「もう大丈夫です!」
暗がりの森林の中で彷徨っていたスーツ姿の女性は突然の明かりと仮面のライダーに動揺を隠せず息を荒くしている。
「一応聞きますけど、ラフム…怪物を見つけて通報したのはあなたですか?」
女性は唇を震わせながら首を横に振る。その恐怖はラフムへの恐怖、と言うよりライダーの姿への恐怖の様に感じられた。勇ましい鎧の戦士と称されていたその容姿とて非日常と言う恐怖に結び付くのだ。そこに気が向かなかった事を反省しながらライダーが変身を解除する。
「僕は今巷を騒がせている怪物、ラフムを倒す仮面ライダー、霧島って言います。この付近にラフムが出現したのでここは危険ですから、一緒にここを離れましょう」
そう言い放つと楓は勇太郎に通報者ではない被害者を発見した旨を連絡する。あちらも戦闘中では無かったのかすぐに応答する。その後女性をライドサイクロンの後部に乗せて走り出す。が、その女性は待って、と先程からは想像も出来ない大声を出して彼の歩みを止める。
「私…死にに来たんです。ここで死ななければ帰れないし、帰っても居場所なんて無いんです」
震えた声でささやく。その言葉に思わずブレーキする。
「生きていればきっと良い事がありますって。こんなに辛い気持ちで終わるのはあなただって嫌な筈です」
「あなたに何が分かるんですか……生きていたって辛い事しか無いなら、もう死ぬしか無いじゃないですか」
夜の森はひどく静かだ。女性の言葉を響かせる静寂がさらに楓の心を締め付ける。
「……僕に出来る事は無いかも知れませんが、お話を聞かせて下さい。僕には、あなたの命を守る責任があります」
意を決して口を開く。そして再び走り出す。ラフムの聴力と視力を頼りにこの森を抜ける道を進む。
――
その女性は、職場でのミスが原因で周りから疎まれる様になり、とても働ける状態には無いらしい。この事を相談出来る友人らも今では疎遠になり、家族ともまともに連絡せずにいたので逃げ場所を失ったと言う。一人でいる時間がやがて地獄になり、生きる事への執着も薄れてきたのだと言う。
「本当は私、機械工学の研究職に就きたくて勉強していた筈なのに、私を取ってくれるラボを十個探しても百個探しても、無くて…いつの間にか働きたくも無い所にいました…私の本当の夢は、もうどこにも無い……」
「ありますよ」
渡のふとした一言に女性は目を大きく見開く。自分を乗せ走る彼はただ前を見つめていた。
「僕の属している組織では怪人の研究を行っているんですけど、人手が本当に少なくて。科学的知識のある人材なら誰でも受け入れるって言ってました」
そう言いながら楓は毎日忙しく駆け回っている藤村を思い出す。
「あなたの居場所は僕らがまた作っていきますし守ります。だから、死のうなんて思わないで下さい」
「どうして、そこまであなたは私にしてくれるんですか?」
「僕は―――仮面、ライダーだから」
理由はただそれだけ。
皆を守るヒーローとしての自分として生きる事こそが楓がラフムとして復活した意味だと彼自身が思っていた。
ラフムに襲われたあの時既に自分は死んでいた。仮面ライダーとして戦い、人を守る存在だからこそここに生かされていると思っている。
「仮面ライダーは皆を守ってラフムと戦う、戦士なんです。僕にしか出来ない使命なんです。例えあなたが死のうと思っていても、僕が絶対に守りますから」
そう言い放つと、差し込んできた電灯の光の元へと進み出す。
「生きている限り、いつかは自分が生きている意味とか生きてて良かったって思える時に出会えますから」
ありがとう、小声でそう囁いた女性はもう何も言い返さず、泣き言も言わなかった。
「やっぱり私、生きていたかったのかも。さっきも実は怪物に襲われそうになったからここまで逃げてきたんです」
「! そのラフムとどこで会ったかとか分かりますか?」
「それなら……待って、確かさっき見つけた所は公道に続いてて―――」
「――――――ッ!!」
やっと森を抜けられると思った矢先、公道への出口を塞ぐ様にラフムが現れた。恐らく今回の通報にあった、女性を襲った個体と思われる。どうやらラフムが出た道に渡らも出てしまったらしい。
小刻みに震える女性に大丈夫、と落ち着いた声で楓が告げると、ライドサイクロンを止めて、目の前のラフムに立ち向かう。
「あなたはここで待ってて下さい。じきに僕の頼れる仲間が助けに来てくれます」
「あのラフムは…僕がなんとかします」
《Account・Winning》
ロインクロスを装着。それと同時にホルダーからウイニングイートリッジを取り出す。
《Winning》
イートリッジを起動。ロインクロスに装填しブートトリガーを取り外す。
「変身!」
《Change・Winning》
ブートトリガーをロインクロスにセット、勇ましい口上と共に緑の鎧を身に纏う。
「正義を叫びライドする仮面の戦士―――」
いつもの台詞を叫ぼうとした途端にラフムが攻撃を仕掛けてくる。
「その名をまさしく……」
ラフムの攻撃をかわしつつも一撃を与えると目の前のラフムに、そして後ろにいる女性にも訴えかける様に言い放つ。
「仮面ライダー!」
たなびくマフラー、月明かりに照らされる体躯、闇の中でなお輝く赤い瞳。
人の命を守るヒーローの姿が、女性の目に光を取り戻す。
「仮面…ライダー……?」
「絶対に守りますから。あなたの命を、あなたの未来を」
仮面ライダーの目の前に立ちはだかるラフム、鹿の様な二本の鋭利な角から
「これよりお前をオリジン個体、ディア―ラフムと認定。撃破後保護させてもらう!」
仮面ライダーの高圧的な宣言はディア―を激憤させる。それを見越していたライダーはウイニングの力を纏わせたバレットナックルで牽制しつつ、弱点を探る。が、そのパワーに圧倒され押し負ける。
「パワーにはパワー…こいつだ!」
《Rock》
《Form・Change・Rock》
仮面ライダーがロックフォームに姿を変える。土色の堅牢な鎧に包まれた重厚な体躯が、ディア―の突進をねじ伏せる。その剛力にディア―がひるみ、体勢を崩す。
《Rock・Crush》
ロインクロスに装着されたブートトリガーを2回引く事によってロックフォームの力が解放される。土色の粒子に包まれた剛腕がディアーの体に衝突し、そのまま地面に拳を打ち込み、ディア―の体を地面に埋め込む形になる。
ロックフォーム渾身の一撃がディア―に直撃し、殲滅に成功したかに思われたが、強靭な鎧に守られていたためにとどめを刺すには至らなかった。それに加えて鎧を失ったディア―は機動力を増し、ライダーを翻弄する。そして自慢の角がライダーの腹部に貫通する。
「か、仮面ライダーッ!!」
女性の狼狽えた声にライダーは大丈夫、とかすれた声色で答えると、そのままロックフォームの巨大な拳で角を粉砕する。その衝撃でディア―の角がライダーの体から抜ける。
「どんなに傷付いたって……僕は負けない! 仮面ライダーを呼ぶ声が、聴こえる限り!」
《Pale》
ホルダーから取り出され起動したのはペイルのイートリッジ。敵でありながら大切な人を守ろうとした孤独な怪物の置き土産。あの日自分にありがとうと言ってくれた彼を忘れはしない。
《Form・Change・Pale》
仮面ライダーが淡い青色の鎧に装いを変える。シンプルなデザインの装甲に魚のヒレの様な部分の見える戦士。
ライダーの新たな姿、ペイルフォーム。地面や水面、ありとあらゆる場所に潜航し、音も無く忍び寄る奇襲。それこそがペイルフォームの能力である。
周りの木々や地面を縦横無尽に”泳ぎ回る”ペイルの姿をディアーは追い切れず視線をせわしなく変えていく。
ディア―の背後から、上から、死角から。鎧を失い防御力が著しく低くなったディアーに猛攻を繰り返す。
「ペイルのパワーは控えめだ……さっさと終わらせる!」
《Pale…Impact!》
ペイルの力を最大解放。液状化し波紋の広がる地面の中心に立つディア―が沈没する。その中は水中に様に流動し、体がさらに沈んでいく。元が地中のために視界は遮断され、もがいても意味無く沈み続ける。
何も見えず身動きの取れなくなったディアーに、強い衝撃が走った。地中に潜航していたライダーによる蹴りがディア―に突撃し、通過していく。かと思いきや方向を転換し再びディアーに蹴りを見舞う。その速度は増していき、蹴りと方向転換を繰り返しディア―に連撃を放つ。
一体どれだけの攻撃を行っただろうか。ディア―が地上に上がる頃には、何十発もの蹴りがディア―の体を粒子化させていた。
「ラフム、殲滅完了……」
ライダーが着地と同時にディア―にさせられていた男性を受け止めて保護し、成分の入っていないブランクイートリッジにディア―のエネルギーを持った粒子を吸収させ回収する。
「ふぅ、これで本当にもう大丈夫です。あなたが怖がるモノはありませんよ。今夜、あなたが生きたいって願ったからこそ僕が間に合った。生きようと思っていればいつか誰かが手を差し伸べてくれます。世界は多分、そう言う風に出来てます」
変身を解除した楓が振り向きざまに笑って言う。女性はなんだか今まで死にたいと思っていた事がひどく些細に感じられた。
「仮面ライダー、あなたのおかげで少し勇気が出ました。さっき言っていた所、紹介して下さいね」
「元気が出たなら良かった。組織でお待ちしてます」
笑い合う二人をバイクの光が照らす。たまたま通りかかりにいた通報者を保護した勇太郎がこちらに手を振っている。それを見た楓と女性が手を振り返した。