十二月六日、午後十三時三十六分。
御剣邸内、研究室。
自らが開発したウェアラブレスの調整を行いながら、同時にアイアスの量産ラインをチェックしていた武蔵博士の元に、大護がやって来た。
「親父、話がある」
「大護……」
切りの良い所まで調整を進めてから、博士は手を止めて息子へ駆け寄る。
「一体なんじゃ?」
「再開してからアンタと話せてなかったからよ…忙しいのは理解しているが、時間が欲しい」
大護からの懇願に博士はホホ、と笑う。
「お前の為なら幾らでも時間をやるぞ」
「…調子の良い親父だぜ」
悪態をつきながらも大護は博士を自販機横の談話スペースへ導く。
「…ふぅ、お前から話を掛けて来るなら、話は恐らくママの事じゃろ」
「そうだ。アンタが出て行ってから、お袋は体調を崩してな…その事を水に流す事は出来ねぇ、これからも俺達に協力するならまずお袋と話を付けてからにして欲しいんだよ」
大護の表情は強張っており、今まで見た事の無い狼狽え方をしていた。
「ママの所へ連れてってはくれんか」
博士の頼みに待ってましたと言わんばかりに大護が頷く。
一旦作業から離れる事を藤村、千歳に伝えた博士は大護から渡されたヘルメットを被り、ライドサイクロンの後部に座す。
大護と博士は母のいる病院へと向かう。
――
午後十三時四十六分。
長野県某所地下、レイライン。
「ところでママはどこにいるんじゃ?」
「今は東京の病院にいる。全然アンタに会えてないから顔も忘れてそうだがな」
不貞腐れた態度の大護に、博士は焦燥の顔を見せながら妻の事を想う。
「ママは、そんなに悪いのか?」
「……」
泣きそうな博士を無視して、大護はバイクのスピードを上げる。
こんなに狼狽している父を大護は初めて見た。自分が幼い頃の父親と言えば常に資料を睨み続け、寝る間も惜しんで研究に勤しむ姿しか見なかった。それがこんなにまで老けて、感情的になってしまっている。
どれだけの間父に会えていなかったのだろうか。
武蔵博士が姿を消したのは十年程前だった。急に父がいなくなった大護は、母の心労もあって中学を出てすぐに働きに出ていた。
そこで偶然ラフムと遭遇し、倒せずとも撃退したと言う前代未聞の功績を打ち上げ、その日から後にバディとなる”内閣直属対ラ防衛部隊”に
「なんだか昔の事を思い出したらムカついて来たな」
「……すまん」
「謝ってほしい訳じゃねーさ…とにかくそれも全部お袋に会ってからだな」
ライドサイクロンはなおもレイラインを進む。先程の会話が途切れてから恐ろしい程の静寂が流れた後、大護が急に何かを思い出したのか、そういや、と切り出した。
「親父、何で俺達を置いてどっか行ったんだよ!?」
「今更じゃよ!?」
確かに今更だった。武蔵博士はどこか抜けた所のある息子に戸惑いを覚えるが、当の息子にとっては父の過去など些末な事であるとは夢にも思っていなかった。
「ま、まぁ…とにかく話していくからの……」
――
ある日、電子工学の研究員として企業に勤めていた武蔵博士は、自分のメールに謎の相手から連絡が来ている事に気付いた。
その内容は、心理学に関する新しい検査法の検査結果を求める物だった。いたずらメールだと思った博士は内容を軽く読んでから破棄しようとした。が、研究の傍ら様々な分野の学問の勉強をしていた博士にとっては非常に興味深い宿題であった。
指定された検査対象者は自分のコネクションから選び出し、そこから得られた実践的データを指定された様式で送り返した。
メールの送り主は大層喜び、どこから知ったのか博士の口座に百万円が送金されていた。
この様なメールはその後も五通程送られ、その全てが異なる分野からの出題であった。送られて来る大金と学術的好奇心に耐え兼ねた博士はそれらを全て完璧な状態で提出し、自分の懐と知識を温めた。
確かに全て怪しげなメールで、こんなものに触れるのは研究者としてはおろか、人間としても非倫理的な行動だったと省みる。しかし、当時十五歳で高校受験に勤しんでいた息子の事を思い出すと、薄給故にどうしても金に目が眩んでしまった。
そして、それらのメールが罠であると遂に気が付いた。
仕事の傍ら、以前自分が行った実験課題について調べた時、それが特許として登録されており、無許可での再現は剽窃に当たると知ったのだ。
焦った博士は今までやり取りしていたメールで答えた内容を調べると、その全てが過去に公開された特許に抵触している事に気付いた。
博士はメールの送り主に連絡を取ると、落ち合うつもりであろう地点の共有と共に、これまでのやり取りを全て破棄する様申し込んで来た。
これ以上本件に関わると家族にも被害があると考えた博士は、口座の残金を引き落として現金にし、家に置いていくと自宅を後にした。
昼先でまだ家にいた妻には仕事先が家の近くで一旦寄ったと言う事にし、笑顔を向けて自宅を出た。
それからはメールの送り主である黒木の選抜によりティアマトの兵器開発担当として働く事になった。
家族の元から離れる事になった原因となった己の愚かさとティアマトの悪逆非道に、心底怒りを向けながら組織への潜伏を決意した。
それからしばらくの歳月の後、ラフム能力の暴走で爆発したボマーと藤村金剛を回収、ボンバーラフムの安定化を口実に金剛に改造治療を加え、二人を仲間とした。また、一々視察だの兵器の調整だのと勝手に訪れる黒木の目を盗んでウェアラブレスに彼の様な生半可な知識人が閲覧不可能なレベルの隠し機能を搭載し、いつかあのスカした顔に面食らわせる事を誓った。
――
「―――自慢げに語ったが…だとしてもじゃ、ワシのやって来てしまった事は無くなりはせん。バディの一員として挽回の機会を貰ったとて罪は拭えんよ」
「…アンタがどんだけ悔やんでも、時間は戻ってこねーぞ」
「そうじゃな…じゃが、少しずつでも失われた時間を、大護と母さんに与えてしまった苦しみを、どうか清算したいんじゃ」
清算とそう言った博士に、大護はため息を漏らした。
「反省、だろ。”失敗したら反省して、成功に繋げる”、お袋はいつもそう教えてくれてたぜ」
「! ―――昔、母さんに同じ事を言われた事があったの…! そう、そうじゃったな、はは」
「そうだったのか、そうか…そうだな。”清算”じゃなくて”反省”だぜ、親父。アンタが奪った十年間、反省して返してくれよな」
ああ、と博士は深く頷いた。それを見た大護はライドサイクロンの速度を上げる。
――
午後十四時十四分。
東京都千代田区神田駿河台。
大通りに隣接するその大学病院に二人が到着すると、看護師に案内され病室へ到着する。
―――武蔵京子。
病室の入口の名札を見た博士は病床へと汗を垂らしながら駆け寄る。
「……パパ」
十年前に会った時よりもかなり瘦せ細った妻の姿に博士は絶句し、思わず抱き付いていた。
そんな父の姿に大護は母の様子を伺った。
(お袋は、嫌がってないよな―――)
大護の考えは杞憂に終わる。母は博士を優しく包み込み、涙を堪えて笑った。
「もう、十年も何してたのよ、パパ」
「わ、ワシは…」
妻の優しい声に、博士は安堵して全てを忘れてしまいそうになるが、気持ちを押し殺して真実を伝える。
「ワシは、悪の組織で兵器開発をしておったんじゃ…お前らを巻き込むまいと離れたが…何にしても父親失格じゃ、お前らに会う事だって本当はダメな人間なんじゃ」
「何よ、私はパパに会いたかったわ」
「親父、アンタの罪への一番の償いはお袋に会う事なんじゃねぇのか?」
息子に諭され、博士は妻の顔を見つめる。彼女は自分を軽蔑せず、憐憫もせず、十年前と何も変わらない、慈愛に満ちた表情を向けていた。
「パパ、いつもそうよ。失敗をしたら反省して、成功につなげる。それが一番大事なのよ」
「…はは、そうじゃったそうじゃった。じゃからこそ、ワシは人の為に研究を進め、家族を…人々を守る技術を作る…成功に繋げていくわい!」
博士は自分の罪との向き合い方を改め、自身の正義を信じ、貫く決意を固めた。
(今の親父…俺が憧れた、大好きだった親父そのまんまじゃねぇか)
大護が少し微笑むと、博士の肩に手を置いた。