今回は、にこと「にこにこにー」の秘密が明かされます。
「矢澤」と書かれた煤けた表札が付いた、昭和の中頃の雰囲気を漂わせる家から飛び出して来た二人の少女。
まるでにこをそのまま縮小したようなその生き物は、
「「にこにーっ!!」」と半ば悲鳴のようなものを上げながら、歩いてきたにこに飛びついた。
「なんだこの可愛い生き物達は…まさか…クローン!日本のクローン技術がここまで進んでいたとは驚きですね!」
「違うニコ!ただの双子の妹ニコ!」
真面目に驚きの声を上げるユイトに慌ててにこがツッコむ。
「いやぁ、君たち可愛いね、うん。いいものあげるからこっちへおいで」
「わーい!」「おにーちゃん名前は?」
「ふっ…僕の名前は風間ユイトさ。ユイトと呼んでくれ」
ここあとこころに懐かれたユイト。精神年齢が近いからかもしれんが。
「いやあんた完全に犯罪者だからね!」
にこの叫びも虚しくユイトは双子の姉妹に手を引かれ、
荷物を持ったまま、家に連れ込まれる。
「お邪魔します…」
ユイトは、家の外装、ひび割れたコンクリート打ちの土間、立て付けの悪いドアを見てこの家庭の置かれている状況を把握した。
「にこにー、今日ももやし料理?」
「ユイトも一緒にご飯食べようよ!」
突然の来客からか、はしゃぐ双子の姉妹。
「ここあ、こころ、今夕飯作るから静かにしてるニコ!」
にこが袋の中からスーパーで手に入れた戦利品を取り出し
料理を始める。
「それじゃ俺はかえりますんで」
家族のささやかな団欒を邪魔してはいけない、と去ろうとするユイトににこが声を掛ける。
「ユイトも夕飯食べていってもいいわよ…あんまり豪華なのはないけど…手伝ってくれたお礼ニコ」
「「ユイトーご飯食べようよー」」
にこの提案に、ここあとこころも賛同する。
「いいんですか?そんじゃお言葉に甘えて。そういえばにこ先輩ってプライベートだと語尾にニコってつけるんですね」
「う、うるさいニコ…わね!黙って待ってるニコ!」
ユイトも、居間に置かれたちゃぶ台の前に座る。
双子も、ユイトが一緒のことに満足したのか、静かに正座をしてにこの料理を待っている。
居間を見渡すと、たった一枚、家族全員で写っている
写真が見受けられた。そこには、にこの父親、母親、そして父と母にそれぞれ抱かれた二人の赤ん坊と、今よりも
一回りも二回りも小さいにこの姿があった。
しかし、玄関や居間には男物の日常品が見受けられなかったことから、もうにこの父親はこの家に居ないという結論をユイトは導き出す。にこの強さは、日常から家族のために働くことや、そのための精神力から来ているのだろう。
そんな環境の中でも明るさを失わないにこの姿を見ていると、何故か遠い日に失った祖父をふと思い出し、ユイトは胸が熱くなるのを感じていた。
「…にこのお父さんは、にこが小さい時に死んじゃったニコ」
ユイトの写真を見る視線に気づいたのか、料理を運んできたにこが口を開く。
「…そうですか」
「でも、お母さんが一生懸命働いてるから全然大丈夫ニコ…」
「にこにー早く食べよーよー」
しんみりとした空気の中、ここあとこころがにこに催促する。
「そうね、食べるニコ。それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「「いっただっきまぁーす!」」
全員で手を合わせ、声を合わせる。
料理は、もやしの炒め物、もやしとワカメのサラダ、
味噌汁、白米である。
「またもやしー?」「もう飽きたよー」
「きょ…今日のサラダはツナが入ってるんだから、いつもより豪華ニコ!それで我慢するにこ!」
確かにこれらの料理は双子が言うように決して豪華ではない。しかし、それらはユイトが食したことのある何よりも
温かく、幸福感を感じる物だった。
その時、ユイトはふと、俳人であった祖父の言葉を思い出した。「松尾芭蕉は、道端に咲いていた何処にでもある一輪の花を、俳句にしたのだ。それは当たり前に存在するもの、しかしそれらの美しさには誰も気づかないのだ。真に美しいもの、大切なものは、あたりまえに存在しているものなのだ。ユイトよ、それを忘れるな」
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「今日はご馳走様でした。おいしかったですよ、いやホント」
膨れた腹をさすりながら、ユイトは靴をはく。
「それならよかったニコ…」
「どうしたんですか」
満腹になったここあとこころを寝かせ、玄関までユイトを見送りにきたにこが、不意に寂しげな表情を見せた。
「にっこにっこにーやってくださいよ」
唐突に、ユイトが提案する。
「え……?」
「先輩がさみしそうな顔してるからさ。あれやると、元気出るんじゃないですか?
僕も、実は元気もらってるんですよね」
一筋の、涙。にこの頬が濡れた。
「なんで泣いてるニコ……でも、『にこにこにー』ってフレーズ、昔からみんなにバカにされてきたけど…『にっこにっこー』はにこがちっちゃい時にお父さんがつくったニコ。お父さんはいっつもにこを肩車してくれて…いっつも一緒に『にこにこにー』って
歌ってた…それがにこと…お父さんの唯一の思い出ニコ…だから…うれしくて…」
にこは、言葉を続けることが出来なかった。
にこは実質一人で双子を支えてきた。
すべてを背負い、受け入れたにこ。
そのにこが見せた弱さ。ユイトに自分をわかって欲しい、受け入れて欲しいというにこの言葉。ユイトは、にこが全てを抱え込まず、気持ちを打ち明けてくれたことを嬉しく思い。また、そのことでにこの気持ちが少しでも軽くなれば…そんな思いもあった。
「にっこにっこにー」
満面の笑顔での、にこのそれであった。
「……いいものが見れました。今日はありがとうございました」
そう言って、ユイトは黙って微笑むと、矢澤家を後にした。
「あんな反応されるたのは初めてだから、なんだか恥ずかしいニコ……」
にこは涙を拭い、ユイトを見送った。
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にこの家を出た後、ユイトはまた神社に足を運んでいた。
境内に腰掛け、灯りが付いた町を、夜風に吹かれながら
一人眺めていた。
その時、再び祖父の言葉が脳裏に浮かんだ。
「美しいもの、大切なものは、当たり前に存在しているもの」
どうしてユイトはこの神社が好きなのか。
希の言うように、パワースポットということもあるのだろう。
しかし、ユイトはここから見える町が美しいからだということに気づいた。
ここから見える「音ノ木坂」は美しい。
ユイトは、生まれ育ったこの音ノ木坂こそが、尊いものであり、大好きであるということに気がついた。
未だに昭和の雰囲気を漂わせる街並み。都心でありながら、時が進むのが遅くなったような、まったりとした
この町がユイトはやはり好きなのだ。
しかし、見ればそれも進む開発により、少しずつ無機質な灰色に侵食されてきている。それは必要な事であるのかもしれない、しかし音ノ木坂は、このままでいてほしい。
ユイトはそう願った。音ノ木坂学院を守れば、この町が守れる、いや、そもそもアイドルで学校が守れるという所に論理の飛躍があるのだが、とにかくユイトはここから見える景色を失いたくない、そう思ったのだった。
そしてユイトは歌う。
境内に 座り眺むは 音ノ木坂(まち)の灯(ひ)か
この句、川柳だが、掛詞が使われており、「眺む(ながむ)」は、詩を作り、声に出して歌うという意の「詠む(ながむ)」と掛けられている。
音ノ木坂の美しい夜景、それを眺め、その美しい景色を歌わずにはいられなかったユイトの心情が現れていた。