竜牙の勇者はしばらくお休みします   作:雷神宮燦

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もう一人の自分

 ため息をついて短剣を鞘に戻そうとしたけど、入らなかった。……刀身が内側から膨らんでる。ぎりぎりのところで破裂はしてないけど、見るからに危なっかしい。

「剣は新調しないとな」

 さすがにあの短時間のたった一度の交戦で壊れてしまうのは、今後を考えると不安だ。とはいえ、あまり強い武器を持って村の人たちを不安にさせるのも望ましくない。

 でも……館の倉庫にはちょうど手頃な魔剣がないと思う。

 邪神を倒した後に仲間たちとそれぞれひとつずつくらい伝承武具(レジェンダリーアーム)を分け合って、残りは悪用されないように霊峰の聖竜に預けてしまった。必要とする人が現れたら渡してくれと頼んだけど、まだ一年は経っていないから、あそこまで行けばどれかは残ってるだろう。でも、少し遠い。

「あの……魔剣は、使わないんですか?」

 ユリアが訊ねてきた。俺が事情を話そうとすると……

「リオンさんの異名の由来になってる、あの魔剣」

 話はそう続いた。

 俺の異名である〈竜牙の勇者〉の由来というと、それはもちろん、魔剣〈真竜の牙(ドラゴンファング)〉だ。

 確かにあれは、館にある。本当に必要になった時にはいつでも使えるように。

 だけど、なあ……

「……あれはだめなんだ。強すぎてさ」

「そうなんですか?」

 確かに名剣ではある。例えばクルシスが持っている魔剣〈極北の魔神〉は銘入りの魔剣の最高峰で〈古王国三剣〉のひとつに数えられる名剣中の名剣だけど、〈真竜の牙(ドラゴンファング)〉はそれと並べてもまったく遜色ない。

 なぜそんな魔剣が歴史に語られることもなくほぼ朽ちた状態で放置されていたのか、俺にはわからないし、資料を探してくれているステラさんでさえまだよくわからないらしいけど。

 いずれにせよ、少なくとも俺にとっては、あれ以上の剣はない。

 ただ……強すぎるのが問題だ。

 あの剣は俺の手にあれば俺の闘気(フォース)を――あるいは、今にして思えば竜気(オーラ)をも、どんどん要求してくる。そしてちからを注げば注ぐだけ強くなる。それこそ、邪神を倒せるくらいに。

 今の俺には、それが少し怖い。……やりすぎてしまいそうで。

 そうなったら竜気(オーラ)が活性化しないわけがない。俺の体はまた竜に近付いてしまうだろう。どのくらいまで大丈夫か、なんて、自分の体で実験するつもりにはならない。

「確かに、あれなら少し乱暴に扱っても壊れないけどね……」

 それも事実だから悩ましい。命を狙ってくる敵に対して「武器が壊れたからここまでにしよう」と言って通じるはずもないし。拳でなんとかすることになったら、逆に大量の闘気(フォース)を使うことになりかねない。

 ……今後のために、よく考えておかないとな。

「あ、リオンさん。その手……」

 ふと、ユリアが呟いた。

「ちょっと、見せてもらっていいですか?」

「手を? いいけど」

 荷物を持ったままの手。その手の甲を、ユリアは左右とも確認した。

 別に、変なところはないと思うけど……

 と見てみると、そういえば左手の甲には『しるし』があった。

 霊峰の聖竜から〈安定をもたらす者〉と認められた時に、左手の甲に正三角形のしるしをもらった。普段は見えないけど、戦いで闘気(フォース)を使った時なんかは、これが淡く光る。今は、少し光っていた。

 ユリアはそれを見て……

 ため息。

「このしるしは、本物のリオンさんですね。違うとこ、ひとつ見付けました」

 そう言うのは……ユリアが歪みの民の神殿から抜け出して出会った『俺』を思い出しているんだろう。

 その、俺じゃない方の俺は、邪神の残滓だった。

 本人が語ったことによれば、あの邪神〈歪みをもたらすもの〉は、やつが出会った中で最も強いものの姿を真似るという。

 俺が戦った時、それは骨のみを残した体で宙を舞う巨大な竜だった。

 その骨の竜が倒された後、邪神の残滓は『俺』の姿になった。……出会った中で最も強いものの姿に。

「……彼のことは、すまなかったね」

 人間の形をとったからか、あるいは、俺を真似たからか。彼も最初は、俺がするように、困っていた人を助けた。つまり、ユリアを。

 でも〈千年女伯(エビルカウンティス)〉モルガーナによって冥気(アビス)を注がれると、彼は邪神のカケラとして覚醒した。

 そして、俺はそれを倒した。

「あの最期は本人も望んでたから、私が何か言っても仕方ないじゃないですか」

 完全に邪神になってしまう前に倒してくれ、と頼まれた。

 そして、自分の代わりにユリアを手助けしてやってくれ、とも。

 ユリアが好意を向けているのは、さて、どっちの『俺』だろう?

 

 館への帰路を歩きながら、ユリアは彼のことを語った。

 最初に出会った時、襲ってきた魔獣からユリアを守ろうとした彼が、ユリアが護身用に持っていた剣を振るって、そしたらその剣が一撃で壊れた……なんて話はついさっきの俺と同じで、ちょっと笑ってしまう。

「ここで暮らすことになったから、私、リオンさんとあの人で違うところをたくさん見付けようと思ってるんですよ。そしたら、納得できるかなって思うので」

 そう言って、ユリアは俺の左手の甲を見つめている。少し歩く間に、あの正三角形の紋章は消えていた。

「でも、うーん。まだ『似てる』と思うところの方が多くて……困るんですよね、そういうの」

 そう言われてもね。なるべく手助けしたいとは思ってるものの、俺が彼を真似してるわけじゃないから難しい。

「やっと三つくらいは、違うとこ見付けましたけど」

 もう三つも見付けたのか。俺から見てもほとんど鏡を見てるような感じだったのに。

「どのあたりかな」

 訊ねると、ユリアは自分の右手を目の前に差し出した。

「手のしるし。あの人は左手の甲に、骸竜の紋章がありました。歪みの民の神殿でも使われてたものです。それ、今は私の右手に移ってますけど」

 俺の左手のしるしは生まれつきのものじゃなくて、聖竜からもらったものだ。それで再現できなかったのかもしれない。

 そして確かに、ユリアの右手の甲には竜の模様のあざがある。

 彼は『自分』を表すそれで、俺のしるしの代わりにしたのかもしれない。

「それとあの人は、おでこのところに傷があって」

 言って、ユリアは自分の指で額を示してみせた。

 それは……邪神が骸竜の姿だった時、俺がとどめとして魔剣を突き立てたのが、あの巨大な頭蓋骨のまさにそこだった。関係があるんだろうか?

「もうひとつは?」

 続けての質問に、ユリアは少し寂しげな笑顔を返してきた。

「あの人は私にだけ優しくしてくれましたけど、リオンさんは女の子みんなに優しいんですよねー。なので、リオンさんが私に優しくしてくれるとあの人と区別できなくなりそうでちょっと複雑……っていう感じです」

 優しくしすぎてもだめらしい。加減が難しい。

「あの人も、周りに女の子がいっぱいいたら、みんなに優しかったのかなあ」

 ぽつりとそう呟いているのが俺にも聞こえたけど、答えようがない。俺が彼と会ったのは最後の勝負の時だけだったし。

「リオンさんより格好良い男の人が現れたら、きっぱり忘れられるのかもしれないですけどねー」

 冗談めかした言葉に、俺も苦笑する。

 結構いると思うけどね、俺より格好いい男。強さでなら自信があるけど、見た目に関してはそこまで自惚れてはいない。

 ただ、ユリアは長いこと歪みの民の神殿に留められていたから、まだそんなに多くの人と出会ったわけじゃない。俺でも、その中ではましな方、というくらいはあるかも。

「ルイさんは美男子じゃなかったかな」

 共通の知人で、つい先日までユリアを指導してくれていたはずの〈暗黒卿(ロードオブダークネス)〉の名前を挙げると、ユリアは渋い顔をした。

「うーん。先生は確かに見た目はそうなんですけど、何百年も前に亡くなった奥さんを今でも愛してるって聞いたらちょっと……攻略対象な気がしないですね」

 それは、確かにそうかもしれない。

 俺とは敵対したこともある人だけど、何しろ根が真面目な人だ。悪霊にそそのかされていたのもその真面目さが原因とも言えるし。その人が一途な愛を貫いていると聞いても、納得するだけだ。

「それに私、クレールさんからお義母さんとか言われたくないですよ」

 ……なるほど。二人の見た目は同年代だし、そこに抵抗感を持つのもわかる。

 そうすると、俺が紹介できるような美男子は……

 少し前まではクルシスがいたけど、今はいないな。これはつまり『縁がない』ってことなのかもしれない。

「あー、でもきっとダメです、私。誰といても、リオンさんと比べちゃいそう」

 それが俺なのか彼なのかは、この際どっちでもいいか。見た目は大差ない。

「そのうち、俺がもう少し成長したら、少なくとも見た目は変わると思うよ」

 言うと、ユリアは「そうですかね」と応じた。

「少なくとも、背はもう少し伸びて欲しいと思ってるから」

 今は、俺の方がユリアよりも少し低い。

 毎朝の鍛錬は欠かしていないし、食べるのも食べてちからをつけているから、ユリアやレベッカさんには、もう少しで追いつくはずだ。俺以外の男性陣はみんな俺よりずっと背が高くて、そっちにはまだまだ追いつけそうにないけど。

「リオンさんの背が私を追い越したら……その時は、あの人と区別できるようになるかなって気がします」

 彼はもう変わることはなくて、俺はまだ変わっていける。

 それは、ユリアにとってはつらいことでもあるかもしれないけど……

 手助けしてやってくれと頼まれた。その約束を忘れたわけじゃない。


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