仮面ライダーとローズラフムの戦闘が始まる少し前。
バディによる記者会見。
その内容はラフムと呼ばれる猟奇殺人を行う怪物の存在とそれらを操る組織”ティアマト”の説明に始まり、ラフムに対抗して極秘裏に開発された強化パワードスーツをメインとしたシステム”ライドツール”と対ラフム組織”バディ”の解説。無論ティアマトに情報が漏洩しない様に秘匿する部分は少なからずあるが、現状公開出来うる全ての情報を開示し、一般市民の不安を払拭せんと努めた。
―――が、しかし。
一人の記者による被害者発生に関する、手ずから編集した動画を用いた追求―――と言うにはあまりにも偏向した悪辣な問い詰め。
人類の敵であるラフムとバディとの関与。ハッキリと言ってしまえば長良の説明は一般人を納得させるには現実離れし過ぎている。
「……それは―――」
長良が口を開いたその時、会見ホール全体にバディ本部から連絡が入る。
それはラフムと仮面ライダーが戦っているとの報であった。それに、その戦闘の情報は民間人がSNSでライブ中継をしていると言うのだ。
各々が手持ちのパソコンでその映像を見る。無論バディの面々も視聴する。
ウイニングと薔薇の意匠を持つラフムとの戦闘映像。そして、撮影者の声が混じる。
「ライダーは…私を助ける為に傷付きながら戦ってる!戦っているの!」
撮影者―――境の声と共に目の前で繰り広げられるライダーの戦い。
貫かれた装甲から流れ出る鮮血に塗れながら仮面の戦士が拳を振るう。
痛みで喉から流れ出る声、吐瀉を交えた荒い息。
彼の戦に会見の場にいる者、バディ、これを見ている全ての人が絶句する。
「…僕が、守るんだ……世界を、人をッ!!」
痛いだろう。苦しいだろう。生きているかさえ分からない傷を負った戦士の奮闘で公園にいた人々は無傷で逃げられた。後はあの仇敵を倒すだけ―――だが。
(何かがおかしい、楓…どうしたんだ?)
体を激しく奮わせ、体の重心もおぼつかないままラフムに立ち向かっている。その姿に勇太郎は違和感を覚える。
仮面ライダー―――楓の戦いは知識と発想で際限無い力を発揮する言わば”頭脳戦”だ。
それが今戦っている楓はただ相手に体をぶつける様な消耗戦を繰り広げている。
すると、敵ラフム、ローズの鞭を胴体に受け、倒れ込む。その光景に思わず報道陣もあっ、と声を出す。
「長官、俺行って来ます!」
そう言って飛び出そうとする勇太郎を長官が静止する。
「待ってくれ、火島君。霧島君を、信じてみよう」
「長官……」
勇太郎は目を瞑って押し黙ると、そのまま着席する。
「―――頑張れ……頑張れ、”仮面ライダー”!」
勇太郎が応援する。
その声が彼に届くはずが無い。だが、思いが繋いでいくモノはある。
――
楓は先程まで意識を失っていた。過去最大の強敵、ローズラフムの連撃に我を忘れていた。気付けば体はボロボロ、立っているのが不思議だ。
意識が戻ってから不意と体を見回している内に、装甲が粒子の様に消えて行く。
変身が解除しているのだ。
「ちょ…嘘で」
嘘でしょ、と呟こうとしたその時、ローズの鞭が腹部を貫く。鋭い茨が腹の中で内臓を引き裂き、かき混ぜる。
またも意識が遠のく。痛い。辛い。怖い。
どんなに強靭な体となっても、死を恐れる気持ちは変わらない。”あの日”の別れを思い出す。終わりなんて呆気無くて絶望的だと、そう感じた死の瞬間が頭によぎる。
体に再び粒子が纏う。強い力が体中を覆う。
その姿は―――
彼の変わり果てた姿を目にした報道陣がざわめく。その姿はかつて人々に襲い掛かろうとして謎の車に格納された”御茶ノ水の怪物”。
獣の咆哮が見る者の耳をつんざく。鼓膜に響き渡る振動がおぞましい怪物への恐怖を後押しする。
「仮面ライダーがあの怪物…ッ!?」
日本中の街頭ニュースに速報が流れる。そこには境の映像が映し出され、仮面ライダーがラフムに変貌する一部始終が捉えられていた。
戸惑う報道陣に、焦燥感と不安に掻き立てられた勇太郎がマイクを手に取り、口を開く。
「例えラフムの姿だとしても!!」
獣の咆哮を覆い隠す程の大声にその場の全員が勇太郎に注目する。
「会見の場を荒らす様で申し訳ありません。ですが、今の状況を見て、俺には言わなければならない事があります。人々を守る戦士の姿が例えどんなに醜くても、彼の……コード・ウイニングラフムの中にある、人を守りたい、これ以上自分と同じ姿の醜悪な”バケモノ”を増やしたくないと思っているんです!」
勇太郎を見る報道陣の表情は、以前の御茶ノ水でのラフム被害を想起している様に見えた。それを理解し勇太郎は再度言葉を紡ぐ。
「今の彼の姿を恐れる人もいるでしょう、実際彼は御茶ノ水で、あの場所で暴走しました」
なんだって、と報道陣が目を見開く。
「だけど、ウイニングは、アイツは―――絶対に皆を守ってくれるッ!」
――
「オオオオオオオ!」
なおも咆哮を続ける怪物は、ローズの鞭を退けると、手薄になり隙を見せるローズの胴目掛けて凄まじい速さのパンチを見舞う。
雄々しく、勇ましいその姿に境は懲りずに写真を撮り続ける。と、草むらに乗り出してガサ、と乾いた音を立ててしまう。その細やかな音の方向にウイニングが振り向く。敵だと察知したのだろう。だが、その音の先にいるのは境だった。
足が傷付き、身動きの取れない境に近付く緑の怪物。先程まであんなに頼もしかった巨躯が、今では何故かとても、恐ろしい。
「あ、あ…」
余りの恐怖に境は言葉が出ない。
(こんなに恐ろしいのに…仮面ライダー……私は平和をあなたに任せていた)
”ツケ”が回って来た。境はその一言を
昔戦場カメラマンの写真集を見た事がある。紛争で家族を奪われた子供達の涙と、渡される食糧と人の優しさに喜ぶ笑顔。その人の悲しみと喜びの在り方に魅力と憧れを覚えて写真の世界に心を奪われた。
戦い続ける”人”の気持ちが分からぬままであの時見た写真に近付けるだろうか?
―――否。
あの写真を撮影したカメラマンは戦場で死んだ。銃弾と爆弾が飛び交う戦地にて、兵士を庇い命を落とした。誰かが命を賭して戦い続ける姿を伝えるには、自らもまた命を賭す覚悟と勇気が必要である。
境はそれを放棄してただレンズ越しに戦いを俯瞰するだけだった。
戦場を撮るのなら自分もまた戦場にいる。そんな当たり前の事を境はやっと気付いた。
河森はきっとこの事を知っていた。だから彼は先日のラフムとの戦いを撮ろうと決めたのだろう。
自分は戦いとは何も関係ないと思いながらも戦いの悲惨さを伝えようとしていた。なんと甘い考えだったのだろうか。自分が恥ずかしい。
だからこそ境は今までの惨めな甘ったれを変える為に、その戦場で自分が出来る行動を起こす。
かつて戦場の光景を切り取りながら、兵士の命を救ったあのカメラマンの様に。
(私はヒーローになれる訳じゃないって分かった、から、ちょっとでもヒーローを助けられる人でありたい!)
境は力を振り絞り、すくむ体に力を思い切り入れる。と、苦しみもがく様な挙動を見せるウイニングに後ろから抱き付き、その動きを止めた。
「思い出して、仮面ライダー……あなたが皆を守る戦士である事を!」