「それで、手紙の内容だけれどね。知りたかったことは全て書いてあったよ。特に、ステラの妹弟子にあの石を移植した経緯と手法を知れたのは良かったね。待っていた甲斐があった、というところかな?」
それは、吉報と言うべきなんだろう。フューリスさんが目的の達成に一歩近付いたということだし。
ただ、手放しに喜べない気持ちも、ある。
「それじゃあ、いよいよ出発ですか」
そうなのだ。フューリスさんは一時的に旅を中断しているけど、それも次の旅の準備が整うまでのこと。
先日ユウリィさんから買った邪鋼の短剣と、今回の〈西の導師〉からの手紙。
両方が揃ったから、準備は整った……ということになる。
俺の言葉に、フューリスさんは「うん」と頷いた。
「名残惜しいけれど、行ってくるよ。用が済めば戻ってくるつもりではあるけれど、さて、どのくらいの時間が必要か、まだ予想も立たないね。何ヶ月か、あるいは、何年もかかるかもしれない。けれど、放っておくこともできないからね」
強力な魔導器である〈太陽の聖石〉をこの世から消し去る、というのがフューリスさんの旅の目的で、今はその石をステラさんの妹弟子が持っている……心臓の代わりに、胸の中に。
おそらく相手も簡単には承諾しないだろうし、どうしたって困難は避けられないだろう。
「一緒に行って手伝えたらとは思うんですが」
それは嘘じゃない。でも、現実的にはそうできない事情もある……
「気持ちは有難いけれど、君は君でやることがあるだろう? それにこれは私の問題だから、できれば自分でけりをつけたいと、そう思っているんだ。理解してくれるね?」
フューリスさんのそれも、まるっきり嘘ってわけじゃないだろう。ただ、俺が一緒に行けないことを気に病まなくていいように、ちょうどいい理由を作ってくれてる面もありそうだ。
……この体がふたつあれば、その片方でフューリスさんの手伝いができるのにな。
そう思うのは、フューリスさんの旅の先に強敵が待ち受けている予感があるからかもしれない。そして……
強敵と戦いたいという気持ちは、正直に言うと、俺の中にある。
「もちろん、私だけの手には負えないとなれば、改めて君に助力を頼むことになるかもしれないけれど」
だから、フューリスさんがそう言った時には、少し心が躍ったものだけど。
戦いの高揚は
「そうならない方がいいんでしょうね」
とまあ、そんなことを言った。
フューリスさんは微笑して、そんな俺の肩を軽く叩いた。
「君は私の旅が無事に終わるように、星にでもお祈りしておいてくれるかい? ああ、けれど、太陽は駄目だよ。あれは私を嫌っているから」
「はは……まあ、わかりました」
詳しい事情はまだみんなに話せていないけど、俺が戦いを遠ざけようとしていること自体は、フューリスさんには見破られているだろう。もちろん、そうしながらも戦いの高揚感を忘れられずにいることも。
それで、こんな風に冗談を交えながら、俺の闘争心をなだめようとしてくれているわけだ。
そしてそういうことができる人が旅立ってしまうというのは、残念な気持ちにもなる。だからって引き留めるわけにはいかないけどね。
「さあそういうわけだから、今夜は少し大騒ぎして、気分を盛り上げておくとしようかな。酒場に寄って、お酒を買い込んで持って帰るとしようか。今夜ばかりは君も付き合ってくれるだろう? もちろん、明日に響かない程度にね」
言って、フューリスさんは片目をつむってみせた。
*
旅立ちの日。朝食を終えて、フューリスさんは旅立っていった。
まずは南にある迷香の街に向かってそこから街道を西に進む、ということでフューリスさんは「やれやれ。レベッカがもう少し待ってくれていたら、途中までは彼女の馬に乗せてもらえたものを」なんて嘆いていた。気持ちはわかる。
結局、徒歩で出発したフューリスさんを館の正門のところで見送った。俺の他にはクレールとナタリーがいる。それからハスターも、何の気まぐれか、一緒に来てる。館では比較的暇そうにしている方から四人、ってところかな……。
「フューリスさんも行っちゃったね」
海からの風に金髪をなびかせながら、クレールが呟いた。
一時は十三人と一匹まで膨らんだ住人が、結構減って今や八人と一匹。それでも冬の間よりは、ペトラとハスターがいる分、少し賑やかなんだけど。
でも、一番賑やかだった時と比べてしまうから、やっぱり、今は少し寂しさがあるな。
「あたしは、まだまだここで暮らすつもりです!」
だから、ナタリーがそう言ったのは、特に突然ってこともないだろう。
旅立つ人もいるけど、残る人もいる。まあ、そういう話。
ただ、クレールにはまた違った感じ方があるようで……
「ナタリーはさー、いつまでもここにいていいの? 将来どうしたいとかないの?」
それは別に嫌みとかでなく、単純に、ナタリーを気遣ってのこと……だと思う。
確かに残る住人の中ではナタリーが一番、なんというか、将来の夢、みたいなことを語らない。今は毎日が楽しいからそれでいい、という感じ。
訊かれたナタリーは赤毛のポニーテールを揺らして振り返ってから、微笑んだ。
「あったですが、それはもう叶ったので」
「どういうこと?」
クレールが訊き返す。
と、ナタリーの視線は俺やクレールの後ろ……竜牙館の方へ向いた。
「あたしは、屋根のあるところで暮らしたかったです。あと、一緒に暮らす家族もいたら満点です。それって、もう叶ってるですよね?」
それは、確かにそうと言えるかもしれない。
血の繋がった一族の集まりというわけじゃないけど、多くの困難を一緒に乗り越えてきた仲間たちだ。あるいは、血の繋がりよりも深い繋がりかもしれない。
実際、ナタリーはこの館でみんなと過ごして、毎日楽しそうだ。
父親を亡くして以降は家も家族もなかったというナタリーにとっては確かに、願いならもう叶った、ということなんだろう。
「贅沢を言うとペットも欲しかったですが、ちゃんとお世話できるか不安なので、しばらくはハスターで我慢するです」
「きゅいっ?」
ナタリーの言いぐさにハスターが振り向いたけど、確かにまあ、ハスターなら自分のことは自分でできるから、世話をする必要はないな。
それにしても、ナタリーのこれは、いい傾向かというと難しいところだ。
元々、ナタリーは雷王都市にお父さんと二人で暮らしていた。そのお父さんが病気で亡くなった後、全ての財産を借金のかたに取られてしまった。家までもだ。
それで家や家族が欲しいと思ったのは、当時のナタリーにとっては遠い目標だったのかもしれない。
ただ、こうして叶ってしまった後、そこで立ち止まってていいんだろうか。
手先が器用だったり、地図を描くのが得意だったりと、他の子にはない才能があるから、それを活かせるようにするべきなんじゃないだろうか……。
「今のところ、ここでの暮らしにはほとんど不満ないです」
本人はそう言うから、あまり急かすようなことも言いたくはないけど。
「ほとんどってことは、少しはある?」
一応、そう訊いてみる。不満点から、何か新しいことに挑戦するきっかけが見付かるかもしれないし……
すると、ナタリーは俺を見てちょっと頬を膨らませた。
「もっとリオンと遊びたいです! 最近は書類の仕事が多いです! この前の牡蠣採りの時もリオンは来てくれなかったです!」
……うーん。新しい目標にするにはちょっと、身近すぎるかな……。
「土地の権利とか複雑だったから整理しなおしてたんだよ。古い順に並べて確認しないといけなくて。ナタリーが作ってくれた地図はすごく役に立ってるよ」
そう言うけど、ナタリーの不満顔は変わらない。
「ナタリーも書類の手伝いすればいいじゃない」
クレールがそう言ったけど、
「それはいやです」
即答だった。
「だってあたしがそれやったら特級有能すぎて、仕事がなくなったクレールはぐーたらしてるだけの役立たずになってしまうです……」
「ひどい言われよう……」
ショックを受けたクレールの様子に、俺としては少し笑ってしまう。
……よく考えてみれば、今のナタリーはまだ、故郷を出てきた頃の俺と同い年くらい。これからまだいろんなことがあるだろうし、何か始めるにしても、それからでも遅くはないかな。