楓が目覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。以前と同じバディの医務室。
だが、前とは違う光景を見た。少し離れた隣のベッドには以前倒したロックラフムの元の人間の姿であった。
「気付いた? 霧島君。病床足らずで保護した人もここにいるわ」
後ろからいきなり藤村の声がするので思わず楓は驚いて声を出してしまう。医務室で叫ぶので藤村がしーっ、と楓をたしなめる。
「藤村さん…いつからここに?」
「さっきからよ。あと、武蔵君も」
そう言って藤村は隣を見る。そこには楓が助けられ、助けた機動隊員の青年がいた。
「
と丁寧に自己紹介をする武蔵に楓はどうも、と簡単に挨拶をしつつ彼に一つ質問をする。
「昨日って、まさかあの戦いから一日経っちゃったんですか?」
「正確には現在深夜一時。まだ一日は経ってないがそれまでずっと眠っていた」
それを聞いてはぁぁ、と楓が溜め息をつく。疲労感よりも不甲斐ない気持ちが勝る。
――
午前七時。あの後からまたしばらく眠っていた楓は長官に呼ばれ、目覚めた。
彼は話したい事がある、とだけ言って楓をある場所へ案内する。
ここだ、と長官に案内されたのはバディの基地から出たビルの屋上だった。
地上十九階から臨む光景は目を見張る物だった。恐らく長官と二人きりで黙ったままの二十分が無ければもっと感動出来たのだろう。
「霧島君、ここから見える景色はどうだい?」
唐突に長官が聞いてくるのでえっ、と楓が言葉に詰まる。
「っと、綺麗です」
「ははは、そうだろう。ここは私のお気に入りの場所なんだ」
そう言って長官は再び目の前に広がる景色を見つめた。視野のいっぱいに見えるビルや街。走る車の中で笑う家族。
「そう言えばラフムの能力、なのか視力も良くなってまして。注視すると沢山の物がここから見えますね」
「へえ…例えばどんな人や物が見えるんだい?」
嬉々として報告する楓に長官は笑顔で問うた。それを聞いて楓はえーと、と街並みを見る。
「……楽しそうにしている家族です。今日は何を食べようか、とか…今日は楽しかったね、とか話しています。…聴覚も凄いんですね」
家族連れを見て少し曇った微笑みを見せる楓に長官はもう一つ、質問をした。
「もし、今君が見ている家族がラフムに襲われるとしたら?」
「絶対に助けます!」
先程とは相反して、間髪入れずに答える楓の頭を長官が撫でる。
「ちょ、長官!? 藪から棒に!?」
「私も同じだ。そしてこのバディにいる人々も同じ事を思っている」
長官は子供の様に無邪気な笑顔で言葉を続ける。
「我々バディは、罪の無い誰かの命が奪われる前に全力で助ける為に誰かの死には涙を流し、誰かが生還すれば歓喜する。そう言う組織だ。無論君の大切な人を守れなかった時、昨日の戦いで出た犠牲に私達は…そりゃもう泣いたさ」
「…え?」
楓が振り向くと、長官は眉をしかめて、苦しそうな顔をしていた。
「本当はあの時、君をちゃんと助けられていれば、と思うよ。だが、今君がラフムで無かったら、死んでいなければあのラフムに勝てなかった、とも思うんだ。”ジレンマ”だね。本来救うべき命を救えなかったのに、それを喜んでいるのさ」
「そんな……」
「さっきまで大層な事を言っていたが現状君に頼る事しか出来ない私達は無責任だ」
その瞬間、楓がそんな事無いですよ! と怒号を飛ばす。
「ラフムになってしまって、家族も友達も失くした僕に生きている価値と意味をくれたのはここにいる人達なんですよ! ただの怪物じゃなくて人の為に戦うラフムでいる事を認めてくれたんですから! …そうか、長官がここに連れて来てくれた意味、分かりました。きっと僕が、この広い世界を守っていかなければならないって事ですね?」
「本当に君は勘が鋭いね。でも…その使命を持つのは私達も同じだ。この世界を守る。それがバディの存在する意味」
僕と同じですね、と楓が笑う。確かに、と長官も続けて笑う。一通り声を上げると、楓は長官に向けて手を差し伸べる。
「えーと、これが契約の証でしたよね? 僕も、この力の存在する意味を求める為に、そして僕の様に大切なモノをラフムによって失くす人がいなくなる為に。だから」
「…共に戦おう、楓君!」
長官が楓の手を固く握り締める。
「協力してくれるって言ってくれたから早速で悪いんだけれど、君にやって欲しい事があるんだ」
「え? やって欲しい、事?」
すると長官はバディ基地用の内線で藤村と連絡する。連絡が終了すると、楓を呼んでそのやって欲しい事の概要を説明する。
「これからこちらへ藤村君が来るから、彼女について行ってくれ。ラフムに対抗する為の新たな装備を作る為の実験台になって欲しいそうだ」
苦笑しながら言う長官に実験台ィ!? と楓が聞き返す。
「いや何、人体実験と言う意味では無くて、その装備はラフムが装着する事によって真価を発揮する代物らしい。私にも良く分からないがね、藤村君の考えている事は」
「何か凄いなソレ…ところで藤村さんって何をしてらっしゃる方なんですか? 装備についても詳しいし医務室にも出入りしているし」
「彼女はバディの技術顧問でありブレイン、さらに医療指揮をしているんだ」
え、と楓が耳を疑う。まさか彼女はそんなに凄い人だったのか? と言った表情を浮かべる楓にそうよ、といつの間にか現れた藤村が呟く。
「藤村さん!?」
「そんな驚く事無いじゃない。とにかく、実験室に案内するわ」
――
「さ、ここが私の実験室よ」
そう言って案内された場所にはガラス越しに見える閉鎖空間が見える。
「ここで…ラフム用の装備を実験するんでしたよね?」
楓が問うと藤村がふふ、と笑う。
「あの、それ笑う事ですかね?」
「ああごめんごめん。その通りよ、霧島君。ただ何だかワクワクして来ちゃって」
そう言うと藤村は実験室の机の上にあったアタッシュケースを取り出した。
さらに彼女が息を呑むと”Tactical・Utility・Tool”と記され厳重に管理されたそのケースを開く。
「何ですか、ソレ?」
「タクティカル・ユーティリティ・ツール…正式名称は”ライドツール”と言うわ。私達が開発した異次元を介して物質を特定の座標へ転送するシステム、”ライドシステム”を使って対ラフム用装甲を転送するアイテムよ」
「え~っと、それってつまり……?」
楓が頬を掻きながら問うと、分からないわよね! と藤村が笑う。飄々とした態度を取る彼女を楓が睨むと藤村はごめんなさい、と謝罪をする。
「簡単に説明するならば、物をどこからでも持って来れる超凄いシステムでラフムと戦うのに適した装備を呼び出せる”スグレモノ”って、所かしら」
今度は楓も納得してふーん、と相槌を打つ。
「それで、これらのギミックを戦闘の中で最大限活かせるのは、ベルト状の物なのよ。しゃがんでいても走っていても扱いやすいのよ」
「成程、そのライド、ツール? でしたっけ。ソイツは腰に巻いて使うんですか?」
そうそう、と人差し指を立てて藤村が答える。
「まぁ、百聞は一見にしかずと言うから。使ってみれば分かるわ」
と言いながら藤村はアタッシュケースを楓に渡す。
「え?」
「え?じゃないわよ。実践で使う為にテストしないと。今からそっちのガラスの向こうの実験室に行って頂戴。私の指示の通り、やってみて」
楓はあ、はい、と呟き気乗りしないながらも実験室に入る。どうなるのかと緊張していると、早速藤村から最初の指示が下るのだった。