七年前の八月。楓と勇太郎は壮絶な出会いを果たした。
宗教活動を行っている両親の元に生まれた勇太郎は教えを守らない事から虐待を受けていた。偶然の出会いながらも彼の身を案じる心優しき少年、楓と出会った事により勇太郎はようやく人々の助けを受けられると思われていた。が―――。
楓が警察と共に火島邸へ到着した頃には家の全体に火が回り、まだ割れていない窓からまだ火は回り切っていない事が伺える。
「マズい、消防に連絡を! ここは何とか食い止めるぞ!」
「延焼を防げ! 付近住民の避難もだ!!」
警察らが事態の大きさに対応していく中、楓は付近の公園の蛇口をいち早く見つけ、素早くその体を濡らした。
蛇口を発見した警察らはバケツリレーに使える水道の発見を喜ぶが、その場にいた少年が全身を濡らして現場へ走る姿に、誰もが次の行動を予見しただろう。
「やめなさいッ!」
警察官の制止を振り切り、楓は体当たりで脆くなった火島邸の玄関ドアを破壊し、そのまま炎の中に飛び込んでいった。
消火活動に参加していた楓の両親の耳にも情報が入り、大急ぎで現場へ走る。
「楓ーッ!」
「お願い出て来て!」
両親の言葉にも応答が無い。恐らく炎の舞う邸内へ入った事により音が聞こえづらくなっているのだろう。楓の安否を願いながら、その場で待つ事しか出来ない事に心が痛んだ。
――
「勇太郎くん! 勇太郎くーん!!」
楓が叫びながら辺りを見回すと、玄関のすぐそばに勇太郎が倒れていた。足のケガによって伏せていた為煙は吸っていない様だったが、酸素が少なくなり呼吸が苦しくなっていた。
「勇太ろ…!」
足のケガを見て勇太郎が動けない事に気付いた楓は、酸素の少ない中で少し息を整えると、勇太郎を背負って歩き始める。
「まって…おとうさまとおかあさまが…」
たどたどしく話し掛ける勇太郎だったが、楓に助けられるのは彼だけが限界だった。それ以上助けようと思えばきっと全員死んでしまうだろう。故に楓は勇太郎と共に脱出する事を優先した。その選択は間違いでは無かったらしく、二人は命からがら家から抜け出す事が出来た。
「大丈夫かー!?」
駆け付けた消防団員が二人の様子を確認しようと近付くが、上から落下物に気付き、二人に警告しながらその場を離れた。
「離れろ! 割れたガラスだッ!」
「え?」
二人が消防団員や野次馬の視線に沿って見上げると、二階部分の窓ガラスが熱膨張によって割れ、落下して来ていた。
二人にはそこから離れる時間も体力も残されていなかった。ここまで頑張って助かったと言うのに、こんな所で終わるのか。その時、絶望する二人を覆う様に影が飛び出し、ガラスの落下を防いだ。
二人を覆った影は、楓の父だった。
「父、さん?」
「大丈夫かい二人共? 多少ケガはしてる様だね。早く手当して貰おうか」
「父さん! 大丈夫!?」
「ああ、どうって事無いさ。大事な息子とその友達を守れたのならそれで良いよ」
楓の父が強がりながらも微笑むと、消防団員へ楓と勇太郎を預けて担架で運ばれていった。
「父さん、勇太郎くん…」
同様に担架で運ばれる楓は父と勇太郎を見送ると、駆け寄って来た母を見つめる。
「楓ッ! どうしてこんな事したのよ…みんな、心配したんだから……」
「勇太郎くんを助けられるのは僕だけだって思ったから」
そう答える楓を母は涙を流しながら肩を寄せた。
この後の調査で分かった事だが、勇太郎の両親の遺体は発見されず、焼死する前に逃げおおせたのだと推測され、行方不明扱いとなった。
傷の回復後勇太郎は、仕事の多忙さが幸いして宗教と全く関わり合わなかった近縁の親戚の元へ預けられた。あまり顔を合わせる機会は無いものの年頃の男の子を親戚夫婦は可愛がってくれた。一方の霧島家は保護者が不在の時が多い勇太郎を案じて生活の面倒を見る為勇太郎を預かった親戚夫婦の近所へと引っ越した。それ以来、仕事柄転勤をする事が多々あった霧島家はその地に居着いた。
――
勇太郎が目を覚ますと、そこは医務室だった。藤村と千歳が顔を覗かせると安堵した表情で方々に報告を始める。
「火島君、無事で良かったわ。ウインドの攻撃と精神的な防衛機能で貴方はしばらく眠っていたわ」
「しばらくってどれだけですか? 寝てる暇なんて無いんですよ…」
「霧島君、いいえ…コードネーム・ウインドラフムの逃亡からから一晩経ったわ。武蔵博士の所にいたボマーラフムは収容を終え、博士と兄さんは現状バディの協力者として装備修復、開発を行って貰っているわ」
「一晩も…ですか。とにかく、ウインドは、ウインドは見つかりましたか!?」
血相を変えて問い質す勇太郎に、藤村は首を横に振る事しか出来なかった。
「俺は、楓に救われたんです。この命も、体も、人生も。だから、俺は楓に恩返しがしたかったのに…何にもしてやれなかったんです!」
「悔しいのは分かるわ。でも今は機が熟すまで休む事が先決よ」
「俺に休みなんていらない! 俺はずっと生きるのも死ぬのも一緒だって、地獄だって思ってたのに、楓がいたから生きたいって思えた! だから分かった嬉しい事がいっぱいあった! 俺の全部は楓がくれた物なんだ! だから、俺の全部で楓を助けたいんだよ!!」
取り乱す勇太郎を藤村が抑えると、少し落ち着いた様子を見せる。
ここまでの話を横で聞いていた千歳が神妙な面持ちを浮かべる。
「火島さんと霧島さんの間に、一体何があったんですか…?」
「千歳さん、気になるのは分かるけど、それは二人の事情であって私達が口を挟む問題じゃないと思うわ」
「ですが、このまま二人だけの問題にしたら、誰にも相談出来ず、アドバイスもされず、一方的に自分でぐるぐる考えるだけになっちゃうと思うんです…そんなの歯痒いです」
勇太郎が千歳の方を見ると、彼女は今まで観た事の無い狼狽え方をした勇太郎へと優しく頷く。
それを見た勇太郎は藤村へと向き直し、ある提案をする。
「…大護さんと雷電も呼んでくれますか? 一緒に戦う仲間にも、伝えたいです。俺の事」
「良いの? 火島君」
「きっと俺が話すべきなんです、千歳さんがくれた機会を無駄にはしたくありません」
「分かったわ。すぐ手配するから待ってて頂戴」
――
しばらくして御剣邸内のブリーフィングルームに集められた藤村、千歳、大護、雷電は勇太郎の過去について耳を傾ける。
勇太郎が語った楓との出会いは、彼への強い思いを納得させる衝撃的なエピソードであった。
「お話しして下さってありがとうございます。火島さんが抱く強い思いが若干ながら理解出来ました」
「それが、もう一つあるんです。楓を助けたいって思う様になった大きな出来事が…きっとあの事のせいで楓はあんまり過去の事とか話さなくなったんだと思います。今もまだ、傷付いてんだろうな」
「長くなっちゃってすいません、俺達が中学生の頃の青臭い話ですが、聞いてくれませんか?」
いつになく弱々しく問い掛ける勇太郎に全員が一斉に頷いた。
「ありがとうございます……」
勇太郎は俯きながら、過去の事件を振り返った。