十一月二十八日、午後三時。東京都北区。
都立赤羽医療病院―――。
「
「いや、いい。場所は分かってるから」
「そうですか…分かりました。そしたら病院を出る際にまたこちらにお願いします」
「ああ。ありがとう」
病院の面会受付窓口にて、高校生位の少年が素っ気無い態度で看護師に一礼すると、エレベーターへと歩を進める。
この病院のエレベーターにはセキュリティ用のカードリーダーがあり、専用のカードをかざさなければ地下階へ移動する事は出来ない。ホラーアクションのギミックじみた仕組みだが暁雷電少年は懐からカードを取り出し難無く地下へと下降していく。
薄暗い地下の奥深く。戦時中の防空壕を基に作られたこの特殊な病院には、通常の病院には無い地下の入院治療施設が存在している。そこでは現在の医療では治せない、いわゆる奇病の患者が入院している。
その中には世界においても治療法が確立しておらず公開すらされていない症状まである。故にカードを所持している者しか立ち入れない場所と相成っているのだ。
雷電がこの厳重なセキュリティに守られた秘密に立ち入れる理由は一つ。ここに彼の家族が入院しているからだ。
暁
「響……お前をまた元気にする為に俺は、何だってしてやるから―――負けるな」
「俺も、絶対に負けないから」
相手に聞こえていない事は重々承知しているが、その気持ちがいつか伝わると信じ、声をかける。
一息つくと、近くにあるベンチに座り、俯く。
雷電の抱える責務と、自分の本心との衝突が重くのしかかる。そのプレッシャーは年若い少年の抱いて良い物では当然無かった。
と、彼の沈痛な表情を打ち砕く様に快活な声が病室の廊下に響く。
「お前は、サンダーじゃねえか」
サンダー。サンダーラフム。自分の異名を知る者がここにいる事実に雷電は動揺しつつも警戒する。
ベンチから腰を上げ、臨戦態勢を取る。が、サンダーの名を呼んだ相手である長身の男は身構える事無く両手を上げている。
「ここは病院だぜ? 俺はお前に会いに来た訳じゃない」
そう言うと男は緩めなズボンのポケットから名刺入れを取り出し、中の名刺を雷電に差し出す。一方の雷電は警戒しつつも彼から名刺を両手で受け取る。
渡された名刺には”バディ機動隊長 武蔵大護”と大きく書かれていた。
「サンダー、って呼ぶのは今は良くないな。…暁雷電。俺はバディの人間だが、今お前をどうこうするつもりはねぇ」
「武蔵…さん? …ああ成程……。アンタはあっちの見舞いか」
雷電が響の隣の病室を見ると、そこでは響に良く似た症状を持つ患者が死んだ様に眠っていた。
霧島楓。雷電との戦いにおいて彼の猛攻と激しい負荷を受け意識不明となっている”仮面ライダー”。
「アイツ…楓も無理しすぎだ。あのベルトの引き金は何度もカチャカチャ引いて良い代物じゃねえって先生が言ってたぜ。暁、お前もだ」
「敵を心配してるのか?」
「ああ、心配だ。お前だってラフムとは言え体は傷付くし痛いだろ。それにお前の所の事情は調査済みだ。余計なお世話だろうが心配しない訳がねぇ」
大護は沈痛な面持ちで鼻息を荒げた。彼の同情する様な態度に雷電が眉間にしわを寄せる。
「何が心配だ! 俺の事なんて、響の事なんて大して知らない癖に!」
「おっと、ここは一応病院だから静かにな」
雷電が舌打ちしながらベンチに再び腰掛ける。
「俺の事を調べたって言うなら知ってるだろうが、推察の通り俺は大人が嫌いだ。子供は弱いってすぐに図に乗る、都合の良い道具だって思ってやがる!……」
「……喋り過ぎた。こっちから話さなくても調べてくれるんだろ。俺の事を知ってるならほっといてくれよ」
ばつが悪そうに雷電が大護を睨み付けながらその場を後にしようとする。そんな彼を大護が呼び止める。
「なぁ、ここにまた明日、同じ時間に来てくれないか。俺達はもっとお前と話したい。調べただけでお前の事なんて分かる訳ねぇからよ」
「少なくとも俺はお前と妹さんを助けたい。その為にお前らの事を知る。―――そうだな、お前を引き取った野郎はそれをしなかったんだよな」
大護の言葉に雷電は何も返さず帰る。窓口で挨拶をすると、駐輪場に止められたバイクに乗ると、颯爽と駆けていく。
強い風を受け、その冷たさに目を細めた。
「……響、俺は、俺は―――」
――
八ヶ月前、暁一家は、旅行先だった静岡の山奥にてラフムに襲われた。
周りに何も無い小屋では誰も逃げられず、阿鼻叫喚の中、怪物に惨殺された。
父母は胴を引き裂かれ即死、響は心臓を突かれて生死不明となり、妹をどうにか救わんと手を伸ばす雷電もラフムの巨脚に踏みつぶされて死亡した。
―――筈だった。
ラフムとして覚醒した雷電はその力を制御出来ずに暴走し、目の前のラフムを撃退した。そしてその耐え切れない程の電力を、妹に、流し込んだ。
結果的に、そのラフムから生成された電気が生命維持能力を持っていた為に妹の命を寸前で救った事になった。
が、その電気を解除してしまえば再び響は瀕死となる上、怪物となったその身で妹に手をかけた恐怖は残り続け、その力を畏怖した。
しばらくして撃退されたラフムから情報を受け取ったティアマトの人間が雷電と響を保護した。響は病院に預けられ、雷電は熊に襲われて生き残った子として彼の親族の元に身を寄せる事となった。だが、”中学生など手がかかる”と誰も引き取ろうとせず、たらい回しにされた結果遠縁の中年男性が彼の養父となった。
その男は彼に食事を与えず、学校にも行かせず、ただ自分の都合の良い様に働かせた。食事を摂らなくても平気な彼に苛立った男は暴力を加えたが、ラフムである雷電の傷は瞬く間に修復されていく。常人離れした身体機能を持つ雷電に養父は恐怖と怒りを表し、日々彼に暴力を振るい続けた。
雷電は養父を殺してしまおうかと考えたが、自分の能力を再び使うのが怖くて何もせずにいた。
地獄の様な生活が始まってから二ヶ月、今から半年前。雷電は唐突にティアマトに呼び出された。待ち合わせ場所に現れた黒いワゴン車に乗せられ、しばらくすると古びた倉庫に到着した。
雷電が車から降りると、倉庫から白衣を着た老人と黒い鎧―――藤村金剛が彼を迎えた。
「よう、暁雷電。いいや、サンダー」
藤村がそう軽々とした口振りで言うと、警戒する雷電を見向きもせず倉庫の中へ入っていく。
「君が暁君か。ワシは武蔵と言う。君も知っているであろうこの組織、ティアマトで兵器開発を行っている者じゃ」
老人、武蔵博士が雷電に声をかけると、倉庫へと案内する。
「君がラフムとして覚醒してからティアマトは君の寝食の保障をしながら戦力とする為の準備をしていた、と聞いているが……少し気になって少し前に君の家を見に行ったんじゃが」
「ワシの様な老いぼれが計り知る事の出来ない酷い有様じゃな」
博士の言葉に雷電は顔を落とす。
「そう思うんなら俺を助け―――いや、何でもない」
「君はあの生活から抜け出したいんだじゃろ、少し見ただけでも分かるわ」
「だったら、もうあの生活に戻らなくても良い。あの力さえ使ってくれればな」
博士が指した先には、作業台の上に黄の鎧が並べられていた。
「あれは……鎧?」