四月一日、十四時十三分。
バディ本部、研究室。
「ライドサイクロン、接続」
「メインサーバ同期完了」
「ライドシステム発信段階、制御しました」
「マルドゥック構成素固定」
「テセウス現象、演算終了」
「予定座標軸構築…指定成功」
幾人もの研究員らが手元のコンピュータを操作しながら、実験用ルームでライドサイクロンに座す楓の情報をチェックする。
その様子を金剛、武蔵博士が監督している。
「度々すまない、楓君。今回の実験は非常に危険なものになっているゆえ、いかなる状況でも対応可能な君の力が必要なんだ」
柄にも無く神妙な面持ちで謝罪する金剛に楓は手を振ってみせた。
「いえいえ、僕の力が未来の技術に役立てるならお安い御用です」
楓が軽く微笑むと、ライドサイクロンが外部の操作によりエンジンを駆動させ始める。
「それじゃあ今回の実験についてもう一度説明するぞい」
手元の資料を見ながら武蔵博士による最終確認がおこなわれる。
これから実施されるのは、「ライドシステムを用いた人間の転送が可能であるかの検証」である。
今まで物質を構成する最小単位である”マルドゥック構成素”の分解と再構築を別地点でおこなうことで瞬時に物質が転送される仕組みをライドシステムとして使用して来たが、それらのプロセスが人間でも可能であるのかを確かめるのが本実験の目的となっている。
魂と言う非科学的な概念が介在する状況でいかにライドシステムが作用するのか、それが明らかになれば今後の人の移動手段は革命的な進化を遂げるだろう。
楓が被実験者として参加することとなったのは本実験により魂と物質の乖離が起こるのでは無いかと言う金剛の考察に基づき、致命的事故においても復帰可能な楓が志願したためであった。
「まさか僕が新時代の研究でサンプリングされるなんて、少し前じゃ想像も出来ませんでしたよ」
「楓君、なんか楽しそうね…」
「ええ、緊張もしてますけどなんかワクワクしますよ」
意気揚々と準備を済ませる楓を見て、金剛は実験の開始を伝達する。
それに合わせて各研究員がライドシステムによる転送を開始する。
「電算機構、スタンバイ」
「ライドサイクロン稼働率、規定値に到達」
「マルドゥック構成素、置換可能です」
「OK、ライドサイクロン……転送開始!!」
金剛の号令と共にライドサイクロンの周囲に輝く粒子が付着し、楓ごとバイク本体が消失する。
転送が開始されたのだ。
――
楓が目を開くと、そこは昭和の
明らかに転送予定の場所では無い地点にいる楓は額を流れる汗に目もくれず、辺りを見回した。
「実験は失敗したのか……」
と、左側に目を移すと、民家の縁側に腰掛けた老爺が笑っていた。
「おや、お客さんかね。お菓子食べてくかい?」
「あっ、えっと…ぼっ僕は―――」
「おばあさんや、お客さんだ。お菓子とお茶を出しとくれ」
「は~い」
何も分からないままに楓は頂いた茶を飲みながら困惑していた。
「あの…これはどう言う状況ですか?」
本来ならば縁側に座っている老夫婦が聞くべき質問である筈だが、その問いを発したのは楓の方であった。
それ程に彼にとって予測不可能な状況が続いていた。
「状況って、はは…たとえそれが急に庭に現れたオートバイ乗りさんでも、まぁもてなすかな」
そう言って笑う老爺に楓は戸惑いながらも、心地良くも感じてしまった。
「えーと、こちらからお話させていただくんですけど…僕、ある実験に参加してたら失敗してシュバッとここに来ちゃったみたいなんです。お二人には大変ご迷惑をおかけしましたし、お菓子を頂きましたらおいとまします」
楓が説明すると、老夫婦はわずかながらも話を理解したのか、微笑みながら頷く。
「もし良かったらまた来てね」
「ありがとうございます。また来られるかは分かりませんが、素敵なお二人に会えて良かったです」
菓子を平らげた楓はその場から退散しようと腰を上げる。
「貴様、我が世界で何をしに来た」
荘厳な声色と共に、楓らの目の前に光が落ちて来た。
先程まで楓をもてなしていた老夫婦はその光を見た途端、頭を深々と下げ土下座した。
「CDさま!」
「C、D…だって!?」
老爺の言葉により光がCDと呼ばれていることが分かった。そしてその名が示すのは―――。
「―――カンケルデータ!!」
「ほう、その名を知っているとは、貴様やはり”エージェント”だったか」
不可解な言葉を述べるCDに楓は眉をしかめて警戒する。
「そのエージェントってのは何かは知らないけど…CDと呼ばれているあなたがこの世界の悪であることは分かる!」
「悪、そう断言するか。しかし我の統治するこの世界においては、”一般”から逸脱した貴様の方が悪なのだ」
そう言い放つと、CDは土下座の姿勢を続ける老爺を呼び付ける。
「そこの
突発的な勅命に老爺は目を丸くする。
口を大きく開けたまま体を硬直させた彼の様子にCDは腹を立てた。
「
「……できませぬ」
老婆の口から渋々と出た言葉にCDは呆気に取られた。この世界で最高の立場にいるのであろう彼を裏切る発言が出るとは思わなかったからだ。
「……良かろう、貴様らはこの世界の一般、我に従うと言う
怒気のこもった宣言と共に、CDは真の姿を現す。
全身から放たれる光は額に収束し、銀と黒と灰色に染められた蛙型の騎士甲冑を模した様相を顕現させる。
「カンケルデータ―――コモン・ディサイシブ。真の名をフロッシュ・クロムウェル……我の認めざる物は全て
自らの名を明かしたCD―――フロッシュは強力な覇気を風に纏わせ、楓を圧倒する。
(このオーラ…ティアマトラフムみたいに強い! このままじゃおじいさんとおばあさんが……!)
フロッシュの放つ力を受けながら、楓は心底後悔していた。この日はライドツールを持っていなかったのだ。
実験において使用用途が無かったためそのまま実験室に置いて来ていたのだ。
加えて、この世界ではインテグララフムの力も使えず、現状において楓はただの人同然となっていた。
「狙いは僕です、二人は早く逃げて下さい!!」
切羽詰まった状況の中楓が老夫婦を逃がそうとする。
が、老夫婦は先程の優しい表情から一転、覚悟の決まった強いまなざしをCDに向けていた。
「君、名前は何と言うんだい?」
「…霧島、楓です」
「霧島君、私は逃げん。君のことは良く知らないし事情も分からない…けど、君のような慈しみ深い青年を見殺しには出来ない!」
「お爺さんの言う通りです、CDさまのお言葉であろうとあなたを傷付けたくはありません」
老爺、老婆の言葉に楓は心を打たれる。
たとえ今、何もできずに消えてしまうとしても、いつか眼前に立つ癌を取り除く希望があると信じて楓は啖呵を切る。
「カンケルデータ! あなたの言うアンコモンを消し続けたって意味は無いぞ! 世界にはあなたのような悪を打ち砕く戦士が沢山いるんだからな!!」
「そうか…どうでも良いが」
「あなたはその戦士の名を知っているのか? 知らないなら冥土の土産に教えとくよ!」
楓はカンケルデータを滅ぼす戦士の名を叫ぶ。
かつて自分がそうであり、そこから広がった戦士の名を。
そう、それは―――。
「―――仮面ライダー、だろう?」
見知らぬ女性の声が楓の言葉に続く。
バイクにまたがった彼女は、フロッシュと楓らの間に割って入るように異次元からゲートをくぐり抜けて来た。
「君が知っている以上にこの世界は広く、そこにも仮面ライダーは存在している…希望はあるのさ、どんなところにもね」
紅いショートボブヘアを揺らめかせながらその女性は楓らへと笑顔を向ける。
「あ、あなたは一体……」
楓の問いに女性は笑うと、腰にベルトを巻き付ける。
「君もご存知、仮面ライダーさ」
自らの力の中にあっても余裕を見せる彼女にフロッシュは奥歯を噛み締める。
「まさか貴様こそがエージェントか!?」
「そう、君らみたいな悪逆を放っては置かない正義のライドエージェント、ってコトだよ」
そう言い放った女性は表情を険しいものへと一変させると、ベルトを操作する。
「変身」
その掛け声と共に、彼女の前に発生した立体ホログラムが体と重なり、戦士の姿となる。
《インジェクト・エージェント・ジェネレート―――フォーム・アット・”ホーネット”》
《激しく刺し
鮮烈な変身音と共に、紅い雀蜂のような女性型の戦士が現れる。
それと同時に、フロッシュを圧倒する程の力を感じさせた。
「貴様、その力は…!?」
「君は初めて見るかい? この力こそが、仮面ライダーだよ」
そう告げると、ライダーはフロッシュへと見栄を切って口上を放つ。
「仮面ライダーヴェスタ―――刺激的にいこうか」
ヴェスタ、そう名乗ったライダーはフロッシュへとバイクを突撃させる。
フロッシュは難なくバイクを受け止め、ヴェスタごと振り回す。が、気付いた頃には座席にヴェスタの姿は無かった。
「柔軟性の無い硬い動きだ、そんなお遊びで私は倒せないよ」
フロッシュの背後からヴェスタの蹴りが炸裂する。
後頭部に蹴りを食らった彼は地に膝をついてヴェスタを睨む。
「なんだ…その力は…ッ!?」
「なんだ、って…何度も言う通りこれが仮面ライダーの力だよ」
「仮面ライダーがなんだと言うのだ! 我が力ならば貴様ごとき捻り潰してくれるわッ!!」
「くッ…」
余裕を見せていたヴェスタだったが、流石に重力負荷には耐えられない。
彼女の苦しむ姿を見てフロッシュはほくそ笑む。
「フハハ、仮面ライダー討ち取ったりィィ!!」
異常な高揚と共にヴェスタを斬首しようとするが、その瞬間に彼女はおぼつかない手つきでベルト左側のスロットに謎のカードを装填していた。
「一手遅かったね、
《インジェクト・エフェクト・ジェネレート―――イクイップメント・”グラビティ”》
その音声と共に強化されたヴェスタは、グラビティの名の通り重力を操作し返して自らにかかる重力負荷を打ち消した。
「ここに来る時点で君の能力に対策していたんだよね。君にとっては知る
そう言うとヴェスタはベルトのスロットをスライドさせ、とどめを刺さんと勢いづく。
《ホーネット! グラビティ! 最終激破!》
必殺技を示す音声に合わせてヴェスタはフロッシュを蹴飛ばしてから跳躍する。
足を突き出して敵へと向けるその姿は、まさしく”ライダーキック”であった。
「…レッドプレス」
重力操作による加速によって通常スペックを大幅に上回った力で放たれたキックは、フロッシュを地面に押し付け、撃破する。
「この……我が……!」
「この際だから言うけど君、弱い部類だね」
最後に突き付けられた言葉にフロッシュは落胆と絶望を味わいながら消滅する。
「や…やったのか?」
眼前での激戦に何度も瞬きする楓に、変身解除した女性が振り向く。
「殺した訳じゃない。この世界からあの癌を切除し、人々が平和に暮らせる世界になっただけさ。じきにこの世界での目撃者であるそこのご夫婦からもCDの記憶が消えるだろう」
「そっか…敵であれど命を奪いたくないからね」
「君ならそう言うと思っていたよ―――仮面ライダーインテグラ」
彼女の口から出たインテグラの名に楓は目を見開いて驚く。
なぜ彼女がその名を知っているのか、全く予想がつかないが、女性は何も言わず含みのある笑みを浮かべるだけだった。
「それじゃあ私の任務は終わったし、待たせている人もいるから帰らせてもらうよ。邪魔したね」
そう言って飄々とした態度を崩さぬまま、そして名も名乗らぬまま紅い髪の女性はバイクに乗って異次元へと消えていった。
残された楓は肩を落としたまま呆然としていたが、夫婦の無事を確認する。
「おじいさんにおばあさん、ケガはありませんか!?」
「ああ、あの仮面ライダー? さんのお陰でね」
「霧島君も無事で何よりです」
三人で安堵していると、楓のインカムに金剛から連絡が入る。
どうやらライドシステムによる人の転送には課題点が多く、バグによって転送予定だった座標と同じ場所の異世界に転送されていたらしい。
金剛をはじめとしたバディ研究室の協力により、なんとか解析を進めて連絡と帰還の
元の世界へ帰れると知った楓は安心と共に気高い老夫婦との別れを少し名残惜しく感じる。
「きっと僕らは二度と会えないと思います。だから最後に、どうか末永くお元気で」
「君も元気でな」
「風邪ひかないようにね」
老夫婦からの激励を受けた楓はバイクを外に出すと、眼前に開かれた元の世界へのゲートを進む。
「短い間ですがお世話になりました」
感謝と共に見送ってくれる二人を見つめる楓だったが、彼らの背後に見えた表札を見ると唇を噛み締めながら目を細めて俯いた。
楓が去った後、老爺と老婆は笑い合うと我が家へと戻る。
「そう言えば霧島君が表札見て目を伏せていたね。そんなに変だったかな」
「さぁ…でも私は大好きですよ、この表札。私達の名前が並んでる…当たり前かも知れないけど、そうじゃないかも知れない。霧島君を見ていたらそんな気がして」
「なんだいそれは……でも、なんだか良いね」
二人が笑い合うと、少し古ぼけた表札を撫でる。
手作りのその表札には二人の名前が書かれていた。
長良 衡壱
吹雪