十二月十日、正午十二時三十五分。
ライダーによるティアマト捕捉と時を同じくして、バディに協力するラフムによるチーム、”エクストラ”も現場に到着しようとしていた。
「こちら千歳です、ライダーがティアマトとの戦闘を開始するとの報告がありました。皆さんはこれから指定の場所にて救助活動を開始して頂きます。エイドは医療主任、ハンドは救助活動、ペイル、ボマーは応急手当、バットは哨戒及び救助活動、ゴズテンノウは電力供給、長官は現場指揮をお願いします」
千歳の指示を受け、各員が口々に返事をすると、ライドサイクロンを桜島の沖合、ティアマトラフムによる被害を受けた場所に着地させる。すると、続いて上空からいくつかのコンテナが落下して来た。
「救助用のアイテムが来たわね…それじゃあ
「分かった」
エイド―――
それにより格納されていたテントが開き、治療道具や食料が入った箱が立ち並ぶ。
加えてハンド―――恵介が別のコンテナを展開すると、別の形状に可変し、海水を蓄え
一方、ゴズテンノウ―――
「ひとまずの設営は完了したね、次は要避難者の確認と負傷者の捜索だ。地域行政と連携しながら活動を始めよう」
長官がそう言うと、各々頷いて任せられた仕事に取り掛かる。
――
「―――!」
長官が気付くと、そこは神の世界…馴染みのある砂浜に座していた。
「アプス様」
「我が何を言いたいのかは見当が付いているだろう」
長官が静かに俯くと、ゆっくりと腰を上げる。
「このまま動かなければ…霧島君は死ぬんですね」
「どころか人類が滅びるぞ。霧島楓無くして人類に明日は無い」
アプスに諭され、長官はため息をつく。
「彼なら、運命を変えられると思っていたのですが」
「それは中々叶わないだろうな、例えインテグララフムの力を以てしても…」
「…最期は恨み節を聞いて下さいね、アプス様」
「今更悔恨など無い癖に……まぁ、お前が満足するまで看取ってやろう」
困った顔をしながら長官は微笑む。と、ディンギル! と強く叫びその場から消える。
”長良衡壱は、これからティアマトと戦い、死ぬ。”
それはアプスやティアマトが有している未来の情報、別名”天命の書板”には記されていない情報であった。
本来そこに啓示されたのはティアマトとウイニングカタルシスが勝負し、カタルシスが敗北すると言う未来まで。
それがたった今更新された。
”カタルシスの敗北から、人類の終焉とラフムの時代の始まり。”
それが決定付けられた瞬間、アプスはその危機を長官に伝えたのだ。
いち早くその未来を察した長官は、天命の書板に記されていない欄外の行動によってどうにか未来を変えたいと考えたのだ。
結果は変わらないかも知れない。だが、何もせずに最悪の未来を待ち侘びる様な事は死んでもしたくなかった。
ましてや楓が死ぬ事を分かっていて彼を守らないなんて、そんな事は―――。
「私が守るべき人間のやる事じゃあないッ!!」
長官―――ディンギルラフムの放つ
「平弐、お前は…どうして人の可能性を信じられない?」
「…僕は…人間が人間として生き、争うから、
溶解して所々焼け焦げている液状の物体からティアマトの声が聞こえる。
「ラフムとして神に管理されながら、資源を奪い合う事の無い世界で生きるべきなんだ」
「それは実に封建的だな…それに、人がラフムになった所で争いが無くなる訳じゃ無いだろう」
ティアマトが自身が修復し、長良平弐としての姿を表す。それと同時に負傷状態のバミューダが長官を囲む。
先程のメラムで手傷を負った様だったが、何とかこちらへ戻って来たらしい。
「二人とも、大丈夫だ。ここは僕と兄さんで勝敗を決したい」
ティアマトの意を汲んで二体は下がる。
「ふぅ…それじゃあ兄さん、決着を付けよ―――」
「
ティアマトの言葉を遮る様に長官が強大な光を放つ。
一方のティアマトは間一髪ラフムの姿を形成し、体の面積を広げる事で被害を減らしていた。
「もうお前と話す事は無い…お前が死ぬか俺が死ぬかだ」
「僕は兄さんと話したい事がまだまだあるよ」
寂しそうな声を漏らしたティアマトが自らの体から液体を伸ばして長官を拘束する。
「ぐッ…!」
「本当は、兄さんと新しい世界を生きたかった…もう凍えなくて良い、もう飢えなくて良い、そう言うラフムの世界を一緒に歩みたかった!」
「だとしても! それが何者かの
再びメラムがティアマトの体を打ち抜く。
「…どうして分かってくれないんだ、兄さん! 新世界を統べる神たるティアマト様は寛容だ、ラフムの自由を尊んで下さるんだよ!」
瞬時に復活したティアマトが長官を掴む。が、またしてもメラムに燃やされる。
と、ティアマトから離れ、落下した長官は上手く立ち上がれず地を這っていた。
(体が動かん…そろそろ潮時か)
長官の体には
その様子を観戦していたアガルタは、何かに気付いて汗を垂らした。
「どうしたの、アガルタ?」
「あれ…多分、衡壱くん、死んじゃうよ」
「…どう言う事?」
アガルタの予感は的中していた。
”ヒューマンの呪い”、彼女がそう呼ぶ不可逆的な力は、ヒューマンラフムの性質を持ったラフムが進化して別の性質を得た時、
その力を酷使する事で引き起こる弊害である。
”人間如きがラフムの力を使うな”、神々からそう警告されている様なその呪いは、神々の力を扱いながら
神の世界に反旗を翻す長官にとっては非常に重たいものであった。
「ヒューマンラフム・個体名”長良衡壱”。それがディンギルラフムに進化する前の俺の性質だ」
長官の発言と共に、ティアマト神を通じて平弐が未来を知る。
「―――まさか兄さん、死ぬつもりなのか!?」
焦るティアマトをよそに、長官は不敵な笑いを浮かべる。
「そんな、僕は兄さんに死んで欲しくないんだ! 元より死ぬ未来なんて無かったんだから、死ぬ必要なんて無いじゃないか!!」
「そう思うなら手を引け、平弐」
狼狽えるティアマトを長官が嘲笑う。
「俺は、人が人として生きる世界を諦めたくない! その為に俺は、天命の書板に刻まれた未来を打ち砕く!運命を形作る歯車なんぞ壊してやる!」
そう叫ぶと、長官は次々とメラムを放ち、自らの命を削り続ける。
「やめてくれ兄さん! 命を使った所で何が変わるんだ、もしかしたら未来は変わらないかも知れないんだよ!?」
「変えようとしなければ未来は変わらない! 今この手しか無いなら俺は、もう迷わないッ!」
―――ディンギル。そう叫んだ時、彼の命は果て、魂を残して消滅した。
――
避難エリアで休憩していた筈の楓はアプスに呼び出され、神の世界へ訪れていた。
長官の事で呼ばれたのだと、彼は薄々勘付いていた。
「来たか、霧島楓。案の定衡壱の事だが」
「アプスさん…長官は」
「死んだろうな」
「! 簡単に言わないで下さい!!」
こちらに顔を合わせず、冷淡に言って見せたアプスに激昂した楓は彼の肩を引く。
そうして強引に振り向いたアプスは、涙を流していた。
「―――!」
「やめろ、見るな。我は神であるが、心を持っている…”友”の死に心を痛める位、許せ」
アプスの言葉は強がりだった。
楓は謝罪すると、同様に長官の命を感じ取った。
インテグラの力によって伝わる魂の輝きと、消滅。
今、長官が事切れたのだと、心が拒んでいても自身の直感がはっきりと告げる。
「そんな、どうして、長官は、長官は死ななきゃいけなかったんですかッ!?」
「それは”俺”から話そう」
起こっている事態を信じる事が出来ない楓をなだめる様に長官の声が聞こえる。
楓が振り向いた先には、眼鏡を外した長官が立っていた。
「長官…! やっぱり生きて―――」
「いや、死んだよ……最期に魂だけで頑張ってここに来た。君ともう少し話がしたかったからね」
憑き物が落ちた様に晴れ晴れしい顔をした長官が楓の背中を軽く叩く。
「俺が死を選んだ事、霧島君は認められないだろうが、悪い気持ちはしないんだ」
「長官、”俺”って…」
「あぁ、戦後に日本を牛耳ってから私と名乗る様にしたんだが、今はもうただの長良衡壱だから、ね」
今まで以上に快活に、衡壱は語った。
彼は立場や役割を盾にして死を避けていた。
だからこそ彼は死にたくなくて戦争を生き抜き、ラフムとなって強靭な生命を手にした。
それから、”不幸にも”、楽しい事の連続だった。
戦時中は貴重品で子供の頃から憧れていた甘味を沢山食べられた。
技術が発達し、文化が変化する様は非常に面白かった。
だが、ラフムとは即ち”死ぬ事で得られる力”であった。
自分がそんな力によって生かされた存在である事への葛藤もあった故、生を謳歌している事への不安感も常に付き纏っていた。
「俺は、人の限界を超えた神力が人の尊厳を壊すと考えていた筈なのに、生きてて良かったと思っていたんだ。何だか、それがずっと腑に落ちなかったんだ」
「……それって普通の事じゃないでしょうか」
衡壱の中にあった生きる事への矛盾感に、楓は一つ考える事があった。
「ラフムになったって、生きていれば意味が生まれます。長官はその意味をしっかりと考えて、与えられた命を最大限人々の自由の為に使ってくれたじゃないですか」
それに、と楓が続ける。
「長官が教えてくれた事です。
「……それもそうか」
衡壱が納得した様に何度も頷くと、自分が生まれ、ラフムとなり、死んだ意味をようやく理解した。
「俺は、楓君……君と言う”仮面ライダー”を誕生させる為にここにいるんだね」
「僕が世界を守る為にラフムであった様に、長官にもラフムである意味が、あったんです」
そうだよな、と呟いた長官は手を差し伸べた。
「…契約終了だ、霧島楓君。”この力の存在する意味を求める為に、そして俺や君の様に大切なモノをラフムによって失くす人がいなくなる為に”…君はヒーロー、仮面ライダーとなった。俺はもうすぐここからも離れなければならないから、契約内容は必ず果たしてくれると信じて全てを託すよ」
最期もそれか、と楓が少し笑うと、強く、強く手を握り締めた。
握り締めていた手の感覚が消え、長良衡壱がもうこの世にいない事を楓は実感した。
だが、拒絶も絶望もしない。
最後に長官がくれた思いは楓の中に息づき、新たな可能性を予感させた。
「アプスさん…僕、戻ります。戻って未来を変えてみせます! 長官から託されたモノを、決して無駄にはしません!」
「ありがとう、楓。友の想いを抱いて―――征け!」
アプスの鼓舞を受け、楓は元の世界へと駆ける。