ですので、前話の話はあくまでもリンくんの体験談ということでお願いします。
ー・ー・ー
登場人物
志摩リン
・ファッションはキャンプ雑誌や母親の影響が大きい。最近POP○YEを買うようになった。
各務原なでしこ
・雑誌はmin○やFU○GE、SP○Rなどを買ったりもするけど、ファッションは自分の好みとお姉ちゃんのオススメで固まっている。
色々ゴチャゴチャと考えてみたものの、鍋から匂いが香ってきて湯気が気前よく吹け上がれば、全ては蒸気となって消えていった。
元々カップヌードルで済ませる予定だったこともあり、予想外のご馳走に胃の奥がキュウッと唸る。
なでしこが料理を作り始めた時、彼女はザクザクと雑にハサミで野菜を切っては鍋に放り込んでいたものだから、一体何が出来上がるのかとも思ったが、なかなかどうして美味しそうな鍋を作っていただけたようだった。
俺自身は全く料理ができないから、素直に感嘆。
凄い。
「さてさて、そろそろいいかな?」
ヨダレが出るのが先かお腹が鳴るのが先かといった頃合いで、なでしこが鍋に手をかけた。
それまで俺は少し離れたところで体育座りをしていたのだが、鍋のご開帳とあっては居てもたってもいられず、立ち上がってまさに今開こうとする鍋の元へと近付いた。
ぼわぁ。
実際には鍋の開いた時のカポッという擬音語があっただけなのだけれど、その後に来た蒸気から感じる擬態語の方がひどく印象的だった。
そうして熱いモクモクに思わず目を瞑り、次に目を開けた時に飛び込んで来た光景はグツグツと煮えたつ赤色で。
「……赤い」
と俺は瞠目する。見たことないヤバめの色合いと、それに反して食欲を煽る良い香りにおっかなビックリ。
「担々餃子鍋! あんまり辛くないから心配しなくていいよ!」
「ふうん」
初めて見るタイプの鍋だった。
鍋って各家庭で個性出るよなぁ。
俺の家で出る至ってノーマルな鍋も、なでしこからしたら奇抜な類のモノだったりするのだろうか。
「はい、どうぞ! 辛そうで辛くない、けど少し辛い鍋だよっ。奥さん!」
「いや女ちがうから、実演販売さん」
「はいはい、たーんと召し上がれ」
「と思ったら、いなかのおばあちゃんだったか」
よそってくれたお椀を受け取る。
お椀の中を覗くとそこにあるのはやはり真っ赤な色で、なでしこは辛くないと言っていたが、辛いのがそこまで得意じゃない俺はそれでも辛そうと思ってしまう。
「……い、いただきます」
しかし、なでしこの好意を無駄にするなんていう選択肢が自分にあるわけもなく、意を決して赤いスープと餃子を使い捨てのレンゲの上に乗せてそのまま俺は口に含んだ。
ジュルリ、と口に勢いよく飛び込む具材。噛むと餃子が破裂しその中に凝縮していた肉汁とスープが一気に混ざり合い口内を蹂躙する。
「はふっ、はふっ……!」
口から湯気が出る。
一口しか食べていないというのにこんなことを言うと大げさかもしれないけれど、まるで温泉源を食べたかのようだ。
はふはふとしばらくしていると、次に口内に襲い来るのは強烈な味覚への刺激だった。熱さに隠れていたソレは波のように広がっていき、舌をなで、口いっぱいに広がっていく。暴力的なまでの辛味と旨みが絡み合い、それはもう。
「──うまい」
思わず声に出た。
辛そうで辛くない、けど少し辛い。そしてそれ以上に美味い。なんなんだ、この鍋は。
横目で見るとなでしこも自分の分を取り終え(当たり前のように彼女のお椀には山盛りの餃子があった)はふはふと美味しそうに頬張っている。……いや、ホント美味そうに食うよな。
心なしか、俺のお椀によそわれた鍋まで3割増しで美味そうに見えるよ。この鍋は一体、どこまで美味くなる気なのか。
はふはふ、じゅるり、もぐもぐ。
俺は喋らず、かといってなでしこも話すこともなく。
もう冬空に近い夜空の下で淡々と鍋を食う2人。
「あー、暑いっ」とか言って2人して上着を脱いだりもして、気付いた時にはもう、鍋は空っぽになっていた。
「あー、もう終わっちゃった。もっと持って来れば良かったねー」
「ほとんどなでしこが食ってたけどな……。けど、俺はもうお腹いっぱいだよ」
「そう? ──あっ、締めのおうどん忘れてた!」
「まだ食うか」
お腹の中にブラックホールでも飼ってるのか、その少女は。
涼しい顔で大きなカゴからポテトチップスを取り出す彼女に少しの戦慄を覚える俺だった。
「……あのさ」
吐息が漏れる。
温かい鍋を食べたせいか、それとも目の前のゆるい顔をした女の子にあてられたのか。さっきまで縮こまって出なかったその言葉は喉のつっかえたかのようにするりと出てきた。
「この間は、ごめん」
それは俺にとって機は熟したと言わんばかりのタイミングでの謝罪だったが、彼女にとっては気の緩みを突かれた一言だったようで、彼女はキョトンとした目で首を傾げた。
そりゃそうか。俺は元来気負いがちで彼女は楽天家だ。
下手をすれば俺たちは、やられた方が忘れていてやった方が覚えているという、稀有なケースを生みかねない仲なのかもしれない。
そう思うと、正体不明の気恥ずかしさに満天の空を仰ぎたくなる気持ちが急に湧いてきたが、それをぐっと抑えて俺は自分の非行を説明することにした。
それはもうおずおず、と。不承不承に。
「……ほら、前にあった時キャンプに誘ってくれたのにすげなく断っちゃったから」
「──あぁっ! あの時のこと」
なでしこ合点がいったと手を打つ。俺からしたらそんなに快活な相槌が似合わない話のはずなんだけどなあ。
なけなしの勇気が偶然にもするっと出てきたというのになんだろうか、この妙な肩透かし感。
この時の俺は余程呆気ない顔をしていたようで、なでしこも釣られて「あー」と言ってさっきの非行を説明した俺のような表情を浮かべる。
「私もなんだかテンション上がっちゃってて、無理に誘ってごめんなさい。あのね、あの後あおいちゃんにも言われたんだよ。リンくんはみんなでワイワイキャンプするより静かにキャンプする方が好きなんじゃないかって。それは別に悪い意味じゃなくて、性分の問題って意味で」
「それはまぁ……そうなんだけど」
「だからさ」
なでしこはこっちを見て微笑む。
俺はそれをじっと見る。
「また、やろうよ。まったりお鍋キャンプ。そんで気が向いたらみんなでキャンプしよっ」
「それはちょっと……」
「えぇっ?! なんで!」
「いや、俺男だし……」
髪が長いせいで俺のことを女だと誤解してる──なんてことはないだろうが、コイツの男女のボーダーラインはゆるゆるだからな。それになでしこが「良い」といっても他の2人が良いと言ってくれるとは思えないし。
「けど、まぁ」
「……?」
「鍋、またやりたいな」
「──うんっ! またやろ! 今度は斉藤さんも誘って!」
「……そうだな」
斉藤には今日のことについては色々言いたいこともあるけど、こうして謝れたことについては感謝しなくもないからな。
せいぜい、鍋自慢するくらいで許してやるとしよう。
「ねえリンくん。夜の富士山、やっぱり綺麗だねぇ」
「この辺は霧がよく出るから朝日が当たるとボワっと広がって幻想的な景色が見えるらしいよ」
「へぇ、そうなんだ」
「まぁ霧がよく出るのは春夏なんだけどね」
正確には移動性高気圧が来る春夏によく見られるから霧が出やすくなるという話で、そう考えると秋である今日でも来てはおかしくないんだけど、もうそろそろ冬といっても良い季節だから明日に霧が出ることはほぼないのでまあ、一緒だろう。
「朝の富士山、見てみたいなぁ」
「富士山越しに見える朝日は霧がなくても綺麗だから明日早起きしてみれば?」
「うん、お姉ちゃんにお願いしてみるよ!」
「そこは自分で起きなよ……」
「えー、明日の日の出って何時ごろなの?」
「明日は多分6時くらい」
「起きれるかなぁ……」
「そこは『起こしてもらえるかな』じゃないの?」
「えへへ……」
初めてあった時はずいぶん荒っぽい姉ちゃんだと思ったけど、この調子だと人前以外ではきっと、なでしこを甘やかしまくってるんだろうなぁ。
「リンくんはどうするの?」
「俺は寝てるかな」
「一緒にみよーよ」
「……やだねてる。おこすなよ?」
他意は全くないけれど、なんだか今日は寝不足になりそうな気がするし。ふぅ、と一息ついて横を見れば、彼女はもう目をトロンとさせていた。
もうすぐ23時だし、いかにも早寝早起きをモットーにしてそうな快活少女にはおねむな時間なのだろう。
「ほら、寝るなら姉さんのとこに戻りな」
「……うん」
本当に限界が近かったようで立ち上がったなでしこはそのままふらふらとキャンプ場を歩き始めた。
不安になるなぁ。
「……ほら、近くまで一緒に行くからシャキッとして」
「しゃきしゃき」
「ほうれん草のおひたしレベルのシャキシャキ具合だな」
とはいえ、ふらつくといっても肩を貸すほどでないので俺はそばから見守るしかない。
どうしたものかと手持ち無沙汰な自分の両手をみて、しょうがないとなでしこの荷物を持って彼女の後を追った。
はぁ。吐き出した息は白い曇りとなって黒い空へと溶けて出していく。それを追うように見上げれば、そこには秋冬の星座が所狭しと散らばっている。
なんだかお天道様の話じゃないけどお星様が自分を見ているようで気恥ずかしい──なんて、考える自分が気恥ずかしかった。
「りんくーん?」
いつのまにか距離が離されていたようだ。
「いまいくー」
夜更けに似合う、ゆるっとした返事を返して俺は目線を戻した。
締めの挨拶も明確な終わりもなく、1日は終わる。
今を生きる、俺らしい──俺達らしいキャンプの終わり方だった。
そして、オチというほどでもない、今回のオチ。
次の日、俺はボヤッとテントを照らす光で目が醒めた。
いつのまにか朝日は登り切ってしまったようだ。
この調子だと、なでしこは朝日を見逃したのだろうか。
起きてすぐ知って間もない女子について考えることになんだか不思議な感覚を覚えながら目を擦る。
「んふぅ」
視界の隅……いや、普通にもはやおなじみになりかけてるピンク髪が見えた。
……。
…………。
……あー、もう。
「まあいいや」
どうせ、こいつは起きないだろうし、俺も何も見なかった。
とりあえず、大自然に包まれる贅沢な二度寝をしよう。
「──朝日見れて、良かったな」
パシャり、と一枚写真を撮って。