十二月三日、午前十一時二十八分。
神奈川県、茅ヶ崎市。
力果てた楓が眠るその街に、偶然にも大護らも降り立っていた。
「暁によるとこの辺って話でしたが?」
「彼のメモを見た限り…ここね」
藤村が視線を配った先は倉庫だった。人が立ち入るにはあまりにも不気味なその場所は武蔵博士が武装開発の拠点と隠れ家を兼用するにはこれ以上無い程の立地であった。
大護が先行する形で拳銃の発砲形態を取りながら中に侵入すると、そこはもぬけである様に閑散としていた。
「誰かいるか!?」
大護が大声で問うが、彼の声が反響するだけだった。
「俺達はバディだ! …クソジジイ! 身柄を拘束させて貰うから大人しく出て来いッ!」
更に声を張り上げて叫ぶと、倉庫の奥から物音がした。その方向へ二人が銃口を向けると、大柄な黒人男性が両手を上げて立ち上がった。
「Oh…痛クシナイデネ」
「親父? 随分変わり果てたな」
「武蔵君、多分別人よ彼」
――
倉庫から唯一出て来た彼は自らをボンバーと名乗り、博士の留守を伝えた。彼が協力的な姿勢を見せた事で銃を降ろした二人はお互いに自己紹介を済ませて尋問を始めた。
「Budy名乗ル人タチ来タラ言ウ事聞ケッテ博士カラ言ワレテタヨ。ソレマデハ誰ガ来テモ返事スルナッテ」
「日本語が話せる様で良かったぜ。それで他に博士から何か聞いてないか?」
「ア、ソウダッタ。藤村ッテ人イタラTop Secret明カシテ良イ言ッテタネ」
手槌を打ったボンバーは独特な言葉で”彼”を呼んだ。
「Dia、Come'on!」
その合図を受けると、倉庫に置かれていた机が横にスライドし、隠し扉となっていた床部分が開いて中から布切れを羽織った男が現れた。
「遂に! 遂にこの時が! 来・た・かーーッ!!」
その雄叫びにも似た声と共に男は布切れを放り投げ、体を大の字に伸ばした。
長らくまともに手入れされていないであろう不格好な髪と髭を携えていたが、藤村には彼が何者かすぐに分かった。
「あ…そんな……まさか―――」
「そのまさかだッ! 我が愛しの妹よ!!」
藤村を指差しながら叫んだ彼の言葉に武蔵も全てを察し目を見開く。
「榛名、待たせたな…」
「…兄さん」
藤村が兄と呼ぶ男―――彼こそが、正真正銘、本物の藤村金剛であった。
「兄さん、間違いないわ、兄さん!」
「榛名! 良くここまで来てくれた!」
兄妹が抱き合い、1年振りの再開を喜ぶ。その光景を見たボンバーと大護から笑みがこぼれる。
「さて、感動の対面もひとしお、榛名、そして武蔵君にも話さなくちゃならない問題が山積みなんだ。少し聞いておくれよ」
「まずは俺が行方不明になった日の事から順番に話すか……」
そう言うと金剛はその場であぐらをかくと顎に手を当てて物思いにふける様に経緯を語り始めた。
――
その日、金剛はボマーラフムと対敵し爆発に巻き込まれた。が、幸運にも生還した彼はボマーと共に爆発による煙の中ティアマトに回収された。ティアマトの隠密活動の能力は極めて高く、煙幕の中だった事も味方して御剣家による追跡には至らなかった。
爆発の影響で右腕を欠損してしまった金剛はティアマトの下でその頭脳の利用と共に新たなるラフム開発の研究材料となった。その際、技術開発を担当していた武蔵博士、助手であった黒木らが身柄を預かった。
意識回復後、武蔵博士と和解しティアマトに潜伏して内部からの瓦解を計画、金剛はその為に自ら実験台となってティアマト製ライドシステム、ウェアラブレスを完成させたが、拉致されて来た外部の人間に技術開発の任を奪われた黒木は武蔵博士と離反、ラフムを増やす為の使者―――黒き鎧としての活動を開始する事を決意。そこで送別として武蔵博士から送られたのがウェアラブレスであった。
「ウェアラブレスの副作用はどうやらラフムの闘争本能に紐付いてるみたいで、黒木が満足いく戦力を開発するには避けられなかった事態なんだが、まさか楓君が持っていってしまうなんて…本当に彼は予測不能だ」
「兄さん、今右腕が無いって…それにウェアラブレスはやはり兄さん達が…武蔵博士と内部の瓦解…?」
流石に情報を整理し切れない藤村に金剛は謝罪の意味を込めて優しく頭を叩く。
「色々あったからな、混乱するのも分かる。俺の話は後にして、博士が戻るのを待つか―――」
その時、近くから耳をつんざく破壊音が聞こえた。それは落雷や事故とは比べ物にならない、異常な物だった。連続して鳴り響く家屋の倒壊する音がラフムによる物であると確信するには時間はかからなかった。
「これは…ラフムか!?」
大護が拳銃を構え外を見回すと、無数の”腕”が周囲を巻き込んで殴打を繰り返している光景を補えた。
「やはりラフムだ、先生! まずは俺が行って牽制、その間に暁を!」
「待って武蔵君! この破壊の威力は尋常じゃないわ… バディに連絡して戦闘可能な火島君を呼ぶから貴方は待機して頂戴!」
大護は少し戸惑うが、戦闘指揮官である藤村の指示に従い、その場に残る。
「おぉ~、立派になったなぁ榛名…それじゃあ救援はそっちでヨロシク。今はお兄ちゃん達が時間を稼ぐぜ」
金剛がそう言うと、ボンバーへ向けて手招きをする。と、ボンバーは無造作に置かれていた工具箱からウェアラブレスと紫のイートリッジを取り出し、金剛の元へ放り投げた。
「―――ウェアラブレス!?」
「ティアマトで俺の体をいじくり回した影響で使えるんだよ。右の義手を介せば副作用は出ねぇ」
「理論上はな」
《Account・Frustration》
そう言いながらも右腕にウェアラブレスを装着した金剛は紅色のイートリッジを持ったボンバーと共に倉庫を後にする。
「…なんか結局分かんねぇ事しか言ってかなかったぞアイツら」
困惑する大護だったが、榛名は安堵していた。金剛はウェアラブレスを持ってかつての様に敵地へ向かってしまったが、かつての様な不安感は無い。むしろ、これより先の戦いを制する前兆であると感じていた。
――
「ボンバー、お前もラフムになるのは久し振りだろ? いけるか?」
「オ前ハ初メテ使ウンダロ? ”イケルカ?”ハコッチノ台詞ダヨ」
二人が腕の異形、ハンドラフムの元へ走りながら問答する。少し笑みを浮かべた二人はお互いにイートリッジを起動させる。
《Bomber》
「Henshin!」
ボンバーの取り扱うボマーイートリッジの起動音が響くと共に紅色の粒子がボンバーの姿を爆撃機と爆弾の意匠を持った怪物、ボマーラフムへと変貌させた。
《Pandora》
パンドラ。金剛の持つイートリッジの持つ性質である。ギリシャ神話における最初の女性であり、神々から賜った箱を開けてしまい世界に災厄を振り撒いた者である。彼の持つパンドライートリッジはその物語で語られた、振り撒かれた災厄の中で唯一最後に残った希望の側面を強く反映していた。
ウェアラブレスにパンドライートリッジを装填すると、胸の前で掲げて左手の親指でグリップを押し込んだ。
「変身」
《Change・Pandora・Frustration》
黒と紫の粒子が金剛を包み、フラストル共通の装甲を形成した。そして頭部の仮面はV字に伸びた観音開きを思わせる角と、人の口の様なマスクを携えていた。その姿は黒木、楓のフラストルとほとんど変わらない筈なのにその精悍な仮面によりヒロイックな印象が増していた。
金剛曰く、”仮面ライダーオイオノス”。
英雄ヘラクレスの友の名であり、ギリシャ語で”前兆”を意味する言葉である。
「行くぜ