楓は、ラフムが憎かった。家族は奴らに殺された。勇太郎や自分も醜い怪物にされてしまった。
憎い存在そのものに自分が変貌してしまった事実を戦う事で隠そうとしていた。
”自分だって醜い怪物じゃないか”そんな言葉が、頭によぎる。自分が人間では無いと悟ったその時から、鏡を見ると背筋が凍る。ラフムが恐ろしいのは僕も同じだ、と鏡の自分に語り掛けられている様だった。
ラフムに対する怒り、恐怖。恐ろしい怪物と対峙する楓の混沌とする感情を仮面は隠してくれていた。
だから楓は”仮面ライダー”だった。その仮面は苦しみを包んで、勇敢な戦士である為のモノであった。
だが。その仮面は今剥がれ落ちた。おぞましい怪物は悲鳴の様な雄叫びを上げ、全てを破壊していく。目の前の敵を無残に引きちぎって放り投げる。これ程の暴虐を尽くしてもなお収まり切らない憎悪が、体の中で悶え続ける。
「―――頑張れ、仮面ライダー!」
心に光を失った楓に、一つの言葉が聞こえて来た。
「頑張れ、頑張れぇッ!」
境が異形の怪物と化した楓に声を掛け続ける。それに応える様に楓―――ウイニングラフムがうめく。
ウイニングの苦しみ続ける姿に日本中の人々が手に汗を握る。
「目を覚まして、仮面ライダー!!」
境の悲痛な叫びにウイニングが動きを止める。凍えている様な手付きで境の肩を抱き、小刻みに震える口で境の名を呼ぶ。
「境、せんぱい…ごめん、なさい……ぼく…ラフムが、にくくて、怖いんです」
ウイニングの目から涙がこぼれる。ずっと隠し続けていた恐怖が、溢れ出してくる。だが、境はそれを受け止める様に優しく肩を叩いた。
「私達普通の人はあなた達と一緒に戦う事なんて出来ない。だからあんな怪物と戦う恐怖や責任を丸投げしちゃうけど……それでも力になりたい…だからあなたが辛い時にはいっぱい励ます、頑張りたい時にはいっぱい応援するから、その…頑張って」
頑張って、とラフムと戦う運命を押し付ける事しか出来ない自分の弱さが境の身に染みる。ここまで勇気を出しておいてそれしか言えない歯がゆさを押し殺して応援し続ける。その姿を見て楓は自分の意識を取り戻す。
「ラフムが憎くて、こわい、けれど…こんなに言われたら、やるしか無いですよね……僕、境先輩の憧れるヒーローに…なってみたくなりました」
「何言ってんの、どんな姿でも、ラフムでも、あなたは人類最強のヒーローよ」
そう言うと境は先程飛び出した時に落とした携帯を拾い、内カメラでいわゆる”自撮り”をする。そのフォーカスの中にはウイニングの姿も映り、思わずピースサインを浮かべる。
「ふふ、これであなたは人類に友好だってすぐ分かるわね。河森君以上の特ダネゲットよ」
「境先輩、本当にありがとうございます。それとあのラフム、コードネーム”ローズラフム”はまだ倒せていません。体を断裂したものの、着々と回復しています」
ウイニングは境を少し自分から遠ざけると、拳を固く握り締める。
「もう恐れない。この体も、迫り来る敵も。受け入れるんだ……境先輩を、皆を! 守る為にッ!!」
目を大きく見開いたウイニングが後ろを振り向きローズを前に身構える。
「待たせたな…ローズラフム。お前も僕が助けるべき一人だ。全力で戦って全力で助けてやる」
「―――えっと…受け取って、仮面ライダー!!」
境が手元に落ちていたウイニングイ―トリッジをウイニングに投げる。見事にキャッチしたウイニングはぐっ、と親指を上げサムズアップする。
《Winning》
腰に装着されたままだったロインクロスにイ―トリッジを装填、ラフムのままの姿で変身を行う。
「変身!」
ブートトリガーを取り付け、大きな指で何とか引き金を引く。
《Change・Winning》
イ―トリッジから発せられる粒子が巨大な体躯を包み、人型の戦士へと変容する。そして緑色の鎧が天より降り注ぎ、装着される。
頭部に付けられる仮面はもう悲しみ、恐怖、怒りを隠す”仮面”ではない。優しい楓の笑顔の内に眠る熱い勇気を裏付ける勇猛果敢な姿を表す仮面なのだ。
「もう一度言ってやる、正義を叫びライドする仮面の戦士! その名をまさしく、仮面ライダー!!」
声高々にヒーローの復活を宣言する楓。回復後ようやく動ける様になったローズは待ってました、と言わんばかりに鞭を振りかざす。先の戦いでは止め切れず深手を負ってしまった。だがその傷は癒え、目は冴えた。敵の攻撃の軌道が読める。
鞭を受け止め、引っ張ると、重心を崩したローズに向かってバネの様に伸縮させ威力を増した蹴りを食らわせる。完全復活したライダーの一撃にローズは蹴られた腹部を押さえて膝を付く。
再び立ち上がった戦士の姿にバディを追及していた報道陣も言葉を失い、各々のパソコンから動画を見つめる。どんなに傷を負っても、心が闇に縛られたとしても、敵と戦い続ける。彼のその姿に誰もが心を打たれた。
彼らの気持ちがライダーを応援する側に回ったと察した長官は声高々に宣言する。
「皆さん、これが、これこそが人々を守るヒーロー…仮面ライダー。例え真の姿が怪物であろうと正義の心はかき消せないのですッ!」
世論がどうあれ、この世界を守る力はライダーだ。例え後ろ指をさされようとも絶対に守り抜く。ライダーの覚悟は今、絶対に砕けない堅牢な物となった。
かつて家族、親友、自らがラフムによって殺され、ラフムになり、ラフムを倒す使命を受けた。彼の運命は凄惨極まりなく、これからもその運命に縛られるだろう。だが、彼はそれを受け入れ、自らの使命とする。
「ラフムを倒すのは僕だ…もう誰も傷付けられないんだよ」
ライダーの周囲に強風が立ち昇る。彼の思いに呼応してエネルギーの塊であるイ―トリッジが反応している。その風に巻き込まれ近くにいた境が煽られる。
「境先輩、離れていて下さい。ラフムを、倒し……」
言葉が途切れ、訂正を表す様に首を横に振る。そしてローズを見据えて跳躍の構えを取る。
「あの人を助けます!」
《Winnig・Crush》
境が退避した事を確認するとブートトリガーを二回引く。ライダーを包む風が彼の足に収束し、跳躍。風の力がライダーを天高く上昇させ、太陽を背にローズへと足を向ける。
足を覆う風は途端に勢いを増し、ローズを囲んで吹き荒れる。そしてローズの身動きが取れなくなったその瞬間、ライダーがローズに迫る。
「ライダー……キーックッ!!」
渾身の飛び蹴りがローズの胴体を砕く。体重の乗ったキックは凄まじい威力を発揮し、ラフムは内部崩壊を起こす。
内側から蓄積されたエネルギーは弾ける様に放出され、大爆発を起こす。付近の住宅を巻き込む程では無いが、公園の敷地を焼き尽くした。
ライダーはその風のエネルギーで辺りの火炎を吹き飛ばし、爆発の中心にいたラフムと化していた女性を発見して救助。と同時にイ―トリッジ”ローズ”を回収。
「任務完了。境先輩、ご無事でしたか?」
壮絶な光景に唖然としながらも境は軽く頷く。
――
「やったーッ!」
会見の場に歓喜の声が響く。人に仇なす敵を仮面ライダーが打ち倒した。その大金星に報道陣は湧き上がる。
「報道陣の皆様、今回の勝利は貴方がたが我々バディ、そして仮面ライダーを信頼してくれた結果による功績である事をお忘れ無きよう」
長官が眼鏡をくいと上げて説明すると記者達は静かに頷いた。
「ラフムは人の敵です。が―――ウイニングは人を守る力となるのです」
「もしや以前民間人が巻き込まれたラフムとの戦いにおいて仮面ライダーと戦っていたのもいわゆる味方のラフムなのでしょうか?」
記者の問いに長官はええ、と重たい口調で肯定する。
「ラフムは敵となった時おぞましい力ですが、味方となるなら頼もしい存在になるのです。ラフムに対する恐怖心を取り除く事は難しいでしょうが、我々バディは誠心誠意被害者の皆様のケアにも取り組みます」
人を守ると言う事。それは敵を倒す事だけでは無く、被害者への考慮も加味される。多くの人に被害を与えたラフムに関する事態への処理がバディの課題となる。故に世論からの理解と応援は彼らの励みとなるのだ。例え真実を追求するマスコミであろうと前代未問の惨事である現在の状況に対しての意見は穏やかであるべきと長官は言う。
と、ホールの扉を開く音が響く。報道陣が振り向くとそこには河森が立っていた。
「バディに関する発表と聞いて駆け付けて来ました! 記者の皆さんは俺がラフムの被害に遭って非常に辛い経験をしたと考えてるでしょうが、それは違います! …確かにラフムとの戦闘で俺みたいに戦闘に巻き込まれる人はいるでしょうが、ライダーは絶対に守ってくれます、彼らは味方です! だからどうか怪物であっても攻めないで!」
その言葉が記者達に届いているかは分からない。が、ラフムへの誤解は解きたい。その一心で叫ぶ。
「私達が案じていた少年の言葉はこの通りです、我々は嫌疑している場合では無いのでは?」
先程質問していたジブンジャーナルの記者がそう言い放つと記者達が口を大きく開けながらも納得した様に席につく。
――
会見が終了し、長官らは楓と合流を果たした。それと同時に同行していた河森が救急隊員に運ばれていく境と、それを見送る楓の元へ走る。
「境! 平気か!?」
「ビビっちゃっただけで平気。それよりも河森君、そして霧島君……」
「さっきは本当にごめんなさい。あなた達の戦いを私は軽んじていた」
そう言うと、彼女が深く頭を下げて二人に謝罪する。
「良いんです、境先輩。あなたのお陰で僕は戦えたんですから! それよりも、あんな戦闘の只中にいたんですからお大事にして下さいね」
楓が屈託の無い笑顔でそう答えると、境も微笑む。と、彼女が楓を呼び、一言残していく。
「これから世間はあなた達に対して賛否両論を浴びせるでしょう。絶対に負けないで、あなたが正しいんだから。これ新聞部の勘ね」
境が救急隊員に連れられ、搬送されていく。
「賛否両論、か……」
自分が戦っても皆が味方になってくれるとは限らない現状に渡は複雑な感情を覚える。しかし、彼は人々を守って行くと決めた。この混迷を極める世界で、誰もラフムによって傷付かない為に。こんなにも自分を思ってくれる人がいるのだから。