TSしまりん日和   作:一葉 さゑら

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登場人物

志摩リン
・最近免許をとった。どんなスクーターに乗ろうかなと妄想するのが最近の楽しみ。

斉藤恵那
・約束は絶対に守るタイプ。それだけに、あまり強い言葉は使いたがらない。

各務原なでしこ
・料理をするようになったキッカケは、ダイエット中にお姉ちゃんが用意したダイエット食が不味すぎたこと。


第6話

 富士山からの直線距離にして約20キロメートル。歩いて50キロメートル。

 そして、自分の家から35キロメートル位。

 そんな場所に位置するのが、(ふもと)キャンプ場だ。

 広大な草原。ポツリポツリと立つテント。池、そして富士山。

 キャンプ場の入り口に近づくと滅茶苦茶高い針葉樹林に囲まれるからか、キャンプ場に入った瞬間に半端じゃない開放感を感じる。なんというか、キャンプ場に入ろうとする自分をぐわっと押し返してくる感じがあるほどの開放感。

 何度も足を運んだ有名キャンプ場ではあるけれど、このぶわっと広がる景色には毎回圧倒される。

 

「……そして、富士山にもこんにちは、っと」

 

 景色のど真ん中を占領する成層火山も相変わらず綺麗な形を保っているようで、何より。

 受付を済ませ、自転車を引いてテントを立てる場所を探す。

 前回、ソロキャンプに来た時にテントを立てていた場所は既に他のキャンパーさん達がテントを張り終えており、そんな所からも冬キャンプにも関わらず人気なこのキャンプ場の底力を感じる。

 とはいえ、今はオフシーズン。一部を除いた周りは閑散としたもので、ものの3分足らずで『ここでいいんじゃないのか』と思える場所は見つかった。

 余談ではあるが、俺のテントの立地条件は、他のキャンパーさんから少し離れていること、トイレから離れすぎていないこと(もちろん、臭いがするほど近くにはしない)、そして景色が綺麗なこと、の3つだ。

 

「よし」

 

 我ながら慣れたもので、ほとんど無意識のうちにテントを立て終わり、ふぬぅ、と声を漏らしてイスに座り込む。すると、二時間くらい自転車を漕いでいたこともありどっと足の方に疲れがきた。

 

(あー、早くスクーターが欲しい)

 

 なんて、太ももで感じる乳酸に思わずぼやく。スクーターはスクーターで尻や肩をはじめとした全身が痛くなるらしいが、この太ももの痛みに比べればなんのそのである筈だろう。否、そうであってくれ。

 足も動かないので休憩がてら、右から左に移る変な形の雲を追いかけていると視界に小さなビニール袋が目に入った。

 それは前回と同じくカレー味のカップ麺が入っているビニール袋であり、だけど今回に限っては油断と屈辱のビニール袋だった。

 というのも不肖、俺こと志摩リンは今回のキャンプでつい先日読んだ『アウトドア飯』なるものを試すつもりだった。だが、ここまでの道のりで一件もスーパーマーケットを見つけることができなく、それをなくなく断念してきたのだ。

 そんなこともあり、今回はやや出鼻をくじかれた気分でのキャンプなのだ。……この程度の小さい躓きなんてキャンプをすれば毎回あるのだけどね。

 

「……あ、飛行機」

 

 国内線だろうか、富士山のある方面に飛行機雲が見える。

 飛行機雲といえばケムトレイルとかの話が有名だけど、本来の飛行機雲の構成成分というのは水蒸気らしい。んじゃあ排気ガスはどこから出てんだという話になるけれど、排気ガスもしっかり出ていて、多くの人に害を与えているらしい。しかも飛行機事故による死亡人数の10倍もの人を殺しているもはや災いレベルの害を。

 飛行機を普段使わない俺なんかは「うへぇ、ケムトレイルの話が形無しじゃん」なんて思ったりするものだけど、よく使う人からすればそれも仕方のない災害なのだろうか。

 まあ、とにもかくにも、こんなに綺麗な空が海みたいに汚れてしまうのは悲しいことだよなぁ。

 

「……寒い」

 

 動かずにぼうっとしていたせいか、体が冷えてきた。

 赤いエスニック柄のブランケットをいそいそと着込む。

 さて、そろそろ本でも読もうかな。そう考えていると不意に電話が鳴り始めた。

 着信音的に斉藤のようだ。

 

「もしもし」

『あ、もしもし? もうキャンプ場ついたー?』

「ついた、寒い」

『ソレハドコデモダヨ。ワタシモ、毛布カブッテルなう』

「……なんでカタコトなんだよ。つーか、最後の方なんか違うし」

『寒い感じ出てた?』

「アホっぽさはバッチリ出てたな」

『なんだとー』

 

 布団に包まって声だけ迫真な斉藤が目の裏に浮かぶ。多分、実際もそうなんだろうなぁ。休日の午前中は布団から出ないと公言して憚らない黒髪少女のテキトー声に思わず俺は口を緩めた。

 

『そういえば、今日はどこいってるんだっけ?』

「麓キャンプ場ってトコ。意外と人がいる」

『へぇ、写真撮ったら送ってね』

「ういうい。……そういえば、なんで電話?」

 

 大抵の場合は、チャットでのやりとりが多いはずなのに。

 首を捻ってそんな疑問符を浮かべていると、電話口から「ふっふっふっ」と、よくぞ聞いてくれたなぁと悪役が調子にのる時のような笑い声が聞こえてきた。

 

『よくぞ聞いてくれたなぁ』

『ワンッ』

 

 あ、本当に言った。

 あと奥の方で斉藤のチワワの声が聞こえた。

 

『あ、こら、くすぐったいってぇ』

 

 じゃれつかれているようだ。悪役っぽさが一切ない、ペットに対する甘々な声が聞こえてくる。これじゃあどっちが甘えているのかわからないな。

 なんつったっけ、斉藤のチワワ。ちくわだっけ? 

 うん、そうそう。ちくわだ。

 

『……めっ!』

『キャウンッ』

 

 その後もしばらくゴソゴソやってたが、ちくわは遂に怒られたらしく悲痛な鳴き声を一つ上げて大人しくなった。チワワはちゃんと躾けないとトコトンつけあがるというし、この辺はちゃんとしているようだ、と斉藤一家の一面が垣間見える一幕だった。

 

『ごめんごめん。最近寒いらしくて私の服の中に顔を突っ込もうとするんだよ』

「とんでもねえエロ犬じゃん」

『とんでもないエロ犬なんですよ。……でね、電話したのはね。寒くて布団から手を出すのが嫌だったからなんですね』

「前言撤回。やっぱペットは飼い主に似るんだな」

『ちょっとー。それどういうこと?』

 

 どういうこともなにも、こういうことだろ。

 こっちは寒い中で手をポケットから出して電話してるのに……手袋してるけど。

 

『……リンー、お腹すいた』

「いや、食えば良いじゃん。家にいくらでもあるでしょ」

『布団から出たくない』

「……」

 

 くたばれ。というのは流石に憚られたので、無言で電話を切った。

 掛け直す。電話が繋がる。

 

『切ることないじゃん!』

「いや、くたばれって女の子に言うのもどうかなって思ったから」

『言ってる! 今言っちゃってるから! ……もう、そんなことすると──あっ、そうだっ』

「え、なに?」

 

 斉藤の弾んだ声にギョッとする。

 先日のことでも改めて確信させられたが、彼女が何かを思いつき行動するとロクなことがない。彼女の行動による(エフェクト)はまず間違いなくシワとなって俺を襲うことになる。タチの悪いことにな。

 直ぐに聞き返してもみたが彼女はやはり、ごまかしにかかった。

 

『んーん、なんでもないよ。あっ、それより急に外の景色が見たくなっちゃったなー。どこかのリンが綺麗な景色の写真を送ってくれないかなー。送ってくれないと死ぬなー』

「いや、死ぬなよ。相変わらずテキトーに物言う奴だな。あと、景色が見たいなら窓の外を見ろとか、露骨に話題そらすなとか色々言いたいことあるけど」

『けど?』

「なんかめんどくさくなったから散歩してくる」

『なんだかんだ言って外の景色を見せてくれるリンが好きー』

「うるさい」

『うざくは?』

「ふつうにある!」

 

 寧ろなぜ改めて問うたのかを問い返したい。

 タラタラとこれ以上話していると、何があるかわからないので口早に「それじゃ切るよ」と俺が言うと、斉藤は慌てて『ちょっと待って』と付け加えた。

 

『リン、今日の夕飯は何?』

「カレー麺」

『ふうん、ならいつもより少しご飯食べるの遅くしてよ』

「へ? なんで……まぁいいけどさ」

『それじゃあ、よろしくねー」

「ういうい」

 

 と、こんなやり取りを最後に電話は終わった。

 そして、ここで俺は思い出す。

 前に斉藤と話したときに俺が『メールでのやりとりだと冷たくて返信を嫌がっているのではないかとよく疑われる』と愚痴をこぼして、それを聞いた彼女が『それじゃあ、次から長いやり取りになりそうだったら電話しよう』と言ったのを。

 俺がかろうじて思い出せた記憶だし、今日の寒さが異常なのは事実だから、斉藤があの口約束を律儀に守ってくれたのだとは考え辛いけど、もしそうだったとしたら……。

 

「──はぁ」

 

 俺は一息ついて、椅子から立ち上がった。

 

「折角のキャンプだからな」

 

 それに、有名なキャンプ場だし。

 と誰に言い訳するわけでもなく呟いてケータイを持ち草原を歩き出した。

 なんとなしにカメラアプリを起動して。パシャリ。

 

 

 ー・ー・ー

 

 

 それから無事にお散歩も終わり、俺はテントの側で本を読んでいた。

 そろそろ日も暮れそうだ。

 本に落ちる影が色濃くなりやがて文字と白地が同色になりそうな頃合いで、俺は久方ぶりに顔を上げた。

 凝ってしまった肩をコキコキと解しながら空を見る。

 太陽に背を向けているため、真っ赤な丸は見えなかったが、そのかわりに、深い青からオレンジにかけての美しいグラデーションが目一杯に広がっていた。今日は寒い方の気団が日本を覆っていることもあり、水蒸気や塵芥が少なく澄んだ空だ。

 この調子なら、富士山の横に星を見ることもできるだろう。

 富士山はピンク色。周りの空は対比的な薄花色。

 時間はもう直ぐ4時半を回るところだった。

 

「……そろそろ焚き火でも焚こうかな」

 

 そのための薪を持ってきて、火が点いたらご飯の準備でもしようか。いつもより遅い時間の食事だし、斎藤も文句は言わないだろう。

 ……カレー麺、かぁ。

 ……。

 

「いかんいかん。カレー麺イコールなでしこの式が成り立ってる自分がいるな」

 

 ふっと、浮かんできたピンク髪。

 それだけにあの夜の出来事が強烈だったということなのだろうが、しかし。我ながら随分と色っぽくない連想の仕方だと思う。

 色気よりも食い気、花より団子なのは俺と彼女、果たしてどちらなのだろうか。

 

 とはいえ、俺が彼女に対して今思うのは、先日の小さな失敗。斉藤相手なら気兼ねもしない小さな仕草だけれど、それが他の人相手にしたならどう感じるかなど考えずにしてしまった失敗。

 

(『メチャクチャ嫌そうな顔ッ!!』かぁ……。ソロキャンプが侵されるのが嫌で、つい顔に出ちゃったんだよなぁ)

 

 向こうも若干しつこかったこともあって大垣と犬山に責められることこそなかったけど、男子が女子にするには些かダメな態度だった気がする。

 

「……はぁ」

 

 こんな感情になるから人と関わるのは億劫なんだ。

 本人がいないにも関わらず現時点で、こんなにもソロキャンプを侵しているというのに本人がいるとどんなになるのか──っと、いやいや、悪いことしたのはこっちなんだ。そういうことを思うのはよくないな。

 今度会ったら適当に謝るか。

 

(りんくーん)

 

 おそらく、こんな感じでなでしこが駆け寄ってくるだろう。

 目を閉じてイメージトレーニングをする。

 

「悪かったよ」

 

 よし、こんな感じで。自然体に。

 

「リンくーん」

「悪かった」

「リンくーん!!」

「だから、悪かったって!」

「やっぱりリンくんだ!!!!」

「ふぉっ!?」

 

 なんでココにいるんだっ!? 

 いや、待て、いいや、うん、え? あぁ、は? 

 ──え? 

 

「な、なな、なでしこか?」

「そうだよ! なでしこだよっ」

「そ、そうか。だよな!」

 

 そうじゃない。

 内心で自分にツッコむ。

 暖かそうな外装と帽子に身をくるみ、大きなカゴを持っている少女。それはたしかになでしこだ。疑いようもなく。

 ただ、なぜいるのか。それを聞くべきだ。

 まさか、自分が想像していたからここに突然現れたワケでは! あるまい。

 

「……なんでここに?」

「あれ、もしかしてきいてない? んとね、斉藤さんが教えてくれた!」

「また、あいつか……」

 

 本当、ロクなことしないな。

 男がキャンプしてる場所に女子1人送り込むってどういうことだよ。

 

「リンくん! もうご飯食べた?」

「……まだ、だけど」

 

 俺が答えると、彼女は「ほっ」と息を吐いてにぱっと笑みを広げた。

 そして、籠を地面に置いて

 

「それじゃあ、リンくん、鍋しよっ!」

 

 と言ったのだった。


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