竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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フューリスとステラ

 作業をしている人たちの邪魔にならないように少し離れたところから、桟橋の建造を見守っている。今日は急ぎの仕事はないと言われて、せっかくだから視察に来た。

 視察というよりは見物かな、とも思うけど。

 木造の桟橋は前に見た時よりも海の方に延びていて、完成に近付いてるのがわかる。

 大型船が停泊できる桟橋というのをいったいどう造るのか、親方に訊いたら「そこは、力業だよ」と言っていて、最初は想像できていなかったけど……

 浜から海の方へ、何本も杭を打ち込んでいる。ハンマーをガンガン振り下ろして、杭のてっぺんが他の杭の高さと同じになったらそれらの上に板を置いて釘で打ちつける。そこを足場に、海のもっと深い方へ次の杭を……と、それを繰り返していけば最後には長い桟橋が出来上がる、ということらしい。

 実際に見ればなるほど、これは力業だ。海底深くまでしっかり突き刺さるくらい長い杭が大量に必要だけど、そういう材料の調達も含めて、力業だ。後から拡張するのも同じ力業でやれる。

 この木造桟橋が何十年、何百年も使えるわけではないけど、使えるうちに石造りの港を整備する計画になっているから、元々間に合わせの予定だ。問題はないだろう。

 と、領主らしく村の将来に思いを馳せていたところに――

「やあ、ここにいたのかい。探したよ」

 フューリスさんがやってきた。

 俺が館にいなくても待っていれば戻ってくるのに、わざわざ探したとはどういうことだろう。

 不思議に思って訊いてみると……

「暗号が解けた? 全部?」

 驚いた俺の言葉に、フューリスさんは笑って「うん」と頷いた。

 暗号、というのは、少し前にステラさんの師匠である〈西の導師〉から届いた手紙だ。フューリスさんは以前〈西の導師〉への手紙で自分が探している魔導器について訊ねていて、その返信ということだった。

「二つの詩から文字を置き換えるための円盤を作って、さらに三つ目の詩に沿って一文字ごとに変換表をずらしていく、という……ステラから教わらなければとても解けなかっただろう方法で書かれていたよ」

 そう言われても何が何だかわからない。

 とはいえ、解けたのはいいことだ。

 ただ、確かその暗号のカギをステラさんから教わるには、ステラさんの願い事を何かひとつ叶えなくちゃいけない。そういう条件が〈西の導師〉から出されていたはずだ。

「願い事はね、もちろん、叶えたよ。ステラから『化粧の仕方を教えて欲しい』と言われてね。けれど、それだけではさすがに簡単すぎるというか、そんなことは言ってくれればいつでも教えるのに、というものだったから、私の方でいくつか『おまけ』をつけておいたのだよ。例えば、意中の彼と二人きりになれるように恋敵を遠ざけておく、とかね」

 ……なるほど。フューリスさんは変装の達人で、化粧も得意だと言っていた。その先生にするのにこれ以上の人は、あの館にはいない。

 そして、おまけ、か。……ふむ。

 そういえば、フューリスさんがクレールたちを誘って出かけた時、俺とステラさんは館に居残って、急ぎでないはずの書類を片付けていたな。

「どうも普段のステラさんらしくない気はしてたんですが、フューリスさんの仕業だったんですね」

 俺の言葉を聞いたフューリスさんは、これ見よがしに肩をすくめた。

「やれやれ、人聞きの悪いことを言うものだね。私はあくまで、彼女が望んだことを叶えただけだよ」

 それは、そうかもしれない。でも多分、ステラさんの希望は化粧の仕方を教わるところまでで、その先のことはフューリスさんがけしかけるようなことを言ったんだろうと思う。

 俺のその予想が当たっていたとしても、もちろん、そういうことを面白がってやる人じゃないとは思ってる。

 だけど、真面目にやるということなら、それはあるかもしれない。

「君はそれを、らしくない、と言ったけれどね。そう変わりたいと彼女が願った理由を、よく考えてみておくれ。……とまあ、これは、お願いされたからではなく、私のお節介だけれどね」

 言って、フューリスさんは微笑を浮かべた。

 うーん。何だか、少し前から思っていたけど……

「その顔は、どうして私がステラのためにそこまでするのだろう、というところかな?」

 そこまで顔に出ていたかな。まあ、フューリスさんはそういうのによく気が付く人だから、隠し事をするのは簡単じゃない。今回は、隠すようなことでもないけど。

 こうなれば、本人に直接聞くのが一番早い。

「いったいどうしたんです? 以前は、今ほどには気に掛けてなかったと思うんですが」

「そうだね。君たちがこちらに移ってからだよ。そう思うようになったのはね」

 俺の問いにフューリスさんは頷き、言葉を続けた。

「理由は、これは君にだから話すのだけれど……ステラに、私と似たところがあると思ってね。正確には、幼い頃の私と同じ類の『危うさ』があると思っているのだよ」

「危うさ、ですか?」

「そう。自分の将来や、あるいは自分の意志さえも他人に委ねてしまうような、そういう危うさだ。私が見たところ、ステラは自分の力の研鑽には熱心だけれど、その力を使ってどうしたいのか、という視点が欠けているね。その部分を、他人に委ねてしまっている。この場合の他人というのは、もちろん、君のことだよ」

 言われて振り返れば、そういうところはあるかもしれない。

 ステラさんは俺をよく手伝ってくれているし、それはありがたいけど、ステラさんが自分から何かしたいと言い出すことは滅多にない。過去に何度か言われた要望を思い返すと、大本は「自分の力を試したい」というところかなと思う。

 でも、その力を使って何をしたいのか、か……。

「おそらく〈西の導師〉もそれが気になっていたんじゃないか、と思っているのだよ。なにせステラは、魔術の修行の旅を続けることなく、君と共にここへ来るという選択をしたのだからね。何を望んでそうしたのか、推測は出来るけれど、本人の言い分も聞きたい、と。それで、私に叶えさせるというていでステラ自身の願いを口に出させようとした、というところかな」

 そう言われれば、そうかもしれない。ステラさんの師匠は偏屈な人という噂だけど、弟子思いの面があることも何となく伝わってくる。もしくは、そうせざるを得ないくらいにステラさんが危なっかしいのか……。

「その願い事の内容は、まあ、さっき言ったとおりだったから、少し心配は残るけれどね。さしあたっては、君が道を間違えなければ大きな問題にはならないだろう……というところなのだよ。そういうわけだから、ねえ、荒れ果てた空っぽの心に憎悪の種しか植えてもらえなかった哀れな少女のようには、どうか、しないであげておくれ」

 それは、今のステラさんに似ていたという、幼い頃のフューリスさんのこと……か。

 フューリスさんは過去のことをあまり語りたがらないから、俺もはっきりとは知らない。

 ただ、当時の……渇きの都で〈沈まぬ太陽の女神〉として〈北の魔剣王〉の軍勢と戦っていた頃のフューリスさんが穏やかな気持ちでいたとは、到底思えない。

 ステラさんもそうなってしまうかもしれない、と、フューリスさんは危惧してるのか。

 もちろん、俺のできる限りのことはするつもりでいる。ステラさんは大切な仲間だし、この領地の経営にも欠かせない人材だ。

 ただ、俺がステラさんの助力に対して相応のものを返せているかは、あまり自信はないな……。

「今回、ステラは『手段』を願ったのであって、それによって『目的』までもが達せられたわけではない、ということは、君もわかっているね? ……まあ、君にもステラだけをひいきにできない事情があるのは、察するところではあるけれど」

 うーん。言い訳まで先回りされてしまうと、苦笑を返すことしかできない。

「……よく気を付けておくことにします」

 ようやく言えたのはそんな当たり障りのないことだったけど、フューリスさんも「ぜひそうしておくれ」と頷いたくらいで、その話を切り上げた。

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