バディ本部に案内された勇太郎はすぐ聴取室に案内された。彼の状況には不明瞭な点が多い。それに関してはそこにいる誰よりも楓が気になっている事は言わずとも目に見えた。なので長官は聴取を楓に任せて勇太郎に説明を求めた。
「それじゃあ聴取を始めるね。聞きたい事はまとめてあるから、素直に話して」
楓の解説に勇太郎は快く返事をする。
「取り敢えずラフムになった経緯から話して欲しい」
勇太郎は自分の身に起きた事の全容を洗いざらい話した。その内容は―――。
――
「……一体、何なんだ」
あの日ラフムに殺害された筈の勇太郎は、気付くと、噛み千切られた体が元に戻っており、不思議に思いつつも電気の消えた部屋を見回した。そこには楓の両親だったモノが横たわっているだけで、楓の姿は見えなかった。しばらくそこで呆然としていると、奇妙な形の怪物らが家の中に入って来た。
「お、お前ら、何だよ!」
その怪物ら、蟻の様な姿の異形達は何も言葉を発さず、勇太郎の姿を凝視しているだけだった。その姿に勇太郎はただ絶句する。一体自分の身に何が起きているのか。全く分からず、ただ、本能だけが囁く。”逃げろ”と。
「う…うわぁぁぁああぁあッ!!」
鳴咽と共に叫びながら勇太郎はその場から逃げ出す。競争に自信を持っていた勇太郎は今はただ自分の足だけが頼りだった。今までに無い足の軽やかと速さを感じる。それはラフムの特徴ではあるが、勇太郎はただ、本能とだけ考えて、走る事にのみ集中した。
とにかくアイツらから逃げなくては。それだけを考えて、道をひた走る。街灯さえ消えた深夜。黒く染まった眼前の景色に黒光りする人影が見えて来た。それが何なのか勇太郎はすぐに察した。
先程の蟻型の怪物。奴らは勇太郎を先回りしていたのだ。
それを見た勇太郎は絶望と恐怖から一気に足の力が抜ける。
「あ、あ、あぁ」
どんどんと近付いて来る怪物に後ずさりする。それでも怪物は近付いて来る。次第に勇太郎の目から涙がこぼれて来る。もう声も出ない。息が出来ない。
怪物は勇太郎の目の前まで来ると、そこで勇太郎は意識を失ってしまった。
勇太郎が目を覚ますと、そこは車の中の様だった。ベッドに拘束されたまま、揺られている。まるで映画か何かの様な状況、取り敢えず今の状況を整理する。親友である楓家族と食事を共にしていたら、突然怪物が襲って来て、楓の両親を惨殺し、重傷を負った楓の眼前で自分は食われた筈だったが今まさしく生きている。そして再び怪物の襲撃を受けて、車の後部と思われる密室の中で拘束されている。
(もしかして俺、何だか変な力でも身に付けたか)
そう思うと辻褄の合う部分は多い。それで、それが判明したところでどうすれば良いのか分からない。取り敢えずこの拘束を”力”で外せないか、と腕に力を込め奮闘してみる。すると、徐々に拘束具を固定している部分が音を立てながら裂け始める。驚きながらもさらに力を込める。しばらくすると、手首を覆う拘束具が外れる。その要領で足に取り付けられた拘束も外す。
やっと体が自由になり、腕を回して、溜め息を吐く。
「これからどうするか…」
勇太郎は辺りを見回すと、光が縦に伸び、差し込んでいる。それはまさしく扉から漏れ出る光の様だった。そこからここがコンテナの中なのだとはっきり分かった。
「取り敢えずここからの脱出を試み―――」
勇太郎が扉に近づこうとした途端、頭上から鈍く、大きい音が聞こえた。まるで何かが上空から着地した様な…。
上に視線を向け、大きく盛り上がった天井を見ていると、そこから刃が出て来て、天井を丸の形に切り取る。と、そこからタキシード姿の男性が降りて来た。
「勇太郎様…ご自分で拘束を外されたのですね。さぁ、私達と共に」
勇太郎の前で片膝を立て屈んだそのタキシード姿の男が深く頭を下げる。
「おい、一体どうなってんだ? 俺は自分のこの状況すら飲み込めて無いんだぞ…ッ!?」
勇太郎が言葉を終わらせる前に車が大きく回転しながら急停車する。どうやらこちらでの異変に気付いたのだろう。
間も無く扉が大きく開け放たれ、久々の直射日光に目を眩ませる。目を閉じると、声のみが自分の耳に伝わって来る。
「まずい! 被検体十二号が逃走を図っているじゃない!」
「止めさせはしませんよ」
女性と、先程のタキシードの声が交錯する。その直後、刃の交わる様な金属音が鳴り響いた。やっと光に慣れ、目を開ける。するとそこには、白と焦げ茶、二体の怪物のつばぜり合いが繰り広がっていた。
「!? …なんだこれ!?」
目の前で起こっている事に勇太郎は戸惑いを隠せない。それも当然だ。昨日まで平穏な日常を送っていた彼がいきなり怪物同士の戦場にいるのだから。現実を疑うのも訳無い。
「夢かなんかか? でもこの感覚は現実みてぇだし、それと俺のあの馬鹿力……あぁもう分かんねぇよッ!!」
勇太郎が頭を掻きながら叫んでいると、一方の怪物が勇太郎の名を呼び、逃げる様促す。その声はくぐもってはいるが、どうやらタキシードらしい。もう頭は混乱しているが、とにかく今は逃げるしか無い。無人となっているトラックの運転席に乗り、逃走する。
トラックに搭載されているカーナビを見ると、ここはどうやら京都府の嵯峨辺りだった。いつの間にこんな所まで連れ去られたんだ、と悪態を交えて呟く。それよりも、だ。
自分のこの力は一体何なのか。そしてあの良く分からない怪物共は何故自分を運んでいたのか。
「分かんねぇよ、何にも!」
腹いせに車のクラクションを高らかに鳴らす。次第に眉間にしわが寄る。自分がこれからどうすれば良いのかさえ分からない。ただ道なりにまっすぐ進むしか無い。大阪方面に向かってただ走るだけだ。
一体どれだけ走り続けただろうか。普通車免許を持っていない事に気付いてはや一時間。ゲームセンターのレーシングゲームでの記憶のみで走り続けている為、いつ事故が起きるか分からない。一体何度ガードレールに激突しそうになったのかは分からない。だが、何故か警察は追って来ない。それどころか、いつの間にか車の走行音すらしない。
確かに都市から離れた場所にあるのは分かるが、京都から大阪へ向かう道路だ。誰もいないのはおかしい。勇太郎はふと運転席上部に取り付けられたミラーを覗く。と、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
先程の怪物二体が自分の真後ろで戦っている為に車の一つも通らず、通行しようとする車は戦闘に巻き込まれて吹き飛ばされていたのだった。
運転に集中していて気付かなかった。自分のすぐ後ろに広がる惨状と迫る怪物。まさしく最悪と言える状況に誤ってハンドル操作が狂う。
その事に気付いた瞬間、勇太郎の駆る車両に車の破片が押し迫る。
(―――死ぬ!)
――
勇太郎が気付くと、そこはベッドの上だった。起き上ると、そのそばには先程のタキシードがいた。
「おはようございます、勇太郎様」
「あ…おはよっす」
適当な挨拶を済ませると、タキシードはベッドの横にある棚に置かれているオレンジ色の端末を勇太郎に渡す。
「単刀直入に申し上げます。勇太郎様、あなたはあの怪物、ラフムになりました」
勇太郎は目を丸くしては? と返す。無論受け入れられる訳が無い。
「その端末はあなたの力を凝縮させたエネルギー、エレメンタル・カートリッジ。あなたがラフムになった証です」
「なんなんだ藪から棒に…そんな事を言われて信じられっか!」
痛む頭をさすりながら勇太郎が叫ぶ。
「あなたは信じる事になりますわ」
少女の声が聞こえる。ベッドがある寝室であろう部屋の扉の奥からだ。
勇太郎がその方向へ向くと、声の通りの少女が姿を現した。
「火島勇太郎…いいえ、”バーン”」