耽美公演『Black Rose ~聖なる闇の薔薇伝説~』   作:ストレンジ.

1 / 5

 ──これは、とある禁断の書(グリモワール)に記された物語である──




Chapter1:胎動 ~はじまり~

 ──むかしむかし、あるところに『チューニ大陸』という、剣と魔法のメルヘンでポエムでファンタジーな世界がありました。

 

 大陸の中央には広大な森が広がっており、そこには心やさしい妖精たちが住む森がありました。

 たくさんのおそろしい魔物がひそむこの世界で人々は、やさしい妖精たちの力を借りながら編み出した強力で清らかな結界魔法を張り、それぞれ自分たちの国を創りました。

 人間たちの国の所在はそれぞれバラバラでしたが、それらはすべて『ロザーリン王国』と名付けられ、人間は妖精たちと助け合いながら平和に暮らしていました。

 

 ロザーリン王国は、3つの小さな国から成っています。

 

 ひとつは、妖しげな彩を放つ闇の力を操る『黒薔薇の王国』。

 

 またひとつは、清浄で堅固な光の力を統べる『白薔薇の王国』。

 

 そして最後のひとつは、涼やかさの内に刹那の情熱を秘める蒼の力を駆使する『蒼薔薇の王国』……。

 

 『ロザーリン王国』の統治者たちは、そんな退廃の美(いず)る三者三様の魔法の力を用いて辣腕を振るいつつ平和を治めていたのでした──

 

   *

 

 物語のはじまりは黒き薔薇の古城にて。古城といってもそれはあくまで外観だけ。まわりを囲む鉄柵と城壁に青々と黒の花弁を咲かす薔薇の蔦絡まる耽美なこの城は隅々まで管理が行き届いており、清潔で頑強そのものでした。

 

「うるおいが欲しい……」

 

 そんな黒薔薇の古城の(あるじ)『闇の女王ルーミン』ことルミの、ため息混じりのつぶやき。

 

 久遠の命を燃やしつづける太陽の柔らかな眼差しを受け、今日もロザーリン王国はあたたかな朝を迎えています。

「今日も王国はなにごともなく、昨日と同じように平和でのどかな時が流れる……はぁ」

 時刻は午前9時。やや遅めの朝食をとっていた女王ルミは、指でつまんだブルスケッタを悩ましげに見つめながら先程よりも大きなため息をつきました。

 

「失礼ながら陛下、王国やその民が災禍に見舞われず心安けく日々を過ごせるというのは、まことに尊きことでございましょう……それのどこにご不満があるので?」

 

 そう尋ねるのは古城に仕える侍女たちを束ねるメイドの(おさ)、アイです。

「誤解しないで、アイ。事件も自然の猛威もない。作物は順調に育ち、魔物が結界を越えてここまで来ることは滅多にないし、来たところで衛兵によって速やかに処理される……実に重畳。それは実に善きことよ……でも」

 息を吸い、少し間を空けてから女王はつづけて言いました。

「それだけでは退屈……なのよね」

「ふむ……退屈、ですか」

 仕事熱心かつ有能な女王、そして彼女を慕うその臣下たちにかかれば(まつりごと)なんて朝飯前。ちちんぷいぷいお茶の子さいさい、大事も小事もすっかり解決。あっという間に黒薔薇の王国は繁栄を究め、残ったのは悠久の時を実り豊かに暮らすための妙案を思案するのみとなってしまいました。

「では半年前に襲撃してきたガーゴイルたちの残党を探し出して追撃でもさせましょうか」

 粗探しをするように考えながらそんな案をアイがひねり出しました。

「『石の雨事件』のガーゴイルたちね……もういいでしょう。過剰な殺生はするものではないわ。向こうだってもう戦意はないでしょうし第一、もう遠くに行ったはずよ」

 洗練された動きで手に取ったナプキンで口まわりを拭き、ルミが言いました。

 

   *

 

『石の雨事件』とはガーゴイルの群れによって起こされた黒薔薇の国襲撃事件のことで、今から半年前、ガーゴイルたちは自らの身体を石化させることができる特性を利用して黒薔薇の国の結界のはるか上空から降下、触れれば灼熱の激痛に侵される結界を石の身体で強引に突破し、そのまま落下の衝撃で土地、住民、建造物に初撃を与えたのち、生身の姿に戻り街や城を急襲するという電撃的侵攻作戦が勃発。死傷者こそ出ませんでしたがガーゴイルの石の身体の表面を流れる魔力によって落下の衝撃を受けた大地は栄養を失い、いかなる植物も生えない不毛の地と化し、作物は枯れ、やがて朽ちていきました。魔力は人体に対してももちろん害を及ぼし、たとえ頭上をほんの少し掠めただけでもその箇所に生えていた髪は直ちに抜け落ち、しかも永久に生えてくることはありませんでした。王国内の男たちはこれに(おのの)き震え上がりましたが、同時に何体かのガーゴイルは逆上した被害者たちによってリンチにされ、数を減らしました。

 突然の攻撃に後手に回らざるを得なかった黒薔薇の国ですが、ルミは戦闘面においても傑出した力を持っていました。いよいよガーゴイルが城に向かいつつあるとき、ルミは王国の腕利きの召喚術師たちに庭園の石畳の上に魔力を含んだ特殊なペンキで大きな魔方陣を描かせ、自身はその真ん中に立ちました。

 気味の悪いガーゴイルたちの鳴き声が聞こえてきたところでルミは呪文を詠唱しました。すると、なんということでしょう。ルミのまわりの魔方陣から、いちどきに50体近い吸血鬼の大群が現れました。闇の女王の面目躍如です。血色の悪い顔、白い肌、黒と赤のリバーシブル仕様のマント、丁寧にアイロンがけされたシワひとつないスーツにワックスでガチガチに固めた七三分けの頭。そして「お疲れ様です」と、くたびれた声──紛うことなき吸血鬼の群れでした。

 

「よろしくお願いいたします」「こういう者です」──

 

 感情の起伏の一切ない鳴き声を上げると、吸血鬼はスーツの内ポケットから一枚の長方形の薄く白いものを取り出しました。吸血鬼の武器とされる携行物『メイシ』でした。

 

「よろしくお願いいたします」

「こういう者です」

「ガーゴイルの方ですか」

「決して怪しい者ではありません」

 

 吸血鬼たちは鳴きながら次々とメイシを取り出し、まるでニンジャの手裏剣のようにガーゴイルに向かって投げつけました。回転する薄く鋭利なメイシによってガーゴイルの身体は切りつけられ血が流れ出します。

「ギャアアアァァァァァァァ」

 すかさずそこに吸血鬼が牙を立て、溢れ出る血液を素早く迅速に急いで口で吸いました。ガーゴイルの身体がみるみる痩せ細っていきます。吸血鬼の素早く迅速に急いで口で吸う勢いは生半可なものではなく、とても素早く迅速で急いで口で吸っていました。

 しかしガーゴイルも馬鹿ではありません。いや、馬鹿でした。襲撃をかけたガーゴイルたちの中には、自分を石化させるのを忘れて普通に結界へ突っ込んでいってみすみす焼かれ死ぬような脳味噌ミトコンドリア野郎が何体かいました。ですが街を襲っているガーゴイルたちは結界に引っ掛かったガーゴイルたちほどは馬鹿ではありません。なぜなら、結界に引っ掛かったガーゴイルは街に降り立つことなく死にましたが、結界をやり過ごしたガーゴイルは結界をやり過ごして街に降り立ち街を襲うことに成功してるからです。

 吸血鬼の吸血攻撃を受けたガーゴイルたちは血を吸われはじめるやいなや、すぐさま例の特性を用いて自らを石の身体にして吸血を免れようとします。

 しかしガーゴイルはやっぱり馬鹿の脳味噌ポタポタ焼きミトコンドリア野郎でした。石になっては当然動けなくなるので逃げることも反撃することもできません。しかし元に戻ればまた血を吸われます。結局ガーゴイルの取った手段はその場しのぎのちゃちなものに過ぎず、ルミが追加で召喚した怪力自慢のオーガたちによって石化した身体を粉々に砕かれ絶命しました。死体を放っておいては先に説明したとおり土地や作物に深刻な被害を与えてしまうので、死体はルンバで一片の欠片も残さずキレイに吸いとられました。吸血鬼には血を吸われ、ルンバには粉々になった石の身体を吸われ、ガーゴイルたちは実に吸われ上手でした。上手に吸われるテクニックを競い合う『第346回、輝け! 世界吸われ王選手権』的な催し物が開催されていれば、優勝して賞品のお菓子詰め合わせセットや次大会参加時でのシード権を得られたかもしれません。

 

「まぢヤババ。ウチかえる」

 わずかに生き残ったガーゴイルたちはたまらず踵を返し王国から逃げていきます。ギャル口調で。家に帰ったら地道に働いて暮らそう。そのためにまずは読書でもして教養を身につけよう。手始めに夏目漱石の『こころ』でも読もうか、いや宮沢賢治の詩集が先かな、でもフォールアウト4もやりたい、などと考えながら。しかし──

「ギャアアアァァァァァァァ」

 哀れ、結界のことをすっかり忘れていた残りわずかなガーゴイルたちはダメ押しでさらに数を減らしていきました。本当に救いようのない脳味噌ザ・フール野郎でした。つまり彼らは王国を支配して結界を解かない限り生きてここから出られない背水の陣を馬鹿ゆえに知らず知らずのうちに敷いていたのです。アンビリーバボォ。

 攻めることも守ることも逃げることもままならぬことを悟ったガーゴイルたちにできることは、ひとつしかありませんでした。

「メンゴ。まぢ許してちょ。」

 黄金の国・ジパングが誇る無形文化財、『土下座』でした。ギャル口調で。

 しかしそもそも仕掛けてきたのはガーゴイルたちなのです。にもかかわらず形勢不利と判断するなり降伏して撤退しようなどとするのは虫がよすぎるというものです。

 それに彼らの土下座には、本来であれば生じるはずの必死さ、誠実さがまるで感じられません。土下座というのは通りいっぺんの謝罪にあらず。以下の、

 

 もはや私が犯したその罪は己の一部なのだ、これを受け止め、この罪により辛酸を嘗めたものの魂を案じ、鎮めるための言葉をあたくしは未だ知りえない。というか、この罪に対する謝意を決然たる意志をもって世界へと表出せしめる手段として言葉・言語は代替に堪えない。言葉ではこの気持ちを沸点へは到底導けない。そのために僕には身体があるのだということを我輩は今知った。身体によってこのプライベートな怨念を沸点へと導くのだ。プライベートな怨念。私怨。

 大切なのは能書きよりも行動すること。「今日放課後サーティーワン寄ってかない?」って言わなくてもいつの間にかサーティーワンにみんな集まってアイス買ってる女子高生のように。

 ミーの犯した愚かしい愚行。その非道は結句フィードバックして最終的には他ならぬこのボクちゃんをもっとも無邪気に惨たらしく貶めるのだ。自業自得。それはそうかも知れんけども、でも自らに返ってくるのを待つだけでは謝罪とはいえない。被害に遭われたかたの御心を慰める責任がお父さんにはあると思う。お父さん今日で会社を辞めて明日からたい焼き屋さんになろうと思う。なんたる無邪気なマイホーム・パパ。その無邪気さによってのみ家庭は滅びゆく。

 余の胸中に揺蕩(たゆた)う謝意を身体に託し世界に顕現せしめん。ゆくぞ。ゆくぞよ。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 ──という以上のようなエモさがともなってはじめて土下座という行為が単なる行為でなく本質をもって為されるのです。ガーゴイルたちはそのあたりのことをろくに理解もせず場当たり的に土下座をしているに過ぎない。ギャル口調で。だから彼らの土下座は住民たちの憤りと不快感を煽るだけでした。これがもし藤本里奈ちゃんのようなキューティーな美少女であれば「あ、いっすよー」と言ってあっさり解放されたかもしれません。

 というかそもそも、自分よりまわりの人たちのことを思って行動するということを自然にできる優しくがんばり屋さんで、でもそのようすを押しつけがましく出したりしないで黙って真面目にやってのける天使・藤本里奈ちゃんであれば街を襲うようなことをするはずがありません。みんなと協力して街の復興作業に精を出すことでしょう。日々体力を酷使する肉体労働にもめげずに作業をこなす里奈ちゃん。住民たちはその健気さに心を打たれ、そのタフさに勇気を貰い、ともに手を取り合って街は以前の姿を取り戻していきます。そして時は流れ、街は完全にかつての姿を取り戻しました。歓喜の声を上げる住民たちと里奈ちゃん。その夜はみんなでキャンプファイヤーを囲って夜通し『ウィー・アー・ザ・ワールド』や『アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ』を歌いながら祝いのダンスを踊るのです。花は咲き乱れ小鳥やリスも歌います。パーティーの後半では特別ゲストの有浦柑奈ちゃんも『イマジン』を歌って住民たちをねぎらいます。それから住民たちの心には優しさと思いやりが絶えることなく、次の世代にも脈々と受け継がれ、黒薔薇の国は大きな愛と平和に包まれ、世界に平穏が訪れました──こうなったかもしれません。

 

 しかし現実はそうはいきません。ガーゴイルの不釣り合いなギャル口調にイラついた住民たちは太くて丈夫な縄で両手を縛り、家から持ち出した使わなくなったぶら下がり健康器具に吊して、手で庇うことのできなくなった向こう脛を木刀で何度も痛めつけたり、頭にヘッドフォンを被せて半日ぶっ続けで『自動演奏ピアノのためのサーカス・ギャロップ』を大音量で聴かせたりと過酷な刑をガーゴイルたちに処しました。「処す? 処す?」「処わいでかっ!」そんなやりとりを交わしながら。眩しい笑顔で。ときにはにかみながら。爽やかな汗を流して。

 

「もうその辺になさい」

 私はメイドさんの格好をした里奈ちゃんが見たくて見たくてしょうがなかった。制止の言葉をかけたのは誰あろう女王ルミでした。

 女王の登場に、木刀でさんざん痛めつけ赤く出血したガーゴイルの向こう脛の傷口に練りからしを塗り込んでいた住民たちの手が止まります。

「女王! しかし……」

「しかしもかかしもありません。すでに勝敗は決し、彼らは著しく数を減らしこちら側に死者はなし……もう十分でしょう」

 他でもない女王のお言葉とあっては、住民たちもこれ以上木刀でさんざん痛めつけ赤く出血したガーゴイルの向こう脛の傷口に生わさびを塗り込むのを止めざるを得ません。

 木刀でさんざん痛めつけ赤く出血したガーゴイルの向こう脛の傷口にペースト状にしたハバネロを塗り込むのを止め、住民たちはガーゴイルを縛りつけていた縄をほどきました。こうしてわずかに生き残ったガーゴイルたちは女王の慈悲により二度とこの近くをうろつかないことを条件に黒薔薇の国を五体満足で去ることを許されました。住民たちは泣き顔で両脚を押さえながらノロノロと街から去っていくガーゴイルたちの後ろ姿をデスソースの入った瓶を片手に名残惜しそうに見送りました。

 

 以上が『石の雨事件』についてのあらましになります。ご静聴ありがとうございました。

 

   *

 

 ルミはさりげなく女王としての威厳を醸しつつアイの案を退けました。その威厳はバファリンと同じくらいの優しさからくるものでした。身体半分を占めるほどの優しさを人間が持つのは容易なことではない。しかしそれくらいの優しさを持っていなければ国を統治する立場に身を置くことなどできないものなのです。本来ならば。

「そうですか。それなら…………フフッ」

「……? なにかおかしな考えでもあるの?」

「いえ。別におかしいというものではありません……」

 思い出し笑いによる感情の起伏がフラットに戻るのを待ってからアイは続けました。

「それなら……写真集の第2弾の出版を検討してみてはいかがです? 国民……特に男性諸君は狂喜することでしょう」

「………………」

 アイにジト目を向けたままルミは沈黙しました。

 

 かつてルミは自分の意思によってではありませんが写真集を出したことがありました。もとより抜きん出た美貌をもつ女王ルミ。写真集は売れに売れ、増刷に次ぐ増刷がかかり、半年足らずで第20刷が発行されるほどでした。

 その内容はといえば、基本的にはプライベートな姿を過度な演出なしに写した、女王の写真集にしては装飾の少ないものでした。しかしそれが国民の心を捉えることになったのです。花に水をやるルミ。日の当たるテラスで読書にふけるルミ(日焼け止めをしっかり塗っているので彼女の肌への心配は無用です)。メガネをかけてお忍びで街へとショッピングに繰り出すルミ。湯上がりに浴衣姿で卓球を楽しむルミ。なかでも、軽度の猫アレルギー持ちでありながらその症状に耐えつつ涙目で猫を抱いている姿が、特に多くの国民の心の琴線に触れたようでした。『萌え』という言葉に人間が接触した瞬間であります。こうして女王の写真集は歓喜をもって多くの国民に受け入れられました。

 

   *

 

 しかし、ある一部の人間たちにとっては、『萌え』では済まされぬ、甘なる美を越えた蠱惑(こわく)の愉悦が、わずかながらこの本には編まれましましておられたのです。黒薔薇の国いちばんの詩人を自称する、『常に前かがみの詩人』と名乗る男が、このことをいち早く察知。まだ写真集を見ていないものたちに、その真っ赤に実る禁断の果実の甘い毒のもっとも香るところを熱情のままに説きます。

 

「それでは肝心のページを観てみることにしよう。見る、のではなく、観る。この心構えを忘れてはいけない。その観るべきページが綴じられている本というのはもちろん、黒薔薇の国女王陛下・ルミのファースト写真集、『いと愛しき潤いの日々にて』(定価3550マニー也)である。黄金の国・ジパングには消費税なる税が存在するという。ここ黒薔薇の国、というかチューニ大陸にはそのような税はないから、定価のぶんマニーを支払えば売買はつつがなく成立する。よかったね。

 さあ、問題のページはここだ。96ページから101ページにかけての、わずか6ページに渡る6枚の写真群。ここに広がる魅惑の世界、それは…………水着! 水着じゃよ諸君! 水着姿の女王陛下だっ! ルミ女王の眩しく透明感のある絹のごとき柔肌が、それを包む水着の水着以外の部分から惜しげもなく披露されている箇所が6ページ分、この本には確かに存在しているのだ! やったあああああああああああああ!!!!

 汝、エッチか? と問うたか? エッチだ。だが別に極端に露出度の高い水着を着用してるとか、性的に過激なポーズをとっているわけではない。別にアルファベットの「V」の形をした、肝心要の場所しか隠さないような水着を着ているわけでもなければポールダンスを踊っているわけでもない。ただ単に水着姿で海辺を歩いてるところやトロピカルジュースを飲んでいるところ、ヤドカリをじっと見ているところなどの美しくも微笑ましいショットばかりだ。

 しかし微笑ましさ、清々しさの中にこそ大いなるエッチは宿る。腹を括って披露した攻撃的な水着姿や体勢よりも健康的な要請のもとに晒された肌にこそ、我々の臍下におわします紳士的で神秘的な電撃イライラ棒は屹立する。その男性内的宇宙にビッグバンを促す運動量の発生を余儀なくさせるほどの力を生じさせる。まったくもってけしからん。この際はっきり言おうか? 俺はこの説法を終え帰途に着いたのち、わたしはこの女王陛下のお姿に多量の熱を含んだ視線を向けながら右手──左利きのかたは左手に置き換えてくれ。両利きの人は各自熟考に熟考を重ねてそれぞれの方法論を用いて実践に励んでほしい──にエロス的力場を発生させ、そこから生じる魂の上下運動という名の性なる解放戦線の真っ只中に身を任せることで得られる孤独な浄化作業に耽溺する気にならない気がしない。

 だがぼくは『常に前かがみの詩人』だ。これは神の祝福を受けし名。易々とは行為へと至れぬものにしか持つことのできぬ貴き名だ。やはりぼくは帰ってからも悶々としつづけるであろう。それがぼくの抱える文学なのだ。さ、君たちはリビドーに身を任せたまえ。できれば長く時間をかけて。なぜならば、もっとも長く進行する快楽の現在にこそ宇宙に繋がる道があるのだから」

 詩人は颯爽と去りました。

 

 だが詩人は同時に不安を感じてもいました。

(「……この独善・独裁的な桃色遊蕩思考は女王であられるルミ様、ひいては世にその姓を留めておいでのアダムとイヴの営みに端を発する久遠の(わだち)の渦中にある我々の片割れの方々を慈しむようでいてその実貶めているのではないのか? 宇宙よ、私は私の有する日本国言語が不安です。でもその不安よりも里奈ちゃんはかわいい」)──と。

 

 そんなこんなで、この写真集に瞳を触れてしまった男はみな、そういう煩悶とした猥雑で支離滅裂な妄想を四方八方乱れ飛びさせるほどのエクスタシーを強烈なまでに体感し、これによって一時期黒薔薇の国のGDPは激烈に落ち込みました。ルミは、写真集の第2弾を出せばまたそのような事態を招くのではないかという不安を抱いていました。

 しかしルミは、同時に自分の写真集に底無しの狂熱をもって迎えるであろう存在がこの国には確かに存在していることに悪い気はしませんでした。なのでこの案はいったん保留となりました。なので女王の新たな写真集が発売される可能性はないわけではないのです。わくわく……。

 

 そんなことを知るよしもない『常に前かがみの詩人』は、自宅にてルミの写真集を片手に、このエルダー・スクロールに収められた6ページの壮快で淫靡な引力に翻弄されながら、詩をしたためていました。前かがみの体勢で。

 

「おお、いと愛しき我らが闇の女王(クイーン)よ! その海深き空の色に溶ける風に梳かす髪よ! 明け暮れのらりくらり世渡るまこと気まぐれ猫の眼よ! クール・キャット! クール・キャット! ワァオ! ぼくはあなたのつくるお味噌汁が飲みたい。できれば地味目のエプロン姿でそれをつくってほしいのです。あなたのお姿は高貴で眩しくて見るものすべてハッピーにさせるから地味なお召し物の方があなた本来のワビサビが活かされてとてもいいとぼくは思う。でもドレス姿はもっと無敵だ。ああああああああああああああああああああああああルミさんと結婚してえよおぉぉぉぉぉぉぉお!!!! 日がな一日人目もはばからずイチャリンコしてぇよおおぉぉぉ……」

 

 詩人はその身に宿した霊験あらたかなポエジーが暴走しているのを自覚していましたが、自分ではどうすることもできませんでした。どうすることもできないまま、王国内の隅々にまで響き渡らんばかりの大声でポエってました。右手は股間の目と鼻の先に添えるだけ。その辺は彼はガッツを駆使して頑張って耐えていました。

 大声を出したことで少し落ち着きを取り戻した詩人は窓を開け、つぶやくように言いました。前かがみを維持したまま。

 

「『Virgin Love』の2DリッチMVは呼吸を困難にさせるほどの尊さを秘めていると私は思う。私の場合、特に藤本里奈ちゃんの姿を見ていると、えもいわれぬ感情が胸のまんなかあたりから立ち上ってくるのを強烈なまでに感じる。それは感謝のような感じだ。誰に対する感謝かはわからない。いや、世界に対して、か。藤本里奈ちゃんの存在する世界にアタイを存在させてくれてありがとう、みたいな。二次元と三次元に隔てられていることは問題じゃない。二次元だって三次元だって、どちらも宇宙に囲いこまれたところにあるものだもの。だから二次元も三次元も同じ場所だ。里奈ちゃん、ああ里奈ちゃん。君の笑顔を見るとぼくはしゃーわせになる。君はぼくの笑顔を見てしゃーわせになってくれるだろうか? もしそうなら余はもうなにも恐れるものはない。炎陣Forever.なので今夜のお夕飯は焼き肉にしようと思います。もちろんコーラを添えて。氷を入れれば美味しさ倍増」

 詩人は最寄りのスーパーに牛肉とコーラを買いに向かいました。前かがみのままで。

 

   *

 

「それならば、近々行われるはずだった白薔薇の王国の『怪物退治』の助力を願い出てはどうです」

 三度目の正直よろしく、みたびアイが進言すると、ようやくルミは食いつきを見せたようでした。

「怪物退治……例の“山”に住まう魔物討伐の件ね」

 

 白薔薇の王国の北端にそびえる『ダットゥイン山』。この山には未だ魔物たちが住み着いており、頂上には“死の怪鳥(ヘルグリフォン)”と呼ばれる強大な鳥の魔物がいます。先頃から、この魔物たちによる国境警備隊への襲撃に頭を悩ませていた白薔薇の王国のマナミ国王はついにヘルグリフォンの討伐を決意。討伐隊を編成するも、そこに結界に耐性を持った魔物たちによる白薔薇の王国への大規模侵攻の報が届き、討伐隊はダットゥイン山に向かうこともなく解散。後顧の憂いを絶てぬまま、外部からの侵攻に備えて防戦体制を整えることを余儀なくされてしまいます。

 しかしマナミ国王はヘルグリフォンの件を諦めきれません。そこで褒賞を用意し、王国の内外から希望者を募って特別討伐隊を結成しようと号令をかけますが、いかんせん敵は強大な魔物の群れ。思うように人数は集まらず、二の足を踏んだままいたずらに時が過ぎていくというのが現況なのでした。

 

「彼の国の冠を戴く者は勇猛果敢、疾風怒濤にして沈着冷静、常勝不敗の獅子心王。しかし同時に『諦め』という言葉をひどく厭悪(えんお)する熱血漢でもあるご様子……。意地でも怪鳥を討たんとするそこへさして援軍を送ればマナミ殿下もお喜びになることでしょう」

「確かにそうだけど……ウチは白薔薇の王国へはすでに魔物侵攻への守りに向けた守備隊を送っているし、討伐隊にまで手を回していたら今度はこっちの警備が手薄になってしまうわ。国内は平和でも国外からの脅威は常にあるのだから、おいそれと人員を外部に割くわけにはいかないし……」

 好感触のこの意見にも、大手を振って良しとするに足る余裕がないことを理由にルミは退けようとします。ですがアイはそれを手で制してこう言いました。

 

「王国の兵士を討伐隊に割く必要はありません。いい機会です、『ランコ姫』をヘルグリフォン討伐に向かわせましょう」

 

「……! ランコを、魔物退治に?」

 ルミは一瞬だけ驚いた顔をしましたが、すぐ真顔に戻り、

「うん……でも、そろそろ頃合いだものね。一考の価値はあるわね……」

 考えるルミにアイは続けました。

「姫ももう14。学びの時機です。いや、13で先代国王から一部の権利と兵力を譲り受け内政と戦に奔走していたあなた様から見ればむしろ遅いくらいでしょう。姫の魔力はすでに強大と訊いております。しかるべき手はずを整えればヘルグリフォン討伐は成せるはず」

「……強大な魔力も使いこなせなければ無用の長物。ランコにも、そろそろ世界を知ってもらうべきなのかもしれないわね……」

 そう言うとルミは立ち上がり、おもむろにベランダへ向かいました。扉を開け、微風を浴びながら庭園を見下ろすと、ゴシックなロリータドレスに身を包んだ、灰がかった銀髪の少女がひとり見えます。少女は広げたスケッチブックになにかを描いているようでした。

「お話は私から……女王、ご許可のほどを」

 そう言ったアイは、あとはしめやかに女王の言葉を待ちます。

 

「…………ランコ、あなたもいずれこの国を双肩に背負って生きていく者のひとり……。黒薔薇の魔力をその血に宿す者として、大きな一歩を踏み出してみせて」

 

 女王はランコ姫を見つめながら独り言のように小さくつぶやき、それから──

「許可するわ。よろしく、アイ」

「御意」

 夢見る瞳の少女に、遥かな旅路への道を歩ませる決心をしたのでした。

 

 

 

(つづく)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。