夜が明けきらない早朝。
ここにいるみんな、それぞれに朝の日課みたいなものを持っていて、俺のそれは剣の素振り。日の出前から始めれば、ほどよくお腹が空いた頃に朝食の時間になるし。
まだ吐く息が白くなる寒さ。裏庭の端で一心不乱に木剣を振っていると、一息つく頃には体中から白いもやが立ちのぼるようになる。
なんとなく、自分の体に不思議な力が宿ったような感じがする。
……ステラさんが言うには、理論的に説明できる現象で、まったく不思議なことではないらしいんだけど。
みんなはというと、ニーナは朝食の準備をしてくれているし、ステラさんは庭に来るネコや鳥にエサをやっている。ミリアちゃんはマリアさんと育てている家庭菜園の水やり。ナタリーは朝のランニングに出ていった。クレールは朝風呂。
それぞれの朝の日課が済んでから、なるべくみんな揃って朝食、ってことになる。
昨日から戻っていないマリアさんを除いて、そのほかは今いる六人全員が食堂に集まった。
俺が浴場で軽く汗を流して食堂に出てくる頃には、大抵みんな集まっている。
俺が最後なのは、申し訳ないけど、仕方ない。朝風呂のクレールと、早朝の運動から帰ったナタリーが済ませた後でないと、俺は浴場を使えないし。
ともあれ、朝食。
テーブルの上には大きな籠にたっぷりのパンが用意されていて、それ以外にも主に野菜を使ったスープがある。
必要な人はそれに燻製肉を追加することになってるけど、これは俺が切り分ける。
肉を切って分配するのは食事の主催者、館の主人、一般家庭ならまあだいたい父親の役目。
俺も故郷では父さんが肉を切り分けるのを楽しみにしてた。
その時の俺と同じ顔をしているのが、主にクレールとナタリー。
「リオン、特級かっこいいです!」
「はいはい」
肉を多めに貰おうと俺をおだてるナタリーを適当にあしらいつつ。
みんなの準備ができたら、軽く食前の祈りを捧げて、食べ始め。
俺は食事中のマナーについて他人にあれこれ言えるほど自分ができているとは思えないから、細かい作法よりは楽しく食べることを重視しよう、とみんなにも話して、納得してもらってる。
そんな中でもマナーがよくできてると感心するのはクレール。
さすがに時々注意をされるのがナタリー。
食べたがり二人がそこのところでは両極端に分かれる。
「本日の朝食も非常に美味ですわね。ほほほ」
ナタリーが注意されたときには、クレールはこれ見よがしに貴族のお嬢様のような台詞を投げつけている。それに対して、ナタリーは「ぐぬぬ」って顔だ。
クレールは実際に貴族のお嬢様なんだけど、普段は全然そんな感じがしないんだよな……。
そうやって、和やかに朝食を済ませる。
「さて……みんな食べ終わったところで、今日の予定を確認したい」
俺がそう言う頃には、ステラさんの方もほぼ準備が整っている。
彼女によって黒板に書き込まれているのは、みんなの今日の予定……なんだけど、今日は空欄が多いな。
「リオンの予定。午前中は自由。午後からは陳情の受付。私とクレールも参加。今日は他に特段の予定はない」
ほとんど俺の予定だけだった。空欄が多いはずだ。
陳情受付か。一応は俺が領主だから、住民からの陳情を受ける義務があるらしい。相談して、だいたい三日に一度くらいの頻度でそういう時間が設けられることになっている。
俺だけじゃなくステラさんとクレールも参加するのは、二人が実質的にこの領地の経営を担っているから。一緒に聞いてもらったほうが手間がない。
まあ、最初の頃と比べると陳情も減ったかな。
訴えを受けたことの多くについて、暫定的にでも対処をしてきたからだと思う。
季節が春になったらまた増えるかもしれないけど、今の量から変わらなければ、頻度を減らしても大丈夫そうだ。
でも、今日は何か大変な陳情がありそうな気がする。
旅行のために前回の受付を休んだからだけど。
「他の人。何かあれば言うと良い」
「あたしは散歩してくるです! あっ! お昼ごはんと晩ごはんにはちゃんと帰ります!」
ナタリーの自己申告。
散歩とは言うけど、実はあんまりお気楽なものでもなくて、要はこのあたりの地図をなるべく正確に作る、という話。ナタリーはそういうのが得意だから任されている。
ちゃんとした測量術を学んでいないはずなのにやたら正確な地図を描くので、ステラさんは不思議がっているそうな。
「ステラせんせー。勉強教えてもらいたいから、午前中いい?」
続いて手を挙げたのはミリアちゃん。
「構わない。食後にミリアの部屋に行く」
ステラさんも即答して、黒板に追加の予定を書き込む。
ミリアちゃんは勉強を頑張っている。大学に入学するには最低でも古王国語の読み書きが必要で、その他に推薦人を見つける必要があるらしい。その推薦をもらう段階で学力を試されることが多いそうだから、それが実質的には入学試験。
推薦人に関してはステラさんに伝手があるそうだけど、その人もやっぱりステラさんの師匠である〈西の導師〉の弟子で、ステラさんの同門だという話だ。
いずれはミリアちゃんの大学入学のために遠出することになりそうだと思っているけど、ステラさんの見立てでは「まだまだ」だそうで、いつになるやら。
「私は午前中のうちに洗濯をしちゃうから、まだ洗濯物出してない人は急いでね」
ニーナによる洗濯は定期的に行われてる。
洗濯は結構力仕事だと思うし、俺も手伝いたい気持ちはあるんだけど、その……今は俺の他は女の子ばかりだから、その衣類にあまり手を出すわけにもいかない。特に下着類は、みんなも俺には触れてほしくないだろう。
ニーナは洗濯を村の洗濯場でやる。そうすると村の人達からいろんな噂話が聞けるんだそうだ。その場で軽めの陳情を受けたりもするらしい。
そういう人付き合いは大変そうだな……と、俺なんかは思うんだけど、ニーナはわりと楽しんでる様子。
ちなみにどんな噂話が出たのか聞いてみると「大体、リオンの話だね」との返事。
どうやら俺は女性関係にだらしない好色男ということになっているらしい……というありがたくない情報をもらった。うう。
ニーナもそれを否定しないから、村の人たちの間では完全に事実として扱われているそうだ。
俺としてはそこは否定して欲しかったところだけど、この館にいる子たちが毎日のように婿候補を紹介される苦労から解放されたのはその噂のおかげだそうだから、悪いことばかりではない……と、自分を納得させている。
「クレールは、何かある?」
申告がないから特にないんだろうとは思いつつ、ないならないことを確認しておくのも必要だと思って質問。
「特になしっ!」
予想通りの返答だった。まあ、クレールは旅行の疲れもあるだろうし、普段は王国法に関することで頑張ってくれてる。たまに予定がない時間があっても誰も咎めはしない。
それに、館が広いからせっかくだしみんなで住んでるけど、領主ってことになってる俺と、何でも屋として仕事で来ている形のニーナ以外は、基本的に自由に過ごしていいわけだし。
「……でも、僕だけ怠けてるみたいになっちゃうから、何かやりたいね。誰かを手伝おうかな」
少し申し訳なさそうな感じで、クレールはそんなことを言った。
「無理に予定を入れなくてもいいと思うけど。昨日は浴場の掃除を頑張ってたし」
俺は本心からそう言ったけど、クレールは首を横に振る。
「せっかく天気のいい日だし、外に出ようとは思ってたんだー」
そういうことなら無理に止めることもない。
見回すと、ニーナが小さく手を挙げた。
「それじゃ、マリアさんにお弁当を届けるの、任せていいかな?」
「ん、いいよ。その仕事、僕が完璧にこなしてみせるっ!」
何の衝動に駆られたのか、両手に握りこぶしでやる気をアピールするクレール。
「そこまでの気合は必要ないけど……転ばないようにね」
ニーナとの温度差がすごい。
「んふ。心配無用だよ。僕だっていつも転ぶわけじゃないし。たまにだよ、たまに。だから、僕をいつも転ぶ人扱いしないでよね!」
強く訴えるクレールを見て、ニーナと俺……だけじゃなく、この場のみんなが「これはきっと何かやらかすな」という気持ちで顔を見合わせた。