楓が目覚めると、そこはバディの医務室の中だった。その様子に既視感を覚えつつ、体を起こす。
「ん、起きたか霧島。お前が暴走してから一日経ったぞ」
武蔵の登場にやはり既視感を覚えるが、それよりも、彼の言う”暴走”と言う言葉が気に掛かった。
「武蔵さん…その暴走って……」
「お前が、ラフムの力を制御出来ずに被害を大きくし、醜態を”世間”に晒した」
楓は目と口を大きく開いて驚く。それから間もなく汗が噴き出て来る。
自分の起こしてしまった事に気付き、焦りとどうしようも無い自責の念がこみ上げて来る。
「もしかして、誰か傷付けてしまったとか……」
「傷付けちゃあいない。だが、暴走したお前はラフムになったその姿を一般人に見せた。しかもあの蝶ラフムを引きずってな」
楓が眉を八の字にしかめて絶句する。
「それを、僕がやったんですね…?」
武蔵は黙って頷く。それを見て楓は自分の手の平を見つめる。
自分のこの手が無為にラフムを傷付けた。もしかしたらあのペイルの様に”人”の心を持っていたかも知れなかったと言うのに。そして、楓自信が、あの場所にいた人々を恐怖させた。藤村や長官、バディの職員らがそうならない様務めてきた筈なのに。
全く、と見つめていた手の平で自分の顔を覆う。
ずっとこのラフムの力を意のままに扱えると思っていた。自分の手中にあると思っていた。だが、それは全くもって浅はかな考えだった。ラフムは怪物だ。今まで戦って来た怪物と自分は同じだ。自分自身が怪物である事を、楓は忘れていた。
楓が深い溜め息を吐く。自分がラフムである事を再認識させられ、どうにも悔しい気分が晴れない。楓は、自分がラフムでは無く、正義のヒーロー”仮面ライダー”である事に意義を感じていた。
「武蔵さん。僕はこれからどうすれば良いのでしょう……」
「決まってるだろ。お前が何であったとしてもやるべき事があるだろ。どんなにお前が非難されようとお前は誰かを助けるヒーローだ。霧島。もしお前が辛くても、俺達がお前を助けるヒーローになってやる。安心して自分の義務を果たせ」
そう言い放つ武蔵の瞳は厳しくも優しさを感じる。楓の現状を察してくれている武蔵に楓は少し目を瞬きさせながら会釈する。
「ありがとうございます、武蔵さん」
「大護で良い。…楓」
二人はお互いの距離を少し縮め、笑い合う。
「そうだ、楓。あれからラフムにされた人達の意識が戻って来ているそうだ。今日も事情聴取を続けている、先生の所で話を聞くぞ」
楓の背中を叩いて武蔵が先に医務室を後にする。残された渡はもう一度自分の手の平を見る。
「僕は、仮面ライダーだ」
自分の決意を更に強固なものとし、楓はベッドから起きて藤村の元へ向かう。
――
楓がバディの研究室に入ると、案の定そこに藤村の姿があった。
「あ、藤村さん。昨日はお騒がせしました。大護さんから話は聞いています」
「君達いつの間に仲良くなったわね。まあその方が良いに決まってるわよね、と」
藤村がパソコンを操作して録画してあった事情聴取の際の映像を流す。まず最初にフロッグラフムだった人間の聴取が行われた。が、彼は終始何も話さず、研究員を睨み続けていた。
「思ってた通り、フロッグは何も話さない。けれど、彼の聴取はなおも続けるわ。恐らく今、ティアマトに最も詳しいのは彼でしょうから」
藤村は他の映像を開く。次はタックルラフムになっていた女性である。彼女は”喋らないラフム”だった故にやはりラフムとして暴れていた時の記憶は無く、巌と同じく黒いコートに襲われた事しか記憶に無いと言う。
ここまでは全く進展が無かった。だが、シソーラスの聴取がこの停滞した状況を変える事となったのだ。
フロッグや楓の様に言葉を発する”喋るラフム”であるシソーラスラフム―――チョウバエの怪物は他のラフムと違って自らの意思で人を襲っている凶悪な”人間”である。
そんなシソーラスが自供したのだ。
「…ああ、俺は自分の意思で人を襲ったぜェ?そりゃあ俺は人をいたぶるのが大好きでねェ。崇高な意思とか言ってティアマトのお偉いさんはそれを許してくれたのサ」
ラフムの時と変わらぬ飄々とした口振りでシソーラスになっていた男、指名手配犯
「んで、そのティアマトのお偉いさんが逃げに逃げてた俺を雇ってよォ、人を殺せって言うんだなァ。最初は訳分かんねェ事言ってると思ったがよォ、俺の事を分かってて言ってる様な感じだったからラフムになったのよ。涙モンだねぇ~」
墨田のふざけた調子に怒りを覚えながらも、それを堪えて研究員が問う。ラフムになる事の具体的な仕組みを質問する。
「俺に聞かれても多分詳しい事は知らねぇしアレだがよォ…俺の場合はラフムになる為の”カートリッジ”を渡されて、それを体にブッ刺すのよ。これがまた痛くて痛くて……」
研究員が机を強く叩く。それに呆気を取られた墨田ははいはい、と気乗りしない返事をして、話を本題へ進める。
「俺達の様にカートリッジを使って人工的にラフムになった奴らが”ビルダー”、喋るラフム連中よ。んで、今までアンタらが戦ってきた喋らないつまんねーラフム連中が黒いコートの男や他のラフムに襲われて死んだ人間だった自然の産物、”オリジン”」
今までに無く真剣に語るシソーラスだったが、その話に信憑性は無い。情報が真実か研究員が今一度問う。それに対して墨田は嘘は好きだがバレる嘘はつかないねェ、とあっさり答える。
聴取で得られた情報はこれまで。黒い鎧の男の正体は分からずじまいだった。だが、ラフムには人工のものと自然に生まれるものがある事が分かった。と言っても断定出来る話では無いので結局これを聞いても楓は話半分としか思えなかった。
「人殺しの言う事なんか信用出来ませんよ」
そう言うと楓は修復されていたライドツールを持って研究室を後にする。
「どこに行くの、霧島君?」
「大学へ。僕にも単位がありますから」
急に出て行く楓に武蔵はおい、引きとめたがそれを無視して行ってしまう。
「どうしたんだアイツ…」
「自分が暴走した事、聞いたんでしょう。”吹っ切れ”に行ったのよ」
――
大学に来たものの、講義を受けても全く内容が入って来ない。どこへ行ってもつまらない。今まで楓は親友、勇太郎といる時でしか自分の居場所が無かったのだと改めて思い知る。
無為に校内を歩いていると、ふと思う。
もし、楓が
こんな事を考える自分の卑屈さに気が滅入る。こんな所にいても自分の弱さと今は亡き親友の事を思い出してしまう。
(何で僕みたいなのが仮面ライダー、なんだろうな……)
楓がバイクを発進させ、嫌々大学を後にしようとするが、後ろで悲鳴が聞こえる。振り返ると、そこには逃げ惑う人々と、それを追う蛇の姿を模したラフム。
「ラフムッ!」
バイクに装着されているライドツールを取り出し、アタッシュを開けようとする、がその手を止める。自分の正体が明るみに出るのを恐れた。これから情報は政府から開示されるだろうが、いつか、楓が怪物である事が知られてしまうのでは無いのか、と―――。
普段ならば躊躇いなくその力を奮ったかも知れない。だが、自分に対しての疑心が振り払えないでいた彼は、自分の力が怖かった。
「そう考え過ぎんな、お前の悪いトコだぞ」
優しくて懐かしい声、ポンと肩を叩く手、そして…あの時と同じ”オレンジのパーカー”。
楓の前を通り過ぎて走った男は、楓に一瞬振り返り、微笑む。
「―――まさか……勇太郎ッ!?」