロい。

 あと、全然悪そうな顔してない。喜色満面だ。

 

「いいよいいよ」

 

 キャンプ前ということで財布にも余裕はあるし。120円くらいならどうっていうことはなかった。

 ということで、挨拶もそこそこに俺と犬山は自転車置き場を経由して自動販売機へと向かう。

 横目に映る朝の校舎はいつにも増して静謐としていて、なんというか、校舎に温かみがない。

 それは、人が少ないからなのか、それとも朝日が白い校舎に黄色い光の面と青い影の面を作るからなのか、理由はどうにも分からないが、まるで時を止めてしまったかのようだ。

 その静けさに当てられて、俺の歩みは自然と忍び足のように静かなものになる。それにはまるで、校舎を猛獣に見立てそれを起こさないようにしているみたいな、えも言われぬ面白さがあった。地面が霜柱によって隆起しており、なんだか妙な浮遊感があるのがその感覚に拍車をかけていた。

 

「うー、さむっ」

「犬山はどれがいい?」

「おしるこ」

「朝から重いのいくなぁ。朝飯も食べてきただろうに」

「そういう志摩くんかて、コンポタやん」

 

 おしることコーンポタージュ。

 朝からおしるこは重いんじゃないかと余計な心配が浮かぶけど、まあ。男子には分からない感覚なのかもしれないし、結局何も言うことなく犬山の要望通りポチっと自販を押す。

 

「はい」

「どうもー、ラッキーラッキー。早起きは三文の徳ってな」

「……早起き、ってっことは、犬山はいつもこの時間に来るわけじゃないんだ。というか俺より先に校門の中にいるってことは、どれだけ早くに来てたんだ」

 

 考えてみればおかしな話だ。

 話しかけられた時には既に彼女は校門の内にいた。しかもそれを見た覚えはない。ということは、彼女は俺より早く侵入したことになる。

 

「うん、まあ。門も塀もないとこからちょろちょろーっとな。来た時間は志摩くんとそう変わらんとちゃうかな?」

「そんな場所が……この学校のセキュリティは大丈夫なのか」

「田舎やし」

 

 なるほど。すごい説得力だった。

 ごくり、とコーンポタージュを飲む。コーンが下に溜まらないようにいつもより少し角度をつけて。

 

「私はなんとなーく、早く起きちゃって、そしたら、妹の世話焼かされそうになったからヤバイってなってその前に登校して、野クル部屋でゴロゴロしようと思っとっただけやけど。志摩くんはなんでこんな朝早くからからいるん? 部活も入ってないよね?」

「なんとなく?」

「……隠してもええけど、なでしこちゃんに報告させてもらうでー」

「もしかして、本当は知ってて聞いてんじゃないのか……そうだな」

 

 俺はちょっと迷って、結局、素直に話すことにした。

 鍵をなくしたこと、それがスクーターの鍵であること。

 もし、この後鍵が見つからず授業が始まっちゃうと、次に俺が探せるのは放課後になる。そうなると、霜柱が昼頃に溶けて一度地面はぐちゃぐちゃになっちゃうから探すのはしんどい。ならば、それまでに見つかるように、なるたけ目を増やしておこう、と考えてのだった。だから、別に脅しに屈した訳じゃないのだ。……決して。

 

「ほぇー、鍵ねぇ。それってなんか特徴あったりするん?」

「キーホルダーがついてる。犬っころの」

「誰が犬やっ」

「なんでだよ。……ええと、犬山はどこかで見たりした?」

「うーん、知らんなあ」

 

『知らん』か。だよな。

 知ってたら逆にびっくりだ。

 どんな偶然だよって話。

 と、理性では思いつつも、本心ではちょっとガッカリして、俺は投げやりに缶に残ったコーンポタージュを全て、喉の奥に押し込んだ。

 

「ごめんなあ……せや、なら一緒に探したるわ。おしるこの恩返しちゅーことで」

「俺からも頼もうと思ってたし、一緒に探してくれるのは嬉しいけど、その言い方はなんかやだな。ベトベトしてそうだ」

「決して見てはいけませんよ……」

「その鶴、お雑煮作ってそう」

 

 俺は手に持った缶を空き缶入れに投げ込む。

 カンッ! と金網にあたり、ポタージュ缶は犬山にツッコむようにいい音を立てた。

 

「……とはいえ、探すったって、自転車置き場と校舎裏は探し切っちゃったし、かといって他の所に覚えはないんだよね」

 

 犬山がおしるこを飲む最中、昨日の自分の行動を振り返ってもみるが、元々の行動範囲が狭いこともありあまり思い当たるトコはない。

 

「図書館は? よくいるやん」

「昨日は図書当番なかったから、行ってないんだよな」

「うーん……昨日、体育とはあった?」

「……あった。けど流石に体育の時は持ってなかったぞ」

「んー、けど着替えてる最中にストラップが腰とかに引っかかってたっちゅうこともあるんじゃないの? 知らんけど」

「んー、だとしても、クラスから体育館までは結構な距離だからその可能性はあんまり考えたくないな」

「せっかく時間は沢山あるんやし」

「うーん、じゃあ行くか」

「せやせや」

 

 探すか? けど、見つかんなかったら徒労だし。

 いや、どこを探しても見つからなかったらどこ探しても一緒か。

 

「……んー、じゃあ行くか。犬山も付き合ってくれるんだっけ?」

「つ、付き合うなんて、急過ぎやろ!」

「あほ」

「シンプル! せめて『なんでやねん!』やろ」

「なんでやねん」

「なんでやっ!」

 

 と言ったところで、時刻は7時を回っていた。

 校門と玄関口が開く時間だ。

 かといって、校門あたりにわらわらと人がいるわけでもなく、受験生である三年生が10にも満たない数パラパラといる程度。

 自販機エリアから一旦引き返して校門あたりに戻り、三年生と挨拶している教師に見つからないようにそっと玄関口に入る。

 上履きが冷たい。

 急に来た冷たさに、足先から肩のあたりまでシバリングの反射が起きる。

 

「校舎は校舎で寒いね」

「生徒が増える前に探そう。誰かに拾われても困るし」

「……せやね」

 

 とりあえず各々自分のクラスにカバンを置いて、そのついでにクラスのあたりを軽く探して犬山と合流する。

 

「そんじゃ、しゅっぱーつ!」

「……楽しそうだな、犬山」

「そりゃ、ウチは関係ないし」

 

 薄情だなあ。関西弁みたいなの喋ってるのに。

 いや、関西弁みたいなの喋ってるのからこそ冷たいのだろうか。聞くところによると、関西はこういった他人の面倒ごとに排他的らしいし。

 じっと犬山を見てみるが、こてんと首を倒し返されるだけで判断はつかない。

 前に向き直り、俺は窓辺や廊下の隅を中心に鍵を探し始めた。

 

「そういえば、鍵をなくしたことは斎藤さんとなでしこちゃんにちゃんと報告したん?」

「なんで二人に相談することが前提なのかは分からないんだけど。ちゃんとってなんだよ。あいつらは俺の親じゃないぞ」

「そういうのはええからええから」

「……斎藤には言ってないし、なでしこには見つかったって嘘ついたよ」

「ということは、今、志摩くんの秘密を知ってるのはウチだけってことなんか?」

「まあ──秘密って程じゃないけど」

「ということは、今志摩くんの痴態を知ってるのはウチだけってことなんか?」

「嫌な方向に言い直すな……けど、そう。犬山だけだな。今んとこ」

 

 クラスのストーブが付き、ごうごうと唸りを上げる音が廊下まで聞こえてくる。その音は立派だが、依然校舎は冷たい。

 学校のストーブといえばこれは余談だが、学校のストーブからひょろっと出ているコードの先についているあれ。あのプラスチックの塊は温度計だから、あれだけを窓の外に出しておくとストーブは気温を室温と勘違いして延々と唸りを上げ続ける。先生も気がつくことが少ないので、田舎だとそこそこ行われる学校の財政泣かせの行為だったりする。

 

「……なあなあ、志摩くん」

「ん?」

「志摩くんって、いつからキャンプしとるの? この前なでしこちゃんが志摩くんは高いキャンプ用具持ってるってタレ込んどったけど」

「じいちゃんが元々アウトドア大好き人間だったから、物覚えし始めた頃にはキャンプしてたかな。ソロキャンプの話なら中学2年からだけど。高いキャンプ道具っていうのも大体はじいちゃんのお下がりだよ」

「へぇー。中学て、親には何も言われなかったん?」

「んー、まあ。まあまあ」

「曖昧やなぁ」

「誤魔化したからな」

 

 人にあまり言うことでもないし。ってことが、答えってことで。

 クラスから体育館までは残り半分くらいの距離。階段の踊り場なども見てみるが特に鍵が落ちている様子はない。

 犬山は俺の捜索に付き合う、というよりも付いてくるという感じで、時折、目を端に走らせることはあれど、真の目的は会話にあると言わんばかりに話しかけてくる。

 キャンプの話を足掛かりに、なでしことの出会いや斎藤との関係の調子、好きな本、好きな食べ物、将来の夢と、なんだか徐々にお見合いみたいになっているような気もするが、そんな雑談を重ねた。

 おかげで色々と彼女の人となりを知ることはできたが、俺としては意外だったのが、予想していた以上に彼女が自分というものに頓着がなかったことだった。俺は犬山に色々と聞かれたわけだが、それをおうむ返しのように聞き返すと、彼女はなんてことはない、と言うように軽々しく答え返してくれるのだ。

 それも、一言二言ではなく、聞いてもいないようなことまで。

 俺に対して心を砕いてくれているだとか、なでしこみたいにただ単に距離が近いというわけでもない。プライベートを遠慮なく切り崩していく感じはどちらかというと、自分が無価値であると思い込んでいるような気がした。分かった上でそうしているような。

 計算強かなイメージが強かったけど、こんな危うい一面もあるとは。

 そんな仲が良いわけでもないから指摘こそしないけれど、それにつられてしまいそうになる自分を引き締め直す。

 

「──意外と志摩くんは話せるんやなぁ」

「俺のことなんだと思ってたんだよ」

「うーん、アウトドア派の根暗?」

「それは同居できるような評価なのか? いや、言いたいことは分かるけど。髪とか長いし」

 

 体育館と校舎をつなぐ渡り廊下。

 鍵が見つかる様子はなく、いつのまにか昨日探していた校舎裏のすぐ側まで来てしまった。

 

「いや、髪長いのは似合っとるし、別にええんよ。それよりも志摩くん斎藤さん以外とほとんど喋らんかったやろ、今まで」

「……そうだっけ? 普通にクラスメイトとも喋ってると思うけど」

 

 ダチというほど仲がいいわけじゃないけど、根暗と評されるほど引きこもった態度をしているつもりもなかった。

 

「けど、女子と喋ってないやろ?」

「喋る機会がないから話さないだけであれば話すよ。話しかけられても普通に返すし、今だって話してるだろ?」

 

 実際、授業のペアワークやグループワークとか機会があれば普通に話していた。大抵、おずおずと使ってるシャンプー類を聞かれるけれど。その度に、それ以外に俺の特徴はないのかと落ち込みかける。

 

「どっちかっていうと志摩くんは機会がないんじゃなくて、機会を潰してるような気がするんよ」

「潰す?」

「潰すは言い過ぎにしても、作らない、とかそんな感じ」

 

 ガガガ、と体育館を開けながら犬山は言う。

 彼女を追って体育館に一歩足を踏み入れるも、そこにはシンとした空気で満ちていて、その空気は俺の肺を突き刺した。体育館にはまだ日光が入り込んでいなくて、薄暗い。

 

「それだったら、さっき犬山の手伝いの申し出を断ってると思うけど」

「そういうことじゃなくて。ほら、要はあれや──壁があるんよ」

「壁……話しかけ辛いってこと? やっぱ見た目が悪いってことか……」

「いや、そないな寂しそうな目で見られても……深い意味はないけど、志摩くんが斎藤さんと仲良すぎるのがいけないんとちゃうんか?」

「斎藤? なんでここで斎藤の名前が出てくるんだよ?」

「そりゃあ……いや、コレ言ってええんかな?」

 

 悩む犬山。

 会話中も足は止まることなく体育館を俺が反時計回りに、犬山が時計回りに回る。

 俺と犬山。どちらもそんなに足音はしない方だけれど、犬山の方ではよく人が通る側であるせいか床が痛んでいて、たったったっという上履きが擦れる音に加えてミシッミシッと、床板軋む音がしていた。発言後、しばらく何やら悩むそぶりを見せた彼女だったが、いい加減軋む音が続くと「なんやこらー! ウチの体重馬鹿にしとるんかー!」と体育館に向かって怒り始めた。

 

「全く、乙女を馬鹿にする奴は死刑や」

「怖いこと言うなよ……それで、言っちゃまずそうなことってなんだよ」

「あれ? 聞こえてた? なんや、黙り込んどる思ってたら答え待っとったんか」

「まあ」

「なら、言わせてもらおうかな」

 

 その前に、ざっと見回り終えたので、そっちは見つかったかと目で聞けば、首を振られる。

 ……となるとやはり徒労に終わったわけだが、しかし、まあまあ歩き回ったので小休憩を取ることにし、少し座ることにした。

 俺が体育館に設けられたステージに腰をかける。

 犬山はそのステージ脇の階段に腰をかける。

 時刻はなんだかんだで7時30分を過ぎようとしていた。

 

「んじゃあ、改めて言わせてもらおうかな」

「おう」

「志摩くん、ぶっちゃけ斎藤さんと仲良すぎやろ。なんやねん、2人の距離感」

「ぶっちゃけたな……」

「そりゃあぶっちゃけるよー。だって2人って付き合ってないんだよね?」

「うん、付き合ってない」

「それなら、女子と接する機会潰してるって言われてもしゃあないやろ。……いや、この場合、志摩くんは潰されてるんかも知らんけど。──そのへん、斎藤さんは付き合い上手やしなぁ」

 

 この時点では俺の頭には疑問符しかないわけだが、犬山が懇切丁寧に説明するには、(女子の)端から見た今の俺は斎藤に粉をかけられている状態らしい。

 そんな馬鹿な話があるわけない、と思うだろうし、俺も思うのだが実際としてそうだと他人の立場にいる女子代表の犬山がそう言うのだから、もしかするとそうなのかも、しれないない? ……マジで? 

 

「ええと、つまり。あんまり男子の口から言うのもなんだけど、俺は女子の縄張り争いの渦中にいる、と」

「まあ言い方は悪いけど、領有権の主張やな。字面ゴツいけど要は『私の男にちょっかいかけるなよー』ってことや」

「──いや、ないない。斎藤がそんなことする性格じゃないだろ。勘違いじゃない? それにその話が本当なら俺が誰かからモテてるってことになるじゃん」

「……どうだろうね?」

「というか、なでしことかお前とか大垣とかは最近よく話しかけてくるじゃん。犬山の言ってた壁突っ切っちゃってんじゃん」

 

 廊下ですれ違えば挨拶するし、ちょっとした世間話程度には話したりもする。なでしこはともかく、こいつらにはテントのフレームを応急処置する方法を教えた程度の仲でしかないので、よく話してくれるなと思ったりもする。

 改めて思い返せば、最近だとクラスメイトの女子にもそこそこ話しかけられるしそう考えると俺の壁はないと言えるんじゃないだろうか。

 

「それは完全になでしこちゃんのおかげやなー」

「ん、なでしこ?」

 

「せや」と、階段に放り投げた足を犬山はぷらぷらと動かした。

 

「あの子は無意識のダイナマイトやもん。ウチびっくりしたわ。初めて志摩くんと話してるの見たとき」

「なんでだよ」

「『うおっ、行ったぞ、こいつー』って。志摩くんはもともと目立つ人やったしな」

「どういう意味だよ、ソレ」

「そんまんまの意味や」

「……?」

「ま、ウチはそんなこと思いつつ、なでしこちゃんに感謝しとるんよ。あの子が居なかったら多分、卒業まで志摩くんと話せなかったし」

「根暗からアウトドア系根暗に評価が上がる位には知ってもらえたようで、何より」

「あらら、失言やったか。あれは言葉の綾で、ほらっ、今はもっと魅力的に写っとるから」

「その言い方もどうなんだ」

「失言やった!」

 

 打てば響くな、この人。

 やっぱり関西弁っぽい喋り方だし、そっちの気質があるのだろうか。

 そんなことを考えながら、八重歯がチラリと見える彼女の照れた表情をしばらく見ていると、体育館に朝日が差し込み始めているのに気がついた。

 時計を見るともうすぐ8時。始業までもう1時間もなくなっている。というか、腰据えてこうして話してるけど、休憩にしては長くね? 

 

「ねえ、志摩くん」

「なに?」

「志摩くんって、なでしこちゃんと斎藤さん。どっちが本命なの?」

「はあ!?」

「いや、別にウチでもええんよ?」

「何言ってんだよ、お前。というかお前、本当に何言ってんだよ」

 

 今や小説でも見ないようなどストレートな青春パートに焦り、どもった物言いをしてしまう。いたいけな男子をからかうなよ! 

 

「まさか、2人とも本命……? いや、それはいくらなんでも剛毅すぎやろ、志摩くん。三国志じゃないんやから」

「……人を勝手に剛毅にするな」

「けど、この構図で行くと、志摩くんってどっちかっていうとヒロインポジやから、三国志はちょっと違うか」

「言いたい放題か、話を聞けって」

 

 やめろよ、そういうこと言うの。

 押されると流されやすいの気にしてるんだから。

 俺は思わず後ろ髪をガシガシとかいた。

 

「というか。斎藤のその、領有権云々の話をした時からこの質問がしたかったんだろ、お前」

「バレた? ……それが分かるってことは、志摩くんも薄々感付いていたんじゃない?」

「いや、感付くもなにも……」

 

 俺は言葉を一旦切る。

 それは、俺の物言いの何がどう会話に作用するか分からないから、反射的に言葉を紡ぐのではなくちょっと考えて発言と思ったからだった。

 鳥が空気を読まずに鳴き声をあげる。が、俺もそれに構わず口を開く。

 

「まあ、まず、聞け」

「うん」

「なでしこは、絶対にない」

「ない、というと? 志摩くん的に生理的に受け付けないってこと?」

「そうじゃあない。もし、そうだったとしても、そもそもアイツの方がそんな感情一切抱いてないだろ。これは野クルにいる犬山の方が分かってると思うけど、今のアイツの恋人はキャンプか富士山だろ」

「あー……」

 

 犬山にも思い当たる節はあるらしい。

 まあ、キャンプに出会ってから1.2ヶ月で野外活動サークルに入り、なおかつプライベートでもキャンプを行うような奴だ。このキャンプ熱の燃え上がり方は世に言う恋とそう変わらない。

 図書委員にして本屋バイトの俺が保証する。

 

「次に、斎藤。これもない。これがないことは中学からの付き合いである俺が自信を持って言える」

「つまり、中学から既に付き合っているから、本命かどうかは考えるまでもないっちゅーことか」

「違うわ。どあほ」

 

 反射的に声が出た。

 

「けど、『付き合いがあるから』って言われても、これまでの女子の目線に気づかないような志摩くんの言うことやし、信用ないわー。付き合いが長いからこそ見えなくなる目線だってあるとちゃうん?」

「中学って言ったって中3からなんだけど」

「大事なのは同中ってことや」

「……じゃあ、言うけど」

 

 もう、どうにでもなれって感じ。

 今こうやって言うことで、犬山から大垣やなでしこに伝わるのは本当に勘弁な話だけど、それでもこのうっとうしい疑いをかけられながらこれからもこいつと話すのはもっと勘弁したかった。

 聞き流されてはたまらないから、今度は鳥が鳴き止むまで少し待って、俺はそれからゆっくり一呼吸する。

 そして、口を開いた。

 

「──俺、中学の時、あいつに一回振られてんだよ」

「ぴぎゃっ!!」

「頼むからこの話は広げてくれるなよ」

「……嘘やろ?」

「マジだ」

 

 ああ、顔のあたりに血が上って行くのがわかる。

 なんでつい先日の告白ってわけでもないのにこんなに恥ずかしいんだろう。

 好きだって言って、ごめんって断られたことを話すことが。別に恥ずかしい思い出というわけじゃないのに。

 自分に頓着ない犬山も色恋を話したがるお年頃ということか、顔に興奮の色をまぶして俺との距離をやや縮めて瞳をうるっと揺らす。

 

「……というか、え、それ志摩くんの勘違いとかじゃなくて?」

「うん。いや、これは言い訳じゃないけど、今は本当に斎藤にそーゆー感情はないんだよ。不思議とな」

「へ? そんなことあるん?」

「……一回付き合ってたならともかく、そういう時期が一切ないからかもしれないけど。そう、本当に全くない。というか、あの時の俺が斎藤にそういう気持ち抱いてたかすら分からないレベル」

「強がり?」

「ううん」

「……と、いうと?」

「ぶっちゃけ、中学の時の俺、友達少なかったから。昔からこんな髪だったし、学校でも本読んでるかキャンプのこと考えているかだったから」

「あー、読めてきたわ。志摩くんあれやろ。斎藤さんに仲良くしよって言われて勘違いしたんやろ」

 

 まあ、ありがちな話ではある。

 これで斎藤が男だとしても僕はアイツに同じ感情を抱いていただろうし、もしそうであったならあの時の気持ちに恋を当てはめなかったと思う。つまりはそういうことなんだ。

 

「というより、空気読めてなかったんだろうな。今から思えばあいつを繋ぎ止めたくて、友達なんだって確信できる何かが欲しくて告白をしたのかなぁって……うわ恥ずっ」

「親愛と友愛と恋愛かあ。どこかのドラマみたいやな」

「その言い方、完全に野次馬精神だな……まあ、そんなわけで斎藤もないってことはわかっただろ?」

「まま……せやね。色々納得したわ」

 

 そう言うと、ググッと犬山は伸びをした。

 ペキペキっと小気味良い音が体育館に吸い込まれて行く。

 

「──けど、良いこと聞いたわぁ」

「頼むから誰にも言わないでくれよ、恥ずかしい」

「告白したことが? それとも勘違いしたことが?」

「どっちもだよ」

「そかそか……けど、どうしよっかなあ。言っちゃおっかなあ?」

 

 彼女は笑って、冗談めかした視線をチラチラとこちらに送ってくる。

 

「……はあ、分かったよ。俺は何すればいいんだ?」

「そうやなあ……ウチのこと名前で呼んでくれたら秘密にしといてあげるわ。なでしこちゃんばっかずっこいやん」

「──分かったよ。分かったから言うなよ。なんだったらそれに加えて饅頭でも奢ってやるから」

「それは、楽しみやなあ」

 

 クスクスと笑う犬山は余った袖を擦り合わせた。

 信用ならねえ。いや、けど俺の振られた情報なんて欲しがるのは大垣くらいなはず。さすがに大垣相手にポロっということはないだろうし、大丈夫なのか? 

 

「そんな目せんでも大丈夫やって。……あっ、そうだ」

「何?」

「良いこと聞かせてもらったからこれあげる」

 

 半円弧状に細められた瞳を保ちながら差し出されたのは、俺のスクーターの鍵だった。

 ……って俺のスクーターの鍵!? 

 

「おまっ、ちょ! なんで!」

「志摩くんもそんな大きな声出すんやなー」

「いや、だって、コレ……どこで!」

「ふふふ」

 

 あっ、コレ結構はじめの方で見つけてたやつだな。

 聞くまでもなくコイツの顔と俺の直感が真相を教えてくれた。

 

「……見つけたら、教えろよなぁ」

 

 言ってくれたら、こんな暴露話する必要なかったじゃん。

 こうなると、まるでコイツの掌の上で踊っていた気がしてくる。

 甚だ不快だ。

 

「ええやん。可愛い女の子とデートできたんやし。なんやったら今んとこウチが一番そーゆー対象に近いんやろ? ほれほれ、言ってみーや」

「……」

「無視はなしやろー」

「減らず口め」

「女子はおしゃべりなんよ。志摩くんは知らんかったやろ?」

「おしゃべりっていうか、それは嫌味だよ」

 

 だいぶ話し込んでしまった。いつのまにか外は生徒の活気で溢れ始めている。

 いつのまにか校舎も起きていたようだった。

 

「はあ、戻るか……」

「……徒労じゃなかったやろ?」

「うるせえよ……あおい」

「なーに、リンくん?」

 

 う、うぜえ。

 なんでそんな、俺のこと全て見透かしていますみたいな目で見てくるんだ、コイツ。

 

「あぁ、そういえば聞きたいこともう一つあるんやったわ」

「なんだよ」

「なでしこちゃんと斎藤さんを恋愛的な感じで見てないってことは、彼女たちと一緒にキャンプとかできるん?」

「いや、普通に無理だろ。倫理的に」

「友達なのに?」

「男女だからな」

 

 何言ってんだ、この阿保は。という目を向けると彼女は意に反した様子もなく「ふーん」と相槌を打ってたたたっと階段を降りた。聞きたいことは済んだらしい。

 今度こそ落とさないように鍵をポケットに深く押し込んで、俺はあおいと一緒に外に出た。

 気温が上がったせいか、体育館は来た時よりも簡単に閉まった。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 時は過ぎて、その日の夜遅く。

 スクーターのチェックを終え、キャンプ用品も用意し終えた俺はケータイをいじっていた。明日の行程のチェックも終わり、そろそろ寝ようとしていた次第だった。

 そろそろ部屋の電気を落とそうと立ち上がるとぶぶぶ、とメッセージを受信するバイブ音が鳴る。

 こんな遅くに誰だよ、とSNSアプリを開くとなでしこからのようだ。明日のキャンプの意気込みでも送ってきたのだろうか、

 そう思い彼女のアイコンをタッチしてメッセージを開く。

 

 ……どれどれ。

 

『来週、一緒にキャンプしようよ!!』




よし、ラブコメフラグは折れたな!

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