耽美公演『Black Rose ~聖なる闇の薔薇伝説~』 作:ストレンジ.
「白薔薇の国北部にそびえる怪鳥の巣、ダットゥイン山の支配者、ヘルグリフォンはご存じですね? 白薔薇の国では今、そのヘルグリフォンを討伐するための部隊を結成すべく人員を国内外から募っております。そこで女王陛下はこの件を、黒薔薇の王族の血を引く者が十代のうちに成さねばならぬ『試練の儀』として定め、姫に討伐隊に参加し、ヘルグリフォンを打ち倒すようにとの命を仰せられました。姫には早速明朝、ヘルグリフォン討伐のため白薔薇の国へと向け出立していただきたく存じ上げます。ついては今宵は姫にとってしばしの間、この国で召し上がる最後の晩餐となるので料理人にはいっそう腕によりをかけさせようとのルミ女王の計らいにございます。ご希望はありますか?」
「ハンバーグ!!!!!!!! 来てしまったのね、この
「さすがは闇の女王のお世継ぎ、覚悟は当に決まっておられたようだ。私も安心してお見送りすることができます。チーズはinしますか」
「してっ!!!!!!!!」
「アイさん、待ってください。そのヘルグリフォン討伐の旅、行くのはランコ様おひとりだけなんですか? 私たちはおろしダレの和風きのこハンバーグでお願いします」
不安げな顔でアイコが尋ねました。アイコの隣にいるユミも同じ表情をしていました。
「フッ……君たちの不安はわからないでもない。だが姫はすでに次期女王として十分な素養をお持ちだと、私もルミ女王も考えている。心配は無用だ。それに君たちはこの花の園を守るという使命があるはずだ。それを中途で放り出して旅についていっても姫は喜びはしないよ……そうだろう? 承った」
「…………」
アイコもユミもなにも言えませんでした。アイには、ふたりがランコの旅についていこうと考えていたのはお見通しのようでした。
(ゴー・トゥ・ホスピタル
「アイコ、ユミ……ありがとう。あなたたちはあなたたちの使命を果たしなさい」
「ランコ姫……」
「魂は、我とともにあり!」
†(心は、いつもいっしょだよ!)†
勇ましげにランコが言うと、ふたりに笑顔が戻りました。
「それに、だ……」
そこから少しの間を置いてアイは話を続けました。
「これは姫様の『試練の儀』ではあるが、誰の手も借りずにひとりで旅に出ろとは、私も女王も言っていないよ」
「え……」
アイのこの言葉には、アイコとユミだけでなくランコもきょとんとしました。
「『試練の儀』はなにもひとりきりですべてを成し遂げなければいけないわけではない。現にヘルグリフォンの討伐には白薔薇国で部隊を編成したうえでことに当たるわけだからね。旅についていく以外にも手助けの方法はあるはずだよ、ユミ、アイコ?」
そう言って思わせぶりにアイはふたりに目配せしてみせました。それに気づいたふたりは喜び勇んでランコに言いました。
「姫様、旅にはついていけないけど、お手伝いはさせてくださいね♪ 私たちの……この魔法で!」
そうしてふたりはランコに向かって順番に“ある呪文”を教えました。
「……! これは……!」
ランコ は じゅもん 『スキアラバアイバユミ』 と 『アイコチャンカイギ』 を おぼえた!
「私は闇の植物魔法、アイコちゃんは光の植物魔法が得意だから、攻撃なら私、防御ならアイコちゃんを呼んでみてください。きっと力になってみせますから!」
なんということでしょう。ふたりがランコに教えた呪文は、それぞれユミとアイコを一瞬にして呼び出せる召喚魔法だったのです。これでランコ姫は、『スキアラバアイバユミ』を唱えればユミが闇の魔法植物による攻撃を、『アイコチャンカイギ』を唱えればアイコが光の魔法植物で脅威からその身を守ってくれるという、きわめて有用な攻撃と防御の魔法をいちどきにふたつ覚えたのです。これはランコ姫の潜在的な魔術への素養、そしてユミ、アイコとの間に築かれた友情の賜物であって、これほどの強力な呪文をふたつまとめて覚えるなど、よほどレベルの高い魔術師でなければ不可能な離れ業でした。
「ユミ、アイコ……そなたらの
「えへへ……これで本当に“魂は”……」
「うむ! “我とともにあり!”…………でも…………やっぱり寂しいようわあぁぁぁぁぁぁぁ~んッ!!」
今まで沈着冷静な態度でいたランコですが、ふたりからの厚い友愛の証に、思わず感極まってしまいました。
「姫様は寂しがりやですね……大丈夫ですよ、お呼びになってくださればいつだって会えるんですから……」
そう言うアイコの目からも、涙がわずかに顔を覗かせていました。
「……よいですかな、姫。話はまだ終わっておりませんゆえ」
「……うむ、そうであったな……。かまわぬ、続けなさい」
ランコが落ち着くまでしばらく待ってからアイが再度口を開きました。
「先に申し上げたとおり『試練の儀』は、達成に他者の助けをいとわぬもの……。課せられた命は違えど、女王陛下もかつて『試練の儀』の際には微力ながらお力添えを申し出た私と数人の者を従えてその儀を成し遂げられました」
「アイが……お母様の『試練の儀』に?」
「ええ。もう10年ほど前になるか、フフ……」
ランコは、顔を少し横に向けかすかに唇を歪めながら自嘲気味に笑うアイの襟足を揺らしているそよ風から、ルミがいつも濃紺のショートヘアから漂わせている優しいローズマリーの香りと同じ匂いがすることに気づきました──。
*
「ここがあのミノタウロスたちのハウスね」
ルミに課された『試練の儀』、それは西の森に潜伏しているミノタウロスの強盗団の殲滅でした。このミノタウロスたちは徒党を組んで森の近くにある小さな村で恐喝や盗みを繰り返しており、下手に手出しをすればその豪腕から繰り出される斧の攻撃によってあっけなく殺されてしまうため魔力を持たない村の力自慢の男たち程度ではどうすることもできず、村は恐怖と不安に包まれてすっかり活気を失っていました。そこで『試練の儀』を迎えたルミに白羽の矢が立ったというわけです。
強盗団が隠れ家にしている丸太小屋は大きく立派で、中からは複数の騒がしい笑い声が漏れ出ており、どうやら強奪の戦果を祝ってパーティーが行われているようでした。しかし小屋の入り口の左右には両刃の斧を携えたミノタウロスが2体仁王立ちで辺りを見張っているのでこのままでは近づくのも難しい状況でした。
「姫様、小屋には裏口もありますがそこにも見張りが……正面と同様に2体。やはり斧を持っております」
森の中を慎重に動きながら、遠くから小屋の周辺を探っていたアイが合流してルミに報告しました。
「強盗団の構成員は全部で13。出払っている者はなし……。まずは中の9体に気づかれずに外の4体を片付ける必要があるわね」
「暗殺、ですか」
「あなた“たち”の専門分野ね。中の9体は私が受け持つわ。あまり仲間任せにしては『試練の儀』にならないし……頼めるかしら」
「御意……正面の2体は私と『メアリー』がやろう。『タマミ』と『アヤメ』は裏口に回ってくれ。合図をしたら決行だ」
「ガッテン! ハチノスにしてやるワ!」
「ニン! “素早く、確実に”──ですね」
「いよいよ大詰めですね……タマミの妖刀・
アイの他にルミに従っていたのは、チューニ大陸中央に広大に広がる森のはずれに居を構える『オエド族』と呼ばれる妖精の女の子、タマミ、アヤメ、メアリーの3人でした。3人は優れた隠密技術の持ち主で、それぞれサムライ、ニンジャ、ガンナーの
アイの号令で裏口へと静かに向かったタマミとアヤメを待ちながらアイとメアリーも準備をはじめます。
「メアリー、
「余計なお世話ヨ、アイ。アタシよりジブンの準備をさっさとなさい」
「手厳しいな。だが……よし、OKだ」
喋りながらもアイは持ち物のアタッシュケースを開いて中から取り出したスナイパーライフルのパーツを素早く組み上げ、魔法をかけた弾丸を装填し発射準備を終えました。ルミの女王就任後はメイド長を務めているアイですが、かつては長距離からの射撃で標的を仕留める
「アイ、裏口のふたりもOKよ。私も問題ないわ」
タマミたちといっしょに裏口に向かわせた使い魔のカラスがルミの元に戻り、首を縦に振ってふたりの準備の完了を伝えました。
「よし……では始めようか」
スコープを覗き、見張りのミノタウロスの1体の額に照準を合わせ、アイが引き金を引きました。
引き金の手応えとは裏腹に銃口から出てきたのは、ひらひらと舞う1匹の蝶──。
「おい見ろよ、キレイな蝶だぜ……」
ひらひらと小屋に向かって飛んでいく蝶に、アイが『狙撃』した見張りのミノタウロスが当然のごとく気づきました。
「見とれてないでしっかり見張れ。常に近くに暗殺者が潜んでるかもしれないと思え」
「そんな奴いるかよ」
もう1体のミノタウロスが忠告をしても標的のミノタウロスは聞く耳を持ちません。
「こっちにまっすぐ飛んでくるな……おっ?」
アイの放った蝶が標的ミノタウロスの眉間に留まりました。
「おほほっ、お前おれが怖くないのか? いい度胸してるぜ。気に入った」
ミノタウロスが無邪気に笑いました。その蝶が、自分を殺す弾丸であるとも知らず……。
「気をつけろって。その蝶が攻撃だったらお前さん、死んでるぜ。たかが蝶にはしゃぎやがって……」
「うるせぇな、神経質め。もっと肉を食え肉を。精をつけてもっと俺みたいにビッグに構えられるミノタウロスになれよ」
「肉を食うとお前みたいにガサツになるなら俺はしばらくサラダバーに通うことにするよ」
「は? てめぇはただの牛か? 草しか食わねぇならその辺の放牧地帯でホルスタインどもと仲良くやってな──」
「(よし、メアリー行け!)」
小声でアイが言うと同時に、音も立てずにメアリーが死角から小屋の入り口に向かって走りだしました。
(あなたもいきなさい)
ルミが命令すると、使い魔のカラスが大きく音を立てて飛び立ちました──タマミとアヤメへの『合図』です。
「──
カラスの羽音を聞くのとメアリーが小屋に到達したのを見たのと同時に、アイは一言呪文を唱えました。するとミノタウロスの眉間に留まっていた蝶が一瞬にして弾丸に戻り、ミノタウロスの頭に音もなく『突撃』していきました。抑制の美と解放の熱を象る月光蝶──アイが編み出した魔法、『ハービー・バレット』による静と動の一撃です。
「ぐふっん」
小さな小さな、そして間抜けなうめき声。ゼロ距離で発射された魔力の込められた弾丸はあっという間にミノタウロスの頭蓋骨の一部を砕き押しのけ、脳の深くに食い込みました。
「え、あっ、おっ……?」
ほぼ同時にもう1体のミノタウロスからも意味不明の小さな声が途切れ途切れに上がります。メアリーが手に持った
カラスの羽音を裏口近くの森の陰から聞き取ったタマミ、アヤメも迅速に行動に移りました。
まずアヤメが魔力で切れ味を高めたクナイを高速で放つと同時にタマミが小屋に向かって走りました。その一瞬あとアヤメもタマミを追うように小屋に向かいます。隠密行動に長けたふたりの走りに、世界は音を発することを忘れました。
2体のミノタウロスがふたりに気づいてから声を上げたり攻撃の動作に移るまでの間に、一方のミノタウロスの喉元をクナイが快速で通り抜け、もう一方のミノタウロスの首が、タマミが抜刀するやいなや放物線を描いて森の中へと飛び込んでいきました。それらの行動の完了は、表の2体のミノタウロスが命を失うのとまさに同時。
そうして絶命し倒れゆく計4体のミノタウロスの死骸たち。しかしこのまま倒れられては衝撃音で小屋の中のミノタウロスたちに気づかれてしまいます。間髪入れずにルミは『通販の女帝』を召喚。女帝はこの間衝動買いしたばかりの超高性能衝撃吸収シートをミノタウロスの足元近くに素早く設置。シートがミノタウロスが床に倒れる衝撃とそれに伴う音をバッチリ吸収・消音。ことなきを得ました。勢いで買ったはいいが大量に余って使い道に困っていた吸収シートを消費することができて女帝にとっても好都合だったのでWin-Winでした。
一方、裏口の2体はアヤメの口寄せの術によって召喚された、臆病で引っ込み思案、でも心の内の芯の強さは誰にも負けない儚げな雰囲気をほんのり纏った美少女ラッパー『Yukiy-Ho'』が音速で地面に深い深い穴を掘り、2体のミノタウロスの死骸はそこに落ちてゆきました。
「A-Yo! Ho,ho! Megalopolis掘りにゆきM@S 地底かき分けGO MY WAY!! ドリルかましてGO前へ!! 強固な土だって、まるで雪だって、響子の土地は? って鳥取だって! どっちみち砂丘進むみたいにサクサク行く! でも砂丘荒らす Watt!? そんなん、なんなん……ダメじゃん。思い出をありがとう、って勇気もってまた前へ進んでいきたいじゃん。ルール守ってシャベル持って喋るの苦手でもポジティブ! にAccess to the futureって、あくせくしていかなくっちゃ! んで疲れたらTya tyme tha 緑茶! あ、よかったらこれどうぞ」
そう言ってYukiy-Ho'はジパング土産の雪の宿をアヤメに渡してから去りました。
こうしてルミたち一行は音もなく4体のミノタウロスを殺戮することに成功しました。
*
相も変わらず愉快そうな声や物音の漏れてくる丸太小屋の前の地面に、ルミはたっぷり10分かけて魔法陣を描きました。そうして準備を整えてからルミは半径3mほどの大きさの魔法陣を前に、1分半ほど時間をかけて丁寧に呪文を詠唱しながら、魔法陣を描くのに使ったステッキの先を小屋の前につきつけながら魔力を込めました。
見張りの死滅した小屋の前で声をひそめる必要はもはやなく、平静どおり涼やかで通りのいい声を辺りに響かせると、魔法陣がにわかに黒く輝きだし、と同時にステッキの先端からは球体状の炎が出てきて、どんどん膨らみだしました。
「はあっ!!」
ルミがお腹に力を込めて、甘くなく凛としていていつまでも耳にしていたくなるような響きのある、内の情熱を窺わせなくもなくはありつつも、感情をはっきりとは表さない淡白さがむしろ魅力的な声で叫ぶと、巨大な炎の塊がまっすぐに飛んでいき、丸太小屋をあたたたたたたたかく包み込みました。
断末魔を上げながら小屋から飛び出してくるミノタウロスたちを視認した次の瞬間、ルミは魔法陣に仕込み終わった魔力を一気に解放しました。
「ルォォォォアアアァ!」
「ミゥゥゥゥゥンッッ!」
「さあ仕事じゃあ!」
「んんんっ! 腕が鳴るぜ!」
「にくいアンチクショウはどいつだァ!?」
「ボストンバックが欲しい。暖色系の」
「イクラ丼食べ行く?」
「スシ! スシがいい!」
「ついていくぜ。おごりならな」
「いま何時? お急ぎ便来ちゃう!」
「ていうか、藤本里奈ちゃんっているじゃん、アイドルの。我輩、最近あの娘のこと考えるたび胸が切なくて辛くなるんよ。コレってやっぱり里奈ちゃんが可愛すぎるからだよなあ。ほんと、見てくれはギャルな派手めのビジュアルでカワイイ、ってよりキレイ系なんだけど健気で真面目で頑張り屋さんでさ…………俺、守りたい。里奈ちゃんのアイドル道と笑顔を。彼女の魅力を銀河中に轟かせてぇよ。つくづくそう思う日々だよ」
「そうだね」
魔法陣から現れたのは、ミノタウロスに負けないくらい屈強な肉体をもつ12体のオーガたちでした。
自分たちが出てきた魔法陣に込められた魔力から召喚主のルミの意向を汲み取ったオーガたちは、直ちにミノタウロスの群れへ殺到していきました。残りのミノタウロスは9体。しかも炎で焼かれてすでに虫の息の者もおり、闘いの行く末はもはや明らかでした。
「あアアあアアアアアアアアァアァァァぁァッ!!!」
大地が震えんばかりのミノタウロスたちの絶叫。オーガたちは青息吐息のミノタウロスたちにも全力でかかり、その脅威的な怪力を如何なく発揮しました。ある者は棍棒によるフルスイングで頭部を潰され、またある者は首を締め上げられた勢いで骨をへし折られ、またあるものは周辺の散乱物の中から手に取ったスプーンで目玉を抉り出され
西の彼方に傾いた陽の光があたりを真っ赤に照らしました。夕陽のオレンジに射されて浮かび上がる赤。それは地面や焼け落ちた丸太小屋の残骸や雑草に飛び散ったミノタウロスの血液と、ミノタウロスたちがパーティーの立食のトマトフォンデュ用に用意していた2トンもの潰れたトマトによる、どろり赤とフレッシュ赤とのふたつの色彩が織りなすめくるめくハーモニー。血の匂いを嗅ぎ付けて寄ってきたカラスの群れにはオーガの棍棒の一撃によって潰されたミノタウロスの頭部と潰れたトマトを判別することはできませんでしたが、どちらも嫌いではなかったのでさっそくそれらを
*
2ヶ月後、大量もの潰れたトマトの流れる果汁の養分を吸った丸太小屋跡の大地は豊かに逞しく育ち、焼け跡などなかったように辺りは夏真っ盛りの風に吹かれて波立ち、深緑の調べを聴かせてくれる青々しい草原の海が広がっていました。
「姫もいよいよ女王になられるのですね」
「儀式を終えただけよ。気が早いわ」
厚い葉に遮られて弦月の光わずかに降り注ぐ樹の下、ルミとアイはふたりだけの語らいの時間を楽しんでいました。
「ますますお忙しい日々を送られる」
「そっちは明日からにでもなりそうね」
「優秀な参謀が要り用になると思いませんか」
「ふふっ、自信満々の割に遠まわしな言い方ね」
いたいけなルミの笑みにはすでに女王の気品が漂いはじめていました。
「貴方の近くに、お付きしたい」
「……いいわね。『お仕えしたい』ではないのが、特に」
「……」
「幼なじみのあなたが言う『近く』って……どこなのかしら?」
勿体つけるルミを前に、軽い目眩にでも遭ったように樹にもたれかかりアイは言いました。
「……互いの立場など、小さい頃は気に留めることもなかった。それが今では日に日に私をいたぶるのです。じわり、じわりと……焦らすように。極刑の執行を自ら請い願いかねぬほどに……。あの黒き薔薇の城で貴婦人としてのたしなみを施されていく貴方を想像するほどに、貴方は私の中でより尊く、そして遠くなっていく……」
つのる思いに突き動かされてアイは夜空の星を見るようにルミの瞳を見つめ、心の内を吐露しました。
「けっこう……可愛いことを言うのね」
「っ、貴方はそう思われませんか? 現在という時が、幼き過去の私たちの間に影を差し込み変容しつつあると。まるであの弦月にも似た」
そこまで言ったところで、アイはルミの唇によって一瞬だけ口を塞がれました。
「影が差し込むのなら、こうして照らしてあげればいいのよ。弦月だって、日が巡ればまた満月になるわ」
「……そうやって、貴方は私の心を容易く何度でも奪ってみせる……」
すがる態度を隠さないままアイはルミの手を握りました。
「私と身体を重ねたい?」
「…………」
「でもダメよ。次期女王たるもの、慎みを弁えてなければいけないもの」
「私たちの間柄に弁えや分別など……!」
もたれかかっていた樹から、情動のままにルミの胸へと身を起こしかけたアイを制して、互いの息も触れ合うほどにルミは自らアイに顔を寄せました。そして燃える期待とわずかの困惑に身悶するようにして若木に背を密着させたアイに寄りかかるように身体を傾けてから、
「あなたの背が、いつか私よりも高くなったら……きっとこの心も身体も、恋のままに燃やし尽くせるわ。でも今はここで堪えましょう……互いに、ね」
呟いて、もう一度ルミはアイに唇を重ねました。
片目だけ開けた月の覗く濃紺の空の下、歓喜と焦燥に身を焦がされながらアイは世界が眩むほどの濃い口づけを、一夜をかけてルミと交わし合いました……。