十一月二十日、午前十一時五十分。
楓は、今日も今日とてバディの研究所で技術顧問、藤村の開発に協力していた。
彼女は今までのライダーの戦闘データを基に、楓―――仮面ライダーの動きをトレース、ライダーの戦闘補助回路の開発をついに完了させたのだった。
「お疲れ様、霧島君。これで仮面ライダーを複製するためのデータ収集が終わったわ。後は火島君の持ってるイートリッジの解析とライドシステム接続の最適化ね」
そう言われても楓にはさっぱり意味が分からないが、彼女の助力になっている事が容易に伝わる。
「霧島さん! ペイルの元となった人が目を覚ましました!」
変身を解除した直後に研究所に職員が駆け込んできて、開口一番に言い放ったその一言に楓が目の色を変える。
「藤村さん、僕ちょっと行ってきます! あの人なら、きっと僕らに協力してくれますから!」
そう言い残すとあっと言う間に楓がいなくなってしまった。
「霧島君もせっかちね…まぁ何事も時間が惜しいのは分からなくは無いわね」
一人で呟きつつ藤村が手元の携帯で、昼食を買いに行っていた勇太郎を呼び出す。その要件は勿論、彼の所持するイートリッジの解析であった。
――
ペイル―――以前神田川で戦闘した淡水魚型のラフム。病床の恋人を助ける代わりにラフムとして戦っていた。人を殺す事では無く、人を助ける為に悪の道を歩んだ彼に、楓は複雑な感情を持っていた。
楓が聴取室で待機していると細身で丸刈りの男、ペイルこと
「淡路島さん」
「ペイルでいい。今の俺はそれ以外の何物でもない」
「いいや、あなたは淡路島勇魚さんだ。そう名乗る資格が、人間であろうとする資格があなたにはある」
楓の語気が強くなる。例え彼がティアマトに加担していたとしても、他のラフムと違って自分の意思を持ち、誰かの為に戦っていた彼は、紛れも無く人間だ。楓は淡路島を怪人では無いただの人間として、彼を助けたいと願った。
まず彼の恋人の身元を確認して治療と警護を優先させる。もしかしたら手遅れかも知れない。裏切り者への報復として彼女の命を奪っているかも知れない旨は淡路島に伝える。が、彼は恐らく大丈夫だろう、と呟いた。その自信に楓は根拠を問う。
「ティアマトの中に俺の事情を知る仲間がいる。そいつが俺にもしもの事があっても恋人を守ると言っていた」
「でも、ティアマトは人を殺してラフムを増やそうとしています。そこに属しているのに信頼は出来るんですか?」
「アイツも妹を人質に取られていると言っていた。俺と同じく病に苦しめられているそうだが、どうも事情が複雑らしい。詳しくは聞いてないがな」
ティアマトの仲間に淡路島の仲間がいる…その情報に楓の目が光る。
淡路島は楓がティアマトについて知りたがっている事に勘付き、更に話を深める。
「…とにかく、そいつはティアマトの中でもトップクラスの実力を誇っている。だから組織もアイツが妙な動きをしても放っているみたいだ。その点俺は昔自衛隊に入隊していて、腕も立つと言われていたが、人も殺せなかったし、嫌々仕事をしていたのもすぐ分かっただろうから消されるのも時間の問題だっただろうな」
「一体何者なんです? その仲間って言うのは」
「―――”サンダー”。俺達はそいつをそう呼んでいた」
サンダー。淡路島の言うそのラフムは、ティアマトの使命を果たさない裏切り者のラフムを始末する役目を担っているらしい。自ら進んで表舞台に出るやり口は好まず、人が多く集まる場合は蝶型のラフムに指示を下していた。その為に淡路島を消しに来たのもサンダーの配下、蝶型ラフム…撃破後に呼称された名で呼ぶならば”バタフライ”であった。
だが、サンダーはそれを見越していたからこそ恋人を守ると約束した、と淡路島は語った。
「それは本当に信頼に足るんですか? 僕にはそれはどうも都合が良い話に聞こえます。裏切り者を始末するって言うなら淡路島さんの恋人を狙ったっておかしくないでしょ?」
「と、最初は思ったさ。だが…アイツは悪人の目をしていなかったんだよ。人ってのは大抵目を見ればどんなヤツなのか分かる、特技みたいなもんだが……なるほど、お前の場合は責任感が強い」
楓の目をじっと見つめた淡路島がそう評価する。が、これ以上は話が逸れると苦笑いしながら椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げる。
「サンダーは、お前みたいに真っ直ぐで、何かを守ろうと必死になってる目をしていた」
淡路島がそう呟くと、唐突に話を変える。
「なぁ仮面ライダー。お前はもし大切な人がティアマトに捕まって、人を殺さねぇと大切な人を殺すって脅されたらどうする?」
「僕は……」
楓が押し黙ると、同行していたバディ職員が淡路島の言動を注意すると共に、彼がラフムになった経緯を聞くように楓を促す。淡路島の質問は煮え切らない形で終わってしまったが、今は淡路島から多くの情報を得る事を優先する。
「―――俺がラフムになった経緯か。重病になった恋人を治療する代わりにラフムとして人を殺せと……そう、まるで仮面ライダーみたいな黒い鎧と仮面の奴に言われたのが始まりだったな」
――
今から半年前、五月頃。恋人が心臓を患ったと聞いて、淡路島は恋人のいる東京の病院から近い裏路地で途方に暮れていた。彼女の医療費は自分の稼ぎだけでは絶対に払い切れるものでは無かった。
これからどうしようか。放心したまま淡路島が人気のない道を彷徨っていると、いつの間にか日が暮れて、夜になっていた。
「もう遅いな……明日の仕事も休めないし帰るか」
淡路島が暗い空から目線を下げると、目の前に黒い鎧と頭全体を覆うヘルメットの人物が立っていた。
あまりにも突然の事に驚きを越えて立ち尽くしてしまった。
「淡路島勇魚。お前の困窮は知っている。我々”ティアマト”に協力すればお前の恋人を救う資金を提供しよう」
しばらく口を大きく開けたままの淡路島だったが、ようやく正気を取り戻し、その黒い鎧に問い掛ける。
「いきなり出て来てなんなんだよお前……なんかの勧誘か? 神にもすがりたい気分だがそう言うのは興味無いぞ、そんな仮装でビビらせやがって」
「これは前金だ」
そう言うと黒い鎧は持っていたアルミ製の鞄から札束の入った分厚い封筒を取り出し淡路島に渡す。
「確認しろ。間違いなく現金だ。それで十分ならくれてやるが、足りないなら後は自分で稼ぐか。恋人をすぐにでも助けたいと思わないならばそれでも良いのだろう」
「―――時給いくらだ。それとも出来高か?」
淡路島が札束を握りしめると黒い鎧に強い口調で問い質す。
「足りねぇなこんなんじゃ…お前が何者なのかは知らないが、俺の経歴を買って言ってるんだろ。自衛隊つっても富士山のお膝元で走り込んだのが精々の活躍だぞ」
「それも調べてある。戦力ならばそれで十分だ。ティアマトの露払いにはな」
そのティアマトがどの様な組織なのか明確化されていない事には淡路島も首を縦に振れない。もっと詳しい情報を黒い鎧に求めると、先程の鞄を無造作に投げられた。
「その中に組織の概要が記されている。明日の午前六時、お前の家の前に一台バンが来る。その資料の中のIDカードを運転手に見せればすぐに拠点に連れていくだろう。バンの到着から十分の内にお前が姿を見せなければすぐにそこを離れ、二度と来ない。どうするかはお前の自由だ」
そこまで言うと黒い鎧は最後に自分の名前を名乗り黒いもやの様に霧散して消えた。
しかしその場に残った鞄と本物の札束が今のやり取りが現実である事を物語る。
先程黒い鎧は自由だと言ったが、淡路島の心は既に決まっていた。
――
「言わずもがな俺はそのバンに乗った。いや、乗せられていたと言うべきか。それが運の尽きだった訳だ、金も結局貰えてないし」
淡路島がそう言って大きな溜め息をつくと、机に拳を叩き付けた。
「俺は、俺の希望を裏切ったあの組織を……そして、俺を甘い言葉で