耽美公演『Black Rose ~聖なる闇の薔薇伝説~』   作:ストレンジ.

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Chapter4:出立 ~たびだち~

 

 ナイフでジューシィお肉を切り分けると、そこは肉汁とともにトロッと溢れるチーズだった。

 

 よだれのこぼれそうになるのを抑え、平静を装いつつランコ姫は注意深くお皿に垂れ流れたチーズをお肉ですくい取り、シェフ渾身のミディアムな焼き加減のハンバーグをその舌の上に乗せた。

「……! んぅ~~~──ッ!」

 ひと口食べたとたん、ランコ姫のCoolなご尊顔がたちまちCuteなプリティ・フェイスへと綻ぶ。無理もない。今宵このハンバーグを拵えたのは、黒薔薇城が誇る宮廷料理人の若きホープ『キョウコ』が姫の旅立ち前の最後の晩餐のためにと腕によりをかけた一品なのですから……。

 

 晩餐を終え食後のミルクティーを飲んでいるとき、いよいよ明日からの旅についてのあれこれをルミ女王が話し出しました。

「ランコ、まずなによりあなたの目的は白薔薇の国へ赴き討伐隊に参加してヘルグリフォンを倒すこと。あなたがそのために白薔薇城へ向かうことは既に連絡を通してあります」

 ルミはそこまで言ってからカップの中の残りわずかなミルクティーを飲み干しました。すかさず脇に控えていた給仕が新たにミルクティーを注ごうとするのをそっと片手で制してつづきを喋ります。

「ついては、そのことで白薔薇の国があなたの旅の手助けを買って出てくれたの。なんでも白薔薇と黒薔薇の国のちょうど中間にある『エナドリ村』に兵をひとり送るそうよ。そこから白薔薇の国まではその人が付き添ってくれるそうだから、まずそこを目指すのがさしあたっての目標ね」

「エナドリ村……魂の糸を無垢なる方へと手繰り寄せれば、霊長の祖たちの妙技に心奪われ、眼を星々の如く瞬かせた日々が久しいわ……」

 姫は小さい頃エナドリ村へ遊びに行き、そこで見た『エナドリ猿軍団』なる、曲芸を披露する猿たちの催し物に夢中になった記憶に思いを馳せました。猿たちはいずれも皆とても利口で、一輪車に乗りながらけん玉をやってのけたり、バランスボールに乗りながらお手玉をしてみせたり、竹馬に乗りながら、仮想通貨の取引で億単位の金を動かし、超有名企業の株を買い荒らし回り、市場を大混乱に陥れたりするなど様々な曲芸で見物客を魅了しました。瞳を輝かせてそれらを目一杯楽しんだランコは帰りに、ゾウの頭の上に片足立ちで乗って縦縞のハンカチを横縞にしながらフルーチェを一気飲みする芸を披露した、猿軍団の花形スター、『青色4号・ビシソワーズ・大五郎ジュニア』のブロマイドを買ってウキウキしたまま帰宅しましたとさ。

 

「……思い出に浸るのもいいけど、話はここからが本題よ」

 かつて見た青ビシ五郎の勇姿を脳裏に描くランコに小さな微笑を向けルミが続けて言います。

「その白薔薇の国からの仲間が待つエナドリ村までの道中も決して安全が保証されてるとは言えません。この試練の儀がヘルグリフォンを倒すための旅である以上、当然あなたは至るところで魔物たちと知恵で、あるいは魔力を用いて戦わなければなりません。しかし白薔薇国到着までの道のりをあなたと派遣された仲間のたったふたりきりで往かせるほど苛烈、もとい無責任に歩ませるつもりもありません」

「なる栄光(ホド)、お母様は白薔薇の同胞(はらから)の他に、我に闇の眷属を用いようとお考えか! 流石は我が母にして闇の女王! その慈悲に、胸キュン……!」

 女王たる母の決め細やかな配慮。これには娘のランコ姫でさえも、思考停止してピックアップ期間中に湯水のごとく課金してガシャを回してしまいそうになるほどの抗いがたい魅力を感じざるを得ませんでした。かつてルミが若干17歳にして会得した108の体系からなる妙技『デキる女ムーブ』のひとつ『おかんムーブ』の応用、厳しくも優しく諭し愛情を注ぎ子を見守る『肝っ玉系おかんムーブ』のなせる技でした。ちなみに黒薔薇城の兵士たちの間では、いったい誰が流布したのかルミの『デキる女ムーブ』のひとつに、『夏休み中、頼んでもいないのに家庭教師と称して親がいないときに家にやって来てはあの手この手で誘惑してくる近所に住む年上幼なじみ系エッチできれいなおねえさんムーブ』が存在するというウワサがまことしやかに囁かれており、そのせいで兵士たちは浮わつき訓練や勉学に身が入りきらず、槍で同僚兵士の秘孔をうっかり突いてしまったり、危険物取扱免許丙種や泥水ソムリエ検定準2級の資格取得の試験に落第してしまったりしてそのたび、「いっけな~い! ワタシったら、またやっちゃった~( ̄▽ ̄;) テヘッ♪」などと往年の少女漫画のお転婆系主人公ムーブをかますのが日に日に上手くなっていく昨今でございました。

 

「して、我が冥府魔道に足跡を描く者は誰ぞ!?」

 息巻くランコが開いた右手をビシッとルミに突きつけると、やや少しして食堂の入り口から何者かが現れ、ルミの代わりに答えました。

 

「アタシっすよ、ランコ姫……このたびの姫の試練の儀の旅、最初から最後までお手伝いさせていただくっす!!」

 

「サキ!? そなたが我が闇の眷属とは……ブラヴォー、嗚呼、ブラヴォー!」

 姿と声の主をみとめるやランコが歓呼の調べを鳴らしたその相手というのは、黒薔薇城近衛兵の一員『サキ』でした。

「あなたの旅のお供にはふさわしい存在でしょう?」

「お母様……いかにも! サキ、願わくばこの身に宿した試練の儀、汝により宇宙(そら)より広く、おいかわ牛乳より白き画板とし、那由多(なゆた)の色彩を十重二十重(とえはたえ)に織らんことを我、所望す!」

「ありがたきお言葉……もちろん御意っすよ!」

「やったあ!!!!」

 

 このえへい の サキ が なかま に くわわった!

 

 ランコにとってパーティーにサキが加入することは実に喜ばしいことでした。幼い頃から共にこの城で育ち、共に絵を描き、年も3つしか違わないこともあってランコにとってサキは姉も同然の気心の知れた存在であり、同時にその天衣無縫のしなやかな強さに想いを馳せればランコの心はたちまち二重の安心感に包まれました。

 

   *

 

 幼少の頃よりランコの姉貴分ということもあって、女王直属の部隊に名を連ねる前よりルミから魔術の指南を受けていたサキは、瞬く間に召喚術師としての才に目覚め、その存在は城内に徐々に知られていくようになりました。

 過日、黒薔薇国内でも辺境の地にある小さな村にゴブリンの山賊たちが襲撃してきたとの報を受け、ルミは鎮圧のため兵士を村に向かわせ、その中にはサキもいました。

 渦中の村に到着するやサキは懐から絵筆を取り出し、前方に向かって空を切りました。

 

 実はこの絵筆、『ユメのえふで』という妖精が作った魔法の絵筆で、もともと快活で爽やかな性格に加えて美少年のごとき凛々しい風貌が放つサキの魅力は行く先々に住まう種々様々な者たちを魅了し、それは神なる秘術の申し子である妖精とて例外ではなく、村への遠征の途中、休憩のために寄った妖精の森で仲良くなったお絵描き好きの妖精『ユメ』から友情の証として贈られた高次元魔道具(アーティファクト)の一種でした。召喚の際、通常はなんらかの物質に魔方陣を描かねばならないところ、この絵筆を使えば空間に直接陣を描け、また簡単な武器やあまり知性を持たない生物であれば詠唱文すら省略して召喚することができる電光石火の逸品であり、素早くトリッキーな攻めを得意とし、特に魔方陣の描画の速さに定評のあるサキにとって水魚の交わりともいえるほど相性の良い道具で、このあたりは作成から授受までの経緯に至るきっかけが友情にあったという幸福の賜物といえるでしょう。

 

 なにもない空間を走る筆先から、鮮やかなターコイズグリーンカラーで海の戦の神を表す紋章が現れた、のが見えたのはほんの一瞬。その次の瞬間には、召喚した一振りの曲刀(シミター)を片手にゴブリンの群れに駆けていくサキ。味方の兵士たちも敵のゴブリンたちも、その俊足を捉える頃には、サキの振るうシミターによって小柄ながら雄々しく鍛え上げられた身体をもつゴブリンの屍が2体、3体と、それぞれ異なる場所ながらそのすべてが鮮やかな斬り口を路傍に晒して倒れていました。

 突然の来襲に混乱をきたしながらもゴブリンの群れは牙と闘争本能を剥き、ろくに手入れもしていないと見える赤黒く汚れた太い棍棒を軽々と操りながら兵士たちに向かっていきました。なかでも単独で先陣を切るサキへの警戒はやはり強く、ゴブリンたちの多くはサキひとりに狙いをつけ執拗に襲いかかっていきました。

 機動力に自信のあるサキも、さすがに脳筋モンスターに数で押されては直線勝負は不利と判断し、素早く3歩ほど大きく下がるとシミターを真上に軽く放り投げ、それが落ちてくるまでの間に懐から再び取り出した絵筆で今度は野生の狩人の魔方陣を描き絵筆をしまい、ゴブリンたちに見せつけるように横に構えた左腕を魔方陣の少し下あたりに出しながら元通り右手でシミターをキャッチしました(この間わずか3秒)。

 右手に握った柄の感触とは別の、やや骨ばって刺々した感覚を確かめてから口を結んで不敵な笑みを浮かべたサキの左腕には、大きな魔界(とんび)が留まっていました。この鳶はサキの使い魔で、名を『グラフィディア』といいました。

 サキの志す絵の道“グラフィティ”と理想郷を意味する“アルカディア”からとってサキが名付けたこのグラフィディアは、その巨躯に違わぬ膂力(りょりょく)で翼を羽ばたかせ、地上4mの中空に向かってサキごと飛び立ちました。

「鳥ダ!」

「イヤ、飛行機ダ!」

「ノン! アレハ鳶ダ!」

 ゴブリンたちが口々に上げる驚きの声を、サキは東南の方角から吹いてくる乾いた風の音混じりに聞きながら、シミターを持った右手を横向きに伸ばし口笛を短く吹きました。それを合図とグラフィディアが前進しながら素早く降下していきます。足が地面スレスレの位置にまで降りてきたとき、サキは自分を攻撃しようと大きく振りかぶった棍棒が振り下ろされるよりも速く、横一列に並んでいた3体のゴブリンの腹部を一文字に切り裂いてから、また先程の口笛を吹くとグラフィディアはふたたび上昇しました。

 以降はまさにサキとグラフィディアの呼吸を合わせた空中円舞。無骨で力任せなだけのゴブリンたちの間の悪い攻撃を難なく避けながら返す刀で次々と一刀のもとに斬り伏せていき、総勢30匹ほどいたであろうゴブリンの山賊たちはそのほぼ半数がサキの手によって数を激減させられたこともあって、今や生き残りは10匹を切るほどにまで追い詰められていました。

 

   *

 

「──ってなワケで、見事なワンサイド。サキがひとりでほとんど全部倒したこともあって遠征したウチらの被害はほぼゼロ。村の方も主な被害は金品と食糧の強奪くらいで物損、人損はナシ。全員ブッ倒して金品も返ってきてるから損害は実質食糧だけだな」

「……どうやら被害は最小限に抑えられたといっていいようね。ご苦労様」

 ゴブリン撃退に村へと出向した遠征軍に兵士の“監査”役として同行していた、ルミの側近のひとりである『ツカサ』は、黒薔薇城へと帰途に着いたのちルミに謁見し、ことの次第を報告しました。

「村の無事もなによりだけどさ、今回の遠征でアイツを連れていったのは正解だったね。とんだ大器がインプットされちまった。女王のお気に入りだったアイツを知らなかったなんて、アタシもまだまだアプデが足りてないな」

 冗談混じりに(あるじ)の先見の明と観察力を誇らしげに讃えながら、ツカサは上気した顔をルミに見せました。

「嬉しそうね。そんなにサキが気に入った?」

「有能な人材を推挙(スカウト)するのがアタシの仕事だからな。眼にかなう奴が見つかれば、そりゃアガりもするさ。サキ……今後間違いなくバズるね」

 サキの名を、自らの力を誇示するように口にしてご満悦のツカサに、ルミも興味深い面持ちを示しながら尋ねました。

「あなたが言うなら大いに期待できるわね……それで、どんなところが気に入ったのかしら」

 その質問に答えるのが今の自分の生き甲斐とばかりに一歩前に進み出てから、ツカサは遠征の道中で視たサキの姿を語りました。

 

「知ってると思うけどまず身体能力な。うん、メチャ良い。とにかく動きがスマート。足も速いし体力もある。そのせいかひとりで突っこみたがるクセもあるけど、曲刀をブンブン振り回して筋肉バカのゴブリン共と渡り合う程度には腕っぷしもある。っていうかアイツあれで召喚術師なのよな。戦士系のクラスでもイケんじゃね? って思いもしたんだけど、その十八番の召喚魔法の展開スピードのはえーのなんの。途中で寄った妖精の森で召喚魔法補助のアーティファクトを手に入れてたんだけど、これが呪文の詠唱省略可能のスグレモノなワケ。しかも妖精と仲良くなって手に入れたってんだから、人柄の良さも相当なもんだぜ。

 で、戦闘に入ったらソッコー武器出して突っ込んで大暴れ。でも動きにムダは無し。脳筋ではないんだなこれが。少しして、ちょい膠着してきたと思ったらまた詠唱省略で今度は使い魔の魔界鳶呼んで次の瞬間には空飛んでんの! そこからタイミング狙って降下して斬って、上昇して、チャンス来たらまた降下して斬って、また上昇して……って。ジェットコースターの山場の繰り返しかよって。ありゃ体幹も相当だね。なにより使い魔との息の合いっぷりがハンパねぇ。で、気がついたらもうほとんどいねーの、ゴブリン。あとはもう全員で堅実に各個撃破で消化試合。ヤバい。

 あっ、あと見た目も外せねーよな。アイさんを美少年寄りにした感じっての? もう、戦闘が終わったそばから村の女子がキャーキャー言ってんの。他の兵士どもが虚無に満ちた顔でそれ見ながら立ち尽くしてたぜ。あれなら見た目重視の華やかなジョブもこなせるだろうな。

 しかもそれだけじゃなく……アタシの見立てによれば、ゆったりした服装でハッキリとはわからなかったけど、ありゃ顔だけじゃなくスタイルも相当なモンだね。身のこなしの良さも考えたら、踊り子なんかも向いてんじゃないか? はははっ! あんなのが踊り子に転職しちまったら、この国の男どもはもう一生ふんぞり返って町を歩けなくなるだろうな! 男も女も骨抜きにされちまうよ」(人材マニア特有の早口)

 

そうなのですよツカサ。沙紀ちゃんはボーイッシュかつノーブル、それでいて可愛らしく、なおかつセクシーという、魅力がこれでもかといっぱい詰まった女の子なの。遊び人に転職してバニーガールの格好をするのも良いと思うわ。いつか誰かがそんな絵を描けばいい。それはきっと、世界平和への偉大なる一歩……

 

「誰だ今の」

 超次元空間から神の声が響き渡りました。しかし神の深奥にして摩訶なる調べは発されたそばから森羅万象の闇へと溶け去り、その声が発されたことなど、今はもう覚えているものはこの世界には存在しないのでした。

 己が発した言の葉が次の瞬間には世界と呼ばれる空間が超自然の内に擁する、存在定義という名の象牙の塔から滑落し、そのあらゆるを司るなにものをしても忘却の果ての果ての果てに霧消され尽くす、といった事柄の地点に到達することすら叶わぬ運命(さだめ)を背負った神の孤独とはいかなるものなのでしょう? ここ中間テストに出ますよ。

『言葉』──この崇高無垢にして万の毒に充たされた暴虐の祈りは、風に運ばれたタンポポの綿毛などよりも容易く軽々と千里を越えて、それを用いるものすべてを真贋(しんがん)の如何に関わらず突き刺すのです。カマキリの卵かけご飯。

 

「アタシの言いたいこと、わかるっしょ?」

「ええ。ここで私が首を横に振れば、あなたの声に耳をふさぐだけでなく、この国の未来からも目を背けるようなものね……サキを呼んでちょうだい」

「女王様ならそうこなくちゃね」

 こうしてサキは女王陛下直々の要請を受け近衛兵団に入隊したのです。

 

   *

 

 未知なる旅路への誘いがもたらす期待と不安。そんな冒険者としてはありきたりの、しかしまた同時に、歴史の大海にその飛沫を上げたすべての勇者とて抱かなかった者はいないであろう普遍の感情の波に揺られながら、いつの間にか立てていた寝息は朝告鳥(あさつげどり)のさえずりにかき消され、ランコはそこで(まぶた)を静かに開きました。

 朝告鳥などという字面からニワトリを想起する方が多いと思われますが、それだといささか趣に欠けるような気の流れが東西の方角から煙のようにやって来る情緒があるので、ここでいう朝告鳥とは、青とか緑系統の爽やかな毛色と少し長めのくちばしが愛くるしく、日の出とともに鳴きはじめる習性をもつチューニ大陸にのみ住まう小鳥の一種であることは、もう皆さんご存知ですね。

 

『想像してごらん』 ──ジョン・レノン

 

 時も地も越えた遥か彼方からほのかに差す、光とも闇ともいえる、あるいはそのどちらともつかぬ無間のうねりの中から、革命の音とともに生涯を歩んだ音楽(ミュージック)の神の至言が、わたしやあなたの頭にアコースティックギターでAのコードをなにげなく鳴らすように響いている。そんな朝でした。

 

「お母様、皆の衆……行って参る。必ずやヘルグリフォンの首級を上げこの地に戻り、『試練の儀』成就の証としてその禍々しき怪鳥の(こうべ)を黒き薔薇の古城の祭壇に捧げる誓いを出立(しゅったつ)の言葉として、ここに刻もう!」

「ランコ……くれぐれも気をつけて。サキやこの先で待つ協力者への助力は惜しみなく請いなさい。あなたには仲間がいることを決して忘れないように。それと、生首は不気味だし置き場に困るからヘルグリフォン討伐の証は羽根でいいわ」

「はい」

「いい返事ね……サキ、後は頼んだわよ」

「はっ! 姫君の命と試練の儀の達成、この命に代えても!」

「あなたも必ず帰ってきなさい。ランコ単独での凱旋は絶対に許しません。この命令を破るようであれば、国の存続が立ちいかなくなるほどの途方もない費用と時間をかけて、この世のあらゆる書物に記された“荘厳”の二文字が霞んで消えるほどの絢爛に過ぎる葬送の儀を、近衛兵ひとりだけのためにわざわざ執り行います。そうすればこの国はあっという間に衰退滅亡し、私は有史以来最も忌むべき暗愚として大陸の歴史に汚名を残し続けるでしょう。そうならぬように頑張りなさい」

「……! はっ! 陛下のお言葉、しかと承りました!!」

 わずかに漏れでた涙を見られぬようルミに深く頭を下げ、そのまま回れ右をしてからサキは頭を上げ、開け放たれた町の大門の先に広がる大地を見つめていました。

 

「う゛う゛う゛う゛う゛~っ……!!」

 

「へっ?」

 突如隣から聞こえてきたうめき声に、サキは怪訝になりながら首を横に向けました。

「お゛か゛あ゛さ゛ま゛~ッ! わ゛た゛……わたしがんばるぅぅぅ!! がんばるか゛ら゛ぁぁぁ~っ!!」

 ランコの顔面に水難の相がありありと出ていました。

「ランコ……なんて締まりの悪い顔を……」

「あぁーっ! 姫様、ほら! チーンして……!」

 

「──フフフッ、あなたにしては珍しく口数が多い……」

 ランコとサキのてんやわんやを微笑ましく見守りつつ、アイがルミに囁きました。

「……姫を預かる、まだまだ若い近衛兵への私なりの叱咤激励よ。慣れないことはするものじゃないわね」

 ランコたちを見据えたまま仏頂面でルミが答えました。

「さあ、もうお行きなさい! 残りの涙は悲願の勝利を挙げるまでとっておきなさい」

「ぅぅぅ、失敬……では、行って参る! 皆よ、プロヴァンスの風とともにあれ!」

 今度こそ旅立ちの挨拶をしっかり決めて、いよいよランコとサキは町の外へと踏み出しました。気力に溢れるふたりの足取りは軽く、2分ほどでその姿はもう豆粒ほどに小さくなって見えなくなりました。

 

「……さて。愛娘も無事に旅立ったことだし、慣れない場での高揚を葡萄酒で鎮めるとしましょう」

「……ずいぶんと切り替えの早いことで」

「あの子に教えられることは全部教えたわ。役目を果たした伝承者は静かに(まつりごと)に勤しみながら命の水に日々の小さな愉しみを見いだすのよ」

「急に引退者じみた物言いをなさる。姫が儀を終えて帰ってきたら、一笑に伏されるでしょうな」

「それくらい大きな器を身につけて戻ってくることを祈るわ。さあアイ、付き合いなさい。グラスになみなみ注いだら、気取って葡萄の花を浮かべて飲み干すのよ。きっと飲みづらいわ。うふふ……」

「やれやれ、なにが面白いのやら……御意」

 見送りの一行を引き連れて、ルミとアイは(きびす)を返し城に戻っていきました。その短い道中、アイは以前ユミに教わった、ある花に関する知識を思い出しました。

 

 葡萄の花言葉──『酔いと狂気』『欲望』『快楽』…………『信頼』『思いやり』。

 

(まったく……常闇(とこやみ)を統べる、我らが黒薔薇女王陛下の慈しみ。そのなんと回りくどいことか……)

 ルミの遠回しな意趣を察したアイは、ひとり苦笑をこらえながら黒薔薇城の門をくぐっていきました──。

 

   *

 

 その頃、城門を出てからしばらく続く舗装された大きな一本道を歩くランコとサキに、早くも冒険者への洗礼の刻が訪れたのでした。

 

「うぬら、待たれよおぉぉっ!」

 

 カシャン、カシャン、という金属類の軋む音引きずる音を伴ってふたりの前に現れたのは、初級冒険者の前にしか姿を現さないといわれる魔物、『スライム』でした。

「拙者を見たがここで最期……そなたらがこれから編まんとしておった血沸き肉踊る唯一無二の冒険譚の紙幅(しふく)……我が白刃のもとに両断し、薄い本(R-15指定)または異世界ものラノベへと改変してくれるわぁっっっ!!」

 スライムは帯刀していたジパング刀を鞘から抜き、研ぎ澄まされた刃先の濡れた光をランコとサキへ向けました。

「なんの! そなたこそ、我が覇道を記す大河のごとき遠大な聖典の皮膜に添える帯に刻む推薦文にしてくれるわっ!」

 

『美少女魔導師のひたむきな奮闘と仲間への愛に号泣必至!! ──スライム』

 

「きえええええええっっ!!」

 全身に纏った堅牢そうなジパング甲冑の重さをものともせず、スライムは奇声を上げて刀を真上に振りかざしながらランコに飛びかかっていきました。

「おおっと!」

 カキィンッ! 刃と刃が激しくぶつかった音がフィールドに響く。それは、例の魔法の絵筆で瞬時に召喚したシミターで、サキがスライムの渾身の一撃を見事に受け流した音でした。

「ほう、おぬし剣の心得がおありか。だがしかし、まぐれは二度三度と続きはせぬぞ……」

 憐れむような視線を余裕たっぷりにサキに注ぎながらスライムはこんなことを続けて言いました。

「おとなしく降伏いたせ。ここより東に二十里ほど行った先にある町にハローワークがある。そこまでしおらしく拙者についていき、しかるべき手筈(てはず)を調えたのち踊り子に“じょぶちぇんじ”して修練を積み、十五の段に至ると習得できるという『さそうおどり』を覚え、妖しげな眼差しを我が一身に注ぎつつ腰を激しく振り振りダンスィングすれば拙者にたてついたことは不問に処そう」

 男ってほんとおバカ。スライムは、だらしなく鼻の下の伸びきった欲にまみれた醜い顔を、その上に戴く額上部中央に温泉マークの家紋が刻印されたジパング兜で隠しながら、以上のような無理難題をランコとサキにつきつけました。しかし、体の線があまり出ていないゆったりとした洋服に身を包んだサキに対して、初対面でそれだけ桃色に染まりきった随想(ずいそう)を可能にするほど、サキの女性としてのたおやかな潜在的魅力を見抜いた眼力は、たかがスライムといえども侮れませんでした。

 スライムは、ふたりが要求を受け入れ誓約が果たされたあかつきには、その光景をしかと目に焼き付け、それをもとにちょっぴりエッチな異世界冒険もののライトノベルを執筆し某編集部に持ち込もうと画策していました。タイトルももう、フィールドで出会った美少女勇者パーティーが、全員踊り子に転職するやいなや俺を淫らに誘惑してくるものだから、ついつい毎晩宿屋二階の角部屋でお楽しみしてしまって、いつになっても第一の村から出られない件』にしようと心に決めていました。

(編集部の御仁の中には作品の看板たる主題は明朗かつ短くまとめるのを美徳といたすものもおろう。しかし、いささか長大になれど『宿屋二階の角部屋でお楽しみ』の文言は絶対に譲れぬ……!)

 脳内で自らの性癖(こだわり)について能書きをとうとうと垂れることにうつつを抜かしていたそのとき、スライムは突如として全身から体温が急速に奪われ、一切の身動きが取れなくなっていることに気がつきました。

 

「我、氷女(こおりめ)の名のもとに汝を拘束せし息を吐かん……『アイス・アイス・ベイビー』!」

 

 それは、実はスライムが夢想に(ふけ)っていたとき、不意を突くべくすでに一度小声で呪文を詠唱していた事実を揉み消すように、改めて今度は大きな声で呪文を(から)詠唱したランコの初歩的な氷魔法によるものでした。

(凍って……う、動けぬ! バカな。我が身に降り注いだこの火急(かきゅう)もとい氷急(ひきゅう)の事態が、あの純情可憐そうな銀髪巻毛の娘さんによるものだというのか!? あの、男を惑わす上目遣いのひとつも知らなそうな無垢な光を宿した紅き(まなこ)と共にご尊顔におわします、秘めやかな快楽に身を(よじ)(あえ)ぎを漏らしたことなど(つゆ)もなさそうに瑞々しく膨む熟れた林檎色の唇から紡がれた、極東の凍てつく大地に住まうといわれる魔女の威を借りた氷の秘術によるものだというのか!?)

 

「さすが闇の女王の娘たるランコ姫っす! あとはアタシが! でやあああっ!」

 

 スライムは5秒でそこまで俊巡したのちサキのシミターによって、着込んだ甲冑ごと胴体を一刀両断されて息絶えました。享年四十五。ライトノベル執筆による印税生活という夢想に人生の潤いを賭けた生涯でした。

 

   *

 

「さてと……そろそろ旅を続けなきゃっすね」

 記念すべき冒険の最初の獲物となったスライムの遺骸に火を点し、火葬が終わるまで小休止を挟んでいたふたりは遺骸をしっかり葬り去ると、腰を上げてふたたび歩きだしました。

「ん~っ! これが戦果を上げるということなのねサキ! 実に清々しい気分だわ。この胸の高鳴りに、我が喉に宿る漆黒より鳴らされし幻楽四重奏団(ブラック・カルト・カルテット)饗宴(ギグ)を所望しているわ! マ~、マ~♪」

 サキの返事も待たずに軽く声出しを済ませると、ランコはひとときの高揚感に任せて高らかに自慢の喉を震わせました。

 

 

ー耽美公演『Black Rose ~聖なる闇の薔薇伝説~』挿入歌ー

 

こがねいろ水門(ウォーターゲート)

ハロハロ~! 暗黒創造神? ランコちゃんの、この夏最高にノリノリな必殺ポップ・チューンで、ゆいといっしょにアガッてこ~♪(推薦文寄稿:大槻唯)

 

作詞/ドゥーゲンザーク・ノヴォリーヌ3世

作曲/ルー経一(けいいち)

編曲/ドビュッシー第3形態

 

生路(せいろ) (よろこ)びあれば(あい)あり

(ふつ)として(つゆ)(したた)れば 玉光(ぎょっこう)()でし

()を重ねよ しかと

(おの)(わだち)を 踏みせしめし

 

生路 (たけ)る想いが(かなめ)(なり)

(よど)めば ()先達(せんだつ)()

去来せし影に 飛翼(フライング・ウィング) 奪われ

戦慄(わなな)きの旋律(しらべ)(いな)とするなら ()く歩め

 

 

 しばらくの間、ランコは歌いサキはそれに耳を傾けながら、ふたりはエナドリ村への道を踏みしめていきました。

 

 

 

(つづく)

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