「……これで、私も死ねる」
轟々と音を立てながら流れる滝を見下ろして女性が呟く。彼女はここからの投身自殺を図っていた。だが、その思惑を裏切る様に彼女の背後から異形の怪物の影が襲い掛かった。
――
十一月十二日、午前二時。岡山県真庭市
バディから支給されたインカムを装着し、藤村の元に回線が接続される。
「藤村さん!? 霧島です! 急行要請を受けましたが、東京から岡山っていかんせん遠くないですか!?」
「例え遠くてもラフムは見逃せないわ。それにこんな事もあろうかと―――」
楓と勇太郎が自宅であるバディの職員寮から出ると、既にバディの特殊車両が入り口を囲む様にして止まっている。その中の一台から藤村が出て来る。
「ライドサイクロンの改修を終わらせたわ。可変機構を搭載して、飛行が可能になったの」
そう言って二人を特殊車両のコンテナに案内する。そこに駐輪されているライドサイクロンは前面の見た目こそさほど変わらないものの、後部には複雑なギミックが見え隠れするブースターが搭載されていた。
「これが新しいライドサイクロン…?」
「ええ、新ギミックの効果的運用の為に車両も増やしたんだから…税金で。とにかく出動よ…仮面ライダー!」
期待と応援を込めた藤村の声に楓は強く頷く事で活躍を約束する。
――
インカムからの藤村の指示によると、どうやらバイクごと自分達を打ち飛ばすと言うのだ。耳を疑いたくなる作戦だが、人体の限界を超越したラフムなら可能ではある。それより気になるのはバイクの耐久性だ。
「ええ、今回改修したライドサイクロンの耐久性だけど、落下時の制御ブースターに加え、地上一千メートルからの落下、水深三百メートルへの水没、粉塵や爆発その他諸々に対する耐性を得たわ」
質問する先に答えられた上、予想以上の堅牢さに楓はこれ以上の思考をやめた。とにかく出撃の準備を進める。
《Account・Winning》
《Winning》
「変身して急行する様だな…勇太郎、そっちはどう?」
インカムを通して別の車両コンテナに配置された勇太郎の様子を伺う。
「変身!」
《Burn》
起動したイ―トリッジから放たれる赤い粒子が勇太郎の姿をカブトムシ型のラフム、バーンへと変身させる。
「こっちは準備オーケーだぜ。そっちも急げよ」
「分かってるって」
楓が軽薄な態度を取るが、内心ラフムを倒し、人々を救う気持ちに火が付いていた。
「変身ッ!」
《Change・Winning》
イ―トリッジから放たれる粒子はラフムとは全く異なる勇猛な戦士の鎧を作り上げる。変身が完了するとコンテナに駐輪されたライドサイクロンにまたがり、準備完了の旨を伝える。
「仮面ライダー、発進準備完了。ライドサイクロン整備済、システム異常無し」
「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始…演算完了。ノードオンライン」
コンテナを牽引するトレーラーの中ではバディのオペレーターがシステム構築を進めている。その操作が完了し、ライダー、そしてバーンに発進許可を煽ぐ。
「出撃前に二人共、大事な情報よ。ライドサイクロンは目的地到達までこちらの操作管轄内に入り、貴方達が動かせない状態になるわ。障害物は自動的に回避してくれるけど、それまでおとなしく待機していてね」
藤村の最後の注訳を了承し、二人はオペレーターに発進許可を出す。それを受諾したオペレーターがシステムを開始させた。
すると、コンテナの上部が観音開きの様に展開しながらコンテナ本体が回転し目的地への方角へ動く。方角を固定し上部を展開し終わるとライドサイクロンを挟みこむ様に接続していたレールが遥上空を目指して傾き出す。
「発進軸固定、ブースターオン。ライドサイクロン、発進します!」
そして、ライドサイクロンが空高く飛び立つ。燃料を最効率利用する新型エンジンの具合は良好、後部の大型マフラーから火を吹きながら空を目指す。遂には音を越えたスピードで雲を突き抜ける。
――
「うおおおおおおお!! これ俺達吹き飛ばねぇか!?」
「安心して火島君。現在ライドサイクロンはフロント部からライドシステムによって空気抵抗を吸収しながらエネルギー変換、排気しているわ。飛行時の空気抵抗の九十パーセントを熱量還元しているから推力を上げながらあなた達や近隣に被害を及ぼす事無く射出出来るのよ」
藤村の説明通り、空気抵抗を受けないが、目の前を雲が高速で横切って行く光景に勇太郎は落ち着いてはいられない。しかし、一方の楓は臆さずライドサイクロンのグリップを握り締めていた。
「楓は平気なのかよ、コレ!?」
「うん。僕らは、皆を守る仮面ライダーだから・・・慌てないし焦らない。誰かを不安にさせる様な事はしないでいたいんだ」
それを聞いた火島は強くなったな、と呟くと、もう何も言わず黙って前を向いた。
誰かを守る責務が楓に苦を背負わせている。ついこの間まで普通の大学生だった楓が死に、怪物となって、怪物と戦わされ、人を守る命を受けた。楓も言葉にしないだけで辛いと思う事は幾度と無くあった。しかしそれでも、自分がやらなければいけない事だから―――楓は常に前を向いて人々を守る。
「ラフムから人々を守れるのは・・・…僕らだけしかいないんだ!」
仮面の下で目を大きく見開き、目標の地点へと目を向ける。開始する急降下に体を備える。
「抵抗は無くなっても下りの重力は無くならないわ。これよりの落下と着地に備えて、サイクロンを地面と水平になる様に維持して!」
サイクロンの後部に配置されているブースターが地面を向き、逆噴射を始める。地上への抵抗力を最大限まで緩和しながら降下する。
東京から僅か一分で岡山に到達した事に二人は驚愕しつつも、通報者とラフムの捜索を早速開始する。フロントライトを点灯し辺りの森林をくまなく探す。
「目標地点に着いて早々悪いわね、二人共。情報によると通報は若い男性による物だった様よ。かなり気が動転している様だから、ここは霧島君に任せた方が良いわ。火島君はラフムを追って」
藤村からの指示に楓と勇太郎が軽く返事をし、捜索を続ける。
「取り敢えず二手に分かれるぞ、楓。もし俺が通報者を見つけ次第お前に連絡する。十秒以内に返事が無ければ戦闘中とみなしすぐさま保護するぜ」
「分かった。僕も同じ手段を取るからよろしく」
勇太郎の提案に賛同した楓は、勇太郎と拳を合わせると彼の反対方向へバイクを駆る。
「マジで真っ暗だからな、気を付けろよなー!」
「そっちも!」
お互いを激励し、捜索を再開、発見を急ぐ。
――
捜索から十分、通報者とラフム、どちらにしても未だ見つからず、速やかに発見したい所だ。
(通報者の安全が保証出来ない・・・…このままじゃ危ない)
通報者が見つからない焦燥感からか、ライダーの感覚、神経が研ぎ澄まされ、周囲の物音全てを聞き分ける程の聴覚が働く。ラフムとなった事によって常人を越えた超感覚が覚醒し、膨大な情報が脳裏を駆け巡る。そして―――物音。
荒い息とまばらな足音。そして微かに聴こえる女性のうわ言。通報者ではない? 楓はそう思いつつも凄まじい聴力を頼りにその声の元へとサイクロンを走らせる。
森林が切り開かれ、丁度月明かりが煌々と照らしている野原に、ひどくやつれた姿の女性が立っていた。