ヒトのラフム。
地球上で霊長としての地位を築いた知恵と文明の生物。
この世界に溢れる無機物や有機物、生物、概念。それらに意味を与えた存在である人類としての特殊な在り方がラフムの性質として表われるならば、それは並大抵のラフムとは一線を画す力を有していると思わざるを得ないだろう。
「しかしそれは進化前の話だろ? だったら今はアガルタ? の性質を持ったラフムなんじゃねーのか?」
アイアスが問うと、オイオノスは深刻な口調で多分違うよ、と答えた。
「彼女がラフム化しても人の姿を保っている理由、それは恐らくヒューマンラフムとしての力が残っているからだろう…そして、人の性質を持っている、とするならば人としての特徴が大きく表われるんだろうが、だとしたら……」
「そう、”知能”。人が最強たる所以である賢さが私のチカラ…あんまし頭使いたくないけどね、たっくさん甘い物食べたくなるから」
アガルタに警戒していると、シャングリラの右腕が変化した鞭が一行を狙う。その攻撃にいち早く気が付いた霹靂は皆を守ろうと防御態勢を取るが、直感的に危険を察知した。
《Thunder・Attack》
全身に電流をまとわせた霹靂が咄嗟に左腕のみで捌くように防御する。が、シャングリラの攻撃はあまりにも強力過ぎた。気付いた頃には霹靂の腕が宙を舞っていた。
「―――!?」
「…シャングリラの攻撃はヤバい、逃げろみんな!!」
痛みを堪えながら霹靂は叫ぶが、シャングリラはその姿を嘲笑う。
「逃げ場なんかどこにも無いよ。ここは既に僕の
オイオノスが辺りを見回すが、特に空間に異変は無い様に感じる。が、その場所が扉や壁で間仕切られた場所である事から、その一室に自分の能力を適用している物であると推測した。
試しに瓦礫を蹴ってみると、部屋の入口の見えない隔たりに当たって跳ね返って来た。
「見えない障壁で封鎖されてる訳か」
「そ、逃げようと思ったって無駄だよ」
「暁、腕は大丈夫か?」
「大丈夫ッス、これでもラフムなんで。それより、アイツが俺に触る時電流を流してやったんですがまるで効いちゃいねぇ…現状の攻撃力じゃどうやってもシャングリラは倒せないッスよ」
出血部を電流で焼く事で強制的に止血した霹靂がシャングリラを睨むと溜息をつく。
「取り敢えずここは俺が行く。暁はケガ、金剛先生もそろそろ限界だしな」
いきり立つアイアスにオイオノスは一つ提案をする。
「暁君、ブレードフォームに変身してくれないか?」
「? この場所は外から隔絶されてるんじゃ」
「…多分ライドシステムなら生きてる。ブレードフォームの武装を武蔵君に貸してほしい」
霹靂は頷くとホルダーからブレードのイートリッジを取り出す。この事からライドシステムを使用出来ると判断した霹靂はフォームチェンジを実行する。が、地中から出て来た触腕がそれを阻む。
「悪いね、少しの油断もしたくないんだワ」
アガルタは触腕で奪ったブレードイートリッジを受け取ると、着ていたパーカーのポケットにしまう。
「武器くらい寄越させてくれよ!」
オイオノスの苦言にシャングリラが殴打で返す。
「うるさいよ。ここで君達が出来る事なんて何も無いんだから、大人しく死んでくれ」
「うるさいのはそっちの方だ…どんな立派な心持ちかは知らねえけど、それで何人も罪の無い人を殺した事、心が痛まねぇのかよ!?」
ウェアラブレスの作用による精神の不安定さでオイオノスは
《Pandora・Enigma》
「痛まないね。僕達が正しかった事はいずれ証明されるからね」
《Pandora・Enigma》
パンドラ・エニグマの連続使用でオイオノスの能力を更に高め続けていく。
「そうかい…俺は、心が痛くて心底辛かったぜ」
《Pandora・Enigma》
「俺の作った技術が沢山の怪物を生み出して」
《Pandora・Enigma》
「沢山の人を殺した事実に正直耐えられなかった」
《Pandora・Enigma》
「それで、お前らが叶える理想郷の為にこの世界はまさに
《Pandora・Enigma》
「お前らはなんにも気の毒に思わねぇんだよな」
《Pandora・Enigma》
度重なる能力解放による肉体強化はオイオノス―――金剛の体を蝕み、活性化された細胞は破壊と誕生を繰り返し、金剛はその循環によって苦しみ続けていた。
だが、今まで命を奪われた人々の苦しみを想い、立ち上がる。
自分の罪が許される事なんて無くて良い。ただ、これ以上悲しみが続くのは見ていられない。
「気の毒? これから救われる人々に対して別に罪悪感なんて湧かないよ」
「本気かよ……だったら、もう殴って止めるしか無い、よな」
《Pandora・Dogma》
今までとは比べ物にならないレベルの能力解放、それによる負担はあまりにも大きいが、構わずオイオノスはシャングリラへと走る。
「グリくん、避けてッ!」
アガルタの指示でシャングリラは何とかオイオノスの突撃を回避する。が、攻撃の余波と共にオイオノスの黒と紫の粒子がシャングリラを包み吹き飛ばす。
「うぉぉッ!?」
「俺の命に代えても―――お前らは止めるぜ」
オイオノスの口部から彼の血が吐き出される。ほとんど人のそれと変わらない金剛の体は既に限界を迎えていたが、まだ倒れない。
今度はアガルタすら補足出来ない程の瞬発力でシャングリラを翻弄し、彼へと拳を見舞う。
(僕の力をしても防げない!?)
「不思議か? 俺の強さが」
「これは…やせ我慢だ!」
血を吐きながらもオイオノスは更にシャングリラへと打撃を繰り出していく。
「やせ我慢? 下らない…」
「だがな! このやせ我慢は、本当に守りたいモノが、勝ちたい相手がいるヤツにしか出来ないやせ我慢だッ!!」
「ふざけるなっ! ここは僕のシャングリラなんだ! ここでは僕の理想が叶う! 僕が全てなんだ、なのに! なぜ!? なぜ君は僕を超えようとしているんだよッ!?」
自らに有利な盤面である筈なのにオイオノスが食らい付いて来ている状況をシャングリラは理解出来なかった。オイオノスの執念に恐怖すら覚えた。
「だが! 僕とてラフムの大幹部、我らの願いを叶えるまではッ!」
シャングリラとオイオノスの高速かつ立体的な戦闘を開始する。お互いに拮抗し、傷つけ合う。
「僕はラフムとしての使命を果たすッ!!」
「俺は人間としての責務を全うするッ!!」
二人の衝突は粒子の大規模な放出を生み出し、爆発した。
衝撃により戦闘形態を維持出来なくなった二人は人の姿に戻り、倒れ込む。
「先生!」
大量に出血している金剛にアイアス、霹靂の二人が駆け寄る。人の精神を蝕むウェアラブレスの機能と人間の耐久性を凌駕した高速機動は金剛の体を破壊していた。
「暁君…」
「先生、喋んな! 苦しいだろうが!?」
「とにかく聞いてくれよ」
掠れた声で何かを伝えようとする金剛に耳を傾ける。
「隙だらけだよ!」
「邪魔させっか!!」
未だ攻撃を続けるアガルタの触手をアイアスは携行していたバレットナックルで切り裂く。
「暁君はかつて自分の力を制御出来ずに暴走させたと聞いたよ…」
「ウス」
「俺もオイオノスに変身してちょっと分かった事がある…さっきの戦いでも結構メンタルヤバかったんだぜ?」
「それでも俺、何とか踏ん張れたんだ…なりたい自分に変身しようって思ってな」
「なりたい自分、変身…」
「そうだ。お前ももしまた暴走しちゃいそうな時は、なりたい理想の自分を想像してみてくれ、暁君の事あんま知らんから変に気負わせるかも知れないけんど、きっと出来るって思ってる、ぜ―――」
金剛の体から力が抜け、霹靂の腕の中で意識を失った。
「オイ! 金剛先生!」
もう言葉の返って来なくなった金剛に、霹靂は仮面の裏で涙を流す。
が、泣いてる暇を与えない様にシャングリラが再起する。
「進化したラフムの耐久性を、舐めて貰っては困るよ」
「クソッタレ! シャドーの時と同じか!」
シャングリラの復活にアイアスは完全に不利な状況に追い込まれていた。
目の前の絶望的な状況に霹靂は拳に力を込める。
「……」
「なってみせるぜ、先生」
「ヤツらを倒して先生を一刻も早く助ける、最強最速の仮面ライダーにな」
強い決意と共に立ち上がった霹靂の手には、ボルトリガーが握られていた。
《Voltex》
「なりたい自分……」
「―――変身ッ!!」
《Change・Thunder・Voltex》
ボルトリガーの装填と同時に広範囲に渡って電撃が走る。光に視界を遮られたバミューダらは攻撃が阻害される。
「一体何が起こった!?」
シャングリラは戸惑いを見せるが、それは大きな隙を生んでいた。そのたった一瞬が、新たな力を手に入れた霹靂の鉄拳を撃ち込むチャンスとなった。
全く予測出来ない状態から繰り出されたパンチにシャングリラは体のバランスを崩した。
「雷轟走り悪を断つ」
「正義を貫きライドする仮面の戦士」
「その名をまさしく…」
「仮面ライダー…霹靂!」