竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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ユリア

 それは、フューリスさんが旅立ってからまだ数日もしないうちのことだった。

「たっだいまー。ユリアを連れてきたよー」

 親方との話し合いで村の方へ出ていたクレールの声が聞こえた。

「ユリア?」

 知らない名前じゃないけど、今日ここで聞く名前じゃない気がした。

 いったい何事なのか確かめようと執務室を出ると、ちょうどクレールも執務室へ向かってきているところで、その隣にはクレールより少しだけ背の高い、長い銀髪の女の子が立っていた。

「あ、えっと、その……お、お久しぶりです。リオンさん」

 居住まいを正してそう言ったのは、確かにユリアだった。

 

 ユリアは俺と同年代。長い銀髪と赤い瞳、真っ白い肌。メリハリのある体つきもあって、少し大人っぽくは見えるな。

 俺との間には、少し、複雑な事情がある。

 立場で言うと、俺の敵でもおかしくなかった子だ。なにせ、邪神〈歪みをもたらすもの〉を信奉する歪みの民たちに〈歪みの御子〉として育てられたというんだ。

 俺も詳しく知っているわけじゃないけど、ユリアによると、〈歪みの御子〉と〈安定をもたらす者〉は、邪神降臨の気配――つまり大災厄があるたびに、何度も激しい戦いをしてきたらしい……。

 ただ、俺がその存在を知ったのはもう邪神を退けてからだったし、本人も望んで〈歪みの御子〉になったわけじゃないと言っているから、個人的には、争う理由はない。

 俺が邪神を退けたちょうどその時、ユリアは歪みの民の神殿から逃げ出した。その時に出会ったのが俺らしい。らしい、としか言えないのは、ユリアが出会ったその『俺』は、この俺じゃない偽者だったからだ。そこの話は特に複雑で……いずれ機会があれば詳しく話そう。

 ともかく、さしあたっての問題はユリアの体に宿っている冥気(アビス)のことだ。

 邪神降臨のために集められたいけにえから大量の冥気(アビス)が生み出されて、今はユリアの中にある。まともな人間ならとても耐えられないという量だ。

 その制御を学べるように、クレールのお父さんで〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉の異名があるルイさんを紹介した。

 今もまだその修行をしてるんだと思っていたけど……

 

 現実に、ユリアは目の前にいる。

 どうしたんだろう、とは思いつつも、見た目には特に具合が悪そうには見えない。その旅装にははるばるやって来た距離に応じた汚れがあって、ようやくたどり着いた、という疲れは見えるけど。

「久しぶり。元気みたいだね」

 ありきたりな言葉だけど、事情を知っていたら、ユリアの見た目が「元気そうだ」というのは大変なことだと言うしかない。

「ええ、おかげさまで……あの時は本当にお世話になりました」

 いろいろあったけど、最終的に、俺がユリアの命を助けたというのは間違いない。〈歪みの民〉は「きっと後悔する」なんて捨て台詞を投げかけてきたけど、今のところ、後悔はない。

「もう修行は済んだの? ルイさんからは何も聞いてないけど」

 訊くと、ユリアは頬に指をあてて少し考えるしぐさをしてから、

「うーん。日常生活に支障ないくらいには、ですかねー」

 そんな風に答えた。

 見たところ、大量の冥気(アビス)を宿しているというわりには、嫌な感じはしない。

 本人によると元は金髪碧眼だったのが冥気(アビス)の影響で銀髪赤目になってしまったんだという話だから、嫌な感じはないといっても本人はまた違う感じ方があるかもしれないけど。

 そういえば、ルイさんも元はクレールと同じ金髪だったのが、銀髪になったと言っていた。冥気(アビス)の影響で髪の色が抜けるというのは、わりとよくあることなのかもしれない。

 今回、ルイさんから特に連絡はなかった。するつもりがあれば、前みたいに使い魔で手紙を送ってくれたはずだし、それが徒歩のユリアより遅いことはない……はず。特に連絡の必要を感じなかったということなら実際、ユリアの言う通り、基礎の修行は終えてきたってことなんだろう。

「ねえねえ、リオン。ユリアの部屋って、空き部屋ならどこでもいいのかな? 何か決めてたっけ?」

 クレールがそう言ったから思い返してみると……

「レベッカさんは戻ってきたらまたペネロペと二人であの部屋を使うと言ってたから、あの部屋以外。フューリスさんが使ってた部屋になるんじゃないかな。ニーナかペトラが片付けてくれてるはずだけど」

「そっかー。なるほどねー」

 確かそのはずだ。レベッカさんたちが使っていた東の端の部屋は、一人で使うにはさすがに広すぎる気がする。とはいえ、フューリスさんが使っていた部屋だって決して狭くはない。この館の部屋はだいたいどこでも広い。

「カギはニーナが持ってるよね?」

「ペトラも持ってる」

 今は部屋の掃除なんかを分担する関係で、ペトラも多くの部屋のカギを管理してる。全部持っているのはニーナだけだけど。

「でも、荷物を置くだけならカギはまだいいと思うよ。空き部屋にはカギかけてないはずだし」

「それもそっか。じゃあ、詳しく案内する前に荷物置きに行こっか」

 クレールが声を掛けたけど、ユリアは首を傾げて俺を見ている。何事かと思っていると……

「リオンさんはマスターキーとか持ってないんですか? 館の主人なんですよね?」

 そんなことか。

 ユリアは不思議そうだけど、俺からすると不思議でもなんでもない。

「女の子が多いからね。俺がカギ持ってたらみんな安心できないんじゃないかな」

 一番大きい理由はそれ。もちろん俺はそれを悪用するつもりはないし、みんなもそう信頼してくれているとは思うけど、魔が差すってことも絶対にないとは言い切れない。

 という説明になっていたと思うけど、ユリアの不思議そうな顔は変わらず。

「私は、いつでもどうぞですよ?」

 ……そう言われてもね。

「はい、ストーップ! 荷物置きに行くよ!」

「あっ、ちょっ、クレールさん! 襟巻きを引っ張らないでください! 伸びちゃいますから!」

 クレールがユリアをほとんど引きずるようにして連れて行ったから、俺も苦笑しながら後を追った。

 まあ、これでまた少し賑やかになりそうだ。

 

「わあ、広い! それに、ここから海も見えますね!」

 フューリスさんが使っていた部屋は、きれいに片付いていた。元々、フューリスさんもそんなに雑には扱ってなかっただろうし、数日のうちにニーナかペトラが整えてくれてる。

 俺の部屋と比べると、奥……北側にテラスがあるのが特徴的だな。そのあたりも含めて、ステラさんが使ってる西側の部屋とほぼ鏡写し。

 ユリアは部屋の端に旅の荷物を下ろすと、早速、そのテラスに踏み出していた。

 このテラスがまた、やたら広い。隣の、レベッカさんたちが使っていた部屋からも出てこられるから、共同スペースってことではあるけど。そこに丸テーブルがひとつと椅子が四脚。海を見ながら過ごすにはいいところだな。……まあ、夏の間は暑そうだけど。

「いいんですか、こんないい部屋」

 ユリアはどうやら気に入ったみたいだ。

「あ、その下のとこに見えてる離れが温泉ね」

「温泉もあるんですか。楽しみです」

 二人は北側の手すりにとりついて下の方へ視線を向けている。

 ……ちなみに、このテラスから温泉は覗けない。念のため。

「すごいよね。温泉は古王国の頃からもともとあったらしいんだけど、今のこの館とか、お風呂の建物なんかは、前の領主がかなりお金かけて作ったみたい」

 というのはクレールによる説明。

 この館の建設にかかった費用については、ほとんどが領地と領民に対する重税でまかなわれてた。そのこともあって、今は村の人たちに対する徴税は一時停止中だ。

 館自体の出来は、実際に暮らしてみての感想としては、なかなかいい建物だと思う。お金がかかってるだけのことはある。

「前の領主?」

 ユリアが首を傾げているのを見て、クレールも「あれ?」と首を傾げた。

「言ってなかった? 元々この村にいた悪徳領主をリオンが成敗して、それでこの館をもらったんだよ」

「そうだったんですね。初めて聞きました」

 だいたいその説明通りだ。

 ただまあ、もらったというよりは、押しつけられたって方が正しいかな……

 要は、前の領主が復讐に燃えて戻ってきた時のための番犬として雇われてるというわけだ。

 故郷をなくして以来、居場所を決めかねていた俺としてもそれで助かったのは事実だから、お互い様ってところだけど。

「領地経営なんてがらじゃないから、実務的なことはほとんど任せてるけどね」

 そこのところは、クレールやステラさんがいてくれて本当に助かった。

 で、そのクレールは……

「うーん」

 廊下の方に顔を突き出して、何やら唸っている。

「こうして見ると、リオンの部屋に近くてちょっと不安だなー」

 確かに、俺の部屋はすぐ近くだけど。だからどうっていうこともないだろう。

「別に不安に思うことないですよ?」

 ほら、ユリアもそう言ってる。……と思いきや。

「その気なら遠くの部屋からでも通いますし」

 ……これは、クレールが不安に思う気持ちもわかる、と言うべきなのかな。

 するとクレールはクレールで、

「僕、リオンの部屋に住もうかなあ」

 なんて言い出してしまった。冗談……だと思うけど、クレールは俺の部屋には頻繁に遊びに来ているから、冗談だと断定はできない。

「その時は、俺がクレールの部屋に行くことになるかな……」

 クレールが本気だった時は、そうせざるを得ないだろう。

 それを聞いたユリアは、思わずといった様子で笑った。

「ただの部屋替えじゃないですか」

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