登場人物
志摩リン
・最近、誰かと話すことが増え口周りが筋肉痛ぎみ。
斎藤恵那
・最近、誰かと話すことが少ないので今回はご機嫌。
ぐでー。
ぐでふでふふふ。
ぐでぐでー。
ぐでえ。
「ぐでー」
「……もう、なにー? 急に部屋に来たと思ったら、ぐだぐだモードですかー?」
女子の部屋、というには自分の
「珍しいじゃん? リンがバイト終わりに家寄るの。……というか私の家に来るのも、ちょー久し振りじゃない?」
それに、急だし。と再度言い、斎藤は唇を尖らせた。
突然の来訪だったというのに部屋に埃の影はなく、棚に並ぶ本は作者五十音別に整頓され、犬用のクッションにも毛はついていない。そんな彼女の性格を表したかのようなさっぱりとした模様に甘えつつ、俺は頭を低く下げた。
「いやあ、それに関しては、ほんとーに、もうしわけないー」
誠意が伝わらなかったのか、もう、と更に彼女の唇は尖っていく。
ピノキオの鼻の伸びに掛けた上手いことを言おうかと思ったが、なんにも浮かばなかったので帰りがけ、というか訪れがけにお土産として購入していたカップのカフェオレにストローを差し、その尖った先へと差し出した。
「……美味しいなあ!」
「怒ってるのか嬉しがってるのか、どっちなのか」
「どっちもっ」
「ごめんて。まあ、衝動的に来ちゃったし、斉藤そのシリーズ好きだったでしょ?」
そんなこんなで5分もぐだぐだとしていると、
「それで、どうしたの、リンが私の部屋に来るなんて久し振りじゃない?」
「どうもこうも……いや、斎藤の方が今の現状をよく理解してるでしょ?」
「えー、してないよー」
くるくると椅子の上で回りながら斎藤はとぼける。
……回転してても、そのにやけた表情は隠せないからな。
「斎藤って変なところで嗜虐心を見せるよな」
「嗜虐心って……言い方、言い方。せめて恋愛脳って言ってよね」
「より酷いって。……ん? 恋愛脳? えっ、まさか、それって俺となでしこのこと? おいおい、そりゃあないだろ」
「あはは、急に慌てんじゃん」
細めた目をわざとらしく人差し指で拭う動作をし、斎藤は一しきり声を上げて笑い、そして椅子の回転を止めた。三半規管が悲鳴を上げたのか、よろよろと体を揺らしている。
それにしても、半ばカマかけのつもりで言ったのだが、ほんとに俺の困りごとを見透かしているとは、さすがというしかない。
「じゃあ、なんで断ったりしたのよ、なでしこちゃんからのキャンプの誘い」
「なんでってそりゃあ、『そういうの』じゃないからこそだろ」
「ふふ、そういうの?」
彼女は獲物を見つめた蛇のように笑う。
しかし、俺は俺で『くどいよ、そのくだり』なんて思っていたので、カエルのように怯むことはなく、ただシンプルに嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「てか、知ってんじゃん」
「だって、リンが焦る時ってコミュ障発揮した時が大概だし──もう、そんな顔しないでよう」
「じゃあ、そんなこと言うな。……まあ、そういうわけなんだけど。だけど、そういうのじゃないからなっ」
「はいはい」
聞き分けのない子供をなだめるような声色で相槌を打つな。
気に食わない、と今度は俺が唇を尖らせる。しかしテーブルにうつ伏せていた上半身は斎藤の煽りのおかげか、すっかり起き上がっており、そのことに気が付いた俺は更に眉間のしわを深めるのだった。なんか、負けた気分だよなあ。
まあ、そもそも犬山──あおいに伝えたように俺は斎藤に一度振られているのだ。ならば、自分が元々この手の話題を不得手にしていることを加味せずとも、斎藤に勝てるわけない。
どんなに目の前のニマニマと口の線を歪めた顔にイラついたとしても、だ。
そもそも、振った相手の前でこういう話ができるってメンタルどうなってんだよ、という話である。恋愛観念が昭和文豪並みに奔放なのだろうか。
おおよそセンシティヴな俺らの年頃に備わっていていい胆力とは思えないなあ。そりゃあ振られるわけである。始まりの里で魔王は倒せないのだから。
「まあ、リンがそうじゃないって言うなら別にそれでもいいや。けど恋煩いじゃないっていうなら、なんでそんなにぐったりしてたの? 食あたり?」
「食あたりでひいひい言ってるやつがバイト終わりに同級生の家にわざわざ転がり込むわけないだろ、普通に直帰するよ」
「元気なツッコミだなあ」
「なんか、ごめん」
「いいよー。……それで? 恋煩いでも食あたりでもないってことはなにさ。お母さんに叱られまちたかー?」
「いや幼児扱いっ」
もしかして『食あたり』って言葉遣いの耳障りの良さに誤魔化されてけど、彼女にとっては『ぽんぽんおいた?』って意味合いだったのか?
そりゃあ、ないぜ。
「私の都合を考えず押し掛けた上にこんなグダグダするような子、近所のやんちゃっ子にもいないけどね」
「んー言い返せない!」
弁明させてもらえるなら、一応、連絡はした。そんで既読の確認もしたし、なんだったら許可もいただいた。
「連絡が来て返事してからリンがここに来るまで十五分もなかったし」
そうでした。
たしかに、そうでした。弁明の余地もなかった。
「で?」
「えっ?」
「いや聞き返されても」と、斎藤はころころと笑う。
「リンがぐだってた理由。姿勢はすっかり元気になっちゃったみたいだけど、秘め事にするには我慢できなかったんでしょ?」
「ああ、そうだった。うん、我慢できなかったんだよ」
そういえば、そんな話だった。コミュニケーション不足がたたり、直ぐに話の筋を見失うのが俺の悪い癖だ。
「いや、リンにそんな癖ないでしょ。それにその手の癖はおしゃべり上手とか雑談魔が陥るやつだよ。校長先生とか──なに言い淀んでるの? リンらしくもない。ちゃっちゃと吐いちゃいなよー」
「いやあ、だってなあ」
どこまでもお見通しな人である。やはり胆力が違う。流行に乗るなら『人間としての格が違う』というやつだ。
自分としては、そんな感じでやいのやいのとやって、荒んだ心が癒されたところで帰りたかったのだが、そんな自分勝手は許されるはずもなく、やがて、斎藤によって『観念しました』と正座で申し開きのできない状況に追い込まれ、なんでこの部屋にやってきたのか。その痴態ともいえる、今となってはもう昔の話となるちょっとばかし時間をさかのぼった前の出来事を俺は話し始めるのだった。
趣味がひとり旅、と言うと、大抵に訊かれるのは『危ないのではないのか?』ということだ。自己紹介の度に趣味がキャンプだと言ってきたものだから、それを訊かれた回数は限りない。
そして、いってしまえば、その答えは、危ない。だ。
往々にして、ひとり旅にはその快適さと裏腹にちょっとした緊張感がつきまとう。キャンプ場までの運転では、誰かを轢いてしまわないかとか違反してないかとかで心配だし、キャンプ場では変な輩に絡まれない心配だし、夜はもっと怖い。全ての責任が自分にあるからなのかは分からないけれど、ある種、使命感にも似た直線棒が背中にスッと入り込んでいる感じが付きまとう。
余裕がないわけじゃない。むしろそんなオトナな感じを楽しんでいる節もある。ただ、そんな自己陶酔にも似た感傷がわいてくるのだ
「だから、しまりんは孤高なんだ」
「……雑な返事、どーも」
そんなわけで戻して時間を思い出すのは放課後。
なでしこに絡まれるも何とか振りほどき、帰宅早々親に一声かけて家を出た数十分後。
今日はバイトの日だったんだ。いや、まあ、斎藤は知ってると思うけど。
そう、閑古鳥すら鳴きに来ないような個人書店。
俺はカウンターで本を読み、大垣はその横で当たり前のように頬杖をついていた。
勿論、彼女はバイトでも何でもない。俺も初めの内は注意とか対策してたけど、結局は彼女の気迫に押されてなあなあになってしまうので、最近はもうあきらめていた。客も快活な少女に商品を手渡されてデレデレしてるし、もうどうにでもなれと思うことにしていた。
「見たとこによると、こりゃあ、しまりんも私に落ちるまでもうちょっとだね。勝ったな、ガハハ!」
「ははっ」
「空笑いて。いや、空笑いて……。いや、いやいや、だってさー。しまりんってツンツンしてるけど、こうやって2人になると割と優しいじゃん。冗談も通じるし、普通に笑うし、なーんか古き良きツンデレ? って感じじゃん」
「今日こそ追い出すぞ、このやろう」
そりゃあ、空笑うよ。あと、ツンデレじゃない。
──なんだよ、斎藤。言いたいことあるなら言いなよ?
「えっ、違うの?」
「……逆にそうだと思ったのか? 心外具合が沸騰して心が大気圏を突破しそうなんだけど」
「その例えはよく分からないけどリンの心がもともと大気圏外にあるんじゃないの、いっつも怒ってるし。ぷんぷん」
ぷんぷんって……。
まあ、ツンデレと思われるより万年沸点突破野郎と思われた方が……よくないわ。
怒っちゃうぞ、ぷんぷん。
……。
…………。ごめんて。ツンデレでいいよ、もう。
話を続けるよ? ええと。
「やん、乙女に乱暴な口調は嫌われるゾ」
「やかましいわ」
いやほんとにやかましいわ。思い出す気がなくなるわ。
乙女は大垣みたいにずかずかとプライベートスペースに入り込んでこないから……いや、そうでもないか。
最近知り合った乙女、全員入り込んでくるわ。入り込んできた挙句に私物をどさどさと置いて行ってる。しかも、引き取る気配がまるでないぞ?
あれ、自分の思う乙女観が間違っているか? それとも、周りの女子がそろいもそろって乙女ではないナニカなのか……?
「乙女って何だろう?」
「おいおい、しっかりしてくれよ、しまりん。なんだってあなたの隣にいるフローラルな女性がゴリラにでも見えているって?」
「ベタなフリはやめろ。いや、少なくとも人のバイトを進んで邪魔する非常識さを持ち合わせていないことが条件の一つだっていうのは分かるんだけどさ」
「よくわかってるじゃん。だからこそよ」
「……大垣は自分のことをよくわかってるか?」
なんて指摘にテヘッと舌を出し後頭部に手を置く彼女は、やがて自分のポーズに照れたのか、内股をすり合わせカウンター下のストーブに身を寄せた。
乙女らしく、恥じらっているようだった。
「まま、あたしのことはどうでもいいんだよ。大事なのは別のことよ」
ぱたぱたと手を振りながら彼女はそんなことを言う。
珍しいことに、今日は自分と話したいことがあるらしい。いつもなら、こうして親父みたいな笑い声を響かせているだけなのに。
「別っていうと? あー、もしかしてキャンプの相談?」
「そーそー。あたしもそれなりにキャンプ慣れしてきたしさぁ。ここいらでちょいとアドバイスをってね」
「まさかのされる方。いや、いい情報が貰えるなら構わないけど」
「まさかの、受け入れ姿勢。ツッコんでよ。さすがのあたしもキャンプ歴云年のしまりんに上から言ったりする気はないわい。──そうじゃなくてさ。相談は相談でもあたしでもしまりんでもない相談。ものは相談なんだが、ってやつ。あたしが言いたいのはしまりんとなでしこのことよ。ほら、あれ……分かるでしょ? 分かる? ……分かれ!」
「分かってるよ……なでしこのことでしょ? なでしことのキャンプを断った件」
我ながらパリッとした返答だった。
突き放す訳でもなく、受け止めるわけでもなく。言った者にも聞いた者にも何の情報も交換されない、無機質で無味無臭な物言い。まるで業務連絡のような確認作業で、絆のない『つうかあ』のやりとり。
とはいえ、自分としては掘り下げるつもりもないので、それ以上何か言うことはなく目を落としていた本のページをめくる。乾いた紙切れがこすれる音が指先に運動に反応する。音が耳朶を打つ。ストーブが音を立てる。
俺の返答に喉が詰まったのか、それとも、そもそも返答されたことに気が付かなかったのか。大垣が次に口を開いたのは目線が右ページ7行を通り過ぎたころだった。
「お、おおぅ。その通りだけど」
ハトが豆鉄砲を食ったように驚く。大方、僕がはぐらかすとでも思っていたのだろう。
けど、そうやってはぐらかすのは何かやましいことがあるか、または──そこに罪悪感が存在するのかどちらかだろう。
「ほんとお? またまたそんなコミュニケーションマスターみたいなこと言っちゃってー」
「悪かったな、斎藤との会話経験上そうだったんだよ」
「……別に断ったってよくない? よくあることじゃん。それとも、大垣は人からのお誘いを一回も断ったことがないっていうのか? 石を投げてもいいのは石を投げられたことのある奴だけだよ」
「だっさー、リンってば女の子に何言ってんのー?」
「いや、思い返すと恥ずいなあ。何言ってたんだ、俺は」
できることなら数年後お酒でも飲みながら思い出したかった。少なくとも、数時間後にほじくり返されたい発言じゃなかった。
斎藤は、それはいい顔で続きを促して来る。渋る表情を見せれば彼女は俊敏な動作で俺の向かい側へ腰を下ろすと、ずいっと顔を寄せた。それは最大限の好奇心を示す彼女の癖だった。初心な男にはとびっきりに質の悪い
大垣はそんな俺の態度にむっとして口をへの字に曲げる。
「それをいうなら、石を投げたことのない人だけが石を投げてもいい、だろ。しまりんの例えだと後悔の否定になっちゃうよ。それに、あたしはしまりんが誘いを断ったことに物申したいわけじゃなくてさ、しまりんが理由なく断ったことが疑問で聞きたいんだよ」
「疑問、ねえ……」
「そう、疑問。責め立てる気は一切ない」
「それは、うれしいことだあ」
一番、嬉しいのは俺をそっとしておいてもらうことだったけど。なんて隣に届かない程度の小さな嘆息を俺は漏らした。……まったく、どいつもこいつも世話好きな奴だし、なでしこは幸せ者だ。
大垣への返答もそこそこに、俺が思い出していたのは今日の朝のことに昼休みのこと、放課後のこと。
犬山に名前も知らぬなでしこの同級生、それとなでしこ本人。俺は同じような質問を、既に、三回も受けていた。まったく、なでしこってば、転校して間もないくせに慕われすぎじゃない?
カウンター下に置いていた250ミリリットルの飲料水に手を伸ばす。じりじりと脛を焼く小型電気ストーブの熱が額から汗となって、知らず知らずに放出されていた。暑い。
「俺も別の意味で暑い」
「だいじょうぶ? 顔真っ赤だよ」
「そう思うならここらで勘弁してくれない?」
「やだっ」
さいですか。
「けどさあ大垣。俺だって男だよ? どんなに童顔でも、どんだけ髪の毛が長くたって、俺は男だし、なでしこは女子だ。それにまだ尻の青い年齢だし、なんの責任だって負えない。理由っても俺からしたら、むしろ一緒にキャンプをして良い方の理由が知りたいくらいだよ。そもそも、大垣達にしたって、いくらクラブ活動といっても女子高校生三人だけのキャンプって、危なすぎだろ」
「んー。……いや、そーじゃねえ。違う違う。しまりん、それは違うってもんよ」
「なにがだよ」
「またまた、知らんふりしちゃってー。あたしは何も別に他人の色恋に出歯亀したくてこんな話をしてるんじゃあ、ないんよ?」
「イロコイ云々はさておいて、余計なお世話じゃないってんなら、なんのために……」
「決まってんじゃん」
ぴしゃり、と発言の雰囲気のままの調子で大垣は文庫本を支える俺の手に自分の左手を重ねた。そして、その動作で初めて自分がしきりに本の一ページを人差し指と親指の腹でこすっていたことに気が付いた。手を緩めれば、擦った跡が黄ばんだ紙を黒ずませている。目が滑り、何度もなぞった小説の一節から自分を解放するように顔を上げれば、大垣の双眸が眼鏡越しにこちらを見つめているのが分かった。それは爛々としていて、大きな吸い込まれそうな眼だった。
きっと彼女は俺に話しかけてきた時からずっと、こうして目を逸らさなかったのだろう。
清潔、潔白、白日。その姿勢を的確に表す言葉を俺は持っていなかったけれど、今はそのナニカにそんな綺麗で純な言葉を当てたくなかった。充てた途端に自分がそうでないもの感じてしまいそうで、徹底的に滅んでしまいそうだった。
そんな訳ない。大垣にそんなつもりはないし、善的だし、自然体だ。そんなことわかってる。
けれど、それが分かってしまうのが、その何よりの証左であるかのような気がして仕方がなかった。
『決まってるじゃん』、『わかっているでしょ?』とでもいうような目で彼女は繰り返した。
だから、俺は、目を逸らせなかった。
「しまりん。あたしたちから離れるつもりだったじゃん」
「いや、別に……」
「こんな性格でもあたしは女子だからさ。分かるんよ。しまりんがあたしに向ける『友達だよ』っていう目の奥に『今は』の二文字がちらついてんのがさ」
そんなつもりはなかった。と、思う間もなく大垣は俺にそんなつもりがないことは分かっていると言う。
「こればっかりは女じゃなきゃわかんない。性区別ってやつ。男女が同じ生き物って考えじゃ分かんないことだってあんのよ」
「……知ったようなことを」
「ま、今週発売の雑誌に書いてあった文句だしな──けどよ、しまりん。それでも女子の友情と男子の友情って違うと思わねーか?」
「おいまて、その手の話って絶対、大垣に向いてねーだろ」
「いいから」
「……んー、知らんけど、違うんじゃないか? 人間、遺伝50、環境50っていうし」
男子が女子の会話を取り挙げ馬鹿にしているのも、女子が男子の低俗さを嘲笑するのも、ありふれた話だ。
SNSで喧々囂々とそういった話題が議論されているのもよく見るし。
「ま、あたしはこーみえて女子なので、知ってるのは女子の友情なんだけどさ」
「へえ」
「女子の友情は媒介がヒツヨーなんだよね。本当の意味で意味のない会話って女子にはないんだよ。あたしはこーみえても女子だから知ってるけど」
「うん。そうなんだ。まあ、お世辞にも俺は女子に限らず友情ってものが分からないんだけどね。こーみえてぼっちだから」
「しまりん……」
いや、スルーするか、ツッコんでくれよ。
「ぐすん……私が付いてるからね」
「いらんわい、そんな同情」
たとえ、友情だったとしても、ごめんであった。
「つまりな、そーみえてぼっちのしまりん。女子の友情の根底には利害関係があるんよ。ともすれば資本主義にも近い、ね」
「まるで男子が損得勘定で動けない不合理的で愚かな生物みたいじゃん」
「そーじゃん」
「そうだよ」
「……ま、つまり、女子にさばさばした大雑把な奴はいねーってことなんだよね」
「……えぇ」
やっぱ、この話、大垣がしちゃだめじゃん。いろいろこんがらがっちゃうよ。
「ねえ、これって恋愛談義? それとも漫才? どっちにしても二流なんだけど」
「その割には目が輝きっぱなしだけど?」
「えへへ」
そんな至近距離で微笑まないで。また体温があがっちゃうから。
「色々おいておくとして。大垣が女子社会マスターで、女子が利益のない友情に関心がなくて、その時の目を俺がしていたっていうことはよくわかった。たださ、それでもやっぱ、大垣はちょっとした、けど重大な勘違いをしてると思うんだよ」
「女子マスターのあたしが? まっさかー」
「いやいや、マスターのご慧眼は冴えわたっているよ。その通り、確かに自分はそんな目をしちゃってたのかもしれないし、なでしこのお誘いを断ったのもその布石だったのかもしれない」
「だろだろ!?」
「その理由が結局、直観なのも大垣らしいよ」
あるいは、女子らしい。
ああ、なんでこんな言い合いをしてるんだろうか。そもそもこういう言い合いが嫌で断ったっていうのに。これだから会話が苦手なんだ。友情だとか知り合いだとか、恋愛だとか。関係性があまりにも複雑すぎる。そのくせ向こう方はその流動性を嬉々として受け入れる。なのに勘違いだとかなんとか。……十人一色ならどれだけよかったか。
なんて、ぐちゃぐちゃ考える、自分が一番イヤだ。
だから大垣、俺は断るよ。
「──だって、そもそも大垣達にそんなに友情を感じてねーもん」
「ひゅうっ、やるね!」
「……」
考えうる限り、最悪の相槌だよ、このやろう!
そもそも出会って時間も大して経っていない。俺が今まで一人でいたから二倍三倍の付き合いに感じているだけなんだ。だから、冷たいだとか、薄情だとか思ってほしくない。
この感情は、そう。元来、一人でいることが多いということからも察せらるる俺の個性の一つである、と思ってほしい。
言い放った後、少し遠くを見ればお客さんがやってくるのが見えた。今日は有名なメンズ雑誌の発売日とあって男性客が多い。
ガーン、と分かりやすく愕然とする大垣を横目に、レジ対応を進める。目の前の男性客はお釣りをもらうと、やはりというべきか、隣に座る呆けた彼女を胡乱げに見つつ退店していった。
「おい、大垣」
声掛け。固まっている。
揺する。固まっている。
面倒だ。固まっている。
ダンマリじゃ、仕方がない。本を読みなおすことにした。
くだらない、ラブコメの本だった。
「って、ちょいちょーい! なぁーに平然と本に目を落としとるんでぃ! もうちょっと心配せんかーい。しまりんの薄情者!」
「俺を薄情者と呼ばないで。情がないって言ったばかりだろ?」
「やかましいわい! 人間話したらもう友達なんじゃい! 友情万歳!」
「コミュニケーションに対してノーガードすぎるでしょ。他人との親愛度をはじき出す公式の変数t(=出会ってからの時間)が無限に固定されてんのか」
「友情は数値じゃないわい! この妖怪友情距離測りッ」
まるで僕が親密度を操作するタイプの催眠を施すマッドサイエンティスト系妖怪であるかのような物言いじゃないか。
「その通りでしょ、てか大垣さんにもコミュ障いわれてるし」
「悪いね、ついこの間まで俺の会話ってのは家族と斎藤だけのものだったんだよ」
「それは……しょうがないね」
そういいつつ彼女の笑みは深まるばかりだ。ばかにしやがって。はあ。
……いや、なんだよマッドサイエンティスト系妖怪って。そんな愉快なツッコみを入れている場合じゃない。
そうじゃないだろう、俺。気を強く持てと自分に言い聞かせ、なるたけそっけない態度で大垣の言葉を待つ。
「しまりんって、もしかして、『友達何人いる?』って聞かれたときに『そもそも友達の定義は何?』って聞き返すタイプ?」
「わかってるじゃーん!」
はしゃぐな。俺のクールな受け答えが台無しだろう?
「逆に笑顔で『出会った人全員!』とかのたまう人間性があると思う?」
「Oh……」
「え、だめだった?」
「その返しが出ちゃうあたり、重症だよ……」
「じゃあ、俺も聞きたいんだけど。その、ジョシノユウジョウって奴に利害が絡むってんならさ、大垣達が俺と仲良くすることにどんな相互利益があるんだ?」
要は、肝心なのはそこなんだと思う。
(男女の友情を既に必要としない自分が例の冷めた目をしているというのなら、なぜ、彼女たちは縋り付くのか。こんな自己中心的で利己防衛的な輩など、遠巻きに破滅していくのを見ているのが丁度いいキョリカンであるはずだ。臭いものに蓋──いけないのだろうか?)
そんなことを考える一方、薄々『そんなことない』だとか言ってキャンプの知識や僕自身を肯定するのを予感している自分がいよいよ嫌になってきたころ。
しばらく考え込んでいた大垣はこんなことを言いだした。
「ないな!」
「はい?」
「ん? ない!」
ないことはないだろう。いわんや、ないにしろ、もうちょっと包み隠して例えの陰にかくしていってくれ。なんだか俺の価値がないって言われた気分になるから。
いや、別に何か期待していたわけじゃないけどな。
「……言っておくが、ツンデレじゃないからな」
「なにもいってないけど?」
「わかってるよ……」
斎藤は椅子の上で組んでいた足を崩すと俺の方に足を向けぷらぷらと揺らした。
そして、机の上に置いてあった1.5リットルのお茶を直に口をつけ、ゴクリと煽るように飲み始める。
彼女にしては乱暴な所作。けど、うだるように口を拭う仕草はなんとなく、彼女らしかった。
「えっと、話し、続けていい?」
「んー、もういいかな。なんとなく話は見えたし」
「いやまあ、話は始めっから見えすぎなほど見えてたけどな」
話に内容も透けるように薄かったし。
ようは、断ってからというもの、今に至るまで問い詰めに次ぐ問い詰めだったというだけ。
告白を断ったわけでもあるまいし、大げさだと思うんだけどなあ。
「まあ、なでしこちゃん達も悪気はないんだし、攻めるっていうよりかは冗談まじりだったんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ、体のいい会話の糸口ができたって感じだったんじゃないのかな?」
「うん、それも何となく想像ついたんだよ。だけどさ、斎藤。だからこそ分からないんだよ。だってさ、相手は『志摩りん』だよ? なんでそんな……」
「うんうん、りんの言いたいことはよく分かるよ。けど、りんが思うより周りはリンに対して興味を持ってるよ」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ変わってるからじゃないかなあ」
はっきり言ってくれるなあ……。
けど、そんな珍獣みたさでこられてもなあ。どうしろっていうんだよ。という話だ。
「ふふ、けど私としてはリンの良さがみんなに伝わり始めたようで誇らしいけどね」
「よく言うよ」
時計を見やれば、そろそろ夕飯時。この部屋に来てからいつの間にか二時間が経とうとしていた。
「そういえば、お母さんがりんをご飯に誘ってたけど、どうするの?」
「今日は遠慮しておこうかな……いろいろ疲れたし」
「ん、分かった。それじゃあ、今日はこの辺でって感じ?」
「そうなる……なんかありがとな。色々聞いてもらって整理ついたわ」
やること自体はあんまり変わらないけど、あんまり変える必要がないってことに気づかせてもらったことは大きい収穫だ。
来た時よりもすっきりした面持ちで帰りの支度をしていると、斎藤が、あっと声を出した。
「そういえば、さ」
「? なんだよ」
「いや、結局なでしこちゃんのお誘いは断ったんでしょ?」
「まあ」
「じゃあ、その日はどうすることにしたの? その日って予定なかったよね?」
ああ、そんなことか。
確かに何の予定も、
「いや、実は今回のこと。じいちゃんにも相談しててさ。そしたら一人になるのに丁度いい場所があるって教えてもらったんだよね。だから、その日はそこに行くつもり」
「へえ……りんのおじいちゃんもキャンプ好きだもんねえ」
「じいちゃんが大本だからね」
「ふうん、それで、どこを勧められたの?」
「えーっと、『四尾連湖』ってところ」
「あっ……」
一方なでしこは、野クルの隊長からあるミッションを受け渡されたのであった。
──あっ。