十二月十日、正午十二時七分。
桜島沿岸。
桜島決戦以後黒木は飲まず食わず、ラフムの姿のまま海に触れ続けていた。
「―――掴んだ、分離させるぞ」
黒木が報告すると、アガルタは大事そうに抱えていた小型のショルダーバッグから何かを取り出した。
「ほう、そいつがアンタらの言うティアマト、その一部か」
「これがあればティアマトも戻って来やすいと思って」
ティアマトの一部、それは明らかに人間の腕であった。
防腐加工の施された人腕の断面部をアガルタは海中に触れさせると、海がうねり始める。
「来た!」
アガルタが叫ぶと、海のうねりが腕の方向へと集中し、波打つ。
波に飲まれて来た輝く粒子が腕に集まり始めると、次第に海中で人の姿を構成していく。
「コイツが…ティアマトなのか?」
「多分ね」
「…多分?」
黒木が問い掛ける最中にも海中での粒子の集結が進む。
「私、実は会った事が無いんだ~。実際にティアマトと会った事があるのは、グリくんとユーくん、あと衡壱くんだけカナ」
それを聞いた黒木はフン、と鼻で笑ってみせた。
「実に神秘的だな、ソイツぁよ…更にお目にかかりたくなったぜ」
と、アガルタの持っていた腕に重みが加わった。ティアマトに肉体が戻ったのだろう。
「ティアマトだ! このまま引っ張り上げるンゴ!!」
アガルタがティアマトの腕を引き、持ち上げる。
すると、服を着たままの男性が浮上する。
「……コイツが、ティアマト…」
黒木が目を見開いていると、びしょ濡れの男性は深呼吸をすると、黒木へと視線を移した。
その視線を受けた黒木は、何故か体が動かなくなっていた。
ティアマトの、時間経過を感じさせる長髪は足元にまで届いていた。見た目の割には吐息に混じる声は若々しく、妙な異質さを放っていた。
「君が、シャドーラフムだね」
「…あ、あぁ」
そうか、とティアマトが返すと今度はアガルタ、そして護衛を務めるシャングリラの顔を伺った。
「シャングリラ、もう大丈夫。こちらへ来て良いよ」
「はっ」
シャングリラは一行を守り、外からの監視を妨害していたフィールドを解除し、ティアマトの元へと寄る。
「アガルタ、初めまして。シャングリラ、久し振りだね」
「初めまして、ティアマト。お会い出来て光栄です」
「ティアマト、何十年振りでしょう、ずっと会いたかったです」
三人が微笑みながら挨拶を交わすと、さて、とティアマトが呟く。
「―――シャドーを殺してくれ」
ティアマトからの頼みに、全員は聞き間違えたのかと一瞬の静寂を生む。
「ああ、間違いでは無いよ。彼は”ラフムの世界”には不要だ」
そう言い放って黒木へと目線を向けるティアマトに、彼は汗を噴き
「何の冗談だティアマト…俺はアンタの協力者だ。アンタが俺を殺す理由があるかよ―――」
「理由は今言った筈だ、ラフムの世界には不要だと」
黒木はティアマトが本気だと勘付き、影へと変化して逃亡を図るが、既にその場はシャングリラが制していた。
(脱出出来ねぇ…!?)
「悪いね…いや、悪いとは思わないな、黒木。これもティアマトの命だ」
退路を阻むシャングリラに黒木は舌打ちをする。
「そのラフムの世界ってのは何なんだよ!?」
「…人類に代わりラフムが生命の霊長となり、神の
ティアマトが説明すると、黒木は鼻で笑って見せた。
「フッ…実現するかそんな世界」
「神の力と僕らの頑張りがあれば実現するさ…それに」
ティアマトが少しよけると、彼の背後から触腕が飛び出し、黒木の心臓を貫いた。
「ガッ…!」
「実現させる為に君を排除するのさ」
「なッ…会ってすぐの俺をか……?」
触腕が抜かれ、黒木はよろめきながらその場に倒れ込む。
一方のティアマトは彼を見下ろしながら岸の岩礁に腰掛ける。
「僕はティアマトにより未来の情報を得ている。今の状況だって知っているし、君達の行動も理解している。特に君の目に余る立ち回りもね」
「何だと……」
「ここまでは未来が変更されない様に君を自由にしていたが、もう用済みだ。バミューダの皆も感じている通り、彼は僕らの目指す世界にいてはならない不穏分子の一つだ。そうで無くともティアマトに協力していた悪人達は事が済み次第排除するつもりだった…バミューダはその為の治安維持も兼ねていた訳だ」
心臓が破裂し、常人ならば即死している所だったが、ラフムである黒木はそうも行かない。
全身から血が抜けていく感覚を覚えながら苦しみ続ける。
「がッ…ごほっ」
「君は下劣な生命体だ。生かしてはおけない」
ティアマトが黒木の首を掴むと、そのまま首の骨を粉々に砕く。
黒木の頭は頸椎による固定が失われ、重力に従い無様に垂れ下がる。
「選民なんてしたくは無いが、君の様な外道は…僕らの未来に残したくは無い」
ティアマトは黒木の首を持って引きずりながら、そのまま海中へと放り投げる。
さて、とティアマトが気を取り直すと、踵を返してバミューダの顔を見て頷く。
「これから全人類をラフムに変えていく。アガルタ、シャングリラ。二人には周辺の警護を頼みたい。ただし人間は殺さない様に」
指令を受けたバミューダの二人が返事をすると、ティアマトは目を閉じて全身に力を込める。すると彼の体に青く輝く粒子が集まり、その身を持ち上げる。
次第に粒子は巨大な人型を形成し、徐々に青い半透明の液体状になる。
「これがティアマトラフム……」
「ああ…人類をラフムへと変える、神界からの賜物」
青い巨人がゆっくりと移動を始めると、それに追従するバミューダも歩き始める。
「始めようか…神代への回帰、安寧たる原初への帰還―――エヌマ・エリシュを」
――
「国分駐屯地から入電! ティアマトラフム確認!!」
「そこか…ティアマト!」
正午十二時三十一分。
ティアマトの動きを捕捉した自衛隊の連絡を受けティアマトは予定通り出撃開始の準備を始める。
機動隊、ライダー、エクストラ。三方がそれぞれ出撃の体制を整える。
ライドサイクロンの射出前、ウイニングの元に連絡が入る。
ウイニング―――楓が応答すると、千歳の声が聞こえて来た。
「あの、霧島さん」
「千歳さん…結局あれからお話出来ず仕舞いでした、本当にごめんなさい」
「いえ……」
「あっ、単刀直入に聞くんですけど昔遊んでくれたお姉さんって千歳さんですよね」
まさか楓の方から切り出されるとは思っても見ず、千歳はあっ、あっ、とどもってしまった。
「僕の下の名前は楓。お姉さんは確か”カエくん”と呼んでくれていた気がします」
「えっあぁじゃあやっぱり、霧島さんが……」
オペレーターによる発進アナウンスを受けて各員が最終確認を終了する。
「僕もそろそろ出撃ですね」
「はい、気を付けて。それと…何度も私を助けてくれた事、忘れません」
ライダー及びエクストラを射出するレールが起動し、出撃は刻一刻と迫るが、楓はなおも連絡を聞き続ける。
「あなたは私のヒーローです、カエ―――楓さん」
「ありがとうございます、千歳さ―――薫ちゃん」
懐かしい呼び方に千歳は目を丸くする。彼女は何かを伝えようと口を開くが、その前に連絡は切れていた。
それと同時に各員が発進する。
バディ基地、指令室。
ティアマト打倒の為現場へと急行した長良長官に代わり、吹雪が長官代理として作戦を発令する。
「これより日本の―――いえ、人類の総力を上げてティアマトを殲滅致します」
ティアマトのいる地点へ向かう各員の様子を一瞬伺い、吹雪が再び口を開く。
「第二次桜島決戦を、開始します」