十二月四日、午前六時。
ティアマト大幹部、バミューダによって拉致された長官が目を覚ました。どうやら医療用のリクライニングチェアにずっと拘束されていたらしい。
「早い目覚めだな、長良衡壱。”老人”は朝が早いと言うからな」
傍に立っていたユートピアの不可解な悪態によって長官は若干機嫌を悪くする。
「それは君らも同じ様な物じゃないのか? 一体何年平弐といるんだ」
「ざっと五十年になる」
「やっぱり君もオジサンじゃないか」
ユートピアと長官の間に険悪なオーラが流れる中、あくびをかきながらシャングリラが入って来た。
「おっ、おはようユートピア。長良さんは…ようやくお目覚めだね。アガルタも呼ぼうか」
「そうしてくれ」
もう一人の大幹部を呼ぶ為にシャングリラが部屋を後にすると、長官はあのさ、とユートピアに声を掛ける。
「どうして私を攫って来たんだ? 殺してしまえば良い物を」
「仲間が揃ってから説明する。それまでそう時間は取らないから少し待っていろ」
「分かったよ……ところでさ」
話を切り出す長官にユートピアは眉を吊り上げるが構わずに長官は話を続ける。
「人を殺す気分ってどうだい?」
「……」
「…良い気分では無いな」
ユートピアからの意外な返答に長官は目を丸くした。
「なのに続けているのかい?」
「ああ、俺の気分で計画を曲げられない。例え人殺しであってもそうしなければティアマトの復活は望めない」
ティアマトの復活。ユートピアの口から出たその言葉は彼らの行動意義を大きく決する物である様だった。
「ティアマトラフム……」
「元はと言えばお前のせいだ。人を必ずラフムへと進化させられるティアマトをお前が傷付けなければ、ここまで大きな犠牲を伴う事にならなかった。人殺しが憎いのだろうがそうなっている原因はお前なんだ」
「言い訳がましいね、だったら人を殺してラフムを生み出すなんて事しなければ良いじゃないか」
煽り立てる長官の襟を激昂したユートピアが掴む。ただならぬ怒りを抱く彼の様子を見て長官はばつの悪そうな表情を返す。
「ユーちゃんストップ、長良っちはお客さんなんだから」
扉を開けて入って来たバミューダ最後の一人、アガルタによって制止されたユートピアは腕を下ろして長官を解放する。
「アガルタも来た事だ、事情を彼に説明しよう」
シャングリラに促され、ユートピアは咳払いをすると落ち着きを取り戻して長官を攫った理由を説明する。
「今こちらで”保管”しているティアマトはかつて、今年の十二月十日に長良衡壱と挨拶をしたいと言っていた。何故今なのかは不明だが、おおよそ未来を聞いていたのだろう」
「…つまり、その日に平弐は復活すると?」
「そう言う事になるな」
ユートピアから聞かされた事実に、長官は苦虫を噛み潰した様な表情で俯いた。
「お前が出した犠牲も、これまでの時間も、全て無に帰す。ティアマトの復活によって我々の計画は完遂へと近付くだろう」
「未来なんて幾らでも変わるさ、そうやって捕らぬ狸の皮算用をしていられるのも、今の内だよ」
「言っていろ、長良衡壱」
「ところでシャングリラ、シャドーとウインドはどうしている?」
「シャドーは色んな所で夜間の暗殺を行っているよ、勿論御剣に感づかれない様にね。ウインドも追手が付かない様にこちらへ移動しているけど、恐らく大量殺戮で混乱を招いてカモフラージュするんじゃ無いかな」
「…反吐の出そうな話だが了解した。ところで長良、良い情報を教えてやる」
不貞腐れた表情の長官にユートピアは全くの無表情で淡々と言葉を重ねる。
「現在行動中のウインドラフムは、霧島楓とその家族、火島勇太郎を殺害した張本人だ」
「…! ソイツは霧島君が倒したんじゃ無いのか!?」
「彼が倒したのはウインドの舎弟だ。ウインドは正体不明の霧島の能力により吸収され、彼の深層心理に潜んでいた。そして彼の精神が衰弱した瞬間を狙い、彼の意識の奥底から這い出てその体を乗っ取った、という事らしい」
「それじゃあ霧島君は……」
「ウインドに乗っ取られた。彼の精神力ではもう自らの体を奪い返す事など不可能だろう」
そんな、と狼狽える長官にシャングリラはほくそ笑む。先程まで気丈に振る舞っていた長官が楓の実質的な敗北の報を聞いただけで狼狽する様子は愉快で仕方無かった。
「霧島君は強い男だ! 虚を突かれて体を乗っ取られただけで戻って来ないなんて事、ある筈が無い」
「きっとウインドの姿を見たら諦めるだろうよ、長良さん」
シャングリラが長官の肩を叩く。
――
同じく十二月四日、午前十一時二十二分。
御剣邸地下、研究室。
「各アーマーの修復完了! 次は!?」
「ロインクロスの出力調整―――」
「片手間でやっちゃった!」
けたたましく作業を進めているのは職員として復帰した藤村金剛。千歳は彼のサポートに周り、勉強をしていた、が。
(あまりに仕事が早すぎて勉強にならない……)
妹であるバディ技術顧問、藤村が評する金剛の天才性は千歳の想像を遥かに超えており、彼の尽力によって作業工程が三日分繰り上がって終了していた。
「俺も現場の惨状を見て来たよ…だからこそ本気で装備を良くして、これ以上被害を増やしちゃなんねーなーって思ったわけよ、薫ちゃん」
「は、はい」
ラフに接する金剛に千歳は戸惑いながらも答えると、全てクリアされた予定を見て感嘆の息を漏らした。
「他にやる事は?」
「ありません、ラフムの出現まで待機になります」
「オッケーお疲れ様! そしたらここの研究室借りてて良い?」
「? まだ何か…」
ちょっとね、と金剛が答えると何が何だか分からない千歳は少し首を傾げるが、先程の金剛の決意を思い出した彼女は一つ提案をする。
「私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「良いけど、休む時間も必要だべ?」
「私も本気で頑張って、霧島さんの、皆さんの助けになりたいんです」
千歳の決意に金剛は少し微笑むと懐からUSBメモリを取り出す。
「人の底力ってモンをラフムにぶつけてやろうぜ」
再び千歳が首を傾げる。
その姿に金剛は少し気味の悪い笑い声を上げながら勿体ぶった間を空けた後に一つ呟いた。
「新しい仮面ライダーを開発する」
――
同日、午後十七時七分。
静岡県静岡市葵区御幸町。巨大な
楓の体を乗っ取ったウインド…彼は唯一覚えていた電話番号へ繋げると、息を荒げながら気味の悪い笑い声を上げる。
「よぉシャドー…まだこっちは逃亡中だ」
「これ以上はいくらラフムの体力でも追い付かれるな…”アレ”をやるぞ」
「…そうだ、この街を―――地獄にするぞ」
そう言うと、電話の相手であるシャドーラフム…黒木の高笑いを聞いて不敵な笑みをこぼした。