TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩リン
・原作とは違い身長は同世代平均程度。細身体型。
・コミュ弱

各務原なでしこ
・ピンク髪の大食らい。
・コミュ強



第2話

「……んで、アンタはこっちに引っ越してきたばかりで、自転車で富士を見に来た」

 

「うん」

 

「けど、自転車で来たから疲れ果てて寝てしまった」

 

「……うん」

 

「で、気付いたら夜になっていた、と」

 

「へぶぁ……」

 

 本当に。

 なんでこうなった、って感じだ。

 とりあえずキャンプ地に連れて来て事情を聞いたはいいものの、なんというか、まぁ分かっていたことだけどコイツからアホの子の匂いがプンプンとする。

 焚き火がパチパチ音を立てるのを見ながら俺は駐車場を指差した。

 

「あそこのトンネル使えば一直線で帰れるよ」

 

「むりむりむりぃっ!怖すぎるよ!」

 

 まぁ、そうだよな。何が出るか分かったものじゃないし。

 ここは山の麓なだけあって、日が落ちるのが早いからなぁ。何時に起きたのかは知らんけど、起きて真っ暗だったってのは、大分驚いたはずだ。

 

「それじゃあ迎えに来てもらうのは? スマホとか持ってないの?」

 

「へ?」

 

「スマホ、ないの?」

 

「……あるかも」

 

 かもってなんだよ。慌ただしく上着のポケットに手を突っ込む彼女を見て思う。あと、そんなにバタバタされると俺の方に煙いのが来るからやめてほしい。

 

「あった!」

 

 しばらく焚き火の燃え具合を見ていると心底ホッとしたような声がした。どうやら無事スマホが見つかったようだ。

 

「そりゃ良かった」

 

「あ……トランプだった」

 

「なんでだよ」

 

 コンバンハ、と言わんばかりにダイヤのクイーンがプラスチックケース越しにこちらを見ている。コンビニでよく売っている極めてベーシックなトランプだ。

 俺が向ける呆れた視線に気がついたのか、彼女はつーッと目を逸らしてあやふやに笑った。

 

「ババ抜き、する?」

 

「しねぇよ、するわけがねぇよ。……第一、ババ抜きは二人でやるような遊びじゃないだろ」

 

「えぇ、そうかなぁ。私はお姉ちゃんと良くするけど。なんでかいつも負けちゃうんだけどね」

 

 危機感がないのか、ピンク髪の彼女はふにゃりとした笑みを崩さない。

 どこまでも陽気でいられるその精神力はある意味尊敬に値するが、正直言ってこの手のキャラクターは話し相手として自分の得意なタイプではない。相手に聞こえないように、口の中で小さくため息をつき俺は彼女にトランプはしまうようにとジェスチャーした。

 

「んじゃあ、家電の番号教えて。俺のスマホ貸すから」

 

「引っ越したばかりでわかりませんっ!」

 

「……威張っていうな。それじゃあ自分のスマホの番号は?」

 

「記憶にございませんっ!」

 

「だから威張るなって。お前はどこの政治家だ」

 

 というか、打つ手なしじゃん。どうするんだよ。

 そもそもなんで俺がこんなに頭を悩ましてるっているのにコイツはのうのうと笑ってるんだ。いや、心の中で大慌てしてるのかもしれないけど、それにしたって安心し過ぎってものだろう。こんな人っ子一人いないような、夜のキャンプ地で知らない男と二人きりだっていうのに。

 俺がおかしいのか……いや、俺は正しいはずだ。

 

 悶々とそんな思考をグルグルさせていると、突如、妙に間の抜けた音が目の前から聞こえてくる。

 

 ぐぅぅぅぅぅぅ。

 

「……おい」

 

「えへへ……」

 

 いや、分かるけど。分かるけども。

 時間は19時30分と良い感じにご飯時だし、寝ていた時間を考えるとコイツは恐らく昼を抜いていたはずだ。

 だから、お腹が空いていたのも納得できるし当然ことだとも言える。

 ……だけどさぁ。それにしたって、なぁ?

 

「……はぁ」

 

「溜息だ?!」

 

「そりゃあ溜息もつきたくもなるわ。こんなにも警戒心のかけらもない音をだらしなく鳴らされたら」

 

「だらしないって言われた?!」

 

「──ラーメン」

 

「ん?」

 

「カップラーメンならあるけど、食べる?」

 

「えっ?いいの?!」

 

 目をキランキランに輝かせて詰め寄ってくる女の子。俺は急に近づいてきた彼女から顔を背け(パーソナルスペースの近い奴だ)、ごそごそとカバンからカップラーメンを取り出す。本当なら俺の胃の中に収まるものだったが、まあ、可愛い女の子に食べられた方がコイツにとっても本望だろう。

 

「いいよ。……はい、1500円」

 

 けど、このくらいの意地悪は許してくれたっていいはずだ。

 

「じゅっ……15回払いでお願いします」

 

 リボ払いなら。なんて畳み掛けるようなことを言いそうになたが、既に、面白いくらいに彼女は震えて100円を差し出してきた。

 あわあわと口まで振るわせるものだから思わずぷっ、と吹き出す。

 

「冗談だよ。お金はいらないから、ちょっと待ってな」

 

 笑いながら手を振って100円を押し戻した。俺の言葉にキョトンとする、その表情込みでもう1500円の価値は超えそうだし、もうその分と同価値程度の笑いは貰った気分だった。

 

 まだ笑いが残ったまま、俺はテーブルに置いておいたシングルバーナーと水入れを手に取る。

 シングルバーナーは風が強くても安定して水を温められるから冬キャンプには欠かせないキャンプ道具の一つだ。俺の使っているモノは、耐風性を特に意識しているタイプで、バーナーの頭の部分がすり鉢状になっているのが特徴だ。お値段はキッパリ7980円。田舎の学生には少々高いので、セールを狙って4980円で買いました。

 

 カチッとスイッチを入れると、青白い炎が灯る。

 

「おおっ、綺麗な色だぁ」

 

「台所のガスコンロと同じ色だよ」

 

「夜空の下で見るのと電気の下で見るのじゃ全然違うからっ。……ふふふ、ロマンだよ、キミィ……」

 

「……そっか」

 

 色々と出かけた悪態を噛み潰して相槌を打った。

 彼女は何かツボにハマったのか、しばらく水がお湯に変わる様子を観察していたが、ふと気付いたようにこちらを向いて尋ねてきた。

 

「そういえば、わざわざバーナーを使わなくても、焚き火の火を使って水を沸かせば良かったんじゃないの?」

 

 学校行事の飯盒炊飯でも思い出したらしく、彼女は両手の指先で飯盒の概形を象るように空を切る。確かに、本格派のキャンパーはそれで調理することもあるのだろうが俺は残念ながらゆるキャンパーだ。

 

「焚き火で沸かすと鍋が煤で真っ黒になっちゃうから」

 

「へえぇー、そうなんだー。プロみたいだねー!」

 

「……」

 

 なんのだよ、と再度出かけた悪態をまたもや噛み潰す。

 せめてものツッコミとして相槌は打たなかった。

 そんな問答から更にしばらく経って、ぷくぶくぷく。と鍋の中で小さい泡が出始めたころ。

 

「くしゅんっ」

 

 それを見ていたピンク髪の女の子は小さいくしゃみをした。

 寒い日に外であんだけ寝ていたんだ。風邪の一つや二つ引くだろう。

 毛布の催促だろうか、なんて嫌な暗い思考を押しつぶす。

 どうやら今のくしゃみは彼女にとって思わず出てしまったモノであるようで、慌てて様子を取り繕って、再び静かに水が沸騰する様子を観察し始めた。

 

(遠慮しなくていいのに)

 

 それを見ていた俺は合点が行く。ただの水をやたら熱心に観察をしているな、と思ったがどうやら寒かったらしい。考えても見れば、氷点下もかくやという極寒(とまではいかないが、それでも外にはいたくない程度には寒い夜)なのだ。彼女の服装はさぞかし冷えただろうに。

 

 薪の量を増やそうか? とか、寒いのに気づかなくて悪かった、とか彼女になんか一言掛けようと口をモゴモゴとして、けれどうまく言葉にできなかったので俺は無言で薪を足すことにする。毛布を貸す勇気のない思春期を恨みながら。

 

 パチパチ、からパタパタごうごう、へ焚き火の音が変化する。

 同時に、グツグツと鍋の方からも沸騰を知らせる泡立ちの響きが聞こえてくる。

 

「……あ、ありがとう!!」

 

 感謝する彼女の言葉に、手を振って「気にするな」と答えて俺はラーメンにお湯を注いだ。今日のカップ麺は、カレーヌードルだ。

 

「わくわく、わくわく」

 

 とこちらの手元を分かりやすくジッと見る彼女に苦笑する。

 思えば、キャンプは人よりもしている方だけど、俺はソロキャンプ以外をしたことがなかった。

 誰かとキャンプをするっていうのは、こんな感じなのだろうか。

 

「ねえねえ、山の方だと水がお湯になるのが早いって聞くけど、ラーメンが柔らかくなるのも早いのかなぁ?」

 

「いや、麺が水を吸うのと気圧に関係はないと思う」

 

 あったとしても、逆に圧力の低さから遅くなりそうな気がするが、それはどうでもいい。考えるべきことは、いかにしてコイツを家に帰すか、だ。スマホもないと言っていたし、彼女の家族もそろそろ本格的に心配し始める頃だろう。警察やなんやらが動き出す前になんとかしないと。

 

「ねぇ、あなたの名前はなんていうの?」

 

「志摩リン」

 

「しまりん?」

 

「違う。志摩、リンだ」

 

「じゃあ、リンくんはラーメン食べないの?」

 

「……もう食べたから。普通にお腹一杯なだけだから気にしないで食べてくれ」

 

「そうなんだ……じゃあ、いただきますっ!!」

 

 パキンっと小気味のいい音を立てて割り箸を割ると、彼女はカレー味のラーメンを啜り始めた。ずるる、ずるるる、と。

 外国人はこの音に不快感を覚えると言うけれど、俺なんかはここまで気持ちよく食べられると、寧ろ心地いい音に聞こえる。逆に、ヨーグルトや白飯なんかを音を立てて吸い食べられるとどんなにうまそうな食い方であっても「音を立てる必要ある?」と不快になる。

 

 はふっ、はふっ、ずるるるぅ。ぷはぁ。

 

 ラーメンから沸き立つ湯気に目をつむり、麺をすすって頬を膨らませて、汁を飲んで一息つく。誰もがやる動作なのに、その一つ一つの動作がとんでもなくカレー麺を美味そうに演出しているのはなぜなのか。

 ニコニコとして、食べる彼女を見てると、脳内に『いっぱい食べる君が好き〜』と別に、好きでもないのにかのCMソングが聞こえてくるようだ。

 

「火傷したぁ」

 

 なんて満面の笑みで彼女が言った時には、思わず『なんで嬉しそうなんだ』と突っ込みそうになった。

 

「……なぁ。アンタは一体どこから来たんだ?」

 

 彼女がラーメンを食べ終わり一息ついたところで聞いてみる。

 なんとなく気になったから。

 

「私? ずーっと下の南部町ってとこ。……あと、私はなでしこって名前だよ!」

 

「なでしこ?」

 

「そう!」

 

 南部町というと、ここからだいぶ距離がある。少なくとも自転車でここまで来るのは遠慮するくらいには遠いはずだ。

 それに変な苗字だなぁ。なんて思いながら俺は話を続ける。

 

「それじゃあ、なでしこ。なんで、今日なんだ?」

 

「ふぇ?」

 

「いや、今日引っ越したなら明日でもいいじゃん。山梨に住むなら嫌でもいつかは富士山見えるし」

 

「『もとすこのふじさんは千円札の絵にもなっている!』」

 

 なでしこは声色を変えて言った。

 スープまで飲み終えたラーメンのカップをテープにおく。

 

「お姉ちゃんがそーゆーから長い坂上ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもん」

 

 山梨への移動中、富士山が見えた時にでも聞いたのだろう。

 そう言えばそうだったな、と思い俺は富士山の方を見やった。

 

「……って、聞いてる?」

 

 見やった。

 目線を送った。

 そして、目を見開いて、笑みが浮かんだ。

 

「『見えない』って、アレが?」

 

「えっ?」

 

「あれ」

 

「『あれ』って───あ」

 

 

 ある夜月に 富士大形の 寒さかな

 

 

 飯田蛇笏の一句。

 句自体の解釈が分からずとも、この光景にピッタリであることは間違いないだろう。

 月があって、富士があって、寒さがあって。

 そして、他にあるのはそれらに比べてあまりにも小さすぎる自分のみ。けれど、小さいからこそ、この景色の良さを知るのであって、そこは決して僻むべきことではなく、かえって喜ぶべきことなのだろう。

 眩しすぎる風景に目を閉じて感じていると、富士の方へ振り向いてから何秒も立ってからようやく彼女はポツリ、

 

「───見えた」

 

 とつぶやいた。

 さっきまでの陽気さは一体どこに消えたのか。ようやく望んだ光景に臨んだというのに、彼女ははしゃぎ回ることもスマホを構えることもなくただただ立っていた。

 言うまでもなく、それは、これ以上なくこの光景を楽しんでいる証拠でもあった。

 

 

 

「……あっ。お姉ちゃんの電話番号しってた」

 

 

 

 ー・ー・ー

 

 今回のオチ。というか、次回があってたまるかって話だけれど。

 

「うちのバカ妹が

「ほんっとう―――に!

「お世話になりましたっ!!」

 

 電話をして、南部町から来たと言うにはあまりにも早い時間もなく、なでしこのお姉さんがやってきた。おそらくずっと車を走らせていたのだろう。お姉さんの掌にはしっかりとハンドルの縫い目が転写されていた。

 お姉さん、いや、なでしこもその姉もどちらもナデシコ氏なので、便宜上なでしこ姉としようと思うが、なでしこ姉は前髪をあげた綺麗系なお姉さんだった。

 

「別に、大したことは」

 

「いいの、いいの! 迷惑かけたのは分かりきってるから。……ほら、アンタも謝りなさい。全く、持ち歩かなきゃ携帯電話って言わないのよ」

 

 全然かえってこねーし、となでしこ姉はナデシコをなじる。既にげんこつを3発食らっていたなでこは這々の体で『ずびばぜん゛でじだあ゛あああぁ』と呻いた。

 

「これ、お詫びにどうぞ」

 

 そう言ってなでしこ姉に渡されたのは、キウイが山盛りに入ったビニール袋。

 いや、いらないです。と遠慮する間も無くナデシコ姉はなでしこを車に詰め込むと車にエンジンを掛けた。

 

「それじゃっ、おやすみなさい」

 

「あっ、はい。おやすみなさい……」

 

 颯の如くやってきて、嵐のように去っていった。

 呆然とした俺はなんとなしに手を振り、そして車に背を向ける。

 そして、テントに帰ろうと足を踏み出し──、

 

 

「ちょっとまって!!」

 

 

 と声をかけられた。

 先ほどまで会話していた相手だ。誰かは振り返らなくても分かる。

 

「? どうした、忘れ物でもしたのか? なでしこ」

 

「ううん! ちがくて。これっ私の番号」

 

 走ってきたのか、ハアハアと息を切らしながら俺の手に小さな紙をのせる。

 

「お姉ちゃんに聞いたんだー。……カレーめん! ありがとっ!」

 

 そう言って、遠くに見える車へ走る。

 そんなに急いて、30秒で帰ってこい、とでも言われたんだろうか。

 

「今度はちゃんと。キャンプ……やろーねっ! じゃーねー!!」

 

 車と俺との距離の中程で叫んで彼女は戻っていた。

 

「初対面の、それも異性とキャンプをする約束とか。やっぱヘンな奴」

 

 ブロロロ……遠ざかる音を前に改めて思う。

 

 手のひらを除くと、忙しない筆跡で書かれた電話番号と『各務原なでしこ』の文字。

 

「……まぁ、登録だけしといてやるか」

 

 ギュルルルルゥ。と空腹を訴える自分の腹に苦笑いを浮かべ、キャンプ地に戻ったらキウイを決意する。

 

(なでしこって、苗字じゃなくて名前だったのか……)

 

 テントに戻るべく振り向いた視線の先には、深閑と共に大形の三角富士が座っていた。


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