兵隊アントラフムが群れを成して楓らの病室へと押し迫る。
エレベーターを突破出来ずにいたアントだったが、一階の状況を知らずしてエレベーターが降りて来てしまったのである。
乗っていた医師や患者はなだれ込んできたアントに押し潰され、重量を超えたエレベーターはブザーをけたたましく鳴らしながら急降下する。重さに耐え切れなかったワイヤーが千切れてしまったのだ。
エレベーターの中にいた一部のアントは転落してしまったが、一階にいたアントらが転落し山の様に積まれたアントを踏み台にして地下へと着地していく。
――
「―――ここは」
楓が目を覚ますと、優しく波打つ音の聞こえる白い砂浜で横たわっていた。
体を起こすと、足を見てみる。どうやら傷は無いらしい。
「僕は確かサンダーと戦ってボロボロにやられた筈じゃ…」
「ここが”神の世界”故」
砂を踏みしめながらゆっくりと歩いてきた白髪の青年がそう答える。が、楓は首を傾げると、彼の言葉を無視して海を見つめ始める。
「聞け、霧島楓!」
「うわっ、僕の名前知ってるんすか!?」
「まぁ、神だからな……」
青年が眉間にしわを寄せ、溜息をつく。だが状況を飲み込めずにいる事も理解し、砂浜に座り込む楓の隣に座る。
「霧島楓。貴様は人類初めての仮面ライダーとして戦い、敗北し、その結果この神の世界に漂流した」
「貴様の力が人から遠のいてしまったが故に意識の消失が引き金となりここへ辿り着いたのだ」
「さっきから聞いてたら、いきなり、なんで、神様が出て来るんですか?」
「それは―――ラフムと言う存在が、神と世界の理に触れているからだ。神話における新しき神の名。それらを生み出した母なる神はティアマト、そしてのその
「意味が分からない……」
楓が眉を八の字に曲げると、何かを思い出した様に立ち上がる。
「そんな事より! 僕、早く起きないと!」
「残念だったな、霧島楓。貴様は暁雷電によって雷を全身に纏った。それを取り除かない限り意識が戻る事は無い」
「そっか…サンダーの……でも、それでも! 僕を、仮面ライダーを、皆が求めてるんです!」
「仮面ライダーなら、貴様以外にもいる」
自らを神・アプスと名乗る青年が指を差す。その先の海が波打つと、映像を映し出す。
そこには仮面ライダーバーンが戦う姿が映っていた。
その映像が真実かどうかは分からない。夢かも知れない。だが、楓はこの”神の世界”が自分に外での状況を伝えているのだと直感した。
「ラフムから人を守る役目は貴様の知己、火島勇太郎が担っている。それでも行くのか?」
「勿論です。一人より二人でしょ」
「なれば、貴様はどう征くと?」
「え? あぁ、目覚める方法すか。うーん、考えられるのは……」
楓は、自分の状況を良く理解出来てはいないが、アプスの語る言葉は正しいと感じた。だからこそ彼の問いに精一杯思考を巡らせる。
サンダーの持つ雷の力。それを取り除ければ良いのだろうが、どうするのか。
電気は導電性の物同士が触れる事で逃がす事が出来る。日常で言えば静電気防止シートやタッチペンがその例だろうか。
「僕の体に雷を逃がせる様なモノを繋げれば良いんじゃないですか?」
「方法がそれのみなれば既に貴様は目を覚ましているだろう」
確かに、と楓が返すと、再び唸りながら考えるが思い付かない。
これは夢だと考えて飛んだり変身してみようとするが何も起こらない。現実と至って変わらない。
「貴様はまだ知らない。貴様が真に”目覚める”方法も、世界が何で出来ているかも」
「意地が悪かったな。霧島楓、目覚める方法を貴様はまだ分からない」
アプスが少し微笑んでから頭を下げる。横柄な態度の割には誠実で楓は少し戸惑う。
「今の貴様は、未だ無垢な人の子でしか無い様だ。貴様が更に力を持ち、知識を得た頃合いにまた会おう。貴様こそが、私の過ちを、
彼の意味深な言葉の意味を楓は問い質そうとするが、体が急に浮いてその場から離れていく。
「ちょっ、えっ、まだ聞きたい事が!」
「いずれ会える。その時には貴様に話せる事も増えているだろう。衡壱にもよろしくな」
衡壱―――長官の名を発したアプスに楓はその意味を問う前に神の世界は白いもやに包まれていく。
強い光に照らされ、楓は目を瞑る。次に目を開いた時には、白く殺風景な場所にいた。
まだ体は強い電流に覆われ、身動きが取れないでいたが、辛うじて口は回るらしい。
「あ…ここは、病院……?」
「霧島さん! 霧島さん!」
楓が声の方を向くと、ブートトリガーに似た黒いアイテムを持った女性が立っていた。天井のLED灯による逆光を受けてその姿はおぼろげにしか見えないが、自分を見つめて、強い気持ちを持った視線を送っている事は理解出来た。
「霧島さん、ラフムの大群がここまで迫っていて、その、みんな死んじゃいます!」
その言葉に楓は飛び起きようとするが、体が電撃に阻まれ動けない。それを見た女性は先程まで作成していたと思わしき手に持つアイテムを楓の手に置く。と、楓自身に痛みを伴わせながら彼を覆っていた電流がアイテムに収束し、そのアイテムは黄金色に変わる。
「今やっと完成しましたから、これでもう大丈夫です。ここにライドツールはありませんが、このアイテムは持っていて下さい」
「は、はあ……」
楓がようやく動ける様になった体を起こしながら女性の姿を見る。すると彼女に見覚えがあった。
「あなたは!?」
「はい、
異形の唸り声と足音が近付いてくる。ここが病院なのは風景から察した。だとすれば他の患者、そして彼女が危険な状態にある。女性が言っていた通り、このままじゃみんな死んでしまう。
「ライドツール無いんでしたよね……あの、こんな状況ですけどお名前聞いても?」
「あ、私は
「ありがとうございます、千歳さん。これから起こる事、どうかビックリしないで下さいね」
「変身ッ!」
その掛け声と共に楓の周囲を緑色の粒子が包む。楓の姿は瞬く間に異形へと変貌していった。
「…ビックリしました?」
「ええ、少し。でも、霧島さんはその力で私達を守ってくれていたんですよね。だったら怖くなんかありません」
「……ありがとうございます」
楓の変貌した姿、ウイニングラフムは少し頷くと、病室の扉を開け、足音のする先へと走る。
病院の廊下に響き渡る一体の怪物の叫び声が、他の怪物らの声を掻き消す。
――
午前十時五十三分。
楓らの入院していた病院に群がるアントを撃退する為、バディの要請を受け陸上自衛隊が出動していた。
人手不足故、ここに辿り着いた自衛隊員はたった二人だった。
「先輩、俺達元々補給隊で戦闘する筈じゃ無かったんじゃないんですか?」
「そう言ってもな! ここに一番近いのは俺達だったんだからよぉ」
自衛隊の通常支給兵装である89式小銃を乱射しながら隊員らが話している。この病院に程近い地域に配置されている十条駐屯地からの応援ではあったが、彼らの言う通り元々は補給本部として機能する部隊の所属する駐屯地であった。が、この状況では可能な限り戦える人間を全員戦闘要員として配属する他無かった。
その必要性を彼らは理解している為に、悪態はつくがこの病院の残っている民間人を守る為に戦う。その意志は仮面ライダーと何ら変わらない。
「っ…! タマが切れました!」
「替えはッ!?」
「ありませんーッ!!」
最初に弾切れを起こしたのは部下と思われる男性だった。間も無く上司の男性も銃弾を切らし、アントに囲まれる。
ここで命尽きると覚悟した二人は体を強張らせ目を閉じる。が。
「あれ…? 生きてる……?」
部下が呟くと、上司も目を開ける。先程まで周りを囲んでいたアントが消滅していた。
辺りを見回すと、アントを蹂躙する怪物の姿があった。
「あれもラフムですか!?」
「ああ、だがアイツは―――」
アントを大方倒した後、その怪物は動きを止め、自衛官らへサムズアップする。
それを見た上司の隊員が敬礼をする。部下もそれに釣られ敬礼する。
「アイツは、ヒーローだ」
その
霧島楓の復活。
それはこの地獄を終わらせる始まりの合図となる。