TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩リン
・図書委員会所属。じゃんけん決めを避けるため不人気な委員会を選ぶ。

斉藤恵那
・最近リンがお団子に対する寛容さを身につけて来たことに満足げな様子。

各務原なでしこ
・動物に例えると鳥だと思う。


第4話

 志摩リンは図書委員である。

 と書くと、なんだかとっても本好きで、なにやら特別な事情を抱えていそうな気がするけれど、別にそんなことはない。やや低めの温度に設定されたストーブがゴウゴウと唸りを上げる大部屋の片隅、受付用カウンター席に座って本を読んでいる、そんな特別の『と』の字もないごく普通の図書委員が『志摩リン』という図書委員であった。

 

 しかし、そんな事実とは裏腹に、思い返せば俺は、『バイトで本屋に行き、学校でも図書館に通い、キャンプでも本を読んでいる』という、まさに本尽くしな生活を送っている。けれどそれもただ結果的にそうなっているだけで、本好きには申し訳ないがそこに湧き出るような積極性は一切ない。

 いうなれば、受動的読書家。

 例えば、キャンプでの読書。俺の目的はあくまでもキャンプという行動そのものでありキャンプを行った先に目的があるわけではないので、どうしても暇ができてしまう。それも割と長い時間。その対策として、さほど荷物にもならない本を選んでいるだけなのだ。バイトにしたって山梨在住の田舎高校生にはバイトを選ぶ権利がなかっただけだし、図書委員は揉めることなく丁度いい委員に入るために都合が良かっただけだ。

 ……だからといって、嫌いなわけでもないけど。

 

「いやツンデレか」

 

 からからと笑い斉藤は、サッと髪に櫛を通した。

 彼女の髪ではなく、俺の髪を。

 最近買った、志摩リン専用の櫛で。

 いつのまにか。

 いや、ホントにいつの間にだよ。それを買ったのも、櫛を通したのも。

 

「こら斉藤、ナチュラルに後ろに回るな。あと、志摩リン専用の櫛ってなんだよ」

「え? これのことだけど」

 

 斉藤の手首のスナップにシンクロしてヒラヒラと揺れる半透明な茶色の髪梳き。髪を切るときに使う取手の着いたノコギリみたいな奴じゃなくて、クラスルームなんかでよく女子が使う半月形のやつが斉藤の手振りに合わせてキラキラと照明を遮り・通しを繰り返す。

 チカッ、チカッ、と見えては消えてを繰り返す眩しい光に顔を顰め俺は「やめてくれ」と言った。

 

「やめなーい」

 

 と、なにを勘違いしたのか斉藤は再び蜘蛛のように俺の後ろへと忍び寄ると、しゅばばと猛烈な勢いで俺の髪を弄り始めた。

 今日の昼休みは何もしてこなかったから、ようやく彼女も俺の髪いじりをやめたのかと思っていたが、どうやらそれは俺の思い違い違いであったらしい。やはり、面と向かっても人と人は分かり合うことはないのだろう。

 場所と時は昼休みのクラスから移って、放課後の図書室。週二回ある図書委員会の当番中。

 斉藤は図書館になぜかいる。ままよくあることである。

 

「リンの髪の毛って不思議な触り心地なんだよね。女子みたいに細くてサラサラってわけじゃないんだけど、引っかかりはないし。かといって、エンジェルリングが出来るくらい光ってるわけじゃなくて、むしろ霞んだ質感というか……女子の髪の毛が布ならリンの髪は風みたいって感じ」

「──それ褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。……あっ、そうそう。赤ちゃんの毛みたいなんだよね、細くなくてツルツルしてない感じが」

「それは褒めてないだろ」

「褒めてるって。……けど、こんなに髪の毛を伸ばしててよく今まで怒られなかったよね」

「あー……」

 

 怒られたことはある。中学時代の時に一回。

 中学二年生の頃。それはまだ、髪の長さが耳を隠しきるかきるないかの時だった。俺のいた中学校には特段、髪に関する校則などはなかったが、いかんせん、ただ整えもせず放置し続けていたため、左右の伸びは違ったり前髪は鼻に到達していたりと全体としてさすらいの流浪人みたいになっていた。しかも雑に左右に前髪を払って目立たないピンで留めている状態だった。そりゃあ注意もされるというものだ。今から思えば、素直に安い1000円カットに行けばよかっただけの話なのだが、当時の俺は何を思ったのか1000円という額を惜しみ、どうにかして誤魔化せないかと考えた。

 

「──んで、自分で切ることにした」

「カットする器具とかはどうしたの?」

「家にあった工作用のハサミを使った」

 

 結果、ざんぎり頭とまでは行かないまでも、妙ちきりんなパッツン頭になってしまった。さすがの先生もそんな俺を見てやべえと思ったのか、それ以降は何も言わなくなった。

 

「まぁ、中学二年生を経験した男子ってのは多かれ少なかれこんくらいのエピソードを持ってるから、そう珍しい話でもないよ」

「いやいや、工作ばさみって……大分、珍しいよ。稀有だよ。レアケースだよっ。ファンキー通り越してもはやファンタジーに一歩踏み込んでるから」

「そこまで言うか」

「だって、髪は女の子の命だよ。命を捨てちゃダメでしょ」

「男だよ、バカヤロウ」

 

 軽口を叩き合って数分。やがて斎藤は「できたよー」と、こともなげに告げてきた。『こともなげ』の文字通り、何事もなかったかのような自然な口調だったけれど、確実に俺の頭には異変が起こっていて、手を上にやれば手にすっぽりと収まる丸いモノが置かれていた。

 言うまでもなく、それは俺の髪の毛で作られたお団子だった。

 

「引っ張りすぎて痛くない?」

「なんか負けた感じがするから言いたくないけど、丁度いい」

 

 ピン、と髪が引っ張られる感覚がありつつもそれが不快ではない感じが逆に素直に受け入れられなかった。

 そうこうしていると三冊の本を持った生徒が歩いてから来たので、貸出手続きをするためにパソコンを操作して画面を開く。

 出された本と利用カードにバーコードリーダーを押し当てる。ピッ、ピッ、とレジを通した時と同じ音が鳴る。軽く会釈をしてくれた生徒に「ども」と返礼をして、彼が図書室を出ていくのを確認して俺は口を開いた。

 

「うーん。レジを通したのにお金を貰わないから、妙な違和感があるなぁ」

「いやいや。レジじゃないし、ただの記録リーダーでしょ……って、そういえば、リンって本屋でバイトしてたんだっけ?」

 

 シュルッと、俺のお団子を解いて斉藤が応える。

 

「品出しとかする時間帯じゃないし、もっぱらレジ打ちか本を読んでるだけなんだけどね」

「チェーン店でもない限り、田舎のバイトはその辺ゆるゆるだからねぇ」

「バイト代もゆるゆるだけどな」

 

 シフトも増えるどころか、下手したら減ることもあるくらいだ。

 その代わり、規則も割とゆるゆるで、勤務時間中に商品を読んでいてもあんまり咎められることがなかったりする。

 

「バイトかぁ。私もやってみたいけどなぁ」

「斉藤は要領いいし弁も立つし接客とかあってるんじゃない? きっと対クレーマー用最終兵器になれるよ」

「あはは。悪いこと言う頭はコヤツかー?」

「いたたた、髪引っ張るなよ──ごめんって。……けどさ、なんでバイトしたいの? だいぶ突然じゃない?」

「いやぁ、これといって目的はないんだけどね。なんとなくっていうのかなー、。欲しいもの今は特にないし」

「ただの気まぐれかい」

 

 俺は斉藤にツッコミを入れ、首に巻いたマスクを口まで上げた。

 シュルシュルと頭上から髪が擦れ合う音が聞こえる。

 カリカリと机が並ぶスペースから受験生たちの努力の音が聞こえる。

 ギッ。背もたれに体を預けると椅子が軋む。

 

「……なぁ、斉藤」「なぁに?」「なんでここにいるんだ?」「んー、気分」「そうか」そんな短文の会話を挟み、俺は窓の外を見た。

 なんとなく、気恥ずかしくなってしまったのだ。

 今更「なぜここにいるのか」なんて質問をしたことや、いとも簡単に流されてしまったことや、女子に髪を弄られるこの状態などが、急に心にきた。

 自分でもなんでか分からないが、急にきゅっと、絞られるような恥ずかしさが襲ってきたのだ。かといって、斉藤が俺の髪をいじっているので頭を伏せることもできないので(以前、変に動いたら怖い笑みを浮かべて迫られたことがある)せめてもの抵抗として外を見たというワケだった。

 

(……なんでテント? っていうかアイツ)

 

 しかし、外は外で意味分かんない光景が広まっていた。

 地面に広がるぺったんこの状態の青いテントと空高く掲げられた二本の黒いポール。そして、ピンク髪の少女。

 見間違えようも疑いようもなく彼女は、一昨日会った各務原なでしこだった。唐突かつ一方的な再会にゲッと思わず口が歪む。

 

(引っ越すってここの高校だったのか。というか、アイツ高校生だったの?)

 

 勝手に中学生だと思い込んでいた。アホっぽかったし。ワタワタと見覚えのない女子二人とテント設営をぼやっと見ていると斉藤が上から覗き込んできた。

 

「リン、あの子達が気になるの? やっぱテント立ててるからシンパシー感じちゃうかんじ?」

「いや、別に……」

「できたー! クマヘアー」

「おい聞けよ。あとやめろ」

 

 かわいい系はさすがにダメだ。

 あ、なにしてんだよ。この、パシャるな。構図を丁寧に整えた上で目線を要求してからスマホで写真をとるな。

 急いでスマホを取り上げる。が、電源が消されていてどうしようもない。「どうしてくれるんだ」と後ろを振り返り斉藤を見上げると、彼女は窓の方を見て「あ」と声を漏らした。それにつられて俺も首を外に向けると、真っ二つに折れたポールとそれを見て焦るなでしこたちが目に映る。

 

「棒、折れちゃったよ」

「……あー」

 

 見た感じ新品に近いし、それでポールが折れるってことはだいぶ安いテントだったんだろう。安いテントだとしなりが悪いしサイズも悪い意味で結構ギリギリを攻めてくるから、ネットとかでよく折れたという書き込みを見ることがある。

 俺はまだポール折れの経験がないけど、じいちゃんが「ポールの折れは心の折れだ」と言ってた覚えがある。目の前の惨状をこうやって傍観してると、なるほど確かにそうなのかもしれないと思えてきた。

 

「リンー。テントってああなっちゃったら買い替えるしかないの?」

 

 あらら、と同じく見ていた斉藤も可哀想だと思ったのかクマヘアーを解きながら聞いてくる。今日は色んな髪型で遊びたい気分らしい。

 

「うーん、まあ原因にもよるよ。寿命なら折れた部分を補修しても別の部分が折れちゃうから買い替えかなぁ。そうじゃなかったらメーカーに送って修理とか。まあ多分、今回の場合は綺麗に折れてるっぽいし、それ用の補修材があれば応急処置位はできると思うけど」

「へぇ、それってどんな感じでやるの?」

「管端詮っていう、ポールにすっぽり入るような短いパイプがあるんだけど、それを破損部分にはめて両端をガムテでぐるぐる巻きかな」

「そりゃまた原始的な」

 

 キャンプ自体、原始的な趣味だからな。

 ……関係ないか。

 

「そのパイプってこんなの?」

 

 すっと、斉藤がそれっぽいのを差し出してくる。

 

「なんであるんだよ」

「落とし物箱にあったから……あ、そうだ。リン、折角だしこれ持ってって助けてあげなよ」

「なにが折角なのか」

 

 俺が人見知りだとかボッチだとかの前に、あんな女子の群れに一人で特攻とか他の男子でも無理だろ。

 じとっと斉藤を威嚇すると、彼女もコレは流石に冗談だったようで、「ま、そうだよね」とカウンターの引き出しに入っていたガムテープを掴み「んじゃ、私が助けてくるよ」と言い残して図書室を出て行った。

 

(お節介焼きめ。いや……まあ、俺なんかと構うような奴だからな)

 

 それは、もう筋金なのだろう。

 俺は首を下に向け手元の本を読む姿勢に移る。ただし、視線は外に向けたまま。なでしこに気づかれると面倒なので、マフラーを鼻までかけて置く。

『九龍城取り壊し時に最後まで内部にいたのは日本のマスメディアだった』だなんて利益のない情報を本から仕入れていると、1分もしない内に斉藤が現れ意気消沈していた三人娘を励ましアレよアレよの間にポールに応急処置を施してテントを完成させた。手を取り合って喜び合ったりなんかして、やたら仲よくなっているが絶対アレは吊り橋効果の類いだろう。

 なにはともあれ、

 

(テントの行く先も見たことだし、もういっか)

 

 そう思い、俺が本の続きを読もうとすると、不意に目と目が合った。

 各務原なでしこと、俺の目が、バチっと合ってしまった。

 数秒の硬直がなでしこを襲ったが、やがてマフラーをしていたにも関わらず俺が俺であることに気付いたらしく猛烈な勢いで図書室の窓へと近づいてきた。

 そのあまりの勢いにギョッとして目を見張ると(それになにやら叫んでいる!)、斉藤がいい笑顔でヒラヒラと手を振ってるのがその奥に見えた。

 

(ああ、なでしこがあの迷子だと察して俺のことを教えたのか)

 

 窓に激突するアホな猪突猛進女子高生に思わずため息をつく俺だった。


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