クラスの男子
……NNC(ノン・ネームド・キャラクター)。陽気で良い人。
女子からの評価は『良い人なんだけどね』。
クラスの女子
……NNC。快活で世渡り上手。
男子からの評価は『太ももがいい』。
志摩りん
……クラスからの評価は『髪の長い男子。不快感なく話せる』。
眠たく怠くて辛かった四時間目が終われば安寧の昼休みがくる。
そうして40分もすれば眠い怠い辛い五時間目がやってくる。
「なあなあ! お前斉藤と別れたって本当か!?」
そんなわけで週明けの月曜日。
4時間目が終わりお昼の休憩を迎え、いそいそと国語の教科書をしまっていると、前に座る男子がくるりと体を回転させて俺の方を向いてきた。
急な問いかけに目をパチクリとさせていると、目の前の男子は再度口を開く。
「いや、だからさぁ。斉藤だよ、斉藤恵那。お前ら破局したんしょ?」
「いや、なんの話だよ」
破局?
その言葉は付き合いの少ない俺には全然縁のない言葉のはずだけど。
「いやさぁ、一時間目に学年集会があっただろ?」
「あぁ、あったね」
三年生がそろそろセンター試験なので一年生も彼等を邪魔しないよう気を引き締めて云々と、学年主任の先生が話していた。そんな話しなくても三年生と一年生では授業を受ける校舎が違うから邪魔も何もないんじゃないかと思うんだけど。
真面目に聞いて不真面目なことを思う俺はともかく、目の前の彼は不真面目な態度で集会に臨んだらしく、彼は友達と話していたことを臆面もなく語りそれを引用してみせる。
「そこで隣のクラスの奴がお前らが、別れたっていうからよぉ……気になんじゃん!」
「……えっと、イマイチ話が掴みきれないんだけど、ちなみにそれはどんな感じで聞いたんだ?」
「いや、流石に一言一言は覚えてねえけど確か『いやなぁ、そうなんよ〜、やっぱ生で食うのはダメだね、ありゃあ下手しなくても死ぬか良くて入院だわ……。っと、あぁそうそう! うちのクラスに斉藤っていんじゃん──そう、あの地味に可愛い。うん、それでな、アイツお前のクラスの志摩と付き合ってたらしいんよ。あ、知ってる? それでな、そいつら先週別れたらしいんよ』って患者だったな」
「正確に覚えてんじゃん。つーか、『あ、知ってる?』じゃねーよ、嘘つくな。あと、ソイツ患者になっちゃってんじゃん。『良くて入院』してんじゃん」
「さっき運ばれて全治三週間だってよ。今から三週間って言えば、期末テストも欠席確定で冬休みの補修も確定だしホント馬鹿だよなぁ。……とまあ、そんな話はどうでもいいんだよ。──んで、そこんところどうなの?」
「どうって言われても」
そもそも、付き合ってる覚えがないし。
というか──。
いや、まあそれはいいや。
とりあえずは、目の前のメンドくさい青春男子を煙に巻かなくては。
「あ、あのな──」
「……あ、もしかして斉藤さんとの話? それ私も気になってたんだよねー」
「お、ヤッパお前も気になる?」
「なるなるー」
しまった、斜め前の席に座る青春系サバサバ女子も来てしまった。
しかも、昼休み中は絶対逃がさないという意思表明だろうか。女子の方は俺の机に弁当を置きやがった
これは、のうのうと今週発売の雑誌を読んでいる場合ではないぞ。なにがどうあって俺が他人の話のタネになりそれが噂となって回り回って自分の元にたどり着いたのかはしらないが、とんでもなく面倒なことになった気がする。元の話が想像できないあたり、俺と斎藤の噂話には大きな背びれ尾ひれが付いていることは間違いない。
そもそも、もし俺が斉藤と付き合っていて、しかも別れたとしてそれを本人に聞きに来るだろうか。普通、そういうセンシティブな噂を聞いたなら、逆に気を使って俺を敬遠しようとか思うものなんじゃないだろうか。
「んー、斉藤さんってそういうこと聞いても、なーんかぼやぁっとはぐらかされちゃうから、真相を知りたかったらキミに聞くしかないんだよねぇ。んま、悪気ない一言ではあるんだけど、私としては今まで斉藤さんと付き合ってみせたって方が驚きなんだけどね」
「それわかるわ。あ、今日は俺もここで食うからヨロシク」
「よろしくしなくていいから。何度でもいうが付き合ってもねえしな」
「んな寂しいこと言うなって」
なんだそのコミュ高な返し。
いやにフレンドリーな奴め。
迷惑そうな顔(斉藤に向けるものよりかは薄い表情だったが)でじっと見つめてみるが、奴はあっけらかんとした調子で黄色いハンカチーフに包まれた弁当を取り出した。
女子の方は既に卵焼きに手をつけていた。
「もぐもぐ、そういえばリンっちの家の卵焼きって甘い奴派?」
「リンっち!? なんだ、その距離の詰め方!」
女子の方が今まで呼ばれたことのない名前で呼んで来るものだから動揺して大きな声が出てしまった。
あだ名をつけられたことがなかったせいか、妙にドキドキするなぁ。
「んー、呼びにくいから志摩っちに変える」
「割にぞんざい!」
俺のドキドキを返して欲しい。
「やっぱその長い髪の毛が嫌われたんか?」
「お前もお前でなんだよ。『やっぱ』ってなんだよ、やっぱって」
調子が狂う。
今日は買ったばかりのアウトドア雑誌を読みながら一昨日のキャンプに想いを馳せるという、キャンプ後お決まりの過ごし方をするつもりだったのに。
どうしてこうなった。噂流した奴、許すまじ。
「えっと、別に斉藤と別れてないよ」
「んじゃあ噂は所詮噂だったってことか?」
「だって、さっきから言ってるけど、そもそも斉藤と付き合ってないし」
「「「えっ?」」」
教室中から聞こえてくる疑問符。
俺としてはどんだけのクラスメイトが聞き耳を立てているんだと疑問符を打ちたい気分。ぽろっとタコさんウインナーを落とした女子が見るからに恐る恐る俺を見る。
「え……っと、え、なに? 志摩っち。マジで斉藤さんと付き合ってなかった系?」
「随分と狭い系統分類だけど、そうだね。付き合ってないよ──今も、昔も」
「んじゃあ、志摩が付き合ってるのは最近転校してきたっつう、各務原の方か?」
「どこでなでしこと俺の接点を知ったのは知らないけれど、それも違うよ……というか、あらかじめ言わせてもらうけど犬山とも大垣とも付き合ってねえからな」
「んじゃあ誰と付き合ってんだよ! 俺とか!?」
「思考回路破茶滅茶か。そもそもお前男だろうが」
「いや、長髪だしワンチャン」
「ノーチャンだよ馬鹿野郎」
俺はいたって健全なノーマルだ。別にノーマルじゃなければ不健全だとかそういう話ではなく、健全な女子が健全に好き、という意味で。てか、お前はそれでいいのか。
「それじゃあ志摩っちは今フリーってこと?」
「……そうだけど。フリーっていっても別に募集もしてないけど」
「マジ? 私とかどう?」
「だから、募集してないって」
2人揃って話聞かない奴らだな。
冗談だろうが、俺なんかより2人が付き合った方がよっぽどお似合いだろうに。
しかし、どうしてか噂の真偽は聞いたはずなのに2人は離れて行く様子が見られない。
「……まだなんかあるの?」
「いやいや。なにも別に俺達は斉藤とお前が付き合ってるかどうかなんて噂の確認のためだけにきたわけじゃないんだぜ」
「そーそー。これはいわば親睦会、というやつなのよ」
「……? ちょっとなにいってるかわからないんだけど」
この2人とは別に全く話さないというほど疎遠な仲ではない。むしろ1日に一回は必ず口を聞くことはするくらいには仲がいい。
「要はだな。俺たちゃまだ聞きたいことがたくさんあるっつうことよ」
「例えば噂のテンコーセーとの関係とかね」
「他にも図書室でハーレム築いてたって話もあるじゃねえか」
「おい、話題が一ミリも動いてないぞ」
自分はどうやら思ったよりも噂の的だったらしい。
といえより、どちらもなでしこが原因のようだけど。
「……はぁ。分かったよ。今日は2人にとことん付き合うよ」
どか。
俺も机の上に弁当箱を置いた。
俺の出した白旗に、2人は下手な口笛で歓迎してくれる。
「んじゃあ、ドシドシ聞いてくから」
「うんうん、叩けば埃がでそうな布団を見て見ぬ振りをするのはもう我慢ならんよねっ」
「人様と人様のプライベートを寝具とゴミに例えるのはやめてもらおうか」
そして、弁当を開いた途端に態度が雑になるあたり、なんかもういっそのこと好感が持てる……いや、初めから雑だったな。
目に見えて調子にのる二人を見て弁当を出したのは失敗だったかと、俺が早々に後悔し始めていると頭上から声がした。
「あれ? なになにー、珍しいじゃん。リンが誰かとお昼ご飯なんて」
「斎藤さんキター!」
「わっ、急になになに? すごい歓待」
斎藤だった。
今日はクラスの友達と食べると言っていたはずだが、なにかあったのだろうか。
「いやぁ、クラスの子が急にお腹痛くなっちゃってね。暇になっちゃったから来ちゃった」
「……タイミング悪っ」
「いやいや、志摩っち。どう考えてもこれはグッドタイミングですぞ」
「なんだその口調」
「そうですぞ、これはグッとくるタイミングですな!」
「お前は、もう帰れ」
ただでさえ水を得た魚のような2人が、さらに恵みの雨を得たように跳ね出した。俺のげんなりとした表情とクラスの異様な雰囲気から、空気を読むのがすこぶる得意な斎藤はことのあらましを悟ったようで『あぁ』と得心いったように頷いた。
「これはアレだね。私とリンが付き合ってるって話がリンのクラスまで広まっちゃったんだね」
「微妙に違う! あと言い方!」
広がったのはその先の話だし、その言い方だとまるで俺と斉藤が付き合ってることを本人が認めたようじゃないか。そう注意するも遅く、教室内には妙に浮ついた雰囲気が流れだしてしまった。それはなんというか、ついに秘密を知ってしまったというような高揚感に満ちた空気だった。
こうなったしまえば、男の俺が何を言おうと意味がない。
思春期の男子が本人の色恋沙汰を話すことに消極的なのは真実にして事実。好き避け、とは少し違うだろうが、今ここで俺が斎藤の失言をどれだけ弁解しようがそれが火に油を注ぐだけになることは、火を見るより明らかだった。
……まったく、どうするんだよ、コレ。
なんだか弁当を食べる気分でもなく、現実逃避気味に今週のバイトのシフト表をふと思い返していると今度は教室のドアがガラガラ、と勢いよく開き見覚えのあるピンク髪が飛び込んで来た。
今度はなんだ。
「リンくん! 斎藤さんと付き合ってるって本当なの?!」
お前もそっち側なんかい!
「おっす、おっす」
「あはは、どうもー」
しかもずっこけゆるキャン3人組揃っての訪問だったらしい。
怒涛の展開にクラスメイトの2人も興奮を隠せない様子。
もう、勢いと展開が早すぎて何がなんやらだ。
何がおかしいのかいつものようにこやかな表情を浮かべる斎藤を軽く小突いて俺は、この眠い怠い辛い昼休みを怨んでクラスの隅、そこにかけられた時計を見るのだった。
昼休み終了まで、30分。
安寧の五時間目が待ち遠しさったら、これ以上ない。