コードネーム・ディグラフム。
掘削能力に秀でたモグラ型のラフムであり、瓦礫に埋まったティアマト幹部を救出する為に派遣されたビルダーラフムである。
ディグは右手の鋭利なドリルを高速回転させると、御剣家の銃撃を諸共せずに掘削活動を開始する。
「…このタイミングで掘り出し特化のモグラ野郎が出て来るって事はティアマトの他の連中がこさえたビルダーラフムだな」
勇太郎が分析すると、彼と同様の判断をした楓がその様だね、と返し研究室の空洞から地上へ飛び降りる。狭小な足場を活用して巧みにディグの元へと着地した二人は、敵に視線を合わせる。
「出たな、仮面ライダー」
悪役じみた台詞を吐いてディグが警戒する。が、ディグは彼の前に位置している瓦礫を自慢の右腕で破砕し、目くらましと掘削を両立する。今回の目的は幹部の救出、奪還である。ライダーと交戦して負傷ないしは撃退されてしまえば目的達成は不可能になるだろう。つまりは”逃げ”の判断であるが、それが功を奏し、ディグはライダーの攻撃を受けないままに地中から人を発見する。
全身が瓦礫に押し潰され、生存しているとはにわかにも思えない肉塊を見つけ、ディグは溜息をつく。
「これ、ラフムでも復活出来んのかよ……」
が、挫けずにディグは腰に巻き付けていたポーチから連絡用のトランシーバーを取り出す。
「”エイド”、目標と思われる肉は見つけたぞ。これで俺の仕事はおしまいだよな?」
「ええ、あと5分でも遅れてたら無理だったけど、早めに見つけてくれてアリガトねん。後は何とかするから、お疲れ様」
女性の口調から発せられる男声が特徴的な連絡相手はディグを労う。それを受けてディグは早急にその場を立ち去ろうとするが、地上には楓と勇太郎が立っていた。
「待てよお前、何も無しで帰らせる訳にはいかねーぞ」
勇太郎はウェアラブレスを使おうとする楓の腕に触れ、首を横に振る。暴走の危険があるアイテムを使わせまいとする勇太郎の思いを汲んで楓は一歩下がる。
「それじゃあ行くぜ―――変身!」
勇太郎が全身に力を込めると、赤い粒子を周囲に発生させ、その体を勇猛な異形へと変貌させる。勇太郎用ライドツールが完成してからはなりを潜めていたバーンラフムが雄々しく叫ぶ。怯むディグを睨むと、足の筋肉を隆起させ一気に瞬発すると、バーンは既にディグの真正面、ゼロ距離に迫っていた。
ディグが咄嗟に逃げようと判断した頃にはバーンの燃える拳がディグの腹部を殴打し、吹き飛ばされていた。
瓦礫が障害となって吹き飛ばされていたディグは瓦礫に弾かれ、その場に倒れる。その衝撃で人の姿に戻り、到着した御剣家に確保される。
一件落着と息をつく勇太郎だったが、楓は一人でディグの堀った穴へと走る。それに気付いた勇太郎は彼を追う。
二人が穴に到着した頃には既にラフムがバミューダらの治療を完了していた。
「遅かったわね、仮面ライダーちゃん達。アタシはお金を頂かないとだから、じゃーねー!」
逃亡するエイドを勇太郎が追おうとするが、その瞬間に楓が飛び出し、勇太郎の手を引く。すると、穴から強大な力が放出され、付近にいたエイドが巻き込まれる。
彼の断末魔と共にエネルギーの中心から人が現れる。
「ふゥー……ようやく解放されたぜ。これが”シャバの空気はうめぇ”って奴か?」
凝り固まった関節を不気味に鳴らしながら現れたのは、長官と共に爆発した筈の黒木だった。
「―――黒木、お前まさかさっきのラフムに…」
「治療させて貰ったぜ。こんな事もあろうかと幹部連中が治癒系のラフムを用意していたらしいな、お陰様で俺も体力全快でお前らをブッ殺せるぜ」
勇太郎の問いに意気揚々と答えるシャドーだったが、楓の左腕にウェアラブレスが装着されている事を知った瞬間、目の色を変えた。
「お前…! それ俺ンだろ!?」
「どんな物であろうと、力は悪事の物じゃない」
「…一丁前な理屈気取りやがって……俺以外のヤツがそれ付けてるの見てると
シャドーは大きな力を禍々しく変容させ、黒い粒子を纏う。ラフムの姿へと変貌していく様だった。そのおぞましいオーラに動じる事無く楓は敵を見据える。
「勇太郎、下がってて。コイツは多分、フラストルじゃないと駄目だ」
「フラストル・・・?」
「目の前の敵を殲滅する、僕の新しい力だ」
黒木の放つ力に怯まずに真っ直ぐ楓は歩を進めていく。その背中に勇太郎は親友が遠くへ行ってしまう様な不安を感じた。
「もしお前が帰って来れなくなったら、俺が何とかしてやる! だから―――だけど……」
少し言葉に詰まってから、勇太郎は思いの丈をぶつける様に楓へと言い放つ。
「無理すんなよ!」
楓は振り向いて、自分の身を案じてくれる大切な親友に微笑むと、先程再生させたウイニングイートリッジを起動させる。
《Winning》
ウェアラブレスへとイートリッジを装填すると、変身待機音が作動し、楓の気を高揚させる。
「変し―――」
変身、と馴染みの口上を口にしようとした瞬間、楓の全身に悪寒が走る。
その言葉を、英雄の鼓舞を、この力の為に言ってはならないと自分の直感が叫んでいる様だった。
”フラストル”は仮面ライダーなんかじゃない。
その感覚に根拠は無かったが、この力に対する警鐘なのだと確信した。
変身の言葉が出ないままに楓はウェアラブレスのグリップを押し込む。
《Change・Winning・Frustration》
ウェアラブレスから放出される黒い粒子が楓の全身を包むと、その体を蝕む様に吸収されていく。それは激痛を伴い、楓の苦悶と共に鎧が形成されていく。
変貌を続ける楓の脳裏には、憎悪、復讐、恐怖、そうした負の感情が巡っていき、精神を蝕んでいく。募った激しい感情は破壊衝動へと変貌する。それは楓の元来持つ本能や欲求が具現した物である事を示していた。自分でも暴走を懸念していたが、ここまでの獰猛さを持っていたことに驚きよりも絶望を覚えた。
(こんな醜い感情が、僕の本心だって言うんだよな…僕がヒーロー? 仮面ライダー? ……最悪だよ)
自身に蔓延る負の感情に楓は涙を流す。が、その涙を隠す様に仮面に覆われる。それはまるで楓の本心を遮って勇壮な鎧で見た目を取り繕っている様だった。
仮面ライダーフラストル・ウイニングフォーム。シャドーと共通した装甲、ウイニングに近しい形状の角、凶暴な眼光、一層厚い増加装甲で完全に覆われた口部。
ヒーローと呼ぶには甚だしい程の禍々しい黒と緑の戦士は、黒木を見つめて息を荒げる。
「フラストルの力に飲まれやがったか! こいつァ傑作だぜ!」
苦悶するフラストルの姿に黒木が笑みを溢す。その光景に勇太郎はラフムの姿へ変身し、掴みかかる。
「落ち着け楓! お前は…お前は仮面ライダーだろ!?」
勇太郎の叫びは、楓には届かなかった。
自分の真意を知った彼は、自分に仮面ライダーと名乗る資格が無いのだと、そこに辿り着く強さは持っていなかったのだと実感した。
誰かを救うヒーローである以前に、自分は怒りと暴力に勝てない弱い人間であり、恐るべき力を持った怪物であると、そう自分自身に諭された様な感覚があった。
楓はもう迷っていなかった。自分のありのままを受け入れ、誇りや栄誉を捨て、打ち倒すべき敵を定め破壊し尽くす化物としての自分を許した。
自分の感情のコントロールを失った楓が今持っている行動原理は、己の内にしまい込んでいた悪への絶対的な嫌悪感、愛する家族を失った深い悲しみ、自分から日常を奪ったラフムへの憎悪、そしてただただ純粋な正義感だった。