先の戦闘にて確保したゴズテンノウラフム、光流の証言から彼女はライダーをおびき寄せる役割を担っていた事が判明した。その理由を彼女は知らなかったものの、聴取の一部始終をモニタリングしていた長良長官はティアマトの狙いに予想が付いていた。
その理由とは、”時間稼ぎ”。光流と会敵し確保する事でティアマト大幹部”バミューダ”と黒木陽炎の動きから一時的であっても目を離す必要があったと想像出来る。
(なにゆえ時間を稼ぐ必要があったのか…答えは簡単だ。以前ユートピアが言っていた平弐が復活する為の時間稼ぎ、だろうな)
かつて長官がティアマト拠点に誘拐された時にバミューダの一人、ユートピアラフムから聞かされた情報―――彼らのリーダー、”ティアマト”の復活。彼曰く十二月十日がその日だと言っていたが、それまであと四日も無い。
焦る必要のある状況に長官は目を閉じて深く溜息をつくと、神の世界へと接続していた。
冷たい潮風の吹く静かな砂浜。そこには神―――アプスが佇んでいた。
「衡壱」
「アプス様。お話があって参りました」
分かっている、とアプスが呟くと、空を指差す。
長官も示されたまま空を見上げると、そこには虹色の輝きが広がっていた。
「霧島楓がインテグラに辿り着き、その大いなる力がここにも届いているのだ。貴様はティアマトの復活を懸念しているのだろうが問題は無い。インテグラは我らすら見透かせぬ無限の可能性を持った究極の力だ」
アプスは虹色に輝く空を仰ぎながら更に言葉を重ねる。
「かつて我は子らの可能性を軽んじ、横暴を働き、結果エンキに殺された。故にこの様な形も魂も無い狭間にて悠久の時を享受しているのだ。我ながらその罪は深いと、今では思う」
自分の手の平を見て、かつての愚行を思い出したアプスは溜息をついてからまたもや口を開く。
「我が
「アプス様。いずれにせよ、ティアマトの寵愛を受けた子―――ティアマトラフムが復活してしまえば人の世には甚大な被害が及びます。例えインテグラの力であろうと今から対策を講じなくては勝ち目は失われていきます。即ち、アリとキリギリスです。インテグラの強さに甘えて用意を怠ればティアマトには歯が立たなくなってしまいます」
インテグラを過信している節のあったアプスは、長官の言葉にふむ、と返すと目を閉じて押し黙った。
「貴様らの御陰で我は人間を愛せる様になった。貴様らの可能性を我はいたく好んでいる。故に油断してしまった、許せ」
「いえ、お言葉失礼致しました」
「…それはともかく、インテグラは人類が生存する為の鍵だ。今一度奴を呼んで事を知らせる必要があるだろう……機は熟した、霧島楓には全てを知る資格がある」
え、と長官が驚くが、間髪入れずにアプスは両手をかざすと、目の前に楓が現れた。
「あれ? さっきまでおうどん食べてたんだけど―――」
「霧島楓、ようやくインテグララフムと相成ったか」
「アプスさん!? 一体何が…」
「霧島君に話たい事があるんだ」
「長官まで!?」
事態が呑み込めずに眉を八の字に曲げる楓だったが、アプスと長官の真剣な眼差しから尋常ならざる状況である事を瞬時に理解した。
「お話、と言うのは?」
「単刀直入に言おう。あと四日でティアマトラフムが復活する」
「えっ」
「ティアマト、そしてアプス様にも未来予知の力が備わっているんだけど、ティアマトは今年の十二月十日に自分が復活する事を予言し言葉を残していったんだ。無論その日までもう時間は無い」
ちょっと待って、と楓が話を止める。理解と疑問が追い付かず、困惑している様だった。
「あの…ティアマトって、組織の事じゃないんですか?」
「ああ、そうだ。ティアマトとは、そこにいらっしゃるアプス様の妻となる神の事で、例の組織はそこから引用したんだ。って、そこから話す必要があったか。ごめんよ…ここなら時間は気にならないから、かなり最初の方から歴史を語ろうか」
「お願いします……」
――
アプスとティアマト。
二柱の神によりこの世界は創世され、神々の繁栄が始まった。
しかし創造主である淡水の神アプスは、自らの作ったモノが気に入らなかった。
自分が作った筈なのに思い通りにいかなかった子供達。
自らの力不足を妻であるティアマトと子らに擦り付け、当たり散らかし、結果子供によって殺された。
ただ自身が幼いだけだった筈なのに、自分の描いた理想とその時の技量で出力出来たモノという現実との乖離に耐えられず、幼稚なリセットに走っただけだった事に気付いた。
自分が恥ずかしかった。責任も優しさも無い自らの横暴さをようやく知り、死んだ事により無の世界へと排斥されたアプスはそこで蔑ろにしてしまった妻の事を想った。
海水の神ティアマト。大らかで全てを包み込む美しき神。アプスはそんな妻に暴挙を働いてしまった悲しみを抱えて無を見つめた。
その瞬間、無は切り開かれ、海が生まれ、砂浜となった。
馳せた思いが自分の世界を切り開いた。
その時アプスはいつかの過去、世界を作った瞬間に目を輝かせた事を思い出した。
”もっと我は自分以外のモノにとって善き存在であるべきだった”
アプスが自身の孤独への気付きと共に思った善の心は、世界の主となる存在に向けられる事となった。
後の世にてティアマトの後夫の血から生まれた生命、人間である。
それから無尽蔵とも思える時代が過ぎた。
どこかにあって、どこにも無い、そんな神の世界に立ち入った人間がいた。
それは人の時間において十六世紀ごろの事だった。
「―――貴方は神か、悪魔か」
「我は……神だ。既に他の神に殺された罪深き神だがな」
男は錬金術師であった。
自らの卓越した技術によって彼は”賢者の石”と名付けられた万能の物質を生成したと言う。
それが妻であるティアマトの体から創生された、万物を生み出す素である事はすぐに気付いた。
彼は賢者の石を自らに用いた事で人智を超えた神域の生命体へと進化したと言う。更にはある神の力を模倣した力を得た彼は単独でここへ来たのだった。
アプスの死後、人間と言う神に近いが非常に弱い生命が独自の世界を築き、神の力に頼らずに知恵を振り絞って限りある資源を分け合い繁栄していたのだ。
それを聞いたアプスは人間を”強い”と思った。ただ創るだけで仕事をした気になり、他者を認めず自他に変化を促す事すらしなかった自分と比べたら、如何に聡明なのか。
「人間とは、良い生き物だな」
「皮肉にも私は人の身を捨ててここへ来たのだが」
「姿形では無い。貴様らの持つその心が美しいのだ」
「…しかし人間は争いを好む。他者と競い、殺し合い、奪い合う。今でも人類の変革を望む研究者を悪魔の手先と罵って磔にしては燃やす。私も今ここから離れれば殺されるだろう。それでも人間は、良いものか?」
「我は貴様の未来を読める。そこには多くの悲しみがあり、多くの喜びがあった。貴様の学びはきっと虚構と蔑まれる事もあれば真理と称えられる事もある。我には出来なかった良い生き方だ…これが、人間の生なのだな」
男は笑った。あまりにも人間臭い情緒を持つ神に親しみが湧いたのだ。
「神、アプスよ。私はここを立ちたい。あなたの手によって生まれた神秘に触れ人を超えた私だが、人間として生きて、死ぬのが面白そうだ」
「死んでしまうのにか?」
「ああ、その日まで楽しく酒でも飲んでいるさ」
アプスも笑った。かつて子の煩わしさに頭を抱えた自分が無を拒み潮騒を求めた理由が少し分かった気がした。
「往け、人間よ。そしてお前の求むるモノをしかとその目に焼き付けろ」
「ありがとう、アプスよ」
男が会釈をすると、最後に一つ頼み事をして行った。
「いつか人間の世界に危機が訪れた時、どうか愚かで尊い命を救ってくれ。我々は弱い。そして常に生きたいと願っている。この世界を作った者の責任として応えてやって欲しい」
―――良いだろう。
アプスは快く頷いた。