耽美公演『Black Rose ~聖なる闇の薔薇伝説~』   作:ストレンジ.

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Chapter5:討伐 ~クエスト~

 

 黒薔薇の国を出てから早3日。ランコとサキの第一の目標であるエナドリ村から20kmほど手前の平原地帯を脇に逸れて、小高い山々が連なる山岳地帯に入ってからほどなく進んだ所に、小さな廃鉱山がありました。

 小さいながらもかつては質の高い銀が大量に埋蔵されており、近隣の村に住む怖いもの知らずの鉱夫や一攫千金を夢見るトレジャーハンターたちが豪腕や魔力を振るって日夜銀の採掘で賑わう、その筋の界隈では少しばかり名の知れた山でした。

 しかし、しばらくしてから銀の埋蔵量も減り、夢を見るには途方もない労苦を果たさねばならないことを人々は悟り始め、一歩、また一歩と鉱山から足が遠退いていく者が増え、今では稀に周回遅れの情報を聞きつけてやって来た勘に鈍く話に疎い三流トレジャーハンターや冒険者がわずかに訪れ、無為の汗を搾り、行き場のない怒り混じりの嘆息を木霊(こだま)させる虚ろな廃鉱となり、いつしか近隣の人々から『愚か者の銀(フールズ・シルバー)』と名付けられ、もはやその名も忘れ去られつつありました。

 

 さて、そんなうらぶれた廃鉱にある日訪れたオークの一団。宿無しの彼らはこの廃鉱を自分たちの寝ぐらに決めたようです。

「掘っても掘っても、なんも出なぁーい……」

「諦めんな、おこぼれがまだきっとあるはずだ」

「へへっ、あるかどうかもわからない銀の搾りカスを汗だくになって必死こいて探すとは、俺たちも落ちぶれたもんだな」

 そこに運悪く居たのはエナドリ村で自宅警備員を営む村人たち。普段はそれぞれ自宅でゲームをしたり母親の世間話相手をしたり猫に餌をやったりして得た薄給で生計を立てている彼らですが、(きた)るべき大作PCゲームの発売に備えて大金を必要としていました。電脳の荒波に幾度となく揉まれた彼らは野心高く、ゲームをプレイするだけでは飽き足らず、より快適なゲーミング・ライフを求めてゲームソフトだけでなくハイエンドな部品を用いて高性能なゲーミングPCを自作、高級ゲーミングチェアに腰かけ手塩にかけて組み上げたPCで最新ゲームをドクターペッパーを飲みながら心ゆくまで楽しむという野望を誰もが抱いていました。

 しかし彼らは世を忍ぶ闇の住人。暗夜、消灯された自室を七色に彩るゲーミングPCのRGBの極光のみを(おの)が希望の(よすが)と定めし人知れぬ修羅たち。派手な活動で村の回覧板を醜聞で賑わすことはまかりならぬ鉄の(カルマ)を背負いしジョブ、それが自宅警備員なのです。ゆえに彼らは御天道様の下で日銭を稼ぐことが出来ぬ身。鉱山が隆盛を極めている時分にも決して我が業に背を向けることなく、日の下で爽快に頭脳と肉体を駆使し世を回る大車輪の中の歯車の一部として切磋琢磨したくなる誘惑をこらえて、いかなるときも聖域(じたく)を離れずに平常の業務に勤しみ、堪えきれぬときは気まぐれに昼食のジャージャー麺を母親の分も(こしら)え束の間の感謝の念に浸り、またぞろ雀の涙ほどの賃金で糊口(ここう)をしのぐ忍耐の日々を送りました。

 そして鉱山の銀があらかた掘り尽くされ廃鉱となり滅多に人影が現れぬようになって人々の忘却の彼方に流されつつある昨今、ついに彼らは夜半、ドアの開閉音に細心の注意を払い自宅から足を踏み出すと、自作PCのための資金を集めるべく『愚か者の銀』へと赴いたのでした。

 

「おい、向こうで物音がしなかったか」

「なに、ここじゃなくてか?」

「まさかこの中の誰かの親じゃ……」

「馬鹿な、あり得ん。皆外出を悟られぬよう家を出たはずだろう」

「その通りだ。少なくとも俺じゃないぜ、なにせ引き戸を物音立てずに開けて玄関に出てまた戸を閉めるのに40分もかけたんだ! バレるはずがない」

「俺なんか2階の自室の窓から電柱に飛び移って外に出たんだぞ! もちろん物音なんて立てずにだ!」

「それなら俺なんてネットの懸賞サイトで当てた温泉旅行のチケットを両親にプレゼントしたぞ! 昨日から2泊3日の旅程で今家には誰もおらん。完璧に無人だ! 猫はおるがな」

「なんて名前?」

「ぺーちゃん」

 村人たちが物音が聞こえたという方向に一斉に視線を向けて(いぶか)しんでいると、その答えともいうべき影が、ひとつ、ふたつ……幾重にも重なっていき、やがてその正体を村人たちの前に現しました。

「なんてこった……」

「うわ、うわわわわ……」

 村人たちは恐れおののき、身体を震わせ始めました。現れたのは豪腕とずる賢い頭脳を持つ猪のような頭部をした怪物、オークの群れでした。

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁあ……」

 

 その夜深く、あれほど静まり返って朽ちていくばかりだった『愚か者の銀』で、人々の狂騒的な叫び声が何度も何度も轟きました──。

 

   *

 

 一夜明け、再び静まり返った鉱山の入り口を朝日が照らし出しました。すると、なんということでしょう。地味極まりない土色ばかりだったあのみすぼらしい鉱山の入り口は村人たちの鮮血によって、どす黒さ一歩手前の奇跡的な赤黒さで見事に華美に染め上げられているではありませんか。

 続いて中に入って下に降りていくと、途中の脇道にかつて鉱夫たちが休憩所として利用していた少しばかり広い空間が姿を現しました。空間の中央には鍋が火にかけられており、中にはブロック状や、すり身にされた村人たちの肉がじっくりコトコト、もうどれがどの箇所の筋肉の筋かも判別できないほどトロトロに煮込まれており、辺りには食欲をそそる匂いが立ち込めていました。

 極めつけは最奥部。鉱山内で最も深くに位置する採掘ポイントに我々スタッフが向かうと、そこには数々の村人の惨殺死体で造られたオブジェが飾られていました。両手を左右すげ替えて、手の甲を合わせて拝んでいるようなポーズをとっている死体、陰嚢袋を引き裂かれ、引きちぎり取り出した睾丸を、これまたえぐり出されて空洞になっている眼の窪みに入れ、両目玉の方は乳首に接着剤で貼り付けられた死体、なかでもひときわ目を奪われるのは、頭部の右半分を切開して露出し渇いた脳の表面に『オーク参上』、『ミートソース』、『カラス死ね』などとサインペンで様々な落書きが書かれている、『ミスター・ホイップクリーム・マン』と書かれた札が首にかけられた全身ホイップクリームまみれの死体でした。オークたちは掘り尽くされ変哲のない石くればかりが残る殺風景なこの場所に、一服の清涼剤として様々なオブジェを創作、設置し空間に安らぎと潤いを与え華やかな雰囲気を演出することに見事に成功していました。

 

 この匠の劇的な所業による名声はエナドリ村にも素早く届けられ、村は恐怖と悲しみに包まれ、消費電力はやや下がりました。

「オークが我らの村のすぐ近くにおってはおちおち眠ることも出来ぬ! 一刻も早く奴らを滅さねば!」

 村内会の席でエナドリ村の長が憤激しました。今は持病の腰痛で腰を常にかがめ、歩行の際は杖をついて歩くことを余儀なくされている身ですが、若い時分は魔力と体力を振るって戦う魔闘士として幾多の魔物を(ほふ)ってきた豪の者でした。

「村長サンよぉ、滅するったってどうやってだ? いくらなんでもオークの群れ相手に戦えるヤツなんてこの村にゃまともにいねぇよ」

 村人Aが皮肉混じりに村長に返しました。いっぱしの口を聞く若者ですが特にこれといった技能を持たない、しがない鍛冶屋見習いでした。

「ここは村外に討伐依頼を出すのが定石じゃろうて。幸いこの村は財政的な苦労もない。しかるべき額を述べ、周辺の町村に触れ回れば何人かの腕利きが集まるじゃろうて。のう、村長?」

 機知に富んでいるような言い回しで村人Bが提案しました。老齢を思わせる口ぶりですが今年15の生意気盛りの少年でオセロの村内チャンピオンでした。2年後のある日、バンドを組もうと楽器店でトライアングルを物色しているとギターとベースの弦の数が違うことに気づいて出家を決意。僧としての道を歩むことになります。

「野に咲いた一輪の花、それはパンジー……きらめく星の狭間においでよ。僕の心の水仙は泉の深い愛の暴れ馬。カマンベール、カマンベール……カマンベールチーズケーキの園で『こち亀』4巻をよーく読め……宇宙の調べがそこにはある」

 見知らぬ人が呟きました。誰も彼のことを知らず、なにやら高貴な雰囲気が漂っていることもあって誰も彼に口出ししません。

「ふぅむ……確かに、他にまともな者がおらんとなってはワシひとり奮戦しても勝ち目は薄いと言わざるを得ぬ……依頼を出すのが懸命か……」

 渋いため息をついて村長が決断しました。さしもの彼も、衰えた自らの能力ただひとつとあってはオークの大群を相手にするのは不可能と判断せざるを得ませんでした。

「ジャンプ! ジャンプ! 楽しいジャンプ! 飛び跳ねるだけで夜まで遊べるよ! レッツ・ジャンプ!」

 口惜しそうにオーク討伐依頼の旨をSNSに書き込もうとスマートフォンを取り出した村長の重厚な背中をジャンピングおじさんがジャンプしながら見つめていました。3日後捻挫します。

 

   *

 

 ──という、以上の残虐無道のオークの一団によるエナドリ村の危機を、ランコは持ち前の魔力を用いて唱えた予知魔法によってあらかじめ察知、幼き頃の思い出が詰まったエナドリ村の救済並びにヘルグリフォン討伐の前哨戦としてサキの同意を得てオーク討伐遂行を決定、先行してオークを討ち取った(のち)村へと向かう算段となりました。

 時刻は“飛翔せし龍の背鱗(はいりん)金色(こんじき)を纏いし刻”(午前8時)。山岳地帯に入り忍び足で『愚か者の銀』までやって来たランコとサキは、獰猛極まる禽獣(きんじゅう)の群れが集う廃鉱の入口を前に協議を始めました。

「して、サキ。この廃鉱(ダンジョン)、いかに攻略する?」

「そうっすね、敵はオークの集団、基本力任せの直線的な攻撃をスタイルにしてる奴らっすけど、同時に罠を張ったりもしてくる賢さを持ってる連中でもあるわけっすからね……」

 華奢(きゃしゃ)な人間なら文字通り紙くずのように丸められてしまうであろうほどの力を持ちながら、あらかじめ罠を張り正面からぶつかる前に敵の戦力を削いだり、部隊を分割して波状攻撃や挟み撃ちをすることもあるオーク。彼らとレベル差の少ない今のランコとサキでは正面突破はきついものがありました。

「そもそもまずはこの廃鉱の中からあいつらを出したいっすね。広い場所までおびき寄せて、動き回って敵を翻弄(ほんろう)しながら1匹ずつ確実に倒していくのがベターかと思うんすよ」

「ふむ、確かに小賢しいオークを相手にするなら敵の寝ぐらを聖杯捧げし終の闘技場(決戦のバトルフィールド)とするのは下策。罠に注意を払いつつあの豪腕と渡り合うには、正直に言って今の我では経験が足りぬ……どうやって奴らをおびき寄せる?」

「なぁ~にっ! 相手がいくらずる賢いとはいえ、こっちには未来の大賢者兼闇の女王様がいるんすから! 難しいことはないっすよ!」

「だ、大賢者、兼、闇の女王……! ほあぁ~、いい響き……!」

 サキの激励の言葉にランコは思わず単純明快に顔面を喜びの感情で満たし、未来の己、徒然なるままに無間の闇を従えし黒き薔薇の女王となった自らの姿を夢想しました。

 

 

『暗黒創造神カン=ザキ・エル・アステリア蘭子』

 

SSR 闇文明(14)

クリーチャー:ダークロード/ハンバーグ 22000

 

Q・ブレイカー

 ハンバーグを食べてもよい。そうした場合、このクリーチャーを手札または墓地からバトルゾーンに出してもよい。

 このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、ハンバーグを食べてもよい。そうした場合、自分はゲームに勝利し、このゲーム終了後、敗北したプレイヤーは勝利したプレイヤーにハンバーグを奢らなければならない。

 

退屈っすね。あの御方が戦場に出たら、一方的に勝つに決まってるっす。

─暗黒の深淵より出でし化生吉岡(ディエス・イレ)沙紀

 

 

「ぬふ、ぬふふふふふふ……♪」

 夢想の中でランコはまさに闇の軍勢を従える破壊神と化していました。並みいる怪物の群れを激ムズダンジョンで得た伝説の杖から放たれる、なんかどこに繋がってるかよくわからない暗黒空間に飛ばす魔法で消し去り、自分の通った跡には毒々しいほどに真っ赤な薔薇が咲き誇り、三日月の妖しい光がそれを煌々と照らし、凱旋した黒薔薇城のテラスで特製デミグラスソースのかかったハンバーグを食べながらチェリオを飲む……そんな妄想(イマジネーション)を炸裂させていました。

 

「あのー……」

「ふふふ……うん?」

 背後から控えめに響く呼び声によって我を取り戻したランコは、同じく声に気づいたサキと同時に後ろを振り返りました。

 

「いらっしゃいませ」

 

 そこには、紅白帽を被って、縦6列・横7列に並んで体育座りでランコとサキを上目遣いで見ている42匹のオークたちがいました。

「ん、ななななななななっ!?」

「驚いたでしょう、無理もありません。私たちもあなた方を驚かせるためだけにこんなことをしたのだから。どうです、オークの不意打ちは。驚いたでしょう。これが僕らのスタイル」

 驚くふたりを尻目にオークたちは立ち上がり、紅白帽の内側をつまんで伸ばし、つばが真上に来るようにして被り直した後、めいめいが修学旅行のお土産で買った木刀を(ふところ)から取り出し始めました。中には家が裕福なのか木刀に混じって本物の日本刀を持っている者もいました。

生娘(きむすめ)の血の色は、き、きれいなんだろうなあ~うへ、うへへへへへ……」

「横の……カレシィ↑、ん? カレシィ↓? も可哀想だから、な、仲良く、ご、ごろじであげるんだな」

 手にした武器に殺気を込めながらオークたちがふたりににじり寄ってきます。しかし短髪の美尊顔たるサキのことをオークたちは男だと勘違いしているようでした。

「うへへへはへ、いだ、いだだぎま~す!」

 1匹のオークがしびれを切らし、木刀を振り下ろしました。

「せぇいっ!」

「あへ~?」

 しかし振り下ろされた木刀がランコに当たるよりも速くサキは曲刀(シミター)を召喚し、木刀ごとオークを一文字に斬り伏せました。

「いざサキに続かんっ! “闇よ、終わりなき無明の名のもとに、我が覇道に横たわりし蹉跌(さてつ)(そそ)ぎたまえ”!」

 突然の修羅場にも怖じ気づくことなく、自慢の喉で流暢に呪文を詠唱すると、ランコの右手に深い紫色の刃を持つ細身の西洋剣が現れました。

 

(ほころ)べ、『贄徒花(にえのあだばな)』」

 

 台詞と共にランコが剣を振るうと、紫色の衝撃波らしきエネルギーがオークたちに向かって飛んでいきました。

「んああ゛あ゛ッッ!? ……なんでもないやんけじゃんか」

「ハッタリかい、驚いて損したわぁ~、なに? ひょっとして自分、ぺーぺーのドシロウトかいな!?」

「アホくさ~、ウチ帰らせてもらうわ。そろばん塾行かなアカンさかい」

「ウチも、パーティー行かなアカンねん」

「やで」

 衝撃波を浴びても何事も感じなかったオークたちは怪しい関西弁でランコを口々になじりました。

 と、そのときです。

「おや、なんだか身体が熱く……まるで大学生活の大半を方言研究会での活動に捧げたあの青春の日々がまざまざと思い出されるような……」

「熱っ!? あづぅっっっ!!」

「あぢぃ! 内側が……身体の中が熱い!」

 わずかな間を置いて衝撃波を浴びた数匹のオークたちが身体の異変に気づき始めました。どうやら身体の内側が燃えるように熱くなっているようでした。

らめえぇ……あたしの内側(なか)、いっぱいアツくなっちゃうよおおおぉぉぉォオゲボァ!!

 1匹のオークが自分なりに精一杯の女性アイドル声優ボイスで嬌声を上げるもあまりの苦しさに耐えかね、眼や口から紫の炎を吹き出しながら最後にはその正体にふさわしい獣の咆哮を撒き散らして絶命しました。

 

 

げに浅ましき惡の華よ、己が種子を識れ

 

血に飢え淀み走ったその瞳

 

恐れを知らず貪り続けたその牙

 

屠り、辱しめることで築き上げたその命から

 

結ぶ実無きことを

 

咲く花無きことを

 

生える芽無きことを

 

《サロン『棘ノ會』主催者:神崎蘭子》

 

 

 身中から毒々しい色の炎を燃え立てて次々と倒れていくオークたちを前にランコは脳内で以上のポエムを詠み上げていました。“サロン『棘ノ會(とげのかい)』”とは、ランコが幼い頃茶会に興じる際に設けた()()()()()()社交界(サロン)の名前で、そこでランコは彼女の中二友達(ともがら)と午後の紅茶ミルクティーやシルベーヌに舌鼓を打ちながら絵や詩を創作したり『ルーンファクトリー4』をプレイしながら談笑する少女時代を(たの)しんだのでした。

「ぬううぅぅぅ……なんの、これしきの煉獄で、我が青春の甘酸っぱいレモンの香り漂う部屋で開け放った窓から白い砂浜と青い空と海が見える手作りのコテージで間接照明の光だけがふたりがただのオスとメスとなって互いを求め合う様を見届けている満月の夜のごとき仄暗(ほのぐら)い熱情を滅せると思うてかあぁぁぁ!!」

 そんななか、大学時代は方言研究会に所属していたというオークだけは、胸中に甦った青春の日々に想いを馳せることで焼死を免れていました。

「ぬおおおおおぉっ、『満月の夜』に『白い砂浜と青い空と海』は見えんっ!!」

 先ほど自らが口にしたばかりの比喩表現の中にある、情景描写上における文章の矛盾を自分で指摘しながらオークはなにかを決心したように赤黒い瞳でランコを睨みつけました。

「我が母校『私立オーク女学園に見せかけて叙々苑附属学院大学内サークル・テキサス州方言研究会』よ永遠なれええぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」

 雄叫びを上げながら木刀を構えて全力でランコめがけて走っていきました。誰が? オークが! どんな? 大学時代方言研究会に所属していた!

「そぼろ」

 しかし意を決し敢行した突撃とはいえそこは無策の空虚な一撃、オークはあっという間にランコの前に立ち塞がったサキによって倒されました。享年34。半月ほど前に中型二輪免許を取った矢先の不幸でした。

 

「やるのぅ、お嬢さんがた(バンビーナ)

 突如、ランコの魔剣の力の前に怖じ気づき始めたオークたちも思わず安堵してしまうような渋い低音ボイスが辺りに響きました。

「ぬしらは下がっておれ」

「先生……!」

「先生ッ!」

 残りの群れの中から『先生』と呼ばれながら出てきたのは、周りが木刀を所持しているなかでひとりだけ日本刀を持っていたオークでした。

 

「吹きさらせ、朽舞柄(くちぶえ)

 

 日本刀をランコに向けてかざし、オークがポツリと呟きました。

「な……にッ!?」

 その一言にランコが血相を変え驚愕の目つきでオークを見ました。

(「あのオーク、魔剣の使い手なのか!?」)

 そう声には出さずとも、サキも驚きをもってオークの持つ日本刀に釘付けになりました。

 しばし静寂の時が廃鉱の出入口前に流れました。そして……

 

「今だっ、拙者が魔剣所持者、通称『マケニスト』ぶった雰囲気を醸し出して相手が警戒して次の行動に移りかねている隙に、みんなで接近して寄ってたかって木刀でなぶり殺せいっ!」

 

 やはりずる賢いとはいえ所詮オーク。行き当たりばったりな上にやることは数でゴリ押し、指示も大声で伝えるからランコたちに筒抜け、バカじゃん。

「おおおおおおおぁぁぁ!」

「ん!? んんんんん!?」

 そう思いきや、サキが自分でも意外そうにうろたえました。残りのオークは日本刀持ちを入れて29匹。それらが破れかぶれに叫びながら一斉にこちらに向かって来る様はなかなか迫力があり、一時的にランコとサキの判断力を鈍らせるほどのものでした。

「喜色に(まみ)れよ、『欲溺増太(よくできました)』!」

「申して解せ、『八封智恵足袋(やふうのちえたび)』!」

「頑張れ、『ベアーズ』!」

 加えて彼らは、自らを奮起させるために各々思いついた魔剣風の名を木刀に冠しながら怒濤の勢いでふたりに迫ってきます。この視覚・聴覚に訴えてくる威圧感を前にランコはすでに半泣き状態でした。

「『みなぎれ! ボボボンバー』!」

「『輝け! ビートシューター』!」

「『Dreaming of you』すき」

「『Driving My Way』楽しみ!」

「あの、いささか不意を突くように始まるリズムに喰い込むベースのスラップ、そしてそれらに融和するギターから織り成される、()くようでいてそこまで速くない、わずかに焦燥感を煽る妙味を持ったテンポから展開されるイントロ、それから一瞬の(ブレイク)を挟んで始まる木村夏樹(きむらなつき)黒埼(くろさき)ちとせ・松永涼(まつながりょう)による、熱気溢れながらも爽やかに通り過ぎていく夏の真昼の風のごとくクールで力強いボーカル。夏樹と涼が魅せる、良くも悪くも安定した地盤のもと放たれるロック・アイデンティティに、ちとせ嬢が蠱惑(こわく)の笑みを浮かべながら噛みつき、ときにふたりを(おびや)かし、ときに三位一体(さんみいったい)となって聴く者の胸を揺さぶる、音楽の名に集いしふたりの獅子と黒羽(くろば)の天使による魂の饗宴! こいつはフルバージョンが楽しみだぜぇええええええええええぇ! 『THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 3chord for the Rock!』!!!!」

(ひそ)()え、『不倫』!」

 

「ぎょえぇぇぇえ! 恐ろしきいぃぃぃぃぃ!」

 しかし怯えるランコの声で、すんでのところでサキが平常心を取り戻しました。シミターを左手に持ち換えて彼女の(かなめ)の魔道具である『ユメのえふで』を取り出し素早く(くう)に魔法陣を描いて、目の前に有刺鉄線のバリケードを召喚しました。

「気をつけろっ! チクチクするぞ!」

「止まれ止まれ! おい止まれって!」

 集団の先頭にいるオークたちが叫ぶも、一丸となって敵に向かって殺到する群れの流れは急には止まれず、先陣を切っていた者たちは見事に有刺鉄線と後方から押し寄せてくる仲間たちによってサンドイッチにされてしまいました。

「姫! 落ち着いて、剣を構えて!」

「ひゃいっ!? ……うむ!」

 サキの指示でようやくランコも我に返って魔剣をしっかりと握り直しました。有刺鉄線と後続によって身動きの取れないオークを、ふたりはそれぞれの剣で鉄線もろとも斬り払っていきました。

 途中サキは一度攻撃をやめると、後ろを振り返り地面に素早く新たな魔法陣を描きました。

 

「メリー・クリスマース!! よい子はいるかなー?」

 

 サキが有刺鉄線に続いて召喚したのは、胸まで伸びた白い髭を持ち、真っ赤な帽子と服を着こんだ恰幅のいい中年男性と、男性の乗っている大きなソリを引く2頭のトナカイからなる乗用魔物『ザ・タクシー』でした。

「タクシー! エナドリ村までお願いするっす!」

 ランコとサキは素早く客席に乗り込むとタクシーに行き先を告げて後方に向き直り身構えました。斬り倒された有刺鉄線を(また)いで後続のオークたちがふたりの乗ったタクシーを全力疾走で追っていきます。

「どう、どう!」

 運転手がトナカイの胴から伸びる手綱を引いて緩やかに減速しながら廃鉱前の下り坂を下りていきます。一見オークに追いつかれてしまいかねないように見えますが舗装されていない山岳地帯の坂道は険しく、草履を履いているオークたちにとってここを全力で走って下りていくのは大変な難儀でした。

「どわっと……とととっ!?」

「うろぅっ!」

「どいてどいてどいてぇ~っ!」

 道幅も大して広くない、悪路極まる下り坂。案の定オークたちは転倒して次々と自滅していきました。転び方が悪く首の骨を折る者、地面に倒れて後から来たオークたちに踏まれていって轢死する者、バランスを崩した際に手に持った日本刀で誤って喉を裂いてしまった『先生』、道の隅で眠っていたバハムートの尻尾をうっかり踏んづけてしまい火炎放射で焼き殺される者。なんとか転ぶことなく必死にタクシーを追い続ける者たちも、ランコの魔剣やサキが召喚術で用意した吹き矢によってどんどん数を減らしていきました。

「ふんぐぁあああっ!」

 しかしここで最後の1匹がタクシーに追いつき、ソリの縁をつかんでついにランコたちの目の前に迫りました。

「お客様、飛び乗り乗車はお止めください!」

「オゴォォ……!?」

 そんな危機を払い除けたのは誰あろうタクシーの運転手でした。危険行為を伴う乗車に臨む者は乗客にあらず。運転手は運転席の脇にある白い布袋から取り出した激辛フライドチキンをオークの口にねじ込みました。バハムートの炎もランコの魔剣による内からの炎も避けてここまで来たのに、最後はやはり炎属性の攻撃によって口内を焼き尽くされ、ラスト・オーク、通称『ラ王』は倒されました。

「よし! やったっすね、姫!」

「うむ! 鮮血に染まりし聖夜の祝福の運び手(タクシーの運転手さん)も助力に感謝いたす!」

「なぁ~に、わしは迷惑客に乗車拒否をしただけじゃよ、ホ~ホッホッホ!」

 運転手は口髭をいじりながら大きく高笑いを上げました。

 

「おっ、ランコ姫、これを」

 ふとなにかに気づいたサキが自分のスマートフォンの画面をランコに見せました。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 表示されていたのはランコが予知魔法で察知していたエナドリ村からのオーク討伐依頼でした。

「んふふふふふ……村長よ、随分と遅かったではないか! その討伐依頼……我が既に承諾済みであるわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 自分の予知魔法の精度を満足げに確認したランコはドヤ顔で討伐依頼にいいね!を添えて受諾すると、坂を下り終え徐々に加速しながら平地を滑走するソリの上で意気揚々と風を感じながらサキとエナドリ村へ向かいました。この時点で『THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 3chord for the Rock!』が発売されていれば、ランコとサキが運転手に『Driving My Way』をBGMに流すよう頼んだのは言うまでもありません。

 

 

 

(つづく)

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